椿の恋

nekuro

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10 クリスマス

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 正直な話、私は今、困っていた。
 彼とクリスマスイブを一緒に過ごす約束を出来た事自体は、私にとって好ましいことであり、嬉しい限りだった。
 ただ、一つ問題が生じてしまう。

 それはクリスマスに贈るプレゼント。
 彼に渡すクリスマスプレゼントをどうすればいいのか、皆目見当がつかない。
 残された日数は、あまりないので、近場のデパートに来てみた。
 外はもうすっかり星が見える時間になっているというのに、デパートの中は未だ日中のような明るさと、大勢の客で賑わいをみせていた。
 その人の多さは、もうすぐ行われるイベントに対する期待の表れかもしれない。
 
 彼がどのような物を好むのか、残念ながら私には分からない。
 だからといって、何が好きか聞くのは野暮というもの。
 従って、頼りにするのは己の感とセンスになるのだけど……全く自信がない。


 取り合えずデパートに来れば何か見つかるだろう、という甘い考えは見事に打ち砕かれる。
 デパートの中はクリスマス商戦でどこもかしこもセールをしており、逆に選択肢が増えすぎて悩む事に。
 とりあえず、行動を起こす。
 デパートにある店舗を幾つか見て回るが、これといったものがない。
 彼に贈るプレゼントという問題に対して、私が用意する答えには不安しかない。
 
 悩めば悩むほど泥沼に嵌っていく感じが拭えない。
 結局、空手のまま数件をはしごした時だった。一軒の店が目に留まる。
 ふと、導かれるように私はその店に入った。
 
 店内に入ると、そこではデパートの喧騒は薄れる。
 中の客はただ静かに、彫刻のようにその場に立ち尽くし、数限りない本と向き合っていた。
 デパートの騒々しさに辟易していたのか、妙に心が落ち着く。
 ふらふら、と並べてある本を流し目で見ていると、一つの雑誌に視点が定まる。
 『特集・クリスマスに贈るプレゼント』と銘打った雑誌。
 思わず手に取り、中を見た。
 食い入るように、その記事を熟読して閉じた。
 この雑誌に行きついたのは、神様からの思し召しだったのだろう。おかげであらかたプレゼントの方向性が見えてきた。
 
 直ぐにでもプレゼントの購入に戻ろうとした時、違う雑誌に目がいく。
 それはクリスマスのデートを特集した雑誌。
 自然と、その雑誌に手が伸びて中を拝見する。
 中身はデートプラン、おススメの飲食店。絶景スポットなどを紹介するもの。
 読み進めていくと、告白の二文字が記載されていた。
 
 
 「……告白、か」

 私は柳君と仲が良いと思っている。そして、彼の事が好きだ。


 ――けど、彼の方から好きだ、と、言ってもらった事が無い。


 厳密に言えば、一度だけある。
 ただそれは、私の勘違いだったかもしれないものだ。
 仲が良くても、相手が好意を持ってくれたとしても、ハッキリと聞きたい。


 その言葉を。




 ♦♦    ♦♦



 約束の日が訪れる。

 学校を終えた後、家に戻って私服へと着替える。
 今日の夜は雪が降るとニュースでも言っていたので、厚手のコートを羽織る。
 手提げの鞄に、彼のプレゼントを入れた後、直ぐに街へと向かった。
 彼との待ち合わせ場所は駅前にある広場。そこには犬の銅像があるので、そこを目印に後で会う事になっている。
 
 広場に辿り着いた時、約束の時間よりも早くついてしまった。
 まだ、彼の姿は見当たらない。
 空を見上げる。一筋の光すら通さぬ厚い雲で覆われていた。
 今は、うっとおしく思われる天気でも、夜になれば掌を返すように人気者になるだろう。
 コートのポケットに忍ばせていた手鏡で自分を見る。
 お洒落とは無縁だったけど、それでもこの日の為に、前日、彼と会わず美容室で髪を切ってもらった。
 彼の反応が良ければ嬉しい。
 待っている間、周囲には私と同じような立場の人が見受けられる。
 皆、執拗に周辺を窺っている。
 
 その中にいる一人の男性が、こちらに歩み寄ってくる女性を見て、そちらに駆け寄る。
 女性は男性の腕に自分の腕を絡ませ、身を寄せて歩いていく。
 その光景が、私の目をとらえて離さない。

 「小宮さん?」

 背後からの声に、思わず驚き振り返る。
 そこには柳君が立っていた。
 落ち着いた色合いのロングコートを羽織り、ショルダーバッグを掛けていた。
 制服姿でない彼を見たのは初めてで、新鮮だった。
 少し、驚いた風な顔をしていた。
 私が頷くと、彼はホッとしたのか表情が和らぐ。

 「小宮さんが髪切ってるなんて知らなかったから、驚いたよ」
 「あ、ごめん……その、どうかな? やっぱり似合わない?」

 彼は首を横に振る。

 「似合ってるよ。綺麗になっててびっくりした」

 率直な感想と共に、喜んでくれる彼の顔を見れば、それが本心だという事が直ぐに分かる。その顔を見れただけで、私の心は幾分か軽くなった。
 
 「これからどうするの? 柳君」

 クリスマスの予定に関しては全て柳君に一任してある。
 だから、私はこの後の予定は一切知らない。
 本音を言えば、私は何処でもよかった。それが例え何時もの図書室であっても。
 彼と一緒に過ごせる事に意義があったから。
 
 「実は、近くに良いお店があるんだ。小宮さんはアレルギーとか無い?」
 
 彼の問いかけに、大丈夫、と返事をする。
 じゃあ、と彼が歩き出そうとした時。

 「あ……」

 咄嗟に呼び止めてしまう。
 その理由はすごく単純で、とても浅ましく思えるものだった。
 原因は先程の光景。
 自分を恥じた。あたかも彼と恋人関係になった気持ちでいた自分に。
 
 「どうしたの小宮さん?」
 「ううん……何でもない」

 笑顔を振りまく。彼はそれを見て安心する。
 そして再び止めていた足を前に進めようとした時に。
 
 「じゃあ、行きましょうか」

 スッと手を差し出してくれた。
 差し出された手を、そっと私は握った。
 掌の温もり以上に、心が温かくなったのを私は感じた。


 
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