7 / 61
佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜
あなたの声が聞こえない 7
しおりを挟む
***
ベランダに続く窓を開けると、目の前には細い川が流れている。奥にはこんもりとした森。
父親が選んだマンションに暮らし始めて約二年、毎日眺める光景だ。
繁華街にある大学へ通学するには電車を利用しなければならないが、都会の喧騒から離れたのどかな土地は、生活するのにちょうどいい。
築年数が古いとはいえ、部屋も2DKと学生が暮らすには少しばかり贅沢な造り。これで大学近くの1Kのアパートよりも家賃が安いのだから驚きだ。
もとより、父親が家賃の金額を気にしてこのマンションを選んだのにはもう一つ理由がある。
「華南ー、おはよー」
頭上から声が降ってくる。ベランダに出て洗濯物を干す私に向かって、彼女は気まぐれに上の階から声をかけてくる。
彼女の名前は石灰深春。高校時代のクラスメイトで、卒業間際に仲良くなった友人だ。
深春は新生活をスタートさせることを不安に思っていて、ひとり暮らしを始めると知った私に同じマンションで暮らさないかと提案してきた。
私はどちらでも良かった。関心がない、というのがそう思う一番の理由だったが、父親に深春の思いを伝え、なんとかならないかと相談はした。
父親は私の頼みを断らない。佐鳥家を背負って立つ大らかで利発な母親とは違い、ひたすら温厚で私に甘い。
条件のいいマンションを探すのは父親にとって難あることではなかったようだが、深春はすぐにマンションを気に入ってくれ、スムーズに入居が決まった。これがこのマンションを父親が選んだもう一つの理由。
引っ越してからずっと、私たちはこうやってベランダでおしゃべりをする。
「華南、今日は午後から講義でしょ? 一緒に行こー」
頭上の深春を見上げて小さくうなずく。
私の部屋は三階の角部屋。深春はその真上の四階だ。
この距離感もちょうどいい。彼女は私がベランダにいなければ話しかけて来ないし、部屋に押しかけても来ない。だが、困ったことがある時には助け合えるちょうどいい距離感。
「じゃあまた」
洗濯物を干し終えて、私は素っ気なく声をかける。
「うん、一時にエントランスねー」
深春は笑顔で手を振ると、ベランダから出していた顔を引っ込める。
静寂が戻ってくる。私はそのまま部屋に入り、コーヒーを用意するとソファーに腰を下ろして小説を開く。
朝のこのひとときが好きだ。時間を忘れてしまえる唯一の穏やかな刻。規則正しい私の一日はこうして始まる。
ベランダに続く窓を開けると、目の前には細い川が流れている。奥にはこんもりとした森。
父親が選んだマンションに暮らし始めて約二年、毎日眺める光景だ。
繁華街にある大学へ通学するには電車を利用しなければならないが、都会の喧騒から離れたのどかな土地は、生活するのにちょうどいい。
築年数が古いとはいえ、部屋も2DKと学生が暮らすには少しばかり贅沢な造り。これで大学近くの1Kのアパートよりも家賃が安いのだから驚きだ。
もとより、父親が家賃の金額を気にしてこのマンションを選んだのにはもう一つ理由がある。
「華南ー、おはよー」
頭上から声が降ってくる。ベランダに出て洗濯物を干す私に向かって、彼女は気まぐれに上の階から声をかけてくる。
彼女の名前は石灰深春。高校時代のクラスメイトで、卒業間際に仲良くなった友人だ。
深春は新生活をスタートさせることを不安に思っていて、ひとり暮らしを始めると知った私に同じマンションで暮らさないかと提案してきた。
私はどちらでも良かった。関心がない、というのがそう思う一番の理由だったが、父親に深春の思いを伝え、なんとかならないかと相談はした。
父親は私の頼みを断らない。佐鳥家を背負って立つ大らかで利発な母親とは違い、ひたすら温厚で私に甘い。
条件のいいマンションを探すのは父親にとって難あることではなかったようだが、深春はすぐにマンションを気に入ってくれ、スムーズに入居が決まった。これがこのマンションを父親が選んだもう一つの理由。
引っ越してからずっと、私たちはこうやってベランダでおしゃべりをする。
「華南、今日は午後から講義でしょ? 一緒に行こー」
頭上の深春を見上げて小さくうなずく。
私の部屋は三階の角部屋。深春はその真上の四階だ。
この距離感もちょうどいい。彼女は私がベランダにいなければ話しかけて来ないし、部屋に押しかけても来ない。だが、困ったことがある時には助け合えるちょうどいい距離感。
「じゃあまた」
洗濯物を干し終えて、私は素っ気なく声をかける。
「うん、一時にエントランスねー」
深春は笑顔で手を振ると、ベランダから出していた顔を引っ込める。
静寂が戻ってくる。私はそのまま部屋に入り、コーヒーを用意するとソファーに腰を下ろして小説を開く。
朝のこのひとときが好きだ。時間を忘れてしまえる唯一の穏やかな刻。規則正しい私の一日はこうして始まる。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
やさしいキスの見つけ方
神室さち
恋愛
諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。
そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。
辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?
何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。
こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。
20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。
フィクションなので。
多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。
当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。
王弟が愛した娘 —音に響く運命—
Aster22
恋愛
村で薬師として過ごしていたセラは、
ハープの音に宿る才を王弟レオに見初められる。
その出会いは、静かな日々を終わらせ、
彼女を王宮の闇と陰謀に引き寄せていく。
人の生まれは変えられない。それならばそこから何を望み、何を選び、そしてそれは何を起こしていくのか。
キャラ設定・世界観などはこちら
↓
https://kakuyomu.jp/my/news/822139840619212578
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる