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第五話 死後に届けられる忘却の宝物
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ぱちりと目を開くと、窓の奥であまたのオーブが飛び交っていた。
綺麗な月の浮かぶ夜空を踊るオーブたちは、私が身体を起こすとふわりと飛び散って、ふたたび舞い始める。まるで、真夜中の舞踏会を楽しんでるみたい。
いつの間に戻ってきたのだろう。誠さんの腕の中でミカンが眠っている。仕事中の彼にべったりな彼女が、最近はそうでない時もくっついている。もしかしたら、私のお腹の中に新しい命があると気づいて? と思いながら、ミカンの頭をそっとなでる。
すやすやと気持ちよさそうに眠る彼らを残し、部屋を出た。
中庭に続く廊下を歩いていくと、縁側に腰かける女性に気づいた。菜月さんも目が覚めてしまったようだった。
「ああ、千鶴さん」
そう声を発した菜月さんは、政憲だった。
「少し話をしませんか。ゆっくり話せるのは今夜が最後だろうから」
「最後なのに、私なんかでいいんですか?」
「八枝の話を息子にするのは変な気もしてね」
くすりと笑う表情が、どことなく誠さんに似ている。彼はそのまま庭先へと視線を移し、ふわふわと飛び回るオーブを眺めた。
政憲の隣へ腰かけると、彼はふたたび口を開く。
「八枝は幼なじみでね、夏になるとうちへ来て、花火をして遊んだよ。こうして並んで、オーブを眺めたりもしてね」
「八枝さんも、オーブを綺麗だと言ってましたか?」
「そう。面白いねって楽しんでたよ。気味悪がる子は遊びに来なくなるから、八枝は変わってるなって思ったよ」
懐かしそうに庭を眺める彼の目には、当時の記憶がよみがえってるのだろう。だけどどこか憂いを帯びてるのは、恋の結末が別れだったからだろうか。
「どうして、別れてしまったんですか?」
思わず、尋ねた。政憲はちょっと苦笑して、足もとに目を落とす。
「八枝の両親はね、ずっと結婚を反対してたよ。都会の男と結婚して、苦労せずに生きてほしかったんだろうなぁ。八枝は美人だったしね、引くてあまただっただろう。それなのに、八枝は結婚したいって言ってくれた。欲のない女だった」
「反対されてたから、うまくいかなくなってしまったんですか?」
「思いやる方向が間違ってたんだろうかなぁ。俺は天目をいつか出ていきたいと思ってた。そのためには起業するしかないと思い込んでたよ」
だから、天目を出て、本郷へ行った。本郷は新しい住人をたやすく受け入れてくれる開放された町だから。
「八枝さんは反対を?」
「賛成はしてなかったかもしれないな。八枝は天目が好きだから。でもね、タイミングが良くなかったよ。八枝の親父さんが亡くなって、続いて母親も具合を悪くした。八枝は俺についてくる決意をしたかもしれないが、俺が天目に残るように言ったんだ」
「それで離婚を……」
「ああ。結婚を反対した両親に、八枝を返そうと思った。八枝に実家へ帰るように言ったんだ。そうすることが思いやりだと思ってた」
政憲はひざの上に乗せていた小物入れを手のひらに乗せると、私の方へ差し出した。
「八枝に渡してくれないか。俺はもう、八枝に会って話すことはない」
「でも……」
「突き返されたりしたら、死ぬに死ねないだろ?」
冗談っぽく笑う政憲は少年のようだった。そして、私の手に押し付けるように小物入れを乗せると、目を閉じた。
ああ……、と声が漏れた。
消える。政憲が、消えていく。
そう感じたとき、菜月さんの身体はゆっくりと傾き、私の方へと倒れてきた。
「菜月さん……」
冷たい手を握りしめると、青白い顔は次第に赤みを帯びて、静かな寝息が聞こえてきた。
ぱちりと目を開くと、窓の奥であまたのオーブが飛び交っていた。
綺麗な月の浮かぶ夜空を踊るオーブたちは、私が身体を起こすとふわりと飛び散って、ふたたび舞い始める。まるで、真夜中の舞踏会を楽しんでるみたい。
いつの間に戻ってきたのだろう。誠さんの腕の中でミカンが眠っている。仕事中の彼にべったりな彼女が、最近はそうでない時もくっついている。もしかしたら、私のお腹の中に新しい命があると気づいて? と思いながら、ミカンの頭をそっとなでる。
すやすやと気持ちよさそうに眠る彼らを残し、部屋を出た。
中庭に続く廊下を歩いていくと、縁側に腰かける女性に気づいた。菜月さんも目が覚めてしまったようだった。
「ああ、千鶴さん」
そう声を発した菜月さんは、政憲だった。
「少し話をしませんか。ゆっくり話せるのは今夜が最後だろうから」
「最後なのに、私なんかでいいんですか?」
「八枝の話を息子にするのは変な気もしてね」
くすりと笑う表情が、どことなく誠さんに似ている。彼はそのまま庭先へと視線を移し、ふわふわと飛び回るオーブを眺めた。
政憲の隣へ腰かけると、彼はふたたび口を開く。
「八枝は幼なじみでね、夏になるとうちへ来て、花火をして遊んだよ。こうして並んで、オーブを眺めたりもしてね」
「八枝さんも、オーブを綺麗だと言ってましたか?」
「そう。面白いねって楽しんでたよ。気味悪がる子は遊びに来なくなるから、八枝は変わってるなって思ったよ」
懐かしそうに庭を眺める彼の目には、当時の記憶がよみがえってるのだろう。だけどどこか憂いを帯びてるのは、恋の結末が別れだったからだろうか。
「どうして、別れてしまったんですか?」
思わず、尋ねた。政憲はちょっと苦笑して、足もとに目を落とす。
「八枝の両親はね、ずっと結婚を反対してたよ。都会の男と結婚して、苦労せずに生きてほしかったんだろうなぁ。八枝は美人だったしね、引くてあまただっただろう。それなのに、八枝は結婚したいって言ってくれた。欲のない女だった」
「反対されてたから、うまくいかなくなってしまったんですか?」
「思いやる方向が間違ってたんだろうかなぁ。俺は天目をいつか出ていきたいと思ってた。そのためには起業するしかないと思い込んでたよ」
だから、天目を出て、本郷へ行った。本郷は新しい住人をたやすく受け入れてくれる開放された町だから。
「八枝さんは反対を?」
「賛成はしてなかったかもしれないな。八枝は天目が好きだから。でもね、タイミングが良くなかったよ。八枝の親父さんが亡くなって、続いて母親も具合を悪くした。八枝は俺についてくる決意をしたかもしれないが、俺が天目に残るように言ったんだ」
「それで離婚を……」
「ああ。結婚を反対した両親に、八枝を返そうと思った。八枝に実家へ帰るように言ったんだ。そうすることが思いやりだと思ってた」
政憲はひざの上に乗せていた小物入れを手のひらに乗せると、私の方へ差し出した。
「八枝に渡してくれないか。俺はもう、八枝に会って話すことはない」
「でも……」
「突き返されたりしたら、死ぬに死ねないだろ?」
冗談っぽく笑う政憲は少年のようだった。そして、私の手に押し付けるように小物入れを乗せると、目を閉じた。
ああ……、と声が漏れた。
消える。政憲が、消えていく。
そう感じたとき、菜月さんの身体はゆっくりと傾き、私の方へと倒れてきた。
「菜月さん……」
冷たい手を握りしめると、青白い顔は次第に赤みを帯びて、静かな寝息が聞こえてきた。
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