副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

無一物

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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

16 反省会会場はこちらです


「——団長……いったいなにがあったんです?」

 夜中に団長の部屋へと呼び出されたボリスは、書斎に佇むバルナバーシュの姿を見て目を見開く。
 せっかく止血をしてくれた腕の傷も、途中で弛んでまた血が流れ出していた。
 口を開く前に、ボリスはバルナバーシュの袖を捲って腕の傷に直接触れると治療を始めた。
 
 あっという間に治療が終わると、血で汚れた手を綺麗なタオルで拭う。
 ボリスが夜中二階へ呼び出される時は大抵誰かが怪我をした時だ。
 だからこうして、治療に必要な道具も持ってくる。
 
「——これでお終いですか?」
 
 含みのある言い方に、バルナバーシュはボリスが玄関先で鉢合わせた熊男からなにか聞いているのではないかと勘繰る。

「ボリス……これから見るものは絶対に他言無用だぞ」
 
「団長の命令とあらば」

 バルナバーシュは書斎から寝室に繋がる扉を開け、ボリスを中へと招き入れた。
 ベッドの上に力なく横たわる人物を見て、ボリスは驚きではなく、眉間に皺を寄せ溜息を吐く。

 それは苦渋の決断だった。

 腰はさすがにバスタオルで隠しているが、うつ伏せになったまま意識を失っているルカの姿は、どこから見ても無体を働かれたようにしか見えない。
 手首と足首には、拘束したうっ血の痕が痛々しく残っている。背中の古傷と相まって相乗効果は抜群だ。
 この痛々しい姿を見ただけでも、バルナバーシュの劣情が刺激されて欲望を抑えきれないというのに、他の男にこの姿を晒すなんて、本当は耐えられない。

 でもどうしても明日、バルナバーシュは出かける用事があり、予約客の対応をルカが行わないとならない。
 情事の跡を残したまま自分がいない時に他の男にルカを会わせるのも論外だが、このままでは男に抱かれ慣れた身体でも明日の仕事に支障をきたすだろう。

「少し無理をさせてしまった……」
 
「これが少しですって?」
 
 ぎろりと、バルナバーシュとは違う少し緑を含んだヘーゼルの目で睨み返される。
 この男は相手が団長だろうが物怖じしない。

 確かに気配に敏いルカが、背中を晒したまま人が入って来たのに気が付かないのは異常だ。
 相当無理をさせた自覚はある。
 あれから歯止めがきかなくなり獣のようにルカを求めてしまった。

 よく考えれば店での鳩尾への一発を含めると、ルカは三回も気絶していることになる。
 こうなるのも無理はない。

「明日の仕事に支障をきたさないように治療してくれ」
 
「知ってるでしょうけど、大変なんですからね……」

 そう……ルカは通常の人とは違う。
 だから、治療にも時間がかかる。
 
 ボリスは、ルカに半分だけ人とは異なる血が流れていることを知っている。
 

 以前、先代の牧場で手に負えない暴れ馬がいると聞いて、ルカが様子を見に行った時。
 馬の扱いに誰よりも慣れているルカは、なんとか暴れる馬を鎮めその背に乗り、そのままリーパまで連れ帰って来た。
 だが、どうもルカの様子がおかしいと気付いたバルナバーシュが近付くと、顔を真っ青にして脂汗を流していた。
 バルナバーシュは只事ではないと、急いで厩舎から私邸の二階の自室に運んでボリスを呼んだ。
 ルカは馬を鎮める時に蹴られて肋骨を何本か折っていた。それでもこのままだと殺される運命の馬を放っておけず、その馬の背に乗って連れ帰って来たのだ。
 肋骨を折ると咳をするだけでも痛いのに、長時間馬に揺られて帰って来るとは相当の苦行だっただろう。
 以来ルカは、苦労して連れて来た暴れ馬に『ルーニャ』と名付け、相思相愛の関係になった。

 そしてそのとき初めてルカの身体に触れたボリスは、治療に手こずり、人ではない血が流れていることに気付いたのだ。
 これからも治療する時あるだろうし、癒し手に隠しごとはいけないと、ボリスにだけはルカの全てを話してある。


 ボリスは上から順に肌に触れながら治療をしてゆく。

「……そんなに睨まないで下さい。今すぐ治療を止めますか?」
 
 腰のバスタオルに手を掛けたまま、ボリスがバルナバーシュを見上げた。
 他の男がルカの肌に触れるのが許せず、ついつい射殺しそうな勢いでボリスを睨んでいた。

「すまん……続けてくれ」

(くっ……俺の尻が……)
 
 悔しさに俯いて歯を食いしばる。

「自業自得ですからね……っ!?」
 
 バスタオルを外し露わになった尻を見て、ボリスが息を飲んだ。
 すっかり忘れていたが、治療のために明々と灯されていた部屋の光に、バルナバーシュの犯行がまた露呈される。

「——美しいものを、自分の欲望のために傷つける人の気持ちが、私には分かりません……」
 
 顔を顰めながらそう呟くと、山吹色の光を手に纏わせ、赤から紫色に変色した尻の手形に触れる。
 しばらくすると完全に赤味が消え、真っ白で綺麗な尻が戻って来た。

「お前、絶対触らないと無理なのか?」
 
「なにを今さら」
 
 力を使っているので緑色の光を帯びた瞳が、ジト目でこちらを見る。

「うう……クソっ……」
 
 本当はここまでにしたかったが、このままではルカも辛かろう。
 それは——苦渋の……苦渋の、選択だった。

「往生際が悪いですよ」
 
 緑色に発光する瞳から気圧される。
 どんなに腕の立つ剣士よりも治療中の癒し手が厄介だと、バルナバーシュはこのとき知る。

「……中も治療してくれ」
 
「邪な気持ちなんて一切ありませんから。そんな目で私を見ないで下さい」

(お前だって、レネが違う奴に治療されるのを最も嫌う癖に……)
 
 言い返したいが、治療してもらう立場なので声に出しては言えない。

「……ああ……酷いことになってる……出血は?」
 
「……少しあったかもしれない」
 
 腫れあがった穴を見て、ボリスが顔を顰める。
 少し躊躇った後、光を伴った指を体内に埋めてゆく。

「——ううううっ……」
 
 欲望の熱が一旦冷めてしまえば、痛みしか感じないだろう、ルカから苦悶の声が上がる。

「治療しているだけですよ。力を抜いて……」
 
 長年癒し手をやっているだけにそこは手慣れたもので、意識のないルカにも優しく話しかけ安心させてゆく。

 その様子をバルナバーシュは、唇を噛み締めて眺めることしかできなかった。
 それはとても、長い時間に感じられた。


「はい、終わりました。——いい大人が呆れます……貴方は加減というものを覚えた方がいい」
 
「…………」
 
 部下から酷いいわれようだが、仰る通り過ぎてバルナバーシュは言い返すことができなかった。


◆◆◆◆◆


「……!?」

 温かい心地よさに包まれ、ぼおっとしたまま目を開けると、浴槽の湯に浸かっていた。
 それも後ろから誰かに抱きしめられて。

「目が覚めたか?」
 
 よく見知った声に安堵するが、どうしてこんな体勢で抱かれているのだ。

(——ああ……そうか……)
 
 ルカは意識を失う前までなにをしていたかを思い出す。

 だが、あんなに激しく抱かれたというのに、身体に痛みが残ってない。
 後ろを振り返り、身体を支えるバルナバーシュの腕に、ナイフの刺し傷が消えているのを確認して、事情を察した。

「ボリスに治療させたのか?」
 
「……本当はお前の身体に触らせたくもなかったが、明日仕事だしな……」

「ぶっ……」
 
 その様子を想像して、ルカは思わず噴き出した。
 
「お前……そこ、笑う所か?」
 
 自分の肩の上にルカの頭を乗せているバルナバーシュが、怪訝な顔をして上から顔を覗き込んで来る。

 まだ間近にこの顔があることに戸惑うが、気を取り直して答えを返す。
 
「だってさ、あんたがボリスから説教されてるとこ想像しただけでウケるもん」

「なぜ、説教されたとわかるんだ」
 
 バルナバーシュが解せぬ顔をしている。

「ボリスはそういう奴だからな。俺だっていっつもレネの治療の時にブツブツ言われてるし」
 
 ボリスは相手が誰であってもズバズバとものを言う。

「ブツブツどころじゃなかったぞ、去り際に『——いい大人が呆れます……貴方は加減というものを覚えた方がいい』って言われたからな」
 
 いかにもボリスの言いそうなセリフに、ルカはゲラゲラと笑いだす。

「……でもよかった。ボリスから尻の穴まで治療されたと知って、お前が落ち込みでもしたら、俺はボリスに診せたことを後悔したかもしれん」
 
 ルカの耳の後ろに鼻を擦りつけながらバルナバーシュが呟くが、耳の側で喋られるとくすぐったい。

「——なに言ってんだよ。俺はそんなタマじゃねーし」
 
 もし自分にそんな恥じらいがあるのなら、行きずりの男と寝たりしない。
 そんなことよりも惚れた相手に、身体の隅々まで見られたことの方が恥ずかしかった。

「でも、今日はさすがに酷いことしたと思ってる。今まで色々とごめんな……」
 
 そう言って、バルナバーシュは後ろからルカの身体を抱きしめ、顎をとらえ優しく口付けをする。
 
「んっ……俺だって酷いことをされても文句言えないことはしたからな」

 それについてはおあいこだ。
 いくら口説かれたからといって、あの団員の誘いに乗るのだけは駄目だった。

「まさかお前が、レネにやきもち焼いてるなんて思わなかった」
 
「あんたはにぶちんだからな。誰だって好きな男の側に、自分よりも綺麗な男がいたら気が気じゃないだろ」
 
 別にレネのことを憎く思ったことなどないが、目の前で自分との違いを見せつけられると辛い。

「あいつをそんな目で見てないぐらいお前も知ってるだろ。血は繋がらなくとも俺の息子だぞ。それになんだ、レネが自分より綺麗って……お前自分の顔をもう一回よ~~く鏡で見てみろよ」
 
 そう言ってルカの頬に何度もキスをする。
 髭がチクチク当たって痛いが、嬉しいので我慢する。

「今年三十五のおっさんにそんなこと言うなよ。虚しくなるだけだから」
 
 ルカは照れ隠しに適当なことを口にする。
 
「——お前なあ……こんな若くて綺麗なやつがおっさんなら、俺はジジイだろ」
 
 身体が振動しているので、バルナバーシュが後ろで笑っているようだ。

「俺は、そんなバルが好きなんだ。あった時よりも今の顔の方が大人の色気があって好き」
 
 ルカは後ろに身体を反転させると、逞しい身体に抱き付いた。
 ずっとずっと、もう何年もこうしたかった。

「可愛いことばっかり言いやがって」
 
 バルナバーシュの言葉を聞き、ルカは臍の上あたりに当たるモノに気付いた。

「……おい、あんたどんだけ絶倫なんだよ……」
 
 これにはルカも呆れてしまう。

「お前がそうやって挑発するからだろ」
 
 バルナバーシュは唸るように言うと、グッと堪えてルカのソバカスの浮く肩に甘噛みする。
 さっきボリスに説教されたばかりなので、必死に欲望を抑え込んでいるのだろう。

(——可愛い……)

 ルカに欲情して、ルカの身体のために我慢するバルナバーシュが、ルカはどうしようもなく愛おしかった。



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