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君の世界は森で華やぐ 〜1〜
佳奈さんの秘密
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*
「いらっしゃい」
森の家に到着した私を出迎えたのは、威風堂々とした青年だった。寛人さんには似ても似つかない、でも優しい青年。明敬さんだった。
「お、お久しぶりです」
声がうわずる。動揺してしまった。
深く頭を下げると、ここがまるでオフィスのよう。私たちは毎日、こんな風にあいさつをしていた。
「元気そうだね。安心したよ」
「さっきは死にそうな顔してるって言われちゃったんですけど」
「そうなの? おかしいね」
明敬さんはそっと笑って、自虐的な私を家の中へ招き入れる。
玄関をあがって、リビングへ移動する。キッチンには寛人さんがいる。香ばしいかおりが漂っている。フレンチトーストの完成はもう間近だろう。
「寛人がお世話になったね」
テーブルで向かい合って座ると、明敬さんは礼を言う。
「お世話になってるのは私の方です。喫茶店に来たくて探してたんですけど、ボワは移転したんですね」
「ああ、そうだね。言ってくれたら説明したのに。困っただろう」
「交番の羽山さんも親身にしてくれて、困るなんて全然。それに……」
寛人さんが私の記憶をたよりに絵を描いてくれた。だからすぐに探してた喫茶店のことはわかって、楽しく過ごせている。
それを言葉にしようと思ったけど、口をつぐんだ。寛人さんが絵を描いてくれたことは、私だけの秘密にしておきたかった。
「それに?」
「な、なんでもないです」
明敬さんが困り顔をする。彼は秘密にされることを好まない。
「フレンチトーストできたよ。シナモンは好みでかけて」
私たちが沈黙した瞬間を見計らって、寛人さんがお皿を運んでくる。
真っ白な円形のお皿がふたつ。フレンチトーストがふたつずつ乗っている。ひとつのお皿はバニラアイスがトッピングされている。それを、彼は私に差し出す。バニラアイスがない方は明敬さんに。そして、先日一緒に買いに行ったシナモンをテーブルに置く。
「寛人さんは?」
「部屋で食べるよ」
寛人さんはそう言うと、キッチンへ戻る。お盆にバニラアイスの添えられたフレンチトーストと、おそらくコーヒーの入ったマグカップを乗せて出てくる。
「3時にホットミルク作るよ。兄さんがショートケーキ買ってきてくれたから」
「ショートケーキ?」
そう言えば、以前、ここへ来るときにショートケーキを買ってくるように、羽山さんから明敬さんへ伝えるよう、寛人さんはお願いしていた。
「紺野さんが好きだったストロベリーショートケーキだよ」
「え……」
確かに、祖母へ連れられてここへ来ていた頃、ボワのショートケーキとホットミルクを楽しみにしていた。そのこと、寛人さんに話しただろうか。
寛人さんはすぐにリビングを出ていった。気を遣ったのだろう。あいかわらず素っ気ないけど、嫌な気はしない。彼の他人に無関心に見える態度はもうなれた。
「ゆかりさんは甘党?」
「えっ」
どきっとした。
明敬さんは私のこと、ゆかりさんだなんて呼んだことないはず。
「紺野さんって呼ぶのも変かなと思ってね。気を害したなら謝るよ」
「あ、全然」
「俺のことも、春宮専務なんて呼ばなくていい。ゆかりさんはもう従業員ではないしね」
「じゃあ、なんて」
「明敬で」
ふたたび、どきっとした。
私が甘党かどうかなんて、彼にとってはあいさつ程度の会話で、もっと違う話をしたいんだって感じた。
「明敬さん……」
小さな声でそう言うと、彼は満足したようにうなずいた。
「ゆかりさんには話したいことが山ほどあるんだけど、まずは謝るよ。俺のプロポーズが負担だったなら、白紙にしてもいい。その代わり、もう一度、改めてプロポーズさせてほしい」
「……」
いきなり切り出されて、途方にくれた。
明敬さんはちょっと苦笑いして、コーヒーサーバーを持ち上げる。コーヒーカップにコーヒーをそそぎ、私に差し出す。その一連の所作は卒がなく、美しく、彼の妻になる実感は遠ざかるばかり。
「違う話をしようか。あんまり嫌われたくないしね。この町はどう? のんびりできてる?」
リラックスするように、彼は椅子にもたれる。私がリラックスできるように、そんな姿勢をする。彼はいつもきちんとしてて、だらしなく椅子に座るような人じゃない。
「はい」
「ボワには行ってみた? 今は佳奈子さんがほとんど店を回してるのかな。明るくて器量良しだから、ゆかりさんも仲良くできると思うよ」
「佳奈子さんっておっしゃるんですね。みんな、カナさんって呼ぶから佳奈さんだとばかり」
「ああ、そうだね。そっくりで見分けがつかないから、みんな佳奈さんって呼ぶんだよ」
「どういう?」
首をひねると、明敬さんも首をかしげる。
「知らない? ボワは佳奈さんたちと、彼女の母親の3人で経営してるんだよ」
「佳奈さんたち……? 昔は3人でやってたというのは、寛人さんから聞きましたけど」
「寛人は言葉足らずだよね。3人っていうのは、佳奈子さんと佳奈美さん。ふたりは双子でね、とてもよく似てるんだよ。性格はびっくりするぐらい全然違うけどね。で、彼女たちの母親の3人。佳奈美さんは今はもう、ボワの手伝いはしてないようだね」
「佳奈さんって、ふたごなんですか」
「いらっしゃい」
森の家に到着した私を出迎えたのは、威風堂々とした青年だった。寛人さんには似ても似つかない、でも優しい青年。明敬さんだった。
「お、お久しぶりです」
声がうわずる。動揺してしまった。
深く頭を下げると、ここがまるでオフィスのよう。私たちは毎日、こんな風にあいさつをしていた。
「元気そうだね。安心したよ」
「さっきは死にそうな顔してるって言われちゃったんですけど」
「そうなの? おかしいね」
明敬さんはそっと笑って、自虐的な私を家の中へ招き入れる。
玄関をあがって、リビングへ移動する。キッチンには寛人さんがいる。香ばしいかおりが漂っている。フレンチトーストの完成はもう間近だろう。
「寛人がお世話になったね」
テーブルで向かい合って座ると、明敬さんは礼を言う。
「お世話になってるのは私の方です。喫茶店に来たくて探してたんですけど、ボワは移転したんですね」
「ああ、そうだね。言ってくれたら説明したのに。困っただろう」
「交番の羽山さんも親身にしてくれて、困るなんて全然。それに……」
寛人さんが私の記憶をたよりに絵を描いてくれた。だからすぐに探してた喫茶店のことはわかって、楽しく過ごせている。
それを言葉にしようと思ったけど、口をつぐんだ。寛人さんが絵を描いてくれたことは、私だけの秘密にしておきたかった。
「それに?」
「な、なんでもないです」
明敬さんが困り顔をする。彼は秘密にされることを好まない。
「フレンチトーストできたよ。シナモンは好みでかけて」
私たちが沈黙した瞬間を見計らって、寛人さんがお皿を運んでくる。
真っ白な円形のお皿がふたつ。フレンチトーストがふたつずつ乗っている。ひとつのお皿はバニラアイスがトッピングされている。それを、彼は私に差し出す。バニラアイスがない方は明敬さんに。そして、先日一緒に買いに行ったシナモンをテーブルに置く。
「寛人さんは?」
「部屋で食べるよ」
寛人さんはそう言うと、キッチンへ戻る。お盆にバニラアイスの添えられたフレンチトーストと、おそらくコーヒーの入ったマグカップを乗せて出てくる。
「3時にホットミルク作るよ。兄さんがショートケーキ買ってきてくれたから」
「ショートケーキ?」
そう言えば、以前、ここへ来るときにショートケーキを買ってくるように、羽山さんから明敬さんへ伝えるよう、寛人さんはお願いしていた。
「紺野さんが好きだったストロベリーショートケーキだよ」
「え……」
確かに、祖母へ連れられてここへ来ていた頃、ボワのショートケーキとホットミルクを楽しみにしていた。そのこと、寛人さんに話しただろうか。
寛人さんはすぐにリビングを出ていった。気を遣ったのだろう。あいかわらず素っ気ないけど、嫌な気はしない。彼の他人に無関心に見える態度はもうなれた。
「ゆかりさんは甘党?」
「えっ」
どきっとした。
明敬さんは私のこと、ゆかりさんだなんて呼んだことないはず。
「紺野さんって呼ぶのも変かなと思ってね。気を害したなら謝るよ」
「あ、全然」
「俺のことも、春宮専務なんて呼ばなくていい。ゆかりさんはもう従業員ではないしね」
「じゃあ、なんて」
「明敬で」
ふたたび、どきっとした。
私が甘党かどうかなんて、彼にとってはあいさつ程度の会話で、もっと違う話をしたいんだって感じた。
「明敬さん……」
小さな声でそう言うと、彼は満足したようにうなずいた。
「ゆかりさんには話したいことが山ほどあるんだけど、まずは謝るよ。俺のプロポーズが負担だったなら、白紙にしてもいい。その代わり、もう一度、改めてプロポーズさせてほしい」
「……」
いきなり切り出されて、途方にくれた。
明敬さんはちょっと苦笑いして、コーヒーサーバーを持ち上げる。コーヒーカップにコーヒーをそそぎ、私に差し出す。その一連の所作は卒がなく、美しく、彼の妻になる実感は遠ざかるばかり。
「違う話をしようか。あんまり嫌われたくないしね。この町はどう? のんびりできてる?」
リラックスするように、彼は椅子にもたれる。私がリラックスできるように、そんな姿勢をする。彼はいつもきちんとしてて、だらしなく椅子に座るような人じゃない。
「はい」
「ボワには行ってみた? 今は佳奈子さんがほとんど店を回してるのかな。明るくて器量良しだから、ゆかりさんも仲良くできると思うよ」
「佳奈子さんっておっしゃるんですね。みんな、カナさんって呼ぶから佳奈さんだとばかり」
「ああ、そうだね。そっくりで見分けがつかないから、みんな佳奈さんって呼ぶんだよ」
「どういう?」
首をひねると、明敬さんも首をかしげる。
「知らない? ボワは佳奈さんたちと、彼女の母親の3人で経営してるんだよ」
「佳奈さんたち……? 昔は3人でやってたというのは、寛人さんから聞きましたけど」
「寛人は言葉足らずだよね。3人っていうのは、佳奈子さんと佳奈美さん。ふたりは双子でね、とてもよく似てるんだよ。性格はびっくりするぐらい全然違うけどね。で、彼女たちの母親の3人。佳奈美さんは今はもう、ボワの手伝いはしてないようだね」
「佳奈さんって、ふたごなんですか」
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