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2章 執事になって初の怪盗ミッションは⁉
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「――どうした?」
青い顔をして震えていたラウルは、ローザの声ではっと我に返った。
「あ、いえ……仮に生活水準が上がったとしても、あの激務を思えば、プラマイゼロです。なにより窮屈ですよ。監獄と大差ないですね」
「監獄とは……」ローザは肩を震わせ、笑いを漏らした。
「随分と居心地のいいVIPな監獄だな。――それはそうとして、ここに長居するわけにもいかないだろう。次の『仕事』の話だが……スマイル・ハン・カンパニーは知っているな?」
「この街を牛耳っている大会社でしょう? 黒い噂が絶えませんが。ハン会長はピカン市長でもある――いわばピカン・シティのドンです」
「その息子……とはいっても、四男で親の影響はあまりないようだが……アガルト・ハンの生命線ともいえるアイテムが今回のターゲットだ。モデルとしても活動してるから知っているのではないか?」
「ドンの息子? どういういきさつで……?」
「ある女性からの依頼だ。不憫な女でな。彼女の気を晴らしてやりたい。強くそう思った」
「そう『思った』? 依頼を受けた動機は……ボスの私情だけですか?」
ラウルは汗を滴らせながら、ローザの顔を見つめた。
「仕事を請け負うのもある程度の私情は必要だ。気合いが違ってくるからな」
「気合いと言われても……実行役には何も関係ない話ですよね? その私情に付き合わされる者の身になってください」
「何を言っている!」
ローザはだん、と、テーブルを拳で叩いた。
「いち庶民を救うことこそが、我々の味方を増やし、協力者、信奉者を得ることに繋がっているのだ。我々の存続は彼らのバックアップあればこそ。怪盗団『アルテミス』は影の英雄として、富裕層に虐げられた民衆に崇められている――そのことを忘れるな」
「だから、どうしてその仕事を引き受けようと思ったのか、詳細を教えてくださいという話です。ボスひとり、気合いが入っていても仕方ないですから」
「今は言えん。彼女の名誉にかかわることだからな。――そういうわけで、予告状は送っておいた」
ローザは不敵な笑み浮かべた。
ラウルは飛び上がらん勢いで驚いていた。
「なっ……何勝手なことしてるんですか⁉ 俺は受けるとも出来るとも言ってませんよ? しかも、自由のないこの状況で……予告状⁉」
この上司はいったい何を考えているのだ……。
何故、予告して盗むことを美学としているのか……怪盗『アルテミス』の存在を世に知らしめたいのだろう。
闇で人に紛れて活動する盗賊には、不似合いなやり方であることは間違いないため、そのやり方に賛同はしかねる。
「いや、おそらくハンの息子の名誉を掛けて、『何を』盗まれるかは公表されることはない。下手したら、内内……誰にも明かされることはない――その可能性すらある」
「え……? どういうことですか?」
「教えてほしいか?」
にんまりと笑い、ローザはラウルの顔を覗き込むようにした。
「何を盗むのか聞かないことにはどうしようもないでしょう……」
呆れた雰囲気のラウルに、「ちょっと耳を貸せ」と、何やら耳打ちをした。
ラウルは呆気にとられたような表情になった。
「――え? 何故そんなものを」
「我々にとっては『そんなもの』でも、当人にとっては生命の次に大切なものだろう。非常に重要なキー・アイテムだ」
「……そういうものですかね。で? いつ、どうやって盗めばいいんですか?」
「明日の五時。ハン会長の長男アガルトはありがたいことに、別々に暮らしている。意外にも、住処は少し高級という程度のマンションだ。彼の自宅より盗み出せ」
「あ、明日? 何考えてんですか? 正味五時間じゃないですか?」
日付が変わるまで、あと数分というところだ。
唐突な無茶ぶりに、ラウルは飲み物を落としそうになった。
「出したのはつい先ほど。奇襲のようなものだ。数日後に向けて予告を出しても仕方なかろう。迎え撃つ暇を与えずに、攻めるわけだ」
「俺にとっても寝耳に水ですよ。今から、どうやって――」
「おかげで目が醒めただろう? だが、安心しろ。なにもおまえひとりで行かせるつもりはない――」
ローザがカウンター内部の後方を見遣ると、バーテン姿の見知った男が姿を現した。
「ちぃーっす」
彼の姿を見るなり、ラウルは顔をしかめた。
「ジオット……。ボス、ヤツは戦力外です。ほかの――」
「おいおい、イカした朋友に向かってなんて言い草だよ」
「なにが朋友だ。足手まといが」
ぽん、と肩を叩く手をはねのけ、ラウルは舌打ちした。
「あ~んま、オレにそういう口利かない方がいいんじゃね~のかなぁ~?」
「どういうことだ?」
「おまえさあ、結構~、イイカンジなんじゃねえの~、あのお嬢と」
ぼそぼそと背後でささやかれたことで、ラウルが硬直した。
「―――」
ゆっくりと振り返ると、ジオットがニヤニヤしている。
「もしも、時計塔の件を話題にしているのなら、あの娘が連れて行けといったから、それに従っただけだ。執事としてな」
「へー、そうなんだ。そんなふうにデートもしてるんだ? それは知らなかったな」
「‼」
ぎくりとしてローザの方を見遣ると、これ以上ないくらい険しい表情をしている。
「デート? おまえ……もしや……目標物の持ち主と恋仲に……?」
「そんなわけないでしょう? こき使われているだけですよ。彼女に取り入った方が『仕事』がしやすいですからね」
「……ならいいが……くれぐれも、親密な関係になるなよ? 『仕事』がやりづらくなる」
「……分かってますよ……見当外れもいいところです。とりあえず、『仕事』に掛かります」
ローザが頷き「ここがターゲットのうちだ」と、地図を渡した。
ラウルがジオットに目配せし、行動開始の合図をした。
「行っきまっすかねーっと」
ジオットがカウンターを飛び越え、フロアに出た。
青い顔をして震えていたラウルは、ローザの声ではっと我に返った。
「あ、いえ……仮に生活水準が上がったとしても、あの激務を思えば、プラマイゼロです。なにより窮屈ですよ。監獄と大差ないですね」
「監獄とは……」ローザは肩を震わせ、笑いを漏らした。
「随分と居心地のいいVIPな監獄だな。――それはそうとして、ここに長居するわけにもいかないだろう。次の『仕事』の話だが……スマイル・ハン・カンパニーは知っているな?」
「この街を牛耳っている大会社でしょう? 黒い噂が絶えませんが。ハン会長はピカン市長でもある――いわばピカン・シティのドンです」
「その息子……とはいっても、四男で親の影響はあまりないようだが……アガルト・ハンの生命線ともいえるアイテムが今回のターゲットだ。モデルとしても活動してるから知っているのではないか?」
「ドンの息子? どういういきさつで……?」
「ある女性からの依頼だ。不憫な女でな。彼女の気を晴らしてやりたい。強くそう思った」
「そう『思った』? 依頼を受けた動機は……ボスの私情だけですか?」
ラウルは汗を滴らせながら、ローザの顔を見つめた。
「仕事を請け負うのもある程度の私情は必要だ。気合いが違ってくるからな」
「気合いと言われても……実行役には何も関係ない話ですよね? その私情に付き合わされる者の身になってください」
「何を言っている!」
ローザはだん、と、テーブルを拳で叩いた。
「いち庶民を救うことこそが、我々の味方を増やし、協力者、信奉者を得ることに繋がっているのだ。我々の存続は彼らのバックアップあればこそ。怪盗団『アルテミス』は影の英雄として、富裕層に虐げられた民衆に崇められている――そのことを忘れるな」
「だから、どうしてその仕事を引き受けようと思ったのか、詳細を教えてくださいという話です。ボスひとり、気合いが入っていても仕方ないですから」
「今は言えん。彼女の名誉にかかわることだからな。――そういうわけで、予告状は送っておいた」
ローザは不敵な笑み浮かべた。
ラウルは飛び上がらん勢いで驚いていた。
「なっ……何勝手なことしてるんですか⁉ 俺は受けるとも出来るとも言ってませんよ? しかも、自由のないこの状況で……予告状⁉」
この上司はいったい何を考えているのだ……。
何故、予告して盗むことを美学としているのか……怪盗『アルテミス』の存在を世に知らしめたいのだろう。
闇で人に紛れて活動する盗賊には、不似合いなやり方であることは間違いないため、そのやり方に賛同はしかねる。
「いや、おそらくハンの息子の名誉を掛けて、『何を』盗まれるかは公表されることはない。下手したら、内内……誰にも明かされることはない――その可能性すらある」
「え……? どういうことですか?」
「教えてほしいか?」
にんまりと笑い、ローザはラウルの顔を覗き込むようにした。
「何を盗むのか聞かないことにはどうしようもないでしょう……」
呆れた雰囲気のラウルに、「ちょっと耳を貸せ」と、何やら耳打ちをした。
ラウルは呆気にとられたような表情になった。
「――え? 何故そんなものを」
「我々にとっては『そんなもの』でも、当人にとっては生命の次に大切なものだろう。非常に重要なキー・アイテムだ」
「……そういうものですかね。で? いつ、どうやって盗めばいいんですか?」
「明日の五時。ハン会長の長男アガルトはありがたいことに、別々に暮らしている。意外にも、住処は少し高級という程度のマンションだ。彼の自宅より盗み出せ」
「あ、明日? 何考えてんですか? 正味五時間じゃないですか?」
日付が変わるまで、あと数分というところだ。
唐突な無茶ぶりに、ラウルは飲み物を落としそうになった。
「出したのはつい先ほど。奇襲のようなものだ。数日後に向けて予告を出しても仕方なかろう。迎え撃つ暇を与えずに、攻めるわけだ」
「俺にとっても寝耳に水ですよ。今から、どうやって――」
「おかげで目が醒めただろう? だが、安心しろ。なにもおまえひとりで行かせるつもりはない――」
ローザがカウンター内部の後方を見遣ると、バーテン姿の見知った男が姿を現した。
「ちぃーっす」
彼の姿を見るなり、ラウルは顔をしかめた。
「ジオット……。ボス、ヤツは戦力外です。ほかの――」
「おいおい、イカした朋友に向かってなんて言い草だよ」
「なにが朋友だ。足手まといが」
ぽん、と肩を叩く手をはねのけ、ラウルは舌打ちした。
「あ~んま、オレにそういう口利かない方がいいんじゃね~のかなぁ~?」
「どういうことだ?」
「おまえさあ、結構~、イイカンジなんじゃねえの~、あのお嬢と」
ぼそぼそと背後でささやかれたことで、ラウルが硬直した。
「―――」
ゆっくりと振り返ると、ジオットがニヤニヤしている。
「もしも、時計塔の件を話題にしているのなら、あの娘が連れて行けといったから、それに従っただけだ。執事としてな」
「へー、そうなんだ。そんなふうにデートもしてるんだ? それは知らなかったな」
「‼」
ぎくりとしてローザの方を見遣ると、これ以上ないくらい険しい表情をしている。
「デート? おまえ……もしや……目標物の持ち主と恋仲に……?」
「そんなわけないでしょう? こき使われているだけですよ。彼女に取り入った方が『仕事』がしやすいですからね」
「……ならいいが……くれぐれも、親密な関係になるなよ? 『仕事』がやりづらくなる」
「……分かってますよ……見当外れもいいところです。とりあえず、『仕事』に掛かります」
ローザが頷き「ここがターゲットのうちだ」と、地図を渡した。
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「行っきまっすかねーっと」
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