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満月は、吉兆か凶兆か
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深夜のさわやま病院は静まり返っている。
満月の光に照らされた、ひと気のない一筋の廊下に足を踏み込むと、言い知れない不安にかられた。
満月の夜は苦手だ。吉兆を示す光さえ、私にとっては重苦しい。
婚約者である惣一郎さんの母親が亡くなった日は、失意の人々を無神経に煌々と照らす満月の夜だった、そう彼は話してくれた。
彼と私が初めて相まみえた日も、澄み切った夜空にひときわ大きく照る満月が印象的な夜だった。彼は初対面の私に向かって、満月は嫌いだと言ったんだった。
「俺にとっての満月は、凶兆なのですよ。この婚約がそうならないことを祈るばかりです」
当時、二十歳になったばかりだった私には、とても怖い言葉として心に響いた。結婚はもっと、色鮮やかに華やかで、幸福に満たされているものだと思っていた。
いま思い返すと、満月のあの日は、私と惣一郎さんの凶兆の始まりだったのかもしれない。
それでも、二年の月日をかけて、私たちは幸せになれると信じ、お互いの心を寄り添わせてきた。
今夜も満月は淡々と美しく輝き、私たちを見下ろしている。
何か、悪いことが起きたのだ。
深夜に病院へ、それも、惣一郎さんに会いに来てほしいなどと連絡を受けたら、不安は確信でしかなかった。
重たい静けさの中、足音だけが冷たい廊下に響き渡る。緊張が高まり、息苦しさを覚えながら、私を先導する看護師長とともに、満月の光が届かなくなった廊下を足早に進んだ。
「つゆりさん、こちらです」
廊下の突き当たりでぴたりと足を止め、看護師長の奥江さんは、そう言った。
小さな頃からお世話になっている奥江さんの険しい表情と厳しい声音は、私の知っている柔和な彼女のそれとは、まったく違った。
霊安室と記されたプレートを目の当たりにしたら、冷気が全身に降りてきた。震える手を胸に当て、呼吸を落ち着かせると、ゆっくりとうなずく。
今日ほど、覚悟を決めた日はないだろう。
私は惣一郎さんと生きていく決意をした。彼も、凶兆となる結婚とわかっていて、決意してくれた。
私たちはいわば、運命共同体だった。何があっても、強い心を保ち、すべてを受け入れる。お互いにそう、固く約束しながら過ごしてきた。
彼が私から離れていくのだとしても、綾城つゆりは、西園寺惣一郎の婚約者であることに変わりはない。
満月の光に照らされた、ひと気のない一筋の廊下に足を踏み込むと、言い知れない不安にかられた。
満月の夜は苦手だ。吉兆を示す光さえ、私にとっては重苦しい。
婚約者である惣一郎さんの母親が亡くなった日は、失意の人々を無神経に煌々と照らす満月の夜だった、そう彼は話してくれた。
彼と私が初めて相まみえた日も、澄み切った夜空にひときわ大きく照る満月が印象的な夜だった。彼は初対面の私に向かって、満月は嫌いだと言ったんだった。
「俺にとっての満月は、凶兆なのですよ。この婚約がそうならないことを祈るばかりです」
当時、二十歳になったばかりだった私には、とても怖い言葉として心に響いた。結婚はもっと、色鮮やかに華やかで、幸福に満たされているものだと思っていた。
いま思い返すと、満月のあの日は、私と惣一郎さんの凶兆の始まりだったのかもしれない。
それでも、二年の月日をかけて、私たちは幸せになれると信じ、お互いの心を寄り添わせてきた。
今夜も満月は淡々と美しく輝き、私たちを見下ろしている。
何か、悪いことが起きたのだ。
深夜に病院へ、それも、惣一郎さんに会いに来てほしいなどと連絡を受けたら、不安は確信でしかなかった。
重たい静けさの中、足音だけが冷たい廊下に響き渡る。緊張が高まり、息苦しさを覚えながら、私を先導する看護師長とともに、満月の光が届かなくなった廊下を足早に進んだ。
「つゆりさん、こちらです」
廊下の突き当たりでぴたりと足を止め、看護師長の奥江さんは、そう言った。
小さな頃からお世話になっている奥江さんの険しい表情と厳しい声音は、私の知っている柔和な彼女のそれとは、まったく違った。
霊安室と記されたプレートを目の当たりにしたら、冷気が全身に降りてきた。震える手を胸に当て、呼吸を落ち着かせると、ゆっくりとうなずく。
今日ほど、覚悟を決めた日はないだろう。
私は惣一郎さんと生きていく決意をした。彼も、凶兆となる結婚とわかっていて、決意してくれた。
私たちはいわば、運命共同体だった。何があっても、強い心を保ち、すべてを受け入れる。お互いにそう、固く約束しながら過ごしてきた。
彼が私から離れていくのだとしても、綾城つゆりは、西園寺惣一郎の婚約者であることに変わりはない。
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