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奇妙なアルバイト
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なんとなく彼に感じていた違和感は、これだった。なぜストールが必要だったのか、私は一目で察した。
細いけれど、男性を意識しないわけにはいかない逞しさのある彼の首には、くっきりと指の跡が付いている。
「大丈夫……?」
思わず伸ばした手に触れられないよう、白夜くんは身を引く。
「あ……、ごめんね。びっくりして」
白夜くんは無言で私の向かい側へ腰かける。一真はすぐにホットティーを用意する。どこまでも息の合った二人だ。
「……どうしたのって、聞いてもいいの?」
その問いに答えるのは、やはり一真だ。
「聞いてもらわなければ話が出来ません。昨夜、何者かが白夜様に悪さをしたようなのです」
「悪さって……、警察に言わなきゃ。大変なことよ」
「警察は夢の中の出来事など取り合ってくれませんよ。まして時追急行の御曹司の寝所へ女が忍び込んだ挙句、痴情のもつれでこのようなことが起きたと騒がれては、大問題です。ご両親にも知られてはならないことと考えます」
それが、公にできない理由だと、一真は語る。
「夢の中の女の人が首をしめたっていうの?」
「あるいは、人ではない何かが」
「それが幽霊……? でも、そんなことって……」
「ないとは言い切れません。白夜様に泣かされた女の生き霊かもしれませんしね」
「恨まれたりする覚えがあるの?」
素直に思ったことが口から出ただけだが、白夜くんは眉をぴくりとあげる。逆鱗に触れたかもしれない。
「一般論よ。解決には消去法が一番でしょ?」
「美鈴様の意見はもっともです。ですが、残念ながら白夜様には覚えがないようなのです。次はいつ現れるともわからぬ女が出てくるのを待つしか方法がありません」
「手遅れになったら大変よ? あ、そうよ、卯乃さん。彩斗美のおばあさんは除霊が出来るらしいの。私より卯乃さんに見てもらった方がいいわ」
「霊が憑いているなら……、ですよね。しかし、白夜様に霊は憑いておりません」
「やけにはっきりと断言するのね」
「ええ」
一真は短くうなずく。自信があるのだろう。
「じゃあ、一真はどうするつもりなの?」
「見張ります。美鈴様にはその手助けをして頂きたいのです」
「私が何を手伝えるの? 見張るって言っても私には無理よ」
「もちろんです。白夜様と美鈴様を寝室で二人きりにするわけにはまいりません。夢の女の悪さよりまずいことが起きるかもしれませんのでね。どうでしょう。お時間のある時だけで結構ですので、協力して頂けないでしょうか」
「大して協力できるとは思えないわ」
「相談相手になって頂けるだけでも心強いです。アルバイト料はきちんとお支払いしますから」
奇妙なアルバイトだ。私は悩む。こんな話を聞かされて、正直自分がどうしたいのかもまだわかっていない中で、返事を求められているのだ。
「……卯乃さんに話してもいい? 彩斗美の耳にも入るとは思うけど……」
反対されるだろうと思いながらもおずおずと言うと、一真からは案の定の返答がある。
「橘安哉には、ご内密に。彩斗美様にも学校ではいらぬ話をしないよう口止めを」
「それはわかってるわ。アルバイト料もいらないの。なんとかしなきゃって、私に何かできるとは思えないけど、そう思うから」
「いえ、アルバイト料はもらってください。利益なく白夜様に関わるということでしたら、それは好意があると受け取れますので」
ハッとする。友人が困っていたら助けるのが当たり前だと思っているだけなのに、一真はすぐに歪曲させてしまうのだ。
「好意って……、違うわ、違う。そんなもの見せられたら誰だって心配するじゃないっ」
戸惑いから声を荒らげてしまう。
「興奮して否定することじゃない」
冷静にそう言ったのは、白夜くんだ。相変わらずの仏頂面でホットティーをひとくち飲む。そして、おもむろに立ち上がったかと思うと、ベッドに身を横たえてふて寝する。まるで子供みたいな人だ。あきれてしまう。
「白夜様は少し休まれるようです。早速ですが、美鈴様、2時間ほどここにいてくださいませんか」
「それがアルバイト?」
「時給は巫女のアルバイトの倍出します。何かありましたら特別手当もつけましょう。そうですねー、まずは連絡先を交換しましょう」
すっかり一真のペースにのまれてしまう。両親には話せないアルバイトだし、考える余地も与えてもらえない。
彩斗美なら、友人の家に遊びに来て高級茶を出してもらえる上に、おしゃべりしてくるだけのアルバイトなんて最高だと言いそうだけれど、本質はそこではない。
「白夜くんが寝てる間に何かあっても私……、不安だわ」
「大丈夫です。私が決して美鈴様を一人にはしませんから」
力強い一真の言葉に、緊張がほぐれる。
「頼もしいのね、一真って」
そう言ったら、白夜くんがベッドの上で身じろぎする。
一真はすぐに、横になる白夜くんの体に毛布をかけると、「夢の女に感謝しなければなりませんね」と、にこにこしながら囁きかけた。
細いけれど、男性を意識しないわけにはいかない逞しさのある彼の首には、くっきりと指の跡が付いている。
「大丈夫……?」
思わず伸ばした手に触れられないよう、白夜くんは身を引く。
「あ……、ごめんね。びっくりして」
白夜くんは無言で私の向かい側へ腰かける。一真はすぐにホットティーを用意する。どこまでも息の合った二人だ。
「……どうしたのって、聞いてもいいの?」
その問いに答えるのは、やはり一真だ。
「聞いてもらわなければ話が出来ません。昨夜、何者かが白夜様に悪さをしたようなのです」
「悪さって……、警察に言わなきゃ。大変なことよ」
「警察は夢の中の出来事など取り合ってくれませんよ。まして時追急行の御曹司の寝所へ女が忍び込んだ挙句、痴情のもつれでこのようなことが起きたと騒がれては、大問題です。ご両親にも知られてはならないことと考えます」
それが、公にできない理由だと、一真は語る。
「夢の中の女の人が首をしめたっていうの?」
「あるいは、人ではない何かが」
「それが幽霊……? でも、そんなことって……」
「ないとは言い切れません。白夜様に泣かされた女の生き霊かもしれませんしね」
「恨まれたりする覚えがあるの?」
素直に思ったことが口から出ただけだが、白夜くんは眉をぴくりとあげる。逆鱗に触れたかもしれない。
「一般論よ。解決には消去法が一番でしょ?」
「美鈴様の意見はもっともです。ですが、残念ながら白夜様には覚えがないようなのです。次はいつ現れるともわからぬ女が出てくるのを待つしか方法がありません」
「手遅れになったら大変よ? あ、そうよ、卯乃さん。彩斗美のおばあさんは除霊が出来るらしいの。私より卯乃さんに見てもらった方がいいわ」
「霊が憑いているなら……、ですよね。しかし、白夜様に霊は憑いておりません」
「やけにはっきりと断言するのね」
「ええ」
一真は短くうなずく。自信があるのだろう。
「じゃあ、一真はどうするつもりなの?」
「見張ります。美鈴様にはその手助けをして頂きたいのです」
「私が何を手伝えるの? 見張るって言っても私には無理よ」
「もちろんです。白夜様と美鈴様を寝室で二人きりにするわけにはまいりません。夢の女の悪さよりまずいことが起きるかもしれませんのでね。どうでしょう。お時間のある時だけで結構ですので、協力して頂けないでしょうか」
「大して協力できるとは思えないわ」
「相談相手になって頂けるだけでも心強いです。アルバイト料はきちんとお支払いしますから」
奇妙なアルバイトだ。私は悩む。こんな話を聞かされて、正直自分がどうしたいのかもまだわかっていない中で、返事を求められているのだ。
「……卯乃さんに話してもいい? 彩斗美の耳にも入るとは思うけど……」
反対されるだろうと思いながらもおずおずと言うと、一真からは案の定の返答がある。
「橘安哉には、ご内密に。彩斗美様にも学校ではいらぬ話をしないよう口止めを」
「それはわかってるわ。アルバイト料もいらないの。なんとかしなきゃって、私に何かできるとは思えないけど、そう思うから」
「いえ、アルバイト料はもらってください。利益なく白夜様に関わるということでしたら、それは好意があると受け取れますので」
ハッとする。友人が困っていたら助けるのが当たり前だと思っているだけなのに、一真はすぐに歪曲させてしまうのだ。
「好意って……、違うわ、違う。そんなもの見せられたら誰だって心配するじゃないっ」
戸惑いから声を荒らげてしまう。
「興奮して否定することじゃない」
冷静にそう言ったのは、白夜くんだ。相変わらずの仏頂面でホットティーをひとくち飲む。そして、おもむろに立ち上がったかと思うと、ベッドに身を横たえてふて寝する。まるで子供みたいな人だ。あきれてしまう。
「白夜様は少し休まれるようです。早速ですが、美鈴様、2時間ほどここにいてくださいませんか」
「それがアルバイト?」
「時給は巫女のアルバイトの倍出します。何かありましたら特別手当もつけましょう。そうですねー、まずは連絡先を交換しましょう」
すっかり一真のペースにのまれてしまう。両親には話せないアルバイトだし、考える余地も与えてもらえない。
彩斗美なら、友人の家に遊びに来て高級茶を出してもらえる上に、おしゃべりしてくるだけのアルバイトなんて最高だと言いそうだけれど、本質はそこではない。
「白夜くんが寝てる間に何かあっても私……、不安だわ」
「大丈夫です。私が決して美鈴様を一人にはしませんから」
力強い一真の言葉に、緊張がほぐれる。
「頼もしいのね、一真って」
そう言ったら、白夜くんがベッドの上で身じろぎする。
一真はすぐに、横になる白夜くんの体に毛布をかけると、「夢の女に感謝しなければなりませんね」と、にこにこしながら囁きかけた。
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