81 / 84
第五話 死後に届けられる忘却の宝物
15
しおりを挟む
*
誠さんが泥まみれの菜月さんを連れて帰ってきたのは、夕食の準備を終えた頃だった。
人目をはばかった方がいいぐらい薄汚れてるのに、彼女は目をキラキラさせて、きれいな箱を握りしめていた。寄木細工の小物入れなのだそう。あとから誠さんから聞いた。
話はあとで。
誠さんがそう言ったあと、菜月さんは気を失って、今は居間で眠っている。
「春樹は?」
食卓につくと、誠さんは二人分の食事を眺めてそう尋ねてきた。
「アルバイトに行きました。菜月さんを一緒に探してくれたので、気にしてるかもしれません」
「ああ、連絡しておくよ。悪かったね、心配かけて」
「ひとこと連絡してくださればよかったのに」
責めるように言ってしまった。どうしてそんな言い方しかできないのだろうと後悔して、目を伏せる。
誠さんだって大変なのに。菜月さんがいないと気づいたとき、きっと兄貴と一緒にいるから大丈夫だろうって、春樹さんはあっけらかんとしていたのに。春樹さんのような大らかさが、私には全然ない。
「父の探しものは見つかりました。八戸城さんももう、勝手な行動は取らなくなると思います」
「探しものって、あの?」
菜月さんが抱きしめて離さなかった小箱を思い浮かべる。鮮やかな黄色の幾何学模様が美しい箱だった。
「ええ、小物入れです。今は何も入っていませんが。それでも、何もないよりはよかったのでしょう。見つけたとき、とても喜んでいました」
「思い残すことなく、成仏されるといいですね」
「そうですね」
「会えなくなるのは、少しさみしいような気がしますけれど」
「そんな風に言ってはいけませんよ。死者は還るべき場所に還らないといけません」
誠さんは厳しい表情をする。
「あっ、はい。ごめんなさい」
すぐに霊に同情してしまうから、私は取り憑かれやすいのだろう。
今回は菜月さんに取り憑いたから、私はこうして穏やかに生活できるのだけど、彼女は大変な思いをしてるだろう。それを一番わかってあげられるのは私のはずなのに。
「怒ってませんよ。千鶴さんは優しすぎるから心配なだけです」
きつく言い過ぎたと思ったのか、誠さんは柔らかにそう言う。
「優しくなんて……」
「優しいですよ。朝の約束、覚えてますか?」
「えっ!」
目尻を下げてほほえむ誠さんと目を合わせたら、全身が赤らんでいくみたい。落ち込む私をいやす方法を彼はよく知ってるのだと思うけれど、彼に触れられるのは、いまだにとても恥ずかしい。
「楽しみにしています」
彼はさらりとそう言って、お豆腐の浮かぶお味噌汁をおいしそうにすすった。
誠さんが泥まみれの菜月さんを連れて帰ってきたのは、夕食の準備を終えた頃だった。
人目をはばかった方がいいぐらい薄汚れてるのに、彼女は目をキラキラさせて、きれいな箱を握りしめていた。寄木細工の小物入れなのだそう。あとから誠さんから聞いた。
話はあとで。
誠さんがそう言ったあと、菜月さんは気を失って、今は居間で眠っている。
「春樹は?」
食卓につくと、誠さんは二人分の食事を眺めてそう尋ねてきた。
「アルバイトに行きました。菜月さんを一緒に探してくれたので、気にしてるかもしれません」
「ああ、連絡しておくよ。悪かったね、心配かけて」
「ひとこと連絡してくださればよかったのに」
責めるように言ってしまった。どうしてそんな言い方しかできないのだろうと後悔して、目を伏せる。
誠さんだって大変なのに。菜月さんがいないと気づいたとき、きっと兄貴と一緒にいるから大丈夫だろうって、春樹さんはあっけらかんとしていたのに。春樹さんのような大らかさが、私には全然ない。
「父の探しものは見つかりました。八戸城さんももう、勝手な行動は取らなくなると思います」
「探しものって、あの?」
菜月さんが抱きしめて離さなかった小箱を思い浮かべる。鮮やかな黄色の幾何学模様が美しい箱だった。
「ええ、小物入れです。今は何も入っていませんが。それでも、何もないよりはよかったのでしょう。見つけたとき、とても喜んでいました」
「思い残すことなく、成仏されるといいですね」
「そうですね」
「会えなくなるのは、少しさみしいような気がしますけれど」
「そんな風に言ってはいけませんよ。死者は還るべき場所に還らないといけません」
誠さんは厳しい表情をする。
「あっ、はい。ごめんなさい」
すぐに霊に同情してしまうから、私は取り憑かれやすいのだろう。
今回は菜月さんに取り憑いたから、私はこうして穏やかに生活できるのだけど、彼女は大変な思いをしてるだろう。それを一番わかってあげられるのは私のはずなのに。
「怒ってませんよ。千鶴さんは優しすぎるから心配なだけです」
きつく言い過ぎたと思ったのか、誠さんは柔らかにそう言う。
「優しくなんて……」
「優しいですよ。朝の約束、覚えてますか?」
「えっ!」
目尻を下げてほほえむ誠さんと目を合わせたら、全身が赤らんでいくみたい。落ち込む私をいやす方法を彼はよく知ってるのだと思うけれど、彼に触れられるのは、いまだにとても恥ずかしい。
「楽しみにしています」
彼はさらりとそう言って、お豆腐の浮かぶお味噌汁をおいしそうにすすった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる