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2章 執事になって初の怪盗ミッションは⁉
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悪夢のような夕食を採らされたあの日の深夜――
床に就くまでなんともなかったが、横になったとたんに急激に気分が悪くなり、耐えきれなくなったラウルは、トイレに駆け込み胃の中のものをすべて吐き戻していた。
――う……やっぱり、喉を通過したあとも油断できないな……やはり、酢豚のパイナップルは強烈だ。
暗闇の中、手洗いから戻ってきたラウルは、ヨロヨロと廊下を歩いていた。
「わっ……」
どんっ、という衝撃を受けた。
調子が整わないままの気のゆるみで、誰かにぶつかってしまったようだ。
「も、もうしわけな――」
「……もう、どこ見てんのよ?」
てっきり従者の誰かかと思ったが、令嬢の声――
「ナディアお嬢様? ど、どうされました?」
ラウルが手を差し伸べるよりも前に、ナディアが落とした懐中電灯と紙袋を拾い、飛び跳ねるように立ち上がっていた。
「どうされましたって……あなたこそ、どうしたの? 具合でも悪い?」
「あ……いえ、もう、諸悪の根源は除去しましたので……なんとか……」
無意識に胃の辺りを撫でながら、ラウルが苦笑した。
「諸悪の根源……ね。何か苦手なものでも食べさせられた?」
現状を言い当てられ、ラウルは息を呑む。
「……なぜ、それを……?」
ラウルの反応が面白かったようで、ナディアが苦笑した。
「よくやる手なのよ、マリーが。まあ、失態に対する仕置きっていうか……前の執事もよく、ピータンを丸ごと食べさせられてたわね」
「……は?」
「嫌いな食べ物を正直に答えたのは失敗だったわね。無難なものでも答えていればよかったのに」
「だから……それを避けるように提供してもらえると思うじゃないですか。まさかこんなことのための情報だとは――」
「まあ、ネガティブな理由だけじゃなく、もちろん、平常時なら避けるつもりだとは思うわよ」
「平常時……今後はそう願いたいですね……」
「では」とひと声かけ、踵を返すラウルの腕をナディアが握った。
「……悪かったわ」
「? どうなさいました?」
「時計塔に出掛けた件よ。あれはわたしが強引に脱走させたわけだから。あなたが責任を取ることになるのはおかしな話だと思う」
――だと思うなら、侍女長にそう申し出ればいいだろうに……俺に対して謝ったところで……。
と、思ったがラウルはどう返したものかと逡巡しながら、気づかれないよう、小さく嘆息した。
「ちょっと、いい?」
「お嬢様……?」
「少し、付き合って」
ナディアがラウルの腕を引っ張って階段を上がり、二階の突き当りに向かって歩いていく。
「あの……?」
怪訝に思いながらも彼女に抗うことはせず、言われるままに従った。
突き当りを進んだ先はバルコニーになっていて、ちょっとしたテーブルとイスが置いてあり、お茶が出来るようなスペースがある。
「口に合うかどうか分からないけど……パイナップルは入っていないわ」
紙袋を開けると、形の崩れたクッキーが入っていた。
落とした衝撃で割れたようだ。
「こちらは……?」
「なによ、その顔。わたしが焼いたんじゃないから、安心してよ。キッチンの棚からくすねてきたの。不格好なのはさっき落としたから」
警戒心を抱かせないように……なのか、中から一枚取り出し、ナディアはそれを口に入れた。
咀嚼して嚥下したあと、もう一枚紙袋から取り出し、「ほら」とラウルに差し出す。
「別に変なものも入ってないし、結構いけるわよ」
「はあ……では」
クッキーを受け取ると、ラウルはそれを口に入れた。
サクサクとした食感。
口いっぱいに、ソフトな甘さが広がっていく。
「………」
「どう?」
「おいしいです……」
「よかった」
安堵したようなナディアの笑みに、なぜかどきりとした。
「………」
さほど甘い菓子類は好きではないが、間が持たずに次々と口へ運ぶ。
「……辞めないでね?」
「――っ?」
ラウルはごほ、っとむせて、彼女を見つめる。
「今、あなたに辞められたら困るの」
「……何故、困るのですか?」
一瞬言葉に詰まったように沈黙が流れ、ナディアがゆっくりと口を開いた。
「――だから、この間言ったとおりよ。あなたはわたしの求める人材だから。それにあなたに辞められて父に代わりの者を寄越されたら、やりづらくなるの。だから、辞めないで、絶対」
「……前向きに善処致します」
ラウルは視線を反らして応えていた。
「~~~~つまんない回答するわね」
「面白い回答とは?」
「あ~~、もういいわ。とりあえず、伝えたいことは伝えたから。じゃあ」
ラウルに取り入ることを諦めたように、ナディアは席を立った。
「あの……」
何故だか、ひとこと言いたい気になったラウルが声を掛けた。
「なに?」
「私の苦手なものはパイナップルそのものではなく――酢豚に入ったパイナップルです。今後、二度と私の前に出さないよう、命じてくださると助かります」
一瞬、唖然とした表情になるが、ナディアは微かな笑みを浮かべた。
「OK……前向きに善処するわ」
「前向き、ですか?」
「お返し」
すっと冷めたような表情を浮かべると、コツコツと足音を立て、ナディアはその場を去った。
『酢豚のパイナップル』に聞き覚えがあるような気がしたが、どこで耳にしたのかまでは思い出せないままで――
床に就くまでなんともなかったが、横になったとたんに急激に気分が悪くなり、耐えきれなくなったラウルは、トイレに駆け込み胃の中のものをすべて吐き戻していた。
――う……やっぱり、喉を通過したあとも油断できないな……やはり、酢豚のパイナップルは強烈だ。
暗闇の中、手洗いから戻ってきたラウルは、ヨロヨロと廊下を歩いていた。
「わっ……」
どんっ、という衝撃を受けた。
調子が整わないままの気のゆるみで、誰かにぶつかってしまったようだ。
「も、もうしわけな――」
「……もう、どこ見てんのよ?」
てっきり従者の誰かかと思ったが、令嬢の声――
「ナディアお嬢様? ど、どうされました?」
ラウルが手を差し伸べるよりも前に、ナディアが落とした懐中電灯と紙袋を拾い、飛び跳ねるように立ち上がっていた。
「どうされましたって……あなたこそ、どうしたの? 具合でも悪い?」
「あ……いえ、もう、諸悪の根源は除去しましたので……なんとか……」
無意識に胃の辺りを撫でながら、ラウルが苦笑した。
「諸悪の根源……ね。何か苦手なものでも食べさせられた?」
現状を言い当てられ、ラウルは息を呑む。
「……なぜ、それを……?」
ラウルの反応が面白かったようで、ナディアが苦笑した。
「よくやる手なのよ、マリーが。まあ、失態に対する仕置きっていうか……前の執事もよく、ピータンを丸ごと食べさせられてたわね」
「……は?」
「嫌いな食べ物を正直に答えたのは失敗だったわね。無難なものでも答えていればよかったのに」
「だから……それを避けるように提供してもらえると思うじゃないですか。まさかこんなことのための情報だとは――」
「まあ、ネガティブな理由だけじゃなく、もちろん、平常時なら避けるつもりだとは思うわよ」
「平常時……今後はそう願いたいですね……」
「では」とひと声かけ、踵を返すラウルの腕をナディアが握った。
「……悪かったわ」
「? どうなさいました?」
「時計塔に出掛けた件よ。あれはわたしが強引に脱走させたわけだから。あなたが責任を取ることになるのはおかしな話だと思う」
――だと思うなら、侍女長にそう申し出ればいいだろうに……俺に対して謝ったところで……。
と、思ったがラウルはどう返したものかと逡巡しながら、気づかれないよう、小さく嘆息した。
「ちょっと、いい?」
「お嬢様……?」
「少し、付き合って」
ナディアがラウルの腕を引っ張って階段を上がり、二階の突き当りに向かって歩いていく。
「あの……?」
怪訝に思いながらも彼女に抗うことはせず、言われるままに従った。
突き当りを進んだ先はバルコニーになっていて、ちょっとしたテーブルとイスが置いてあり、お茶が出来るようなスペースがある。
「口に合うかどうか分からないけど……パイナップルは入っていないわ」
紙袋を開けると、形の崩れたクッキーが入っていた。
落とした衝撃で割れたようだ。
「こちらは……?」
「なによ、その顔。わたしが焼いたんじゃないから、安心してよ。キッチンの棚からくすねてきたの。不格好なのはさっき落としたから」
警戒心を抱かせないように……なのか、中から一枚取り出し、ナディアはそれを口に入れた。
咀嚼して嚥下したあと、もう一枚紙袋から取り出し、「ほら」とラウルに差し出す。
「別に変なものも入ってないし、結構いけるわよ」
「はあ……では」
クッキーを受け取ると、ラウルはそれを口に入れた。
サクサクとした食感。
口いっぱいに、ソフトな甘さが広がっていく。
「………」
「どう?」
「おいしいです……」
「よかった」
安堵したようなナディアの笑みに、なぜかどきりとした。
「………」
さほど甘い菓子類は好きではないが、間が持たずに次々と口へ運ぶ。
「……辞めないでね?」
「――っ?」
ラウルはごほ、っとむせて、彼女を見つめる。
「今、あなたに辞められたら困るの」
「……何故、困るのですか?」
一瞬言葉に詰まったように沈黙が流れ、ナディアがゆっくりと口を開いた。
「――だから、この間言ったとおりよ。あなたはわたしの求める人材だから。それにあなたに辞められて父に代わりの者を寄越されたら、やりづらくなるの。だから、辞めないで、絶対」
「……前向きに善処致します」
ラウルは視線を反らして応えていた。
「~~~~つまんない回答するわね」
「面白い回答とは?」
「あ~~、もういいわ。とりあえず、伝えたいことは伝えたから。じゃあ」
ラウルに取り入ることを諦めたように、ナディアは席を立った。
「あの……」
何故だか、ひとこと言いたい気になったラウルが声を掛けた。
「なに?」
「私の苦手なものはパイナップルそのものではなく――酢豚に入ったパイナップルです。今後、二度と私の前に出さないよう、命じてくださると助かります」
一瞬、唖然とした表情になるが、ナディアは微かな笑みを浮かべた。
「OK……前向きに善処するわ」
「前向き、ですか?」
「お返し」
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