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1章 こうして怪盗は執事に
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広い客間に通された宝石商のラウルは、周囲を見回した。
大理石の床に、豪奢なソファとテーブルの応接セット。
壁には有名画家が描いたとおぼしき絵画が、いくつも飾られている。
調度品は少なく、シンプルながら上品に整えられていた。
――なるほど、ルオ家の別荘となると、それなりだな……。
「ラウルさんと言ったかしら? 早速だけど、お薦めの品というのは――」
応接用のソファに、テーブルを挟んで腰かけ、向かい合う形になったナディアは興味津々といった様子で尋ねた。
「あ、ええ……それがですね……実は西方のサンド公国、大公閣下の伯母上の結婚式のために造られたという首飾りを……」
「へえ。随分大層なものね?」
「え……ええ、まあ……年代物ですが、素晴らしい出来であるのは間違いありません。それが数年前、オークションに出ましてね。競り落としたという方から巡り巡って、こちらへ……」
あらかじめ考えていた――それを手に入れるまでの経緯の話を遮られ、調子が狂ったようにラウルは言葉を続けた。
「そんなことはどうでもいいわ。現物を見せてちょうだい」
「え……は、はい」
いいところのお嬢様の割に随分と快活な性格のようだ。
ナディアに言われるまま、白い手袋を嵌めたラウルはアタッシュケースを開けた。
そして、いくつかの基金類の中にある、いかにも大仰そうなジュエルケースを持ちだす。
「こちらになります。『エルフの涙』という名の――」
目もくらむほどの豪奢な宝石のあしらわれた首飾りを、ラウルが大切そうに披露したところで、ナディアが退屈そうにあくびを堪えるような仕草をした。
――どういうことだ……⁉ 高価な首飾りを見てのこの反応は……大富豪の娘ともなると、感覚がマヒしているということか?
予想外の反応に、ラウルは内心動揺しながら彼女と首飾りを見比べた。
「……興味ないわ。もうしまって?」
「……は?」
――興味がない? まさか、これほどのインパクトがあれば間違いなく食いつくと、ボスが……。この令嬢、宝石類には惹かれないタイプなのか?
「お気に召しませんでしたか……?」
「模造品には興味がないと言っているの。あなたの目は節穴?」
唖然としているラウルを一瞥すると、ナディアは冷めた表情で辛辣に言い放った。
「も、もぞっ……?」
――なんてことだ。模造品だと? 俺もロクに確認はしていなかったが……これを一瞬で見分けるとは、結構な目利きなのか? 富豪とはいえ成り上がりの娘で……いわばなんちゃって令嬢だから、取り入るのはチョロいだという話だったが……。
「……申し訳ありません。勉強不足で。別のものと取り違えたようです」
こんなことは想定していなかったラウルは……ここを強引に押し切るという選択肢を棄て、困惑の表情を浮かべる。
「あなた、その仕事をはじめてどれくらいになるの?」
「え……あ、ああ……実は……歴の方は短く……まだ修行中というところでして……。身の程知らずにも、目利きのお嬢様に営業を掛けてしまいまして……出直して参ります」
――一応、屋敷の構造は把握した。ここは粘らずに一時退却し、後日また……。
そう思い、ラウルが模造品と言われた首飾りをケースに収め、立ち上がろうとしたところで――
「この商売には向いてないんじゃないの?」
トドメの一言。
宝石商というのはラウルにとっては本業でもなんでもなく、『本懐を遂げるため』の仮の身分に過ぎない。
だが、その物言いで何故かぐっさりと胸にナイフを突き刺されたような痛みを覚え、ラウルは青い顔をして俯いていた。
「お嬢様……?」
お茶を出したマリーが怪訝そうにナディアを見た。
相手にする気がないのに、彼を屋敷に招き入れたことを不審に思っているようだ。
「いくらで雇われているの?」
「―――」
その質問にラウルは息を呑んだ。
まさか、自分の正体が……本当は宝石商などではなく、彼女の持つ秘宝を狙っている盗人だと悟られたのだろうか。
――これを偽物と見抜く審美眼を持っているんだ。俺の正体を見抜いたところで、不思議はない。まずったな……。まさか、こんな小娘がここまで手堅いとは。
目まぐるしく思考を巡らせながら、ラウルは頬に汗を滴らせた。
が、次に彼女から飛び出したのは思いもよらない台詞だった、
「だから、会社にはどれくらいで雇われているのかって訊いてるの。その倍額出すわ。ううん、三倍……五倍でもいい。あなた、ここで働く気はない?」
「え――?」
何を言っているのか分からない、といった表情でラウルはナディアを見た。
「お嬢様っ!」
さすがにとんでもない発言を黙って見過ごすわけにいかないと、マリーは声を上げた。
「突然何をおっしゃられるのですか? ラウル様が困っていらっしゃいます。申しわけございません。主が勝手なことを申しまして」
マリーがラウルに頭を下げ、ナディアを真剣に見据えた。
「お嬢様、冗談は笑える話でなくてはなりません。そのように……先方を困らせるようなことを軽々しくおっしゃるものではありませんわ」
だが、彼女の台詞を意に介した様子はなく、ナディアは肩をすくめる。
「冗談のつもりはないわ。わたしは本気。突然執事が辞めて人出が足りないのよ。その後釜、務める気はない?」
「………」
――もしかして、これは……。
好機なのではないだろうか。
ラウルは唖然とした表情を作ったまま、思案に耽った。
大理石の床に、豪奢なソファとテーブルの応接セット。
壁には有名画家が描いたとおぼしき絵画が、いくつも飾られている。
調度品は少なく、シンプルながら上品に整えられていた。
――なるほど、ルオ家の別荘となると、それなりだな……。
「ラウルさんと言ったかしら? 早速だけど、お薦めの品というのは――」
応接用のソファに、テーブルを挟んで腰かけ、向かい合う形になったナディアは興味津々といった様子で尋ねた。
「あ、ええ……それがですね……実は西方のサンド公国、大公閣下の伯母上の結婚式のために造られたという首飾りを……」
「へえ。随分大層なものね?」
「え……ええ、まあ……年代物ですが、素晴らしい出来であるのは間違いありません。それが数年前、オークションに出ましてね。競り落としたという方から巡り巡って、こちらへ……」
あらかじめ考えていた――それを手に入れるまでの経緯の話を遮られ、調子が狂ったようにラウルは言葉を続けた。
「そんなことはどうでもいいわ。現物を見せてちょうだい」
「え……は、はい」
いいところのお嬢様の割に随分と快活な性格のようだ。
ナディアに言われるまま、白い手袋を嵌めたラウルはアタッシュケースを開けた。
そして、いくつかの基金類の中にある、いかにも大仰そうなジュエルケースを持ちだす。
「こちらになります。『エルフの涙』という名の――」
目もくらむほどの豪奢な宝石のあしらわれた首飾りを、ラウルが大切そうに披露したところで、ナディアが退屈そうにあくびを堪えるような仕草をした。
――どういうことだ……⁉ 高価な首飾りを見てのこの反応は……大富豪の娘ともなると、感覚がマヒしているということか?
予想外の反応に、ラウルは内心動揺しながら彼女と首飾りを見比べた。
「……興味ないわ。もうしまって?」
「……は?」
――興味がない? まさか、これほどのインパクトがあれば間違いなく食いつくと、ボスが……。この令嬢、宝石類には惹かれないタイプなのか?
「お気に召しませんでしたか……?」
「模造品には興味がないと言っているの。あなたの目は節穴?」
唖然としているラウルを一瞥すると、ナディアは冷めた表情で辛辣に言い放った。
「も、もぞっ……?」
――なんてことだ。模造品だと? 俺もロクに確認はしていなかったが……これを一瞬で見分けるとは、結構な目利きなのか? 富豪とはいえ成り上がりの娘で……いわばなんちゃって令嬢だから、取り入るのはチョロいだという話だったが……。
「……申し訳ありません。勉強不足で。別のものと取り違えたようです」
こんなことは想定していなかったラウルは……ここを強引に押し切るという選択肢を棄て、困惑の表情を浮かべる。
「あなた、その仕事をはじめてどれくらいになるの?」
「え……あ、ああ……実は……歴の方は短く……まだ修行中というところでして……。身の程知らずにも、目利きのお嬢様に営業を掛けてしまいまして……出直して参ります」
――一応、屋敷の構造は把握した。ここは粘らずに一時退却し、後日また……。
そう思い、ラウルが模造品と言われた首飾りをケースに収め、立ち上がろうとしたところで――
「この商売には向いてないんじゃないの?」
トドメの一言。
宝石商というのはラウルにとっては本業でもなんでもなく、『本懐を遂げるため』の仮の身分に過ぎない。
だが、その物言いで何故かぐっさりと胸にナイフを突き刺されたような痛みを覚え、ラウルは青い顔をして俯いていた。
「お嬢様……?」
お茶を出したマリーが怪訝そうにナディアを見た。
相手にする気がないのに、彼を屋敷に招き入れたことを不審に思っているようだ。
「いくらで雇われているの?」
「―――」
その質問にラウルは息を呑んだ。
まさか、自分の正体が……本当は宝石商などではなく、彼女の持つ秘宝を狙っている盗人だと悟られたのだろうか。
――これを偽物と見抜く審美眼を持っているんだ。俺の正体を見抜いたところで、不思議はない。まずったな……。まさか、こんな小娘がここまで手堅いとは。
目まぐるしく思考を巡らせながら、ラウルは頬に汗を滴らせた。
が、次に彼女から飛び出したのは思いもよらない台詞だった、
「だから、会社にはどれくらいで雇われているのかって訊いてるの。その倍額出すわ。ううん、三倍……五倍でもいい。あなた、ここで働く気はない?」
「え――?」
何を言っているのか分からない、といった表情でラウルはナディアを見た。
「お嬢様っ!」
さすがにとんでもない発言を黙って見過ごすわけにいかないと、マリーは声を上げた。
「突然何をおっしゃられるのですか? ラウル様が困っていらっしゃいます。申しわけございません。主が勝手なことを申しまして」
マリーがラウルに頭を下げ、ナディアを真剣に見据えた。
「お嬢様、冗談は笑える話でなくてはなりません。そのように……先方を困らせるようなことを軽々しくおっしゃるものではありませんわ」
だが、彼女の台詞を意に介した様子はなく、ナディアは肩をすくめる。
「冗談のつもりはないわ。わたしは本気。突然執事が辞めて人出が足りないのよ。その後釜、務める気はない?」
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