君の世界は森で華やぐ

水城ひさぎ

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君の世界は森で華やぐ 〜1〜

佳奈さんの秘密

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「いらっしゃい」

 森の家に到着した私を出迎えたのは、威風堂々とした青年だった。寛人さんには似ても似つかない、でも優しい青年。明敬さんだった。

「お、お久しぶりです」

 声がうわずる。動揺してしまった。
 深く頭を下げると、ここがまるでオフィスのよう。私たちは毎日、こんな風にあいさつをしていた。

「元気そうだね。安心したよ」
「さっきは死にそうな顔してるって言われちゃったんですけど」
「そうなの? おかしいね」

 明敬さんはそっと笑って、自虐的な私を家の中へ招き入れる。

 玄関をあがって、リビングへ移動する。キッチンには寛人さんがいる。香ばしいかおりが漂っている。フレンチトーストの完成はもう間近だろう。

「寛人がお世話になったね」

 テーブルで向かい合って座ると、明敬さんは礼を言う。

「お世話になってるのは私の方です。喫茶店に来たくて探してたんですけど、ボワは移転したんですね」
「ああ、そうだね。言ってくれたら説明したのに。困っただろう」
「交番の羽山さんも親身にしてくれて、困るなんて全然。それに……」

 寛人さんが私の記憶をたよりに絵を描いてくれた。だからすぐに探してた喫茶店のことはわかって、楽しく過ごせている。

 それを言葉にしようと思ったけど、口をつぐんだ。寛人さんが絵を描いてくれたことは、私だけの秘密にしておきたかった。

「それに?」
「な、なんでもないです」

 明敬さんが困り顔をする。彼は秘密にされることを好まない。

「フレンチトーストできたよ。シナモンは好みでかけて」

 私たちが沈黙した瞬間を見計らって、寛人さんがお皿を運んでくる。
 真っ白な円形のお皿がふたつ。フレンチトーストがふたつずつ乗っている。ひとつのお皿はバニラアイスがトッピングされている。それを、彼は私に差し出す。バニラアイスがない方は明敬さんに。そして、先日一緒に買いに行ったシナモンをテーブルに置く。

「寛人さんは?」
「部屋で食べるよ」

 寛人さんはそう言うと、キッチンへ戻る。お盆にバニラアイスの添えられたフレンチトーストと、おそらくコーヒーの入ったマグカップを乗せて出てくる。

「3時にホットミルク作るよ。兄さんがショートケーキ買ってきてくれたから」
「ショートケーキ?」

 そう言えば、以前、ここへ来るときにショートケーキを買ってくるように、羽山さんから明敬さんへ伝えるよう、寛人さんはお願いしていた。

「紺野さんが好きだったストロベリーショートケーキだよ」
「え……」

 確かに、祖母へ連れられてここへ来ていた頃、ボワのショートケーキとホットミルクを楽しみにしていた。そのこと、寛人さんに話しただろうか。

 寛人さんはすぐにリビングを出ていった。気を遣ったのだろう。あいかわらず素っ気ないけど、嫌な気はしない。彼の他人に無関心に見える態度はもうなれた。

「ゆかりさんは甘党?」
「えっ」

 どきっとした。
 明敬さんは私のこと、ゆかりさんだなんて呼んだことないはず。

「紺野さんって呼ぶのも変かなと思ってね。気を害したなら謝るよ」
「あ、全然」
「俺のことも、春宮専務なんて呼ばなくていい。ゆかりさんはもう従業員ではないしね」
「じゃあ、なんて」
「明敬で」

 ふたたび、どきっとした。
 私が甘党かどうかなんて、彼にとってはあいさつ程度の会話で、もっと違う話をしたいんだって感じた。

「明敬さん……」

 小さな声でそう言うと、彼は満足したようにうなずいた。

「ゆかりさんには話したいことが山ほどあるんだけど、まずは謝るよ。俺のプロポーズが負担だったなら、白紙にしてもいい。その代わり、もう一度、改めてプロポーズさせてほしい」
「……」

 いきなり切り出されて、途方にくれた。

 明敬さんはちょっと苦笑いして、コーヒーサーバーを持ち上げる。コーヒーカップにコーヒーをそそぎ、私に差し出す。その一連の所作は卒がなく、美しく、彼の妻になる実感は遠ざかるばかり。

「違う話をしようか。あんまり嫌われたくないしね。この町はどう? のんびりできてる?」

 リラックスするように、彼は椅子にもたれる。私がリラックスできるように、そんな姿勢をする。彼はいつもきちんとしてて、だらしなく椅子に座るような人じゃない。

「はい」
「ボワには行ってみた? 今は佳奈子かなこさんがほとんど店を回してるのかな。明るくて器量良しだから、ゆかりさんも仲良くできると思うよ」
「佳奈子さんっておっしゃるんですね。みんな、カナさんって呼ぶから佳奈さんだとばかり」
「ああ、そうだね。そっくりで見分けがつかないから、みんな佳奈さんって呼ぶんだよ」
「どういう?」

 首をひねると、明敬さんも首をかしげる。

「知らない? ボワは佳奈さんたちと、彼女の母親の3人で経営してるんだよ」
「佳奈さんたち……? 昔は3人でやってたというのは、寛人さんから聞きましたけど」
「寛人は言葉足らずだよね。3人っていうのは、佳奈子さんと佳奈美かなみさん。ふたりは双子でね、とてもよく似てるんだよ。性格はびっくりするぐらい全然違うけどね。で、彼女たちの母親の3人。佳奈美さんは今はもう、ボワの手伝いはしてないようだね」
「佳奈さんって、ふたごなんですか」
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