異常が日常な島の話

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Kindness is not merely for the sake of others.

彼の出会い

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「ど、どうしよう!ルイス!ケリーに!!で、デートに誘われた…!」
「マジかよ!やったじゃん!」
昼休み、学生が集う食堂で恋愛相談が行われていた。
周囲の人間もその声に聞き耳をたてる。しかし、内容を聞いて荒んだ気持ちになり席を立った。
エリックは大学の通学路で好きな人に話しかけられた。
かなり緊張したが、なんとかまともに話せたと思う。すると、放課後に遊ぶことになったのだ。
『噴水広場で待ってて』
その言葉にどれだけ心が踊ったことか。
今日の授業は頭の中にはそのことしか無かった。
「だから珍しく上の空だったんだな」
ルイスはニヤニヤとエリックを小突いた。
「そうなんだよ!どうしよう!?」
「まあ落ち着けよ。朝も普通に話すことが出来たんだろ?じゃあ大丈夫だ」
「そうかなあ…。マジで、こんな事もあるんだなぁ…」
エリックは嬉しそうに息をついた。
「あ、けどちゃんとエスコートするんだぞ。お前気になるとすぐそっちに行っちゃうだろ?」
「え、ええ?そうかなあ?気をつけるよ」
「おお、そうしろ」
ルイスは嬉しそうに目を細めた。そして、フォークを置いた。
「もう食べないのか?」
エリックはさっきの浮き足立った様子から打って変わって、心配そうにルイスの顔を覗いた。
「ちょっと、お腹が空いてないんだ」
「珍しいな。お前、いつもその倍は食べるだろ」
「そうなんだけどな。食べる気がしないんだ」
「体調不良なら、今日は帰った方がいいよ。午後はキツい実習だって言ってたし」
「…そうするかね。ひとりぼっちのエリックを置いて行くのは忍びないけどな」
「ほっとけ」
エリックは拗ねたように頬を膨らませた。ルイスは冗談だと言って笑った。
「じゃあ、安静にするんだぞ」
「エリックも健闘を祈るよ。絶対に成功させろよ。明日どうだったか教えてくれよ?」
「おお、ありがとうな」
ルイスと別れ、今までにないくらい素早く実習の課題を片付け、意気込んで噴水広場に向かったーー。
「……」
そして、噴水広場のベンチに腰掛けて3時間になる。
出店はもう全て店じまいされていて、広場の人通りはまばらになっていた。賑やかだった広場には噴水の音と、帰路につく早足の音だけだ。
――来ない、のかな。
なにか用事があったのだろうか。
そんなわけがないだろうと、頭の中の自分が言うが認めたくなかった。
エリックは無性に泣きたくなった。
待ちぼうけをくらう自分も惨めだし、なにより、誘われたことを一緒に喜んでくれたルイスのことを思うと余計に悲しくなった。
彼は大学で出来た初めての友達なのだ。
この島は貧富の差が激しい。
それがよくわかる象徴として、島に巨大な壁がある。
壁の中は島の領主であるハート家の城を中心とした城下町、貴族街と言われる。貴族街は、法で整備されていて、治安がいい。しかし、壁外は貧民街(住人は壁街だと揶揄している)と言われる無法地帯だ。3つの大きなマフィアが統率してはいるものの、治安は悪い。しかし、大学の設備は素晴らしく、特に医学方面は貴族街にはない技術がある。だから、貴族街の人間も貧民街の大学に通う選択をする者もいる。
エリックはその選択をした1人だった。
しかし、装具士になるために貧民街に降りたはいいものの、なかなか馴染めなかった。その時に助けてくれたのがルイスだった。
――明日、彼になんて言おうか。
ルイスはいい結果になることを祈ってくれた。
なんだかその彼を裏切ってしまった気になった。
もう日も落ちたのに噴泉広場のベンチで空を見上げている。頭の中は疑問と怒りと虚しさと、罪悪感が渦巻いていた。高い建物が周囲を取り囲んでいる。その景色が息苦しくて鬱陶しい。
――ルイス大丈夫かな。
何か買って扉の前にでも掛けておこうか。何がいいかな。いや、この時間ではもうお見舞いに持っていけそうな物を売っている店は閉まっている。
カラスの鳴き声が響く。
「帰ろう…」
エリックは急に正気に戻り、家路につこうと立ち上がる。筋肉痛のせいか身体が痛い。立ち上がるのも一苦労だ。
少し冷たい風が肌を撫でた。
海に囲まれたこの島は、夜は涼しくなる。少し冷えたので上着を着ようと鞄を開ける。年代物の金具だから開けるのに少しコツがいる。
「鞄が違う…」
見た目は同じ鞄だが、袋詰めされた白っぽい粉が詰められていた。小麦粉だと言い張るには無理がある怪しさだ。辺りを見たが、エリックが開いた鞄以外見つからなかった。
「…………」
エリックは無言で鞄を閉めた。そして、再度開きもう一度中身を見て、絶望した。
「どうすんだこれ…」
何度見ても違法な薬風な粉が詰まった鞄だ。
「置いていこう」
見なかったフリして置いていこう。自分の鞄はどこに行ったのだろうか。財布が入っていたけど諦めるしかないようだ。
エリックは鞄をベンチに置こうとした。しかし、背後からの刺すような視線に、ふとその手が止まる。
エリックは恐る恐る後ろを見た。
作業着の男だ。頭にバンダナを巻いて肩口くらいに伸びた金髪を抑えている。そしてその後ろにいるのはトレンチコートを着た男だ。少し癖のある前髪を鬱陶しそうにいじり、感情のない目でエリックを見ている。
「こんなちんちくりんが運び屋?」
「ブツを持っているのは間違いないと思いますよ」
バサバサと羽音がうるさくなってきた。暗くてあまり見えないが、カラスが集まっているようだ。エリック達の周りを取り囲むように、街灯にとまったり空中を滑空したりしている。
作業着の男は人の良さそうな笑顔で話しかけた。
「おいお前、それ寄越せよ。そうしたら逃がしてやるよ」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「おーおー、お前の顔も忘れてやるよ。さっさとそれを寄越せ」
エリックは鞄を作業着の男に渡そうとした。
しかし、それは叶わなかった。
鞄を受け取ろうと差し出された作業着の男の右手が吹っ飛んだ。
「なっ!なぁあああっ!?」
「ひぃいいい!」
作業着の男は一緒怯んだが、エリックに掴みかかろうと別の手を出した。しかし、それは第三者によって阻まれる。
「誰だ!」
少年だ。顔に布を被った少年が作業着の男の左腕を掴んでいる。
「…チッ!おいブレンダン!見張りはどうしたんだよ!?」
作業着の男は、トレンチコートの男に怒鳴ったが返事はなかった。
トレンチコートの男は少年の後ろでうずくまっていた。
「お前…!ブレンダンに何をした!」
作業着の男は少年の方を向いた。少年は答えず、握っていた作業着の男の腕を折り、エリックを抱えそのまま逃走した。
「おい待てっ!」
作業着の男の怒鳴り声が後ろのほうに消えていく。
エリックはあまりの展開に頭がついていかない。しかし、ぼんやりとした頭でもう二度と表の道を歩けなくなることを悟った。
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