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38話〜大商人カルバン

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「うはははははっ」

 テーブルをバンバンと叩きながら涙を流して笑う男。

 大商人・カルバン。

 この大商業都市ダイナスバザールにおいても【大商人】と一目置かれるほどの男である。

 年の頃は40過ぎ、商人というわりには余計な脂肪を感じさせない締まった体付きに狐目。

 長い黒髪を後ろで束ねている。

『それで? お主はなぜ、勇者のケツを蹴りたいのだ?』

 フェムノの勇者のケツを蹴れブレイバーキックアスの面々の紹介を受けて涙を流して笑うカルバンにフェムノが尋ねる。

「うふふ、あぁ、すまんすまん。 俺はな、ガキの頃から勇者の旅について行くのが夢だったんだ」

 そう、話し始めたカルバンは肩を落として悔しそうな表情になった。

「だが、俺は、グルマだった。 いくら強くなろうと修業に勤しんでも、俺は魔力も闘気もまったく使えなかった。 でも、俺は諦めきれなかった。 いずれ勇者が現れるかもしれない、勇者が現れた時、いの一番に助けになれるようになにかないかと思っていた」

 そこでカルバンはテーブルのコップを手に取り、水を口に含んで飲み下した。

「俺が30半ばの時だ、魔王軍が現界に攻め入ってきた。 魔王軍は現界で最も栄え、肥沃な大地の広がる王都クライオウェンのある海に囲まれた島。 タルワン島を占領した。 そして手なずけた海の巨大なカエルみてーな魔物にファルバダルって名前をつけて周りの海に放しやがった。 その魔物のせいでタルワン島は絶海の孤島になった」

 誰でも知っている話だ、バーンダーバは間近に見ていた。

 魔王のやり方に舌を巻いたのを覚えている。

 そして、勇者の取った行動は。

「勇者はそのタルワン島へ渡るのに古の技術である、ある物を創り出すことを考えた。 有名な話だな」

「飛空挺だろ、誰だって知ってる」

 セルカが口を挟んだ。

「そうだ、誰だって知ってる、なら、アレを作り上げるのにいくら掛かったか知っているか?」

 知ってると言ったセルカもそこまでは知らない、黙ったセルカにニヤリと笑ってカルバンが口を開いた。

「3000だ、白金貨でな。 どうだ? とんでもない金額だろ?」

 その金額にセルカとフェイが息を飲んだ。

 バーンダーバとロゼはよく分かっていない。

 白金貨で3000枚といえば王都の城を建ててもお釣りがくるような金額だ。

「勇者アルセンが旅に出て2年程が経った頃かな、俺は幸運にも勇者に会うことが出来た。 勇者に会って俺は言った「アンタの役に立ちたい、白金貨3000枚は商人の名にかけて俺が準備する」ってな。 なんでもいい、一緒に戦えないなら、勇者が戦う為の手助けをしたいと考えたんだ」

 そう言ってカルバンは自嘲げに笑った。

「勇者は笑顔で「助かる、この恩は忘れない」と俺に言ってくれた、嬉しかったよ。 俺でも勇者の助けになれるってな。 それから俺は必死に金を工面した。 商売の手を広げ、いくつもの商店を自分の傘下に吸収した。 これしかない、俺が勇者の役に立てるとしたらこれしかない。 そう思って俺は必死に稼いだ」

 苦々しい顔でカルバンはテーブルのコップを見つめながら少し間を置いた。

「勇者に会ってから半年ほどが経った頃だ、勇者がまたこのダイナスバザールを訪れた。 俺はその半年で白金貨を80枚溜め込んでた、目標を考えたら少ないように感じるかもしれないが、稼ぐペースも上がってるし、このままいけば2年以内に稼ぐ自信があった。 だから俺は胸を張って勇者に再会した」

 カルバンがグッと拳を握る。

「勇者に再会した時、勇者の顔から前に会った時のような朗らかな雰囲気が無いことに気付いた。 きっと、旅は熾烈を極めているんだろう。 勇者の周りには以前にいた魔法使いと戦士の姿が無かった、いたのは武闘家の女だけだった」

 そういえば、勇者と武闘家の距離が妙に近かったな。

 と、カルバンは思い出したが先程にフェイの話を聞いたばかりだったのでその事には触れなかった。

 フェイが振られた事を思うと、その頃には勇者と武闘家の二人は恋仲だったんだろう。

 そう思って、世界を救う旅の途中だってのにいい気なもんだと心の中で吐き捨てた。

 今にして思えば、だが。

「勇者は俺に言った「迷宮で強くなる為に戦っていたら十分な資金を稼げたからもう大丈夫だ」ってな。 魔力も闘気も持てない俺でも分かるくらいに勇者は強くなってた、初めて会った時の朗らかさの全く無い嫌な感じだった、どうとは言い難いが・・・」

 強くなって態度がでかくなったとかじゃない、殺伐とした、刺々しい雰囲気だった。

 カルバンはその時を思い出して述懐した。

「信じられなかった、白金貨3000枚を迷宮で稼いだんだ。 いや、それどころの額じゃなかったな。 飛空挺を作っても釣りがくるほどの金額を勇者は持ってた」

 カルバンはコップを取り上げて飲み干した。

 そして、「はぁ」とため息をつく。

「まぁ、仕方ないといえば仕方ない話だ。 俺の商売の才能よりも勇者の迷宮での稼ぎの方が圧倒的に勝ってたってわけだ。 俺のメンツは丸潰れだ、周りにも「勇者の為に稼いでる、だから協力してくれ」 そう言って結構無理な商売してたからな」

 その後、信用を失ったカルバンはそれまで築いてきた物を全て失った。

 そしてやる気も無くして酒場で飲んだくれていた所をギルドマスターに拾われてギルド子飼いの商人として細々と暮らしている。

「ま、そういうこった。 どうだ? お前らと気が合いそうだろう? がはははははっ」

 重たい雰囲気を吹き飛ばすようにギルドマスターが笑う。

 そんなギルドマスター顔を見てカルバンはフッと嬉しそうに笑った。

「ついてきて貰えるなら私は心強い限りだ、カルバン殿はどうだろうか?」

 バーンダーバの言葉にカルバンの顔は浮かない。

「勇者の次は魔王軍の四天王か・・・ あんまり気乗りはしないな、迷宮なら魔法都市じゃなくたってあるだろう。 初めての迷宮探索で踏破出来たんだろ? そんな腕があるなら俺の力は大して必要無いはずだしな」

 そう言って肩を竦めた。

『だが、バンの目的は恒久的に魔界に食料を送り続ける事だ。 それを思えばお主の力は非常に魅力的だな、力を貸して貰えんか?』

 やる気の無さそうなカルバンを今度はフェムノが口説く。

 ギルドマスターは興味深そうに成り行きを見ている、特に口を出すつもりはないらしい。

「・・・ はぁ、分かった。 とりあえず、お前らの持ってる素材を半分ギルドに寄越すってんならギルドにも悪い話じゃない。 ラスレンダールまでは一緒に行ってやるよ、その後は知らん」

「ありがとう、助かる」

 諦めたようなカルバンにバーンダーバは満面の笑みで礼を言った。
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