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第一話「料理人の誕生」
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第一話「料理人の誕生」
「うわっ……!」
地下鉄の電車内に轟音が響き渡った瞬間、俺——進藤八蔵は全身を強烈な衝撃に包まれた。最後に覚えているのは揺れる車体と周囲の悲鳴、そして暗闇に落ちていくような感覚だった。
***
「目を覚ましたか?」
柔らかい光の中、美しい女性の声が耳に入る。瞼を開くと、目の前には女神のような輝く女性が立っていた。金色の長い髪、透き通るような青い瞳。背後には七色に輝く雲海が広がっている。
「ここは……?僕、死んだんですか?」
「まあ、簡単に言えばそうね」
女神は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。「君が乗っていた地下鉄は事故に巻き込まれて……残念ながら生き残った人は一人もいないわ」
胸が痛むような事実に言葉を失った。だが同時にほっとした気持ちもある。家族の心配をする必要がなくなったからだ。父と母はすでに他界し、兄弟もいない。
「それで……僕はこれからどうなるのですか?」
「君には二つの選択肢があるわ。一つは魂を浄化して輪廻転生すること。もう一つは——別の世界で新しい人生を始める"転生"よ」
「異世界……ですか?」
「ええ。魔物が存在し魔法がある世界。文明レベルは地球の中世程度だけど……」
女神は少し困ったような顔をした。
「正直言って治安は悪いわ。武器も持たずに放り出されたらあっという間に殺されてしまうでしょうね」
僕は天を仰いだ。大学中退でフリーター。彼女いない歴イコール年齢。そんな人生から脱却できるチャンスかもしれない。
「行きます!異世界に行かせてください!」
「了解したわ」
女神は微笑んだ。
「ただし転生時には特殊スキルを一つだけ授けることができるの。何か希望はある?」
スキル……か。ゲームとかなら攻撃力アップや魔法攻撃力みたいなのがいいんだろうけど……
「料理が得意なんです。小さい頃から母のために弁当を作ってて……だから料理関係のスキルがあれば嬉しいです」
「あら意外」
女神は驚いた表情を見せた。
「戦闘系じゃなくていいのね?でも料理スキルなんて聞いたことがないわ……」
彼女の指先から光の粒が舞い上がり空中で踊り始めた。やがて一本の巻物が出現する。
「転生候補者・進藤八蔵へのスキル授与……」
女神は眉をひそめた。
「あら?これは……」
「何か問題でも?」
「ううん、大丈夫よ」
女神は微笑んだ。
「決まりました。あなたに授けるスキルは——」
「移動式神楽(モバイルカグラー)」
***
眩い光に包まれたと思った瞬間、足元に硬い地面の感触が戻ってきた。ゆっくりと目を開けると、そこは石畳の広場だった。周囲には土壁の建物が立ち並び、人々が行き交っている。明らかに日本ではない。鎧を着た兵士や革の服をまとった行商人が見える。
「本当に異世界に来たんだ……」
空を見上げれば太陽が二つあり、遠くの山脈は不思議な紫色に輝いていた。まるで漫画やアニメの世界だ。
「まずは水と食料か……」
歩き出すと同時に腹部から激しい音が響いた。そういえば死ぬ前の晩から何も食べていない。
「まずは食べ物を探そう」
道を尋ねようと周囲を見回した時、路地裏から怒号が聞こえた。
「おいガキ!逃げられねぇぞ!」
「助けてぇ!」
女の子の叫び声だ。好奇心と義務感に駆られて路地に飛び込むと、三人の男たちが小柄な少女を取り囲んでいた。少女は紫色のツインテールを揺らし必死に抵抗しているが、男たちの力に押されている。
考えるよりも早く体が動いた。一番近い男の背後に回り込み後頭部に肘打ちを入れる。続いて二人目の横腹に膝蹴りを叩き込む。三人目は振り返る暇もなく顎に掌底打ちを受け崩れ落ちた。
「大丈夫?」
少女を見下ろすと、彼女は大きな瞳でこちらを見上げていた。空色の瞳が潤んでいる。
「あ……ありがとう」
「怪我はない?」
「うん……」
その時だった。ポケットの中に違和感を覚える。何かが入っている。取り出してみるとそれは金属製の小さな箱だった。表面には
「モバイルカグラー」
と刻印されている。
「これって……」
箱を開けると中から紙切れが出てきた。そこにはこう書かれていた。
『屋台起動シーケンスを開始しますか? (Y/N)』
「いやいや……どういうことだよ」
試しに
「Y」
を指で押す。すると箱が突然膨張し始め、あっという間に四畳半ほどの木製の屋台へと変貌した。
「え……?」
煙と共に現れた屋台は、日本の縁日にあるような木彫りの屋根と暖簾が垂れている。左右には板が張られた長椅子があり、中央には調理台とコンロまで完備されていた。
「す……すごい……これが僕のスキル……」
「ちょっと!何それ!?」
少女が驚いた声を上げる。
「突然箱が大きくなって……!」
「君も見えたのか?」
普通の人には見えないと思っていたが……
「あたしにはちゃんと見えてるわよ!」
少女は憤慨したように言った。
「というか……なんかいい匂いしない?」
確かに調理台の方から香ばしい匂いが漂ってくる。コンロの上には鍋が置かれ湯気が立っていた。中を覗くと白米が炊かれている。
「これは……」
さらに調理台の下には大量の食材が積まれていた。卵、パン粉、小麦粉、……そして何よりも大切なものは——
「調味料がある!」
迷わず取り出すと同時に少女が言った。
「あなた何者なの?」
「え?」
「突然現れて盗賊を倒して……そして今度は屋台を作り出すなんて……」
「ああ……僕は進藤八蔵。今日からここの住人になったばかりなんだ」
「ヤグラ・シンドウ?……変わった名前ね」
少女は首を傾げた。
「あたしはミレイ。王都ホルンに住む……ただの一般人よ」
「ミレイか。よろしく」
「でも……」
ミレイは不審げに屋台を見つめた。
「あれはどう説明するの?」
「実は転生してきて……」
「転生!?」
ミレイの目が丸くなった。
「あなた異世界人なの!?」
どうやらこの世界では転生者が珍しくないらしい。それはそれで助かるが……
「それで……どうするつもり?」
ミレイは調理台の方を見た。
「ここでお店でも出すの?」
「まあ……やってみるしかないよな」
屋台に腰掛けながら答える。
「でも君は早く帰った方がいい。さっきの男たちの仲間が戻ってくるかも」
「いやよ!」
ミレイは屋台の椅子に座ったまま宣言した。
「せっかく面白いものを見つけたのに一人で帰るわけないでしょ?」
「いやいや……危険だって」
「うるさいわね!」
ミレイは頬を膨らませた。
「それに……あたしもお腹ぺこぺこなの。何か作ってくれるんでしょ?」
参ったな……。でも確かに腹が減っては戦はできぬ。
「わかった。でも手伝ってもらうよ」
「え?」
「まず材料を洗うところからだ」
***
一時間後、屋台からは食欲をそそる匂いが広がっていた。出来上がったのはシンプルな玉子サンドと野菜スープ。
「どうぞ」
ミレイの前に皿を置く。
「美味しそう……」
恐る恐る一口食べたミレイの表情が一変した。
「な……なにこれ!?めちゃくちゃ美味しいじゃない!」
「良かった」
「この柔らかいパンと濃厚な黄身が……最高!」
ミレイは目を輝かせながら言った。
「あなたプロの料理人!?」
「いや……趣味程度かな」
実際は大学中退後に始めた居酒屋バイトで磨いた技術なんだけど。
「嘘よ!こんなの王宮料理人でもなかなか……」
ミレイの言葉が途中で止まった。
「どうした?」
「思い出した……」
彼女は急に真剣な表情になった。
「あたしの母さん……料理人だったの。でも病気で亡くなって……」
「そうか……」
「だから料理人っていう言葉に過敏になって……」
「気にしないで」
「うん……」
ミレイは小さく頷いた。
「でも本当に美味しかった。ありがとう」
そう言いながら彼女は最後の一切れを口に運んだ。
その時だった。屋台の外から複数の人影が近づいてくる気配がする。さっきの男たちの仲間だろうか。
「ヤグラ!隠れて!」
ミレイが小声で警告する。
「いや……出ていこう」
屋台の入口を開け外に出る。そこには十人近くの武装した男たちが立っていた。先ほど倒した三人もいる。どうやら仲間を集め戻ってきたようだ。
「さっきのガキ共だ」
リーダー格の男が言った。
「よくも恥をかかせてくれたな」
「おい坊主」
男は俺を指差した。
「その女を渡せ。さもなくば命はないと思え」
「それはできない」
「ほう?」
男は剣を抜いた。
「なら仕方ないな」
後ろでミレイが息を呑むのが聞こえる。確かに武器もない僕が勝てるはずもない……。
その時だった。
「やめてください!」
意外なことに声を上げたのはミレイだった。彼女は僕の前に立ち塞がり両手を広げていた。
「この人に手を出したら許さない!」
「おっと」
リーダーは嘲るように笑った。
「可愛いガキだ。まずはお前から可愛がってやろうか?」
男たちの下卑た笑い声が路地に響く。その瞬間——
「おいおい」
聞き慣れない声が背後から聞こえた。
振り返ると屋台の暖簾をくぐって現れたのは——自分自身だった。
「は?」
驚愕する間もなくもう一人の僕が続けた。
「この店で暴れるのは困るなぁ」
「何だと!?」
リーダーが振り向いた瞬間、もう一人の僕の姿が消えた。かと思うと次の瞬間リーダーの後ろに立ち回し蹴りを入れていた。
「ぐぁっ!」
リーダーが吹き飛ぶ。残りの男たちが動揺する中、彼は続けざまに三人を一撃で倒していく。
「ヤグラ?」
ミレイが呆然と見つめる中、もう一人の僕——いや、あれは本当に自分なのだろうか?
「スキルの副作用ってやつ?」
もう一人の僕が言う。
「"屋台"から離れると消えるけどね」
その通りだった。彼は屋台から離れると煙のように消えてしまった。
「あれが……」
ミレイは信じられない様子で言った。
「ヤグラのスキル?」
「みたいだな……」
「すごすぎない?」
ミレイは興奮した様子で言った。
「こんなの見たことないわ!」
確かに自分でも驚きだった。まさか戦闘補助までできるとは。
「とりあえず危機は去ったな」
「ええ……」
ミレイは安堵の表情を浮かべた。
「でも……」
彼女は心配そうに言った。
「これからどうするの?」
「うーん……」
実際問題として衣食住全てが不足している。特に住む場所がない。
「あの……」
ミレイが提案してきた。
「あたしの家に来ない?」
「え?」
「危険だからって一人で放り出すのも気が引けるし……それに」
彼女は少し照れたように言った。
「ヤグラの料理……もっと食べたいの」
「いいのか?」
「うん!」
ミレイは力強く頷いた。
「でも条件があるわ」
「何だ?」
「これからもずっと料理を作り続けてくれること」
「はは」
思わず笑ってしまった。
「それなら喜んで」
「約束よ!」
ミレイは満面の笑みを浮かべた。
「よーし!じゃあ今日はあたしの家でお祝いパーティーよ!」
こうして僕—進藤八蔵—いや、ヤグラ・シンドウの異世界生活は幕を開けた。移動式神楽と呼ばれる不思議なスキルと共に……そしてツンデレ気味の美人少女・ミレイという仲間と共に。
人生はまだまだ始まったばかりだ。
「うわっ……!」
地下鉄の電車内に轟音が響き渡った瞬間、俺——進藤八蔵は全身を強烈な衝撃に包まれた。最後に覚えているのは揺れる車体と周囲の悲鳴、そして暗闇に落ちていくような感覚だった。
***
「目を覚ましたか?」
柔らかい光の中、美しい女性の声が耳に入る。瞼を開くと、目の前には女神のような輝く女性が立っていた。金色の長い髪、透き通るような青い瞳。背後には七色に輝く雲海が広がっている。
「ここは……?僕、死んだんですか?」
「まあ、簡単に言えばそうね」
女神は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。「君が乗っていた地下鉄は事故に巻き込まれて……残念ながら生き残った人は一人もいないわ」
胸が痛むような事実に言葉を失った。だが同時にほっとした気持ちもある。家族の心配をする必要がなくなったからだ。父と母はすでに他界し、兄弟もいない。
「それで……僕はこれからどうなるのですか?」
「君には二つの選択肢があるわ。一つは魂を浄化して輪廻転生すること。もう一つは——別の世界で新しい人生を始める"転生"よ」
「異世界……ですか?」
「ええ。魔物が存在し魔法がある世界。文明レベルは地球の中世程度だけど……」
女神は少し困ったような顔をした。
「正直言って治安は悪いわ。武器も持たずに放り出されたらあっという間に殺されてしまうでしょうね」
僕は天を仰いだ。大学中退でフリーター。彼女いない歴イコール年齢。そんな人生から脱却できるチャンスかもしれない。
「行きます!異世界に行かせてください!」
「了解したわ」
女神は微笑んだ。
「ただし転生時には特殊スキルを一つだけ授けることができるの。何か希望はある?」
スキル……か。ゲームとかなら攻撃力アップや魔法攻撃力みたいなのがいいんだろうけど……
「料理が得意なんです。小さい頃から母のために弁当を作ってて……だから料理関係のスキルがあれば嬉しいです」
「あら意外」
女神は驚いた表情を見せた。
「戦闘系じゃなくていいのね?でも料理スキルなんて聞いたことがないわ……」
彼女の指先から光の粒が舞い上がり空中で踊り始めた。やがて一本の巻物が出現する。
「転生候補者・進藤八蔵へのスキル授与……」
女神は眉をひそめた。
「あら?これは……」
「何か問題でも?」
「ううん、大丈夫よ」
女神は微笑んだ。
「決まりました。あなたに授けるスキルは——」
「移動式神楽(モバイルカグラー)」
***
眩い光に包まれたと思った瞬間、足元に硬い地面の感触が戻ってきた。ゆっくりと目を開けると、そこは石畳の広場だった。周囲には土壁の建物が立ち並び、人々が行き交っている。明らかに日本ではない。鎧を着た兵士や革の服をまとった行商人が見える。
「本当に異世界に来たんだ……」
空を見上げれば太陽が二つあり、遠くの山脈は不思議な紫色に輝いていた。まるで漫画やアニメの世界だ。
「まずは水と食料か……」
歩き出すと同時に腹部から激しい音が響いた。そういえば死ぬ前の晩から何も食べていない。
「まずは食べ物を探そう」
道を尋ねようと周囲を見回した時、路地裏から怒号が聞こえた。
「おいガキ!逃げられねぇぞ!」
「助けてぇ!」
女の子の叫び声だ。好奇心と義務感に駆られて路地に飛び込むと、三人の男たちが小柄な少女を取り囲んでいた。少女は紫色のツインテールを揺らし必死に抵抗しているが、男たちの力に押されている。
考えるよりも早く体が動いた。一番近い男の背後に回り込み後頭部に肘打ちを入れる。続いて二人目の横腹に膝蹴りを叩き込む。三人目は振り返る暇もなく顎に掌底打ちを受け崩れ落ちた。
「大丈夫?」
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「あ……ありがとう」
「怪我はない?」
「うん……」
その時だった。ポケットの中に違和感を覚える。何かが入っている。取り出してみるとそれは金属製の小さな箱だった。表面には
「モバイルカグラー」
と刻印されている。
「これって……」
箱を開けると中から紙切れが出てきた。そこにはこう書かれていた。
『屋台起動シーケンスを開始しますか? (Y/N)』
「いやいや……どういうことだよ」
試しに
「Y」
を指で押す。すると箱が突然膨張し始め、あっという間に四畳半ほどの木製の屋台へと変貌した。
「え……?」
煙と共に現れた屋台は、日本の縁日にあるような木彫りの屋根と暖簾が垂れている。左右には板が張られた長椅子があり、中央には調理台とコンロまで完備されていた。
「す……すごい……これが僕のスキル……」
「ちょっと!何それ!?」
少女が驚いた声を上げる。
「突然箱が大きくなって……!」
「君も見えたのか?」
普通の人には見えないと思っていたが……
「あたしにはちゃんと見えてるわよ!」
少女は憤慨したように言った。
「というか……なんかいい匂いしない?」
確かに調理台の方から香ばしい匂いが漂ってくる。コンロの上には鍋が置かれ湯気が立っていた。中を覗くと白米が炊かれている。
「これは……」
さらに調理台の下には大量の食材が積まれていた。卵、パン粉、小麦粉、……そして何よりも大切なものは——
「調味料がある!」
迷わず取り出すと同時に少女が言った。
「あなた何者なの?」
「え?」
「突然現れて盗賊を倒して……そして今度は屋台を作り出すなんて……」
「ああ……僕は進藤八蔵。今日からここの住人になったばかりなんだ」
「ヤグラ・シンドウ?……変わった名前ね」
少女は首を傾げた。
「あたしはミレイ。王都ホルンに住む……ただの一般人よ」
「ミレイか。よろしく」
「でも……」
ミレイは不審げに屋台を見つめた。
「あれはどう説明するの?」
「実は転生してきて……」
「転生!?」
ミレイの目が丸くなった。
「あなた異世界人なの!?」
どうやらこの世界では転生者が珍しくないらしい。それはそれで助かるが……
「それで……どうするつもり?」
ミレイは調理台の方を見た。
「ここでお店でも出すの?」
「まあ……やってみるしかないよな」
屋台に腰掛けながら答える。
「でも君は早く帰った方がいい。さっきの男たちの仲間が戻ってくるかも」
「いやよ!」
ミレイは屋台の椅子に座ったまま宣言した。
「せっかく面白いものを見つけたのに一人で帰るわけないでしょ?」
「いやいや……危険だって」
「うるさいわね!」
ミレイは頬を膨らませた。
「それに……あたしもお腹ぺこぺこなの。何か作ってくれるんでしょ?」
参ったな……。でも確かに腹が減っては戦はできぬ。
「わかった。でも手伝ってもらうよ」
「え?」
「まず材料を洗うところからだ」
***
一時間後、屋台からは食欲をそそる匂いが広がっていた。出来上がったのはシンプルな玉子サンドと野菜スープ。
「どうぞ」
ミレイの前に皿を置く。
「美味しそう……」
恐る恐る一口食べたミレイの表情が一変した。
「な……なにこれ!?めちゃくちゃ美味しいじゃない!」
「良かった」
「この柔らかいパンと濃厚な黄身が……最高!」
ミレイは目を輝かせながら言った。
「あなたプロの料理人!?」
「いや……趣味程度かな」
実際は大学中退後に始めた居酒屋バイトで磨いた技術なんだけど。
「嘘よ!こんなの王宮料理人でもなかなか……」
ミレイの言葉が途中で止まった。
「どうした?」
「思い出した……」
彼女は急に真剣な表情になった。
「あたしの母さん……料理人だったの。でも病気で亡くなって……」
「そうか……」
「だから料理人っていう言葉に過敏になって……」
「気にしないで」
「うん……」
ミレイは小さく頷いた。
「でも本当に美味しかった。ありがとう」
そう言いながら彼女は最後の一切れを口に運んだ。
その時だった。屋台の外から複数の人影が近づいてくる気配がする。さっきの男たちの仲間だろうか。
「ヤグラ!隠れて!」
ミレイが小声で警告する。
「いや……出ていこう」
屋台の入口を開け外に出る。そこには十人近くの武装した男たちが立っていた。先ほど倒した三人もいる。どうやら仲間を集め戻ってきたようだ。
「さっきのガキ共だ」
リーダー格の男が言った。
「よくも恥をかかせてくれたな」
「おい坊主」
男は俺を指差した。
「その女を渡せ。さもなくば命はないと思え」
「それはできない」
「ほう?」
男は剣を抜いた。
「なら仕方ないな」
後ろでミレイが息を呑むのが聞こえる。確かに武器もない僕が勝てるはずもない……。
その時だった。
「やめてください!」
意外なことに声を上げたのはミレイだった。彼女は僕の前に立ち塞がり両手を広げていた。
「この人に手を出したら許さない!」
「おっと」
リーダーは嘲るように笑った。
「可愛いガキだ。まずはお前から可愛がってやろうか?」
男たちの下卑た笑い声が路地に響く。その瞬間——
「おいおい」
聞き慣れない声が背後から聞こえた。
振り返ると屋台の暖簾をくぐって現れたのは——自分自身だった。
「は?」
驚愕する間もなくもう一人の僕が続けた。
「この店で暴れるのは困るなぁ」
「何だと!?」
リーダーが振り向いた瞬間、もう一人の僕の姿が消えた。かと思うと次の瞬間リーダーの後ろに立ち回し蹴りを入れていた。
「ぐぁっ!」
リーダーが吹き飛ぶ。残りの男たちが動揺する中、彼は続けざまに三人を一撃で倒していく。
「ヤグラ?」
ミレイが呆然と見つめる中、もう一人の僕——いや、あれは本当に自分なのだろうか?
「スキルの副作用ってやつ?」
もう一人の僕が言う。
「"屋台"から離れると消えるけどね」
その通りだった。彼は屋台から離れると煙のように消えてしまった。
「あれが……」
ミレイは信じられない様子で言った。
「ヤグラのスキル?」
「みたいだな……」
「すごすぎない?」
ミレイは興奮した様子で言った。
「こんなの見たことないわ!」
確かに自分でも驚きだった。まさか戦闘補助までできるとは。
「とりあえず危機は去ったな」
「ええ……」
ミレイは安堵の表情を浮かべた。
「でも……」
彼女は心配そうに言った。
「これからどうするの?」
「うーん……」
実際問題として衣食住全てが不足している。特に住む場所がない。
「あの……」
ミレイが提案してきた。
「あたしの家に来ない?」
「え?」
「危険だからって一人で放り出すのも気が引けるし……それに」
彼女は少し照れたように言った。
「ヤグラの料理……もっと食べたいの」
「いいのか?」
「うん!」
ミレイは力強く頷いた。
「でも条件があるわ」
「何だ?」
「これからもずっと料理を作り続けてくれること」
「はは」
思わず笑ってしまった。
「それなら喜んで」
「約束よ!」
ミレイは満面の笑みを浮かべた。
「よーし!じゃあ今日はあたしの家でお祝いパーティーよ!」
こうして僕—進藤八蔵—いや、ヤグラ・シンドウの異世界生活は幕を開けた。移動式神楽と呼ばれる不思議なスキルと共に……そしてツンデレ気味の美人少女・ミレイという仲間と共に。
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