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何年ぶり?
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しおりを挟むまどろみから目覚めると、愛おしそうに彼が私の髪をもてあそんでいた。
男の人の腕の中で目覚めるなんて、ほんとうに久しぶり。それも、ほとんど知らない青年としちゃうなんて、どうかしてた。
でも、そんなに後悔してない。
目が合うと、ちょっと気まずい。そのぐらい。
「えっと……、おはよう」
私に触れる彼の手を、そっと払うように、髪を束ねる。
どうかしてた時間は終わったの。
またいつもの朝が始まったから、昨夜のことはただの夢物語。
身体を起こそうとすると、腕がからみついてくる。子どもが駄々こねるみたいに。でもその腕は全然子どもらしくない、たくましさがある。
「もうちょっと抱きしめてたいです」
「じゅうぶん楽しんだじゃない。まだ……足りないの?」
上目遣いで彼を見つめたら、サッとほおを赤らめるから、かわいい。
「シャワー浴びてきて」
「いいんですか?」
「いまさら、それ言うの? ちょっとした朝ごはんなら作れるから」
ちょっとおかしくて、うっすら笑みを浮かべてしまう。遠慮するところ、間違ってる。
夜は強引だった彼も、今は迷子の犬みたい。
「バスルームの場所はー」
「間取り、一緒だからわかります」
タオルケットから腕を伸ばすと、彼はサッと立ち上がる。下着も何もつけてない全身が目の前にさらされて、思わず、両手で顔を覆う。
指を開いて、チラッとのぞくと、彼はおかしそうにほほえんで、私の頭をゆるりとなでるとバスルームへ入っていった。
シャワーの音が聞こえてくる。私はようやくベッドから立ち上がる。
足もとに、パジャマと彼の服が散乱してる。昨夜の……というか、少し前までの激しさを物語ってるみたい。彼が若いから、貪欲だったんだろう。
「カラダが何個あっても足りないみたい」
疲労感の残る身体をほぐすように、背伸びする。
昨夜はお酒が入っていたし、ソファーで眠ってたから、身体がギスギスする。その上、久しぶりの行為で、ダルさがプラスされた感じ。
タンスから新しい下着を取り出して、ティーシャツとジーンズに着替える。クローゼットの中をさぐってみたけど、彼に着せられるような服はない。
最後に付き合った彼と別れた後、このアパートに引っ越してきた。男がいた気配なんて、この部屋には一切ない。
仕方ないから、散乱した彼の服を集めてバスルームへ運ぶ。
朝食を食べたら帰そう。帰すといっても目と鼻の先。勝手に帰るだろう。
休日の朝はたいてい、食パンにイチゴジャムを乗せて、スクランブルエッグとハムを添える。コーヒーはブラック。ミルクを入れることもあるけど、今日は特にブラックがよかった。
ふたり分の朝食の準備が整った頃、彼がバスルームから出てきた。
「タオル、使って。髪、まだ乾いてないみたい」
畳んだばかりのフェイスタオルを差し出す。彼は素直に受け取って、首にかけると、髪をわしゃわしゃとふいた。黒髪がふわふわっと舞うみたいに揺れる。本当に、子犬みたいな男の子。
首にタオルをひっかけたまま、彼はソファーの横にひざを折る。
テーブルの上に置かれたままの郵便物に視線を落とし、「村上千秋さん……」とつぶやく。改めて、確認したみたい。
私も、改めて彼を眺める。やっぱり、すごくイケメン。まじまじと見つめると、気恥ずかしそうにするところなんて、あどけなさがあってかわいらしい。
「名前、なんていうの?」
「千葉大知。26歳。法科大学院に通ってます」
正座して、彼は答える。佇まいに品がある。あきらかに昨夜はやっちゃった感はあるけど、根は真面目なのかも。
「大学院生?」
「来年には卒業して、司法試験受けます」
「弁護士めざしてるの?」
「はい」
ちょっとぽかんとしちゃう。泥酔して人の部屋の前で寝ちゃうし、図々しく抱きたいなんて言うし、まあ、許した私も私だけど……、モラルのないこの青年が、弁護士? って驚いてしまった。
大知くんは、ずいっとひざを進めてくる。
「まだ学生の身だけど、必ず弁護士になります。だから、千秋さんとお付き合いしたいです」
「待って。責任取るとか、そういうのはいいの。誤解のないように言っておくけど、私だってこういうのは、はじめてだからね。いつもこんなことしてるわけじゃないの。むしろ、ありえないって思ってる方だし……」
「わかってます。久しぶりだって言ってたし、なんか……すごく初々しいっていうか、かわいかったです」
ほおを赤らめて彼は言うけど、私の方が真っ赤だろう。初々しいはずがない。
「と、とにかく、このことは忘れましょ。お互いにどうかしてたの。大知くんも、酔ってただけ」
「酔ってないです。それはもちろん……、昨日は先月結婚した友人との飲み会で、いつもより飲んじゃいました。でも、千秋さんを抱いてるときは酔ってないです」
アパートを間違えたのは初めてで、鍵が全然回らないから、おかしいなぁって思ってるうちに寝ちゃったんだと、彼は付け足して話す。もてあそぶつもりで私の帰宅を待ってたわけじゃない、とも。嘘をついてるようには思えない。もしそうなら、責任取るとか、付き合いたいなんて言わないだろう。
「彼氏は今、いらないの」
「本当ですか?」
その言い方は気になる。どうして? と聞くならまだしも。うそなんてつく必要がない。
「結婚に興味はあるけど、今じゃないって思ってるし」
「千秋さん、すごく綺麗なのに。もったいないです」
「もったいないとか、そういう話じゃないの。年齢考えたら、次に付き合う人とは結婚考えるのかなって思うし……」
何、正直に話してるんだろ。
「いくつですか?」
「6歳上」
「6歳違いなら全然大丈夫ですか?」
「大丈夫かって言われると、迷うわ。あ、違う。迷うとか、そういう話でもないのっ」
もっと突き放した言い方しないと、あきらめそうにない。
遊んであげたんだから、もう帰りなさい。って言おうか。でも、なかなか言い出せない。言い慣れなくて、かんでしまいそう。
大知くんは私をじっと見つめ、正座したまま離れない。6歳年上の私に本気だって言うんだろうか。彼ぐらいイケメンなら、言いよる女の子なんてたくさんいるだろう。
「何年ぶりだったんですか?」
黙ってると、彼の方が尋ねてきた。いたって真面目に聞いてくるから、恥ずかしい。
「ご、5年?」
やっぱり正直に答えちゃう、私も私。
「そんなに。痛くなかったですか? 俺、あんまり優しくなかったかも」
しゅんとする姿は、耳を垂れた子犬みたい。
すごく優しかったから大丈夫、なんて口が裂けてもいえない。むしろ、気持ち良かったなんて……。やだ。思い出すだけで恥ずかしくなる。
「ねー、ごはん食べたら帰って。後悔するのは、大知くんだと思う」
さとすと、彼ははじかれたように顔を上げる。
「後悔なんてしませんよ! ずっと、千秋さんのこと好きだったんです。引っ越してきて、千秋さんを見かけたときから。綺麗な人だなってずっと見てて。それが……目が覚めたら部屋にいて……寝てるし……抑えきれなくて」
「拒まなかったことは謝るわ。ね、だから、お互いに忘れましょう」
祈るように手を合わせるのに、大知くんは首を横にふる。
「忘れられるわけないです。毎日、会いたいぐらいです」
「毎日は、むりよ」
「じゃあ、週末だけでも来ます。付き合ってくれるって言うまで、あきらめませんから」
「週末って、明日も?」
「もちろんです」
「もちろん……なのね」
どうしたらいいんだろう。
途方にくれる私は、天井を仰いだ。
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