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誰も来ない珈琲喫茶
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最近、自分の小さい頃からの憧れであった珈琲ショップを開いた。
店舗は小さなものではあるけれど、一人で働くには丁度いい大きさだ。
何時客が来てもいいように、店は清潔を保っている。けれど、客は全く来ない。
窓の外では人が行き交う姿が見えるが、誰一人としてこの店にやってくるような気配はない。
立地条件などもあるかもしれないけれど、それにしても全然客が来ない。
たった一人を除いて。
それは女性だった。
何時からだっただろうか? 気付いた時には、いつも決まって午後五時に彼女がこの店にやってくるようになっていた。
しかし、彼女は一度席に着き、何も注文せずに帰っていく。
変な客だ。それが第一印象だった。
それから毎日マメに足を運んでくる。流石に毎日来られると、顔も覚えてしまう。彼女以外客が来ないのも理由であるけれど。
ある日、いつものように女性がやってくる。
同じようにただ座るだけの女性。だが、今回は違った。
あまりにも同じことを繰り返す彼女に、興味が湧いた自分はコーヒーを手に彼女の座る席へと足を運んだ。
「珈琲、如何ですか?」
まるでナンパだ。我ながら心で失笑する。
彼女は、いえ。と断る。
「正面、座っても良いですか?」
訊ねるとこれには快く了承を得る。
彼女の正面に座る。こうして間近で見ると、とても綺麗な子だった。
自分よりもちょっと年下の子。長い黒髪のストレートヘアーで、物静かそうな眼鏡を掛けた女の子だった。
「何時も、来てくれますよね? ありがとうございます」
嫌味ではなく、本当の事だ。どんな店でも客が一人もいない店には中々入ろうとする勇気が必要だからだ。
だから、彼女が何も注文しなくても、いてくれる事は有難い事なのだ。
彼女は無言で頭を下げる。
「どうして、この店に足を運んでくれるんですか?」
前々から思っていた疑問であった。
別にこの店にこだわる必要はないはず。聞くと彼女はゆっくりと口を開いた。
「私……近くの病院に彼氏がいるんです」
地味にショックだった。
密かに抱えた淡い恋心は霧散と消えてしまう。
傷心を隠しつつ冷静さを保つ。
「そうでしたか。その男性は大丈夫なんですか?」
彼女は俯き、首を左右に大きく振る。
「彼、事故を起こして意識不明なんです。もう、半年寝たきりで植物状態なんです」
「そうでしたか……何か、変な事を聞いてすみません」
「いえ、大丈夫です」
気まずい。
相手には彼氏がいて、その彼氏は今意識不明。
「彼……きっと夢を見てるんだと思います」
ポツリと女性がそんな事を呟いた。
「夢、ですか? どうして?」
「寝てる彼の顔が、とても安らいでて、なんだか満足そうな顔しているんです」
「なるほど」
「本当なら、彼は仕事を辞めて店を開く予定だったんです。貯めたお金で、子供の頃から店を開くのが夢だって。私と一緒に働くのが夢だって……」
その眼にはうっすらと涙があった。
「どんな店なのか、教えてもらえないでしょうか?」
「珈琲ショップです。彼、珈琲が大好きで。きっと、彼は夢から覚めたくないのかもしれません」
「……そうかもしれませんね。現実は楽しい事よりも、辛い事の方が多いですからね」
「病院の先生からは、根気強く呼びかける事が大切だって言われたんです。それが、キッカケで目を覚ますこともあるって……でも、もう半年が経つ頃で。私、どうしたらいいか分からないんです」
彼女は顔を手で覆い、声を殺して泣いていた。
自分は手に持っていたコーヒーを静かに下ろす。
「大丈夫、貴女の声はきっと届いていると思います」
顔を上げる女性。その眼はすでに赤く腫れあがっていた。
「そうなんでしょうか?」
「ええ。だから、心配しないで欲しい」
気休めの言葉に、彼女は幾らか表情が明るくなった気がした。
そして、彼女は帰っていく。
その夜、自分は店を片付けた。
いつも以上に磨き上げた後、書置きを残して店から出る。
この店にずっといたい気持ちはある。けれど、もうそろそろ夢から覚める時間だと、彼女が教えてくれた。
半年ぶりに、店を出る事にした。
店舗は小さなものではあるけれど、一人で働くには丁度いい大きさだ。
何時客が来てもいいように、店は清潔を保っている。けれど、客は全く来ない。
窓の外では人が行き交う姿が見えるが、誰一人としてこの店にやってくるような気配はない。
立地条件などもあるかもしれないけれど、それにしても全然客が来ない。
たった一人を除いて。
それは女性だった。
何時からだっただろうか? 気付いた時には、いつも決まって午後五時に彼女がこの店にやってくるようになっていた。
しかし、彼女は一度席に着き、何も注文せずに帰っていく。
変な客だ。それが第一印象だった。
それから毎日マメに足を運んでくる。流石に毎日来られると、顔も覚えてしまう。彼女以外客が来ないのも理由であるけれど。
ある日、いつものように女性がやってくる。
同じようにただ座るだけの女性。だが、今回は違った。
あまりにも同じことを繰り返す彼女に、興味が湧いた自分はコーヒーを手に彼女の座る席へと足を運んだ。
「珈琲、如何ですか?」
まるでナンパだ。我ながら心で失笑する。
彼女は、いえ。と断る。
「正面、座っても良いですか?」
訊ねるとこれには快く了承を得る。
彼女の正面に座る。こうして間近で見ると、とても綺麗な子だった。
自分よりもちょっと年下の子。長い黒髪のストレートヘアーで、物静かそうな眼鏡を掛けた女の子だった。
「何時も、来てくれますよね? ありがとうございます」
嫌味ではなく、本当の事だ。どんな店でも客が一人もいない店には中々入ろうとする勇気が必要だからだ。
だから、彼女が何も注文しなくても、いてくれる事は有難い事なのだ。
彼女は無言で頭を下げる。
「どうして、この店に足を運んでくれるんですか?」
前々から思っていた疑問であった。
別にこの店にこだわる必要はないはず。聞くと彼女はゆっくりと口を開いた。
「私……近くの病院に彼氏がいるんです」
地味にショックだった。
密かに抱えた淡い恋心は霧散と消えてしまう。
傷心を隠しつつ冷静さを保つ。
「そうでしたか。その男性は大丈夫なんですか?」
彼女は俯き、首を左右に大きく振る。
「彼、事故を起こして意識不明なんです。もう、半年寝たきりで植物状態なんです」
「そうでしたか……何か、変な事を聞いてすみません」
「いえ、大丈夫です」
気まずい。
相手には彼氏がいて、その彼氏は今意識不明。
「彼……きっと夢を見てるんだと思います」
ポツリと女性がそんな事を呟いた。
「夢、ですか? どうして?」
「寝てる彼の顔が、とても安らいでて、なんだか満足そうな顔しているんです」
「なるほど」
「本当なら、彼は仕事を辞めて店を開く予定だったんです。貯めたお金で、子供の頃から店を開くのが夢だって。私と一緒に働くのが夢だって……」
その眼にはうっすらと涙があった。
「どんな店なのか、教えてもらえないでしょうか?」
「珈琲ショップです。彼、珈琲が大好きで。きっと、彼は夢から覚めたくないのかもしれません」
「……そうかもしれませんね。現実は楽しい事よりも、辛い事の方が多いですからね」
「病院の先生からは、根気強く呼びかける事が大切だって言われたんです。それが、キッカケで目を覚ますこともあるって……でも、もう半年が経つ頃で。私、どうしたらいいか分からないんです」
彼女は顔を手で覆い、声を殺して泣いていた。
自分は手に持っていたコーヒーを静かに下ろす。
「大丈夫、貴女の声はきっと届いていると思います」
顔を上げる女性。その眼はすでに赤く腫れあがっていた。
「そうなんでしょうか?」
「ええ。だから、心配しないで欲しい」
気休めの言葉に、彼女は幾らか表情が明るくなった気がした。
そして、彼女は帰っていく。
その夜、自分は店を片付けた。
いつも以上に磨き上げた後、書置きを残して店から出る。
この店にずっといたい気持ちはある。けれど、もうそろそろ夢から覚める時間だと、彼女が教えてくれた。
半年ぶりに、店を出る事にした。
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