副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

無一物

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副団長の秘密のお仕事

1 運び屋

「よお、来たか」

 くたびれた長椅子に寝転がったまま、部屋に入ってきた青年に声をかける。

 ここは、歓楽街の裏通りにある今にも崩れそうな、古い建物の二階。
 ドプラヴセの隠れ家の一つだ。
 たいてい、仕事の打ち合わせはこの場所で行う。

 ドプラヴセはメストを拠点に、『運び屋』という限りなく黒に近い仕事を営んでいる。
 簡単に説明すると、金さえ積めば違法なものや危険物でもなんでも運ぶ危ない仕事だ。
 
 運ぶものによっては妨害が入ったり敵に狙われることもある。
 ドプラヴセ自身もそこそこ腕は立つが、特に危険が伴う場合は護衛を付ける。
 部屋に入って来たのは、その役を務めるルカという青年だ。

 ルカは華奢な身体つきの美青年で、彼の正体を知らない者は誰も凄腕の剣士と気付かない。
 どこか陰のある青茶の瞳は、既に踏み荒らされた泉させ、男の加虐心を刺激する。

(クソっ……喰いてえ……)

 もちろん物理的にではない。
 抱きたいという意味でだ。

 ドプラヴセは綺麗な男が大好物だが、なかなか眼鏡に叶う該当者がいない。
 ルカはその中でも数少ない一人だ。
 性格も加味すれば第一位といっても過言ではない。

 ルカはいつもの様に、テーブルの横にある木の椅子をドプラヴセの方に向けて腰掛ける。
 不用意に背中を向けたりしない。
 例え仕事仲間でも隙を見せたくないのだろうと思ってたのだが、どうもそれは自分限定で、他の仲間には普通に背中を向けているのを知った時、ドプラヴセは少しショックを受けた。


「今回はどんな仕事なんです?」

 さっさと用事を済ませようと、ルカはさっそく用件を尋ねる。
 ドプラヴセを見る瞳は、氷のように冷たい。
 この青年の性格をよく表している。

「まあまあ、せっつくなよ。それよりも、面白い話を聞いてな」

 最近とっておきの情報を仕入れた。

 すぐには仕事の話にならないと観念したのか、ルカは懐から煙草の入ったブリキの缶を取り出し、テーブルの蝋燭で火を点ける。
 決して声には出さないが「うざ……」とルカの顔に書いてある。
 その表情さえもドプラヴセを喜ばせる。
 これから披露する話で、もっといい表情になってくれるはずだ。
 
「女たちにモテモテのリーパ護衛団の団長さんが、この前、男娼街で男を担いでお持ち帰りしてたんだそうだ。女専門とばっかり思ってたが、宗旨替えするくらいだ……きっと相手はよっぽどの美青年だったんだろうな? それに、あの大戦の英雄様に傷を負わせるほどの手練れだったらしい……」

 わざと人の悪そうな笑みを浮かべ、ルカの顔を覗き込む。
 裏の仕事を生業にしているドプラヴセにとって、縄張りである歓楽街の情報を仕入れることなんて朝飯前だ。
 この話を初めて耳に入れた時、すぐに相手が誰なのかピンときた。

 話によると団長は腕に怪我を負いながらも、相手を気絶させると手足を縛り猿轡を噛ませ軽々と肩に担いで、店を去って行ったという。
 どうやら相手が男から口説かれているところに、突然バルナバーシュが現れ強奪したようだ。

 その後、バルナバーシュからルカがどういう扱いを受けたのかと想像するだけで、ドプラヴセは股間が熱くなる。
 
「——誰なんでしょうね。そんなことよりドプラヴセ、早く仕事の話を。貴方はいつも無駄話が多い」

 自分の話をされても、ルカはツンと顔を逸らしてしらを切る。
 意外だ。もう少し怒り出すかと思っていたのだが。

(つまんねえな……)

 ドプラヴセは痩躯を長椅子から起こすと、長くもない足を組んで座り直す。
 その様子の一部始終を、ルカが冷たい目で観察していた。
 自分の外見が残念なのは、ドプラヴセもちゃんと自覚している。

「ああ、たまらんね。俺のことを汚物でも見るような目で睨んで。ゾクゾクするぜ」

「お願いですから、心の声はちゃんと心の中にしまっておいてもらえませんか。私だって我慢しているんですから。仕事の話をしないんだったら帰りますよ」

 ため息を吐いて、ルカは椅子から立ち上がる。

 こんな態度をとりながらも、決して敬語は崩さない。
 それはドプラヴセの出自を知っているからだ。
 そしてドプラヴセも、ルカに人外の血が混じっているのを知っていた。
 この仕事に就く上で、お互いに隠しごとはなしにしている。


「……ったく気の短けぇ奴だな。前に恩賜の指輪をファロの偽貴族の元まで運んだだろ? あの偽貴族が、今メストに里帰りと称して戻って来てる。アランがチェスタで見かけて今もずっと追跡中だ」

 その話を聞いて、ルカは椅子に座り直す。

 以前、王から報奨としてある貴族に贈られた指輪が盗まれた。
 盗品を専門に扱う商人からの依頼で、その指輪を隣国の都であるファロまで運ぶことになったドプラヴセは、その護衛にルカを雇ったのだ。
 運び先の相手はドロステア貴族を騙る男で、箔付けにドロステア王家の家紋が入った指輪が欲しかったようだ。
 男はファロの金持ちたちに投資話を持ち掛け、大金を騙し取っている詐欺師だ。



「なぜ目の前にいるのに野放しにしてるんです?」
「あいつも一緒なんだよ」
 
 苦い顔をしてドプラヴセは唸った。

「ああ……あの用心棒ですか」
 
 ルカは厄介な相手を思い出したのだろう、眉間に皺を寄せた。

 ドプラヴセが指輪を渡す時に、ルカは陰からこっそりとその様子を覗いていたようだが、お付きの騎士に目を光らせていた。
 その後ルカは『あの身のこなしは元騎士に間違いない。それも相当の腕前です』とドプラヴセに警告した。

 東国の大戦が終わり、戦争に行っていた男たちの多くが職を失った。
 人員削減が行われた騎士団の騎士たちも同じだ。
 そんな男たちの中には、生きていくため後ろ暗い仕事に手を染める者たちも少なくない。

「あいつはお前に任せた」
 
「——わかりました」

 詳しい打ち合わせを済ませ、ルカは一度報告のためにリーパ護衛団本部へと戻った。


◆◆◆◆◆
 

「遅かったな……」
 
 仕事も終わる時間だったので、執務室ではなく私邸の団長の私室へと足を運ぶと、バルナバーシュが険しい顔をしながらルカの帰りを待っていた。
 この男、不機嫌な顔をしているが、ルカが『運び屋』の所に行くのが面白くないのだ。

(ふっ……可愛い)
 
 お互いの気持ちが通じ合ってからというもの、ルカはこの猛獣が愛おしくて仕方ない。

「例の仕事だけど、以前ファロに行った時の偽貴族がこっちに戻ってきているらしくて、手練れの用心棒対策で俺が指名された」
 
 ドプラヴセは裏の世界に身を置くだけあってそれなりに腕は立つのだが、その道のプロには敵わない。

「お前から見て、その用心棒はどんなんだ?」
 
「身のこなし方からして元騎士で間違いないだろうな。久しぶりの真っ当な相手だから楽しみ」
 
 ルカとて剣士の端くれ。強い相手と対峙する時は血が騒ぐ。

「大丈夫とは思うが、もし手におえないことがあったら、俺を呼べよ。今回はアランもこっちに来てるんだろ?」
 
「なんだよ、あいつバルに情報流しやがって……」
 
 バルナバーシュは密にアランと連絡を取り合っているようだ。
 アランとは仕事仲間なのに、自分を飛び越してやり取りされるとなんだか面白くないし、いつもバルナバーシュの肩を持つので腹が立つ。

「どのくらいかかりそうか?」
 
「相手次第だろ。隙を見せたところを一気にいくんじゃねえかな……」

『運び屋』関連の仕事は、不定期で期間もまちまちだ。場合によっては一月近く団に帰って来ないこともある。
 そんな時、今までバルナバーシュはどんな気持ちでルカを待っていたのだろうか。
 まだ気持ちが通じ合う前だったので、今みたいに言葉にして気持ちを伝えてくることはなかったが、きっと自分のことを心配していたと思うと胸が苦しくなった。

「心配すんなよ。今まで通りだって」
 
「……今まで通りじゃねえだろ。お前に触っていいのは俺だけだからな。絶対他の男には触らせんなよ」
 
 鼻に皺を寄せ喋る姿は、獲物を咥えたまま唸る狼みたいだ。

「結局それかよ……大丈夫だって。今までだって仕事中にそんな風になったこともねえし」
 
 そこはルカなりにしっかりケジメを付けているつもりだ。
 それにバルナバーシュに抱かれて以来、男漁りはすっかり卒業した。

「とにかく、なにか困ったことが起こったら俺に知らせろ。わかったな」
 
「はいはい」
 
「あーーーこいつ、適当に返事しやがって……テメェは俺のもんだって印を付けてやるっ!」
 
「おいっ、あっ……」
 
 いきなり背後から押さえつけられ、うなじに噛みつかれる。
 突然の暴挙にルカは成す術もない。
 そのまま向かい合わせに身体を反転させられ、今度は深く口付けされる。

「ふっ……んっ……」
 
 意に反して甘い息が漏れてしまう。

「クソっ、今から仕事なのになにするんだよっ!!」
 
 長い口付けが終わると、ルカはすぐに身を離し、うなじを擦りながら乱暴者を睨む。
 本気ではないので出血してはいないようだが、きっと歯形が綺麗に残っているだろう。 
 だが口では悪態を吐きながらも、自分に独占欲を抱くバルナバーシュに嬉しさがこみ上げる。

「あの男にも見せつけてやれ」
 
 ニヤリとしたり顔をしながら耳元で呟く。
 どうやらドプラヴセへの当てつけのようだ。

 極上の男から極上の低音で耳元に囁かれ、腰に甘い痺れが走る。
 全部これが自分に向けられているものだと、未だにルカは信じられないが、全てて現実だ。

(可愛いオヤジめ……)

 本当はこのままベッドの上でしけこみたいが、大事な仕事が待っているので後ろ髪を引かれながら、ルカは再び歓楽街へと戻って行った。





「——綺麗な瞳の色だ。君の様に美しい人が、こんな場所にいるのはもったいない」
 
 至近距離で、顎の割れた男が、自分の目を見つめている。
 なぜこうなったのかはわからない。

 ずっと見張りをしているアランを少しの間休憩させるために、ルカは歓楽街の飲み屋で例の偽貴族の見張りをしていた。
 偽貴族がチラチラと、こちらに思わせぶりな視線を寄越して来ていたのには気付いていたが——

 まさかと思っていたが、どうやら口説かれているようだ。

 さて、どうする。

 ここは男娼街でもなんでもない。
 それなのになぜ男の、それも特別若くもないルカを口説く?

「え? 私は男ですよ?」
 
 とりあえずツッコミを入れてみる。

「美しさに性別を持ち出すなんて、無粋な真似は止めたまえ。それよりも君に奢らせてくれ。おい、彼に今飲んでいるものと同じものを一杯」

 返事をする前に、男は勝手に店員にルカの酒を頼んだ。
 ルカの座っていた端の席に自分も座ると、その偽貴族の後ろには、用心棒の男が立っている。

(いちいち邪魔だな)
 
 まさかこういう展開になるとは思っていなかったので、ルカはどうしようかと頭を悩ませる。

「あの、後ろの方は立ったままでいいんですか?」
 
「こいつはいいんだ。私の護衛だから」
 
「へえ……護衛ですか。なんだか物騒ですね」

 好奇心旺盛な振りをしながら、ルカは用心棒をジロジロと見た。
 腰にロングソードを差し、背筋をピンと伸ばして直立している。
 
(ああ……いかにも騎士って感じだよ)

「普段はこんな所には来ないからね」
 
「じゃあまたでこんな所に? いい店は他にもたくさんあるでしょうに」

「たまには庶民的な店でもいいかと思って」
 
 自分が金を持っているよう匂わせるのは、いかにも詐欺師らしい。

(もう、ここまできたら会話を引っ張るか)
 
 ルカは酒を飲みながら時間稼ぎをして、アランが休憩から戻って来たら適当に出て行くことに決めた。
 アランがいない間、自分が引き留めておけば、逃げられることは絶対ない。

「遠慮なく飲んでくれ」
 
「じゃあ遠慮なくいただきます」
 
 観念して、新しく来た酒に口を付ける。
 さっきより少し濃い気がしたが、薄いよりもマシだ。
 



 それからしばらくつまらない会話をした後、やっと偽貴族は本題へと突入した。

「君がもしよければ、どこか部屋をとってゆっくり二人で飲み直さないかい?」
 
 ただでさえこってりとした顔をますます脂ぎらせて、偽貴族はルカの手を両手で握る。

「……そんなつもりは……」
 
 ここは男娼街ではないのだ。簡単に誘いに乗る方が不自然だ。
 だから一応、迷っている振りをする。
 だが、ルカにとってもこの展開は都合がよかった。
 
 先ほどアランが店に入って来たのを視界の隅に確認した。
 ことを起こすなら、明るい店ではなく、暗い外の方がやりやすい。
 歓楽街の中心部から少し離れたこの場所は、人通りもそう多くはない。

「これが気になるのかい?」
 
 ついついもっさりと生えている指毛に気をとられていたら、男はなにを勘違いしたのか、自分の嵌めている指輪を見えやすいようルカの目の前にかざした。

「えっ!?」
 
 例の恩賜指輪を見せられて、ルカは驚いた振りをする。

「この指輪を持っているということは、私がどんな身分かだいたい想像はつくと思うが、君にも悪いようにはしないよ。どうだい?」
 

(こうやって詐欺の時も使ってるのか……)

「……わかりました」
 
 少し恥じらった振りをしてルカは俯いた。

「それよりも君、酔ったりはしてないかい?」
 
 偽貴族が妙なことを訊く。
 
「いえ、まだ二杯しか飲んでませんし」
 
 あいにくルカは、たった二杯で酔うような可愛さは持ち合わせていない。

「そうか、だったら移動してもっといい酒を君にご馳走しよう。——では、行こうか」

 男が立つ前に、アランが店を出て行った。
 きっと外で待機しているドプラヴセへ知らせに行ったのだろう。


 準備は整った。


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