記憶をなくしても君は忘れない

水城ひさぎ

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10年後の約束

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 狭い急階段を見上げていると、2階の踊り場にいる女の人がこちらに気づいて笑顔を見せた。

「本田さん、どうされたんですか?」

 千華は開店準備のために階段のはき掃除をしていたのだろう。ほうきを片手に階段を降りてくる。

 慣れているのか、軽い足取りだ。不注意で足を滑らせ、怖い思いをしたなら、少しは慎重になりそうなものだが、そんな様子は見受けられない。

「開店前にすみません。聞いてもらいたいお話があって」

 そう言って、光莉は頭を下げる。

「私に?」
「佐伯さんご兄妹にです」

 千華は不安そうな表情をしたが、お願いします、と光莉がもう一度、頭を下げると、「……兄に聞いてきます」と階段を駆け上がっていった。

 光莉もゆっくりと階段をのぼった。ここへ来たのは間違いかもしれない。だけれど、新田の話を聞いたときから、どうしても確かめたいことがあった。

「あっ、どうぞ」

 階段をのぼり切ると同時に、シオンの扉が開き、千華が顔を出す。すぐ目の前にいた光莉に驚きつつ、彼女は開店前の店内に招き入れてくれる。

「突然、お邪魔して申し訳ありません」

 カウンターの奥に立つ基哉に声をかけると、彼は少しも迷惑がらず、朗らかな笑みを浮かべる。

 拓海が気に入っているはずだ。この店は居心地がいい。ひとりになりたいけれど、誰かの優しい気配を感じていたい。そんな気分のときに、ここへ来たくなるのだろう。

「拓海くんは?」

 カウンター席に腰をおろすと、基哉は尋ねてくる。

「今日は、ひとりで」
「そうですか。まだ準備中で何もお出しできないんですけど、いいですか?」
「ええ、それは。少し話を聞いて欲しいだけなんです」

 ほうきを持って、ふたたび店内へ戻ってきた千華は、基哉の隣へとやってくる。

 改めて、並ぶふたりを眺めると、文句のつけようのない美男美女で、よくお似合いだと思う。

「話って、どんな?」
「実は……、私、姉がいるんです」

 そう、光莉は切り出す。

「姉?」

 何の話だろう? と、顔を見合わせる基哉と千華の前で、トートバッグから取り出した卒業アルバムを広げる。

 3年1組のページには、約30人の生徒が載っている。その中のひとりを、光莉は指差す。

「松村理乃。私の姉です」

 そう言って、光莉はふたりを見上げる。基哉は無表情だった。一方、千華は困惑していた。

「知ってますか? 姉を」
「いえ……」
「お兄さん、あの人じゃない? ニュースになってる……」

 知らないと否定しかけた基哉に、千華がそう言うと、彼は卒業アルバムをよくよく眺めて、「ああ」と息をついた。

「東京湾の……」
「ニュースでしか、知りませんか?」
「本田さんのお姉さんなんですか? 苗字が違いますけど」

 光莉の問いかけを遮るように、千華が口を挟む。

「異母姉妹なんです」
「それでも……全然、似てないように見えます」
「似てませんよね。お互いに母似だからかもしれません」

 顔立ちだけじゃない。性格も何もかも正反対だ。ため息をついた光莉に、基哉が物静かに尋ねてくる。

「今日はお姉さんの話をしに?」
「はい。佐伯さんたちなら話を聞いてくれるんじゃないかって思って」
「どうして俺たちに?」
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