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第四話 霊媒師は死してのち真実を語る
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御影家の庭では、夜になると無数のオーブが飛び交う。踊るように、舞うように。それはまるで、この地を守り続けることを使命とした魂たちの宴。
「御影くんの大切な人は嫌がらないのかい?」
その大切な人である千鶴さんの身体を借りている達也は、おちょこになみなみと注がれた日本酒を口に運ぶ。
千鶴さんはお酒を飲まない。それと知りながら達也と酒を酌み交わすことができるのは、これが最後のような気がしたからだ。だから、酒を飲みたいという彼を止めなかった。
「嫌がるとは?」
「あれだよ、あれ」
達也はオーブを指差して、あれ以外に何がある?と、肩を揺らして笑う。
「綺麗だと言ってくれましたよ」
「へえ。珍しい子だね」
「とても幸運でした」
「御影くんなら誰とでも結婚できるとは思うけどね。そういうものでもないのかな」
達也の言葉でありながら、千鶴さんの本音な気がして、胸がちくりと痛む。
「千鶴さん以外には考えられません」
「お熱いことだ。前は妹のようなものだと言っていたのにね」
「気持ちは変わります」
「……まあ、たしかにな」
気まずげにそう言った達也は、ふたたび酒を飲む。その横顔はどこか憂いている。
「先輩は気づいていたんじゃないですか?」
何を?と、達也は聞かなかった。それは肯定を意味していたのに、俺ははっきりと言葉にしなければ気が済まなかった。
「八戸城菜月さんは堤先輩のことが好きでしたよね。いいえ、今でも好きですよね」
達也はやはり何も言わなかった。ただ、中庭を舞う無数のオーブを見つめ、無言で酒を飲み続けるだけだった。
翌朝、二日酔いで布団から起き出せない千鶴さんに、一日ゆっくりしているようにと言って、スーツに着替えた。
出かける合図と気づいたミカンが足元にまとわりつくから、そっと抱き上げて縁側へと出る。
ちょうど春樹が離れから姿を現わす。起きたばかりだろう。寝ぐせのついた金髪をガシガシとかき混ぜながら、伸びをしている。
「春樹、千鶴さんとミカンを頼む」
「あ? 千鶴ちゃん?」
いぶかしげにそう言いながら、春樹はミカンを俺から抱き取り、愛おしそうになでる。警戒心が強いはずのミカンはなぜか、春樹にひどくなついている。
「あー、なんか知らねぇけど、遅くまで飲んでたよな。千鶴ちゃん、どうかしたわけ?」
「今日はゆっくり休ませてほしい」
「答えになってねぇけど、まあ、いいぜ。俺も今日はバイトないしな。千鶴ちゃんのことは心配なく」
「ミカンも頼むよ」
わかってるって。と、笑う春樹に見送られ、俺は家を出た。
一週間前も通った道を経て堤家に着いたのは、自宅を出て1時間後だった。
厳かに佇む堤家は、以前と変わった様子はない。
駐車場をのぞいてみたが、八戸城菜月の赤い乗用車は停まってなかった。
木製の門を軽く押す。まるで来客を招き入れるように、あっさりと門は開く。
俺はさも当然のように門をくぐった。
古びた石畳みを通って玄関まで進む。玄関前にカラーボックスがいくつも置かれている。引っ越し前の片付けだろうか。
視線をずらすと、縁側の窓が開いていることに気づく。芝生を踏んで庭に回り込む。
俺はゆっくりと足を止めた。
縁側の奥の部屋に、達也の妻、清華の姿が見える。
しかし、彼女はひとりではなかった。達也の遺品であろう書類や貴重品の前にひざを折る清華の背後に男がいる。
注意深く男を眺めた。それは、先日駅前で見かけた、佐久間剛という男に違いなかった。
佐久間はしきりに清華に話しかけている。彼女はうなだれて、ただただ遺品の前に座り込んでいる。
佐久間が何かを耳もとでささやく。すると、清華はハッと顔を上げた。みるみるうちに美しい面が崩れ、彼女の目から涙が溢れ出す。
そして、俺は一歩後ずさり、佐久間の腕の中へ吸い込まれるように抱きしめられていく彼女を視界から遠ざけた。
そのまま玄関へ戻り、カラーボックスを眺めた。ただそこにあるだけなのに、妙なむなしさを感じる。
達也は知っていたんだろうか、二人の関係を。
しばらくぼんやりしていると、いきなり玄関ドアが開いた。
「御影さん?」
清華がひどく驚いた表情で俺を見ている。すぐに俺は居住まいを正し、頭を下げた。
「すみません。チャイムを鳴らしたつもりだったんですが、お返事がなかったので中まで」
「あ、……私の方こそ、気づかなかったのかもしれませんね」
清華は気まずそうにする。気づかない理由があるからだ。深く詮索されないことは、俺にとって好都合だった。
「では奥さん、帰りますよ」
清華の後ろから、佐久間がぬっと現れる。彼女が返事をする前に、彼は俺を一瞥して颯爽と門の奥へ消えていった。
また来る、とは言わなかったが、すぐに来るだろう。そのぐらい気安く、佐久間は帰っていった。
御影家の庭では、夜になると無数のオーブが飛び交う。踊るように、舞うように。それはまるで、この地を守り続けることを使命とした魂たちの宴。
「御影くんの大切な人は嫌がらないのかい?」
その大切な人である千鶴さんの身体を借りている達也は、おちょこになみなみと注がれた日本酒を口に運ぶ。
千鶴さんはお酒を飲まない。それと知りながら達也と酒を酌み交わすことができるのは、これが最後のような気がしたからだ。だから、酒を飲みたいという彼を止めなかった。
「嫌がるとは?」
「あれだよ、あれ」
達也はオーブを指差して、あれ以外に何がある?と、肩を揺らして笑う。
「綺麗だと言ってくれましたよ」
「へえ。珍しい子だね」
「とても幸運でした」
「御影くんなら誰とでも結婚できるとは思うけどね。そういうものでもないのかな」
達也の言葉でありながら、千鶴さんの本音な気がして、胸がちくりと痛む。
「千鶴さん以外には考えられません」
「お熱いことだ。前は妹のようなものだと言っていたのにね」
「気持ちは変わります」
「……まあ、たしかにな」
気まずげにそう言った達也は、ふたたび酒を飲む。その横顔はどこか憂いている。
「先輩は気づいていたんじゃないですか?」
何を?と、達也は聞かなかった。それは肯定を意味していたのに、俺ははっきりと言葉にしなければ気が済まなかった。
「八戸城菜月さんは堤先輩のことが好きでしたよね。いいえ、今でも好きですよね」
達也はやはり何も言わなかった。ただ、中庭を舞う無数のオーブを見つめ、無言で酒を飲み続けるだけだった。
翌朝、二日酔いで布団から起き出せない千鶴さんに、一日ゆっくりしているようにと言って、スーツに着替えた。
出かける合図と気づいたミカンが足元にまとわりつくから、そっと抱き上げて縁側へと出る。
ちょうど春樹が離れから姿を現わす。起きたばかりだろう。寝ぐせのついた金髪をガシガシとかき混ぜながら、伸びをしている。
「春樹、千鶴さんとミカンを頼む」
「あ? 千鶴ちゃん?」
いぶかしげにそう言いながら、春樹はミカンを俺から抱き取り、愛おしそうになでる。警戒心が強いはずのミカンはなぜか、春樹にひどくなついている。
「あー、なんか知らねぇけど、遅くまで飲んでたよな。千鶴ちゃん、どうかしたわけ?」
「今日はゆっくり休ませてほしい」
「答えになってねぇけど、まあ、いいぜ。俺も今日はバイトないしな。千鶴ちゃんのことは心配なく」
「ミカンも頼むよ」
わかってるって。と、笑う春樹に見送られ、俺は家を出た。
一週間前も通った道を経て堤家に着いたのは、自宅を出て1時間後だった。
厳かに佇む堤家は、以前と変わった様子はない。
駐車場をのぞいてみたが、八戸城菜月の赤い乗用車は停まってなかった。
木製の門を軽く押す。まるで来客を招き入れるように、あっさりと門は開く。
俺はさも当然のように門をくぐった。
古びた石畳みを通って玄関まで進む。玄関前にカラーボックスがいくつも置かれている。引っ越し前の片付けだろうか。
視線をずらすと、縁側の窓が開いていることに気づく。芝生を踏んで庭に回り込む。
俺はゆっくりと足を止めた。
縁側の奥の部屋に、達也の妻、清華の姿が見える。
しかし、彼女はひとりではなかった。達也の遺品であろう書類や貴重品の前にひざを折る清華の背後に男がいる。
注意深く男を眺めた。それは、先日駅前で見かけた、佐久間剛という男に違いなかった。
佐久間はしきりに清華に話しかけている。彼女はうなだれて、ただただ遺品の前に座り込んでいる。
佐久間が何かを耳もとでささやく。すると、清華はハッと顔を上げた。みるみるうちに美しい面が崩れ、彼女の目から涙が溢れ出す。
そして、俺は一歩後ずさり、佐久間の腕の中へ吸い込まれるように抱きしめられていく彼女を視界から遠ざけた。
そのまま玄関へ戻り、カラーボックスを眺めた。ただそこにあるだけなのに、妙なむなしさを感じる。
達也は知っていたんだろうか、二人の関係を。
しばらくぼんやりしていると、いきなり玄関ドアが開いた。
「御影さん?」
清華がひどく驚いた表情で俺を見ている。すぐに俺は居住まいを正し、頭を下げた。
「すみません。チャイムを鳴らしたつもりだったんですが、お返事がなかったので中まで」
「あ、……私の方こそ、気づかなかったのかもしれませんね」
清華は気まずそうにする。気づかない理由があるからだ。深く詮索されないことは、俺にとって好都合だった。
「では奥さん、帰りますよ」
清華の後ろから、佐久間がぬっと現れる。彼女が返事をする前に、彼は俺を一瞥して颯爽と門の奥へ消えていった。
また来る、とは言わなかったが、すぐに来るだろう。そのぐらい気安く、佐久間は帰っていった。
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