怪盗執事の華麗なる忠誠

八波琴音

文字の大きさ
14 / 16
2章 執事になって初の怪盗ミッションは⁉

13

しおりを挟む
 悪夢のような夕食を採らされたあの日の深夜――

 床に就くまでなんともなかったが、横になったとたんに急激に気分が悪くなり、耐えきれなくなったラウルは、トイレに駆け込み胃の中のものをすべて吐き戻していた。

――う……やっぱり、喉を通過したあとも油断できないな……やはり、酢豚のパイナップルは強烈だ。

 暗闇の中、手洗いから戻ってきたラウルは、ヨロヨロと廊下を歩いていた。

「わっ……」

 どんっ、という衝撃を受けた。
 調子が整わないままの気のゆるみで、誰かにぶつかってしまったようだ。

「も、もうしわけな――」
「……もう、どこ見てんのよ?」

 てっきり従者の誰かかと思ったが、令嬢の声――

「ナディアお嬢様? ど、どうされました?」

 ラウルが手を差し伸べるよりも前に、ナディアが落とした懐中電灯と紙袋を拾い、飛び跳ねるように立ち上がっていた。

「どうされましたって……あなたこそ、どうしたの? 具合でも悪い?」
「あ……いえ、もう、諸悪の根源は除去しましたので……なんとか……」

 無意識に胃の辺りを撫でながら、ラウルが苦笑した。

「諸悪の根源……ね。何か苦手なものでも食べさせられた?」

 現状を言い当てられ、ラウルは息を呑む。

「……なぜ、それを……?」

 ラウルの反応が面白かったようで、ナディアが苦笑した。

「よくやる手なのよ、マリーが。まあ、失態に対する仕置きっていうか……前の執事もよく、ピータンを丸ごと食べさせられてたわね」
「……は?」
「嫌いな食べ物を正直に答えたのは失敗だったわね。無難なものでも答えていればよかったのに」
「だから……それを避けるように提供してもらえると思うじゃないですか。まさかこんなことのための情報だとは――」
「まあ、ネガティブな理由だけじゃなく、もちろん、平常時なら避けるつもりだとは思うわよ」
「平常時……今後はそう願いたいですね……」
「では」とひと声かけ、踵を返すラウルの腕をナディアが握った。
「……悪かったわ」
「? どうなさいました?」
「時計塔に出掛けた件よ。あれはわたしが強引に脱走させたわけだから。あなたが責任を取ることになるのはおかしな話だと思う」

――だと思うなら、侍女長にそう申し出ればいいだろうに……俺に対して謝ったところで……。

 と、思ったがラウルはどう返したものかと逡巡しながら、気づかれないよう、小さく嘆息した。

「ちょっと、いい?」
「お嬢様……?」
「少し、付き合って」

 ナディアがラウルの腕を引っ張って階段を上がり、二階の突き当りに向かって歩いていく。

「あの……?」

 怪訝に思いながらも彼女に抗うことはせず、言われるままに従った。
 突き当りを進んだ先はバルコニーになっていて、ちょっとしたテーブルとイスが置いてあり、お茶が出来るようなスペースがある。

「口に合うかどうか分からないけど……パイナップルは入っていないわ」

 紙袋を開けると、形の崩れたクッキーが入っていた。
 落とした衝撃で割れたようだ。

「こちらは……?」
「なによ、その顔。わたしが焼いたんじゃないから、安心してよ。キッチンの棚からくすねてきたの。不格好なのはさっき落としたから」

 警戒心を抱かせないように……なのか、中から一枚取り出し、ナディアはそれを口に入れた。
 咀嚼して嚥下したあと、もう一枚紙袋から取り出し、「ほら」とラウルに差し出す。

「別に変なものも入ってないし、結構いけるわよ」
「はあ……では」

 クッキーを受け取ると、ラウルはそれを口に入れた。
 サクサクとした食感。
 口いっぱいに、ソフトな甘さが広がっていく。

「………」
「どう?」
「おいしいです……」
「よかった」

 安堵したようなナディアの笑みに、なぜかどきりとした。

「………」

 さほど甘い菓子類は好きではないが、間が持たずに次々と口へ運ぶ。

「……辞めないでね?」
「――っ?」

 ラウルはごほ、っとむせて、彼女を見つめる。

「今、あなたに辞められたら困るの」
「……何故、困るのですか?」

 一瞬言葉に詰まったように沈黙が流れ、ナディアがゆっくりと口を開いた。

「――だから、この間言ったとおりよ。あなたはわたしの求める人材だから。それにあなたに辞められて父に代わりの者を寄越されたら、やりづらくなるの。だから、辞めないで、絶対」
「……前向きに善処致します」

 ラウルは視線を反らして応えていた。

「~~~~つまんない回答するわね」
「面白い回答とは?」
「あ~~、もういいわ。とりあえず、伝えたいことは伝えたから。じゃあ」

 ラウルに取り入ることを諦めたように、ナディアは席を立った。

「あの……」

 何故だか、ひとこと言いたい気になったラウルが声を掛けた。

「なに?」
「私の苦手なものはパイナップルそのものではなく――酢豚に入ったパイナップルです。今後、二度と私の前に出さないよう、命じてくださると助かります」

 一瞬、唖然とした表情になるが、ナディアは微かな笑みを浮かべた。

「OK……前向きに善処するわ」
「前向き、ですか?」
「お返し」

 すっと冷めたような表情を浮かべると、コツコツと足音を立て、ナディアはその場を去った。

『酢豚のパイナップル』に聞き覚えがあるような気がしたが、どこで耳にしたのかまでは思い出せないままで――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...