副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

無一物

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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

7 団長さんはご機嫌斜めです


 リーパ護衛団の本部二階には会議室が二つある。
 その内の一つは二人の事務員が常駐して、会議室とは名ばかりでほぼ事務室として使われていた。
 百人規模の護衛集団を維持するには事務員が二人いてもぜんぜん足りない。
 忙しい時は顔を出しルカが手伝っている。

「あ~~~副団長。お帰りなさい。お休みどうでした?」

 執務室へ行く前に、事務室へ朝一番に顔を出すと、二人の事務員はまるで天の助けのような目でこちらを見つめる。

「お陰様でリフレッシュできました。私がいない間、団長さぼってたでしょ?」

 あの脳筋男は書類作成が大の苦手だ。
 ルカなど外国語のハンデを乗り越えて頑張っているというのに、目を離すといつも鍛練場で団員たちを鍛えると言いわけをして逃げている。

「いや……そんなことはなく真面目にお仕事されてましたよ……」
「ただ……」

 それぞれが言い辛そうに目を見合わせる。
 事務員の二人は暴力と無縁の青年たちだ。
 屈強な男たちよりも、物腰も柔らかく非戦闘員寄りの外見を持つルカーシュにシンパシーを抱いている。 
 そんな二人が、あの団長様に口答えなどできるはずがない。

「ただ?」

 ルカは答えやすいよう穏やかに訊き返す。

「ご機嫌がよろしくなかったようで、終始無言で……」
「私たち生きた心地がしませんでした」

「え……?」

 予想外の答えにルカは驚く。
 長年拗れていた養子との関係が修復できて機嫌がいいとばかり思っていた。
 それに、口うるさい男がいなくなって清々していたのではないのか?

 確かに朝食の時も言葉数が少なかったが、気のせいではなかったようだ。

「副団長がいらっしゃらない時はだいたいそうなのですが……」
「今回はいつにも増して……」

「は……?」

(俺がいない時はだいたいそう?)

 意外な言葉に、ルカは思わず目を瞠る。



「団長、先ほど事務室に顔を出してきたのですが、あんまり彼らを怯えさせないで下さい。私がいない間、怖かったって震えてましたよ」

 執務室に入るなり、真ん中の席にどんと座るバルナバーシュを睨んだ。

「お前がいない間に、ちゃんと仕事をこなしておいたんだからそんな怒るなよ。それよりもお前も休みの間楽しんできたんだろ? 若くていい男はいた——」

 ダンッ——
 目の前に飛んできたナイフを、バルナバーシュは机に置いてある厚い辞書を盾にし躱した。

「怒ったからって飛び道具投げるのは俺だけにしとけよ。普通の奴は死ぬからな」

 盾に使われる辞書の表紙は、すでに飛び道具の穴でボコボコになっている。

「団長、仕事中に私のプライベートの話は止めて頂けますか」

 きっとこの男が持っている穴だらけのあの辞書にはデリカシーという言葉が書かれていない。
 割と本気でルカは思っていた。

 休みのたびにルカが男漁りをすることを、この男はどこからか情報を得ている。
 たぶん、アランが知らせているのだろう。
 あの男の仕事は情報屋なのだから、情報を売っていてもおかしくない。

 そして、行きずりの男と寝る自分を……バルナバーシュは軽蔑している。


 ルカは、今でも忘れない。

『団の中では不純性行為は一切禁止だ。団員たちには絶対手を出すなよ。どうかここでは目立たないでくれ』

 予想だにしていなかったその言葉に、ルカは崖から突き落とされたかのような衝撃を受けた。
 バルナバーシュから口説かれてこっちへと来てから、男に抱かれるのは一切やめていた。
 あんなに熱烈に口説いておきながら、指一本触れて来ないと不思議に思っていたのだが、どうやら全部自分の勘違いだったようだ。

 バルナバーシュはルカをそういう目で見ていなかったのだ。

 だからそれ以降、言われた通りに団員たちと鉢合わせになるメストではなく、別の場所で、男を漁りを再開した。

(勘違いした俺が馬鹿だったんだよ……)

 
「団長、話は元に戻りますが、事務員たちは普通の一般市民です。あまり虐めないでやって下さい」

「ふん……そんなつもりは一切なかった」

 そう言うとこの中年男は、まるで機嫌を損ねた少女のようにプイっとそっぽを向いた。

「いい年したおっさんが拗ねたってぜんぜん可愛くないですから」

「お前は少し黙ってろっ!」

 とうとう団長様は声を荒らげて怒りだず。
 どうやら相当虫の居所が悪いようだ。

(——いったいどうしたんだよ……)

 レネとのわだかまりもなくなり上機嫌なものとばかり思っていたのに。




 今晩はバルナバーシュは珍しく、飲み友達でもある親友と一緒に食事へ出かけて行ったので、きっと帰りも遅くなるだろう。
 ルカは非番だったレネと珍しく二人きりで夕飯を食べていた。

「おい、俺がいない間になにかあったのか?」 

「ん?」

 好物を食べることに一生懸命だったレネは、間抜けな顔をしてこっちを見る。

 レネは、魚料理に目がない。
 それを知っている使用人夫婦は、釣り名人の知人から近くの川で釣った魚を生きたまま買い取って来る。
 今夜のメニューは鱒のフライで、川辺の村で育ったルカも馴染みのある味だった。
 祖国のようにサワークリームのソースではなく、レモンを添えるのがドロステア風だ。

「お前との関係が戻ってからバルのやつ上機嫌だったろ?」

「まあね」

 鍛練と称した奇襲がヒートアップし、遂にはバルナバーシュの部屋へと乱入し飛び道具が飛び交う中でも、『暴れる元気が戻ってきたじゃないか』とレネを見てニコニコ上機嫌で酒を飲んでいたのに。

 ルカは首を傾げる。

(なにがあったんだ……?)

「事務員たちが俺がいない間、ずっとバルの機嫌が悪かったって怯えてたみたいだからさ」

「ああ、あれか……」

 もごもごと食べながら喋るので次の言葉が続かない。

 レネは見かけによらず、一口が大きく豪快に物を食べる。
 動物と同じで、腹を空かせているレネの食いっぷりはなかなか見応えがあっていい。
 だが先の答えを知りたい今はそれさえももどかしい。

「ルカが団長代行の時に朝の鍛練やってただろ? だから副団長に直接稽古を付けてもらいたいって団員たちが団長へ頼み込みに行ったんだよ」

 因みにレネは師匠になった時から本名を教えてあるので『ルカ』と本名で呼ぶ。

「は?」

 なんだかよくわからない答えが返ってきたので、ルカもフライを口に入れもごもごと咀嚼しながら考えを整理する。

「団長が戻って来たのに……? あいつらは俺のことが認められないからって挑んできた奴らだぞ?」

「だから、けちょんけちょんにやられて、あんたのことを認めたんだろ。団長から断られたって頼みに行った奴らはがっかりしてたけどな」

「ふ~~~ん」

 なんとなく話が見えてきた。

(——たぶん……自分がいない間に俺が団員たちの稽古をつけたのが気に食わなかったのだろう)
 

 一人で考え込んでいたら、好物のメインを食べ終わり、付け合わせのポテトフライをフォークに刺しながらレネがこちらを覗き込んでいた。
 
「……なんだよ」

「あんたさ、なんでそんな老けた振りしてんの?」

 弟子は、今年で三十五になる師匠が二十代にしか見えないことよりも、素顔を隠すことの方が不思議なようだ。

 因みになんで年を取らないのかとは、今まで一度も訊かれたことがない。
 レネは物事を理屈で考えるタイプではないから、そういう意味では楽だ。

「リーパ護衛団の副団長が若造だったら軽くみられるだろ」

「そんな理由?」

「そんな理由だ」

 バルナバーシュは父親の先代からリーパ護衛団の団長の座を受け継いだ。
 血は繋がっていないが、次の団長は養子のレネだ。
 少し頭のネジが緩くて心配だが、脳筋男でも団長役をこなしているので、補佐役にしっかりした男を付ければなんとかなるはずだ。
 
 レネには少しずつ、もっと色々なことを教え込んでいかないといけない。



 ぷんぷんと香水の匂いをさせてバルナバーシュが帰って来たのは、夜も更けた遅い時間だった。
 
 


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