佐鳥姫の憂鬱

水城ひさぎ

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佐鳥姫の憂鬱 〜朝日を羨む夜の月〜

声の聞こえる相手でいたい 1

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***


「七五三田くんの前で迂闊なことを言うと、佐鳥くんの都合の悪いことになる。君だって、講師と生徒の交際がタブーだってことはわかるだろう?」

 華南の発言にあきれて、図書館へ背を向けて歩き出す。そして、迷わず七五三田を置いて俺についてきた彼女へそう忠告する。

「それは交際してくれると言ったんですか?」

 足を止めて華南を無言で見下ろす。
 彼女の一途で前向きな恋情を抗うことは、どんな言葉をもってしてもできない。そんな気持ちにもなる。

「……佐鳥くん、俺はかつて君に会ったことがあるだろうか」

 手元のアイスコーヒーへ視線を落とす。
 初めて会ったのは研究室でのことだ。その確信はあるのに、妙な感覚に襲われた時、彼女は学生服を身に付けていた。

「はい。あの日の先生はひどく具合が悪そうで。覚えていないのも無理はありません」
「あの日とは?」
「高校の卒業式です。だから私はあの日以降、あの時間の電車に乗ることはなくなって、先生に会うことはありませんでした」

 記憶を辿ろうとする。しかしすぐに諦める。出来もしないことに時間を割くのは無駄でしかない。

「電車か……、わからないな」
「毎日同じ電車に乗っていました」
「そうなのか。あの頃の記憶はあいまいなんだ。たまに現れる既視感は断片的な記憶かもしれないな」

 華南に記憶を与えられても真実の是非がわからない。

「あの時から先生の心は真っ黒でした。悲しそうで苦しそうで……」
「二年前……か」

 あの頃に起きたことで覚えていることがたった一つだけある。
 それは灯華の誘惑と俺の過ち。彼女と過ごした時間が俺の心を破壊したのは間違いがない。

「佐鳥くんは俺に再会して良かったと思うか?」
「はい」

 静かに、だけれど凛とした声で華南はそう言ってくれる。

「俺にも何か意味があるんだろうか」

 再会した意味が彼女にあるなら、俺にも。
 無言で寄り添う彼女にそっと俺はつぶやく。

「佐鳥一族の秘密に触れてみてもかまわない。君が望むことを受け入れていれば、俺も何か変わるかもしれない」
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