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名を刻む儀式

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 余計なことを考えていた私はハッとする。目的を見失っていたかもしれないと反省の気持ちが浮かぶ。もともと私に何かできると思っていたわけではないけれど、白夜くんの身に起きていることは深刻だ。しかも、私のせいかもしれないのだ。
 私の問題の解決は、そのまま白夜くんの問題の解決にもつながるかもしれないと思う。

「特にはない」

 白夜くんは短く答える。嘘か本当かも判断できないほど淡白だ。

「一真がいる時は不思議なことが起こらないんじゃないかって言ってたけど、試してはないの?」

 もちろん試すために私は彼の部屋に行ったのだけど、何の役にも立たなかった。それどころか記憶がない。奇子さんの探している相手が白夜くんなら、彼女が現れたのではないかと不安に思ってはいる。

「ああ、もうやめた」

 白夜くんは投げやりに言う。

「やめたって?」
「もう何も起こらない。そんな気がするからやめたんだ」
「……そう。じゃあ、私はもう白夜くんのおうちに行かなくていいのね」

 安堵することのはずなのに、ため息交じりの声が出た。がっかりしているのだろうか。複雑な思いに戸惑う。

「そうだな。もう来なくていい。視聴覚室の見回りも必要ない。俺たちがこうして会うのは今日が最後だ」
「……」
「どうした。バイト先がなくなってショックか?」

 白夜くんは皮肉げに唇の端をあげる。

「そんな。そんな話じゃないの。……急なことでびっくりして。じゃあ、お礼、お礼言わなきゃ」

 慌てるように早口で答える。混乱している。動揺もしている。沈黙したら、彼から突き放される気がした。

「礼?」
「昨日のこと。……結局、何も言えずに帰ったから。安哉くんのことは私、あんなことがあって……」

 白夜くんは眉をひそめる。ハッとする。わずらわしい。そう顔に書いてある。
 聞きたくないことだろう。私には大きなことでも、彼にとっては取るに足らない記憶にも残らない小さなことなのだ。

「……なんでもないの。もう、迷惑かけないようにするわ」

 ため息が出た。

「美鈴は安哉の仕業を怖いと言ったが……」

 終わらせようとした会話をつなぐみたいに、白夜くんが口を開く。

「怖いと思ったのは美鈴の本心じゃないかもしれないだろう。気にするなと言ったはずだ。安哉も反省してるだろう」
「……私の本心」

 そう、つぶやく。白夜くんの言葉は衝撃的だ。
 私が安哉くんを拒んだのは私の本心じゃない。だとしたら、奇子さんが? 
 でも、と思う。奇子さんのことを白夜くんは知らないはずだ。彼がそれを想像できるはずもない。

 思い悩む私に、一真はにこりと微笑んで尋ねてくる。

「美鈴様、話があって来られたのでしょう? どんなことでしたか?」
「え。それは……、でももう……」

 話すことを躊躇する。白夜くんから絶縁宣言されたのだから、私が話そうとしていたことすら無意味に思える。

 卯乃さんは言っていた。私と奇子さんは常に共にある存在だから、共に生きていかなければならないと。ただ白夜くんのために無茶なことをする彼女を制御しないと私は喰われると。
 白夜くんに会わなければいいのだ。それが一番の解決策になる。そんな気もしている。

「大切な話とおっしゃいました。話してみてください。お力になれるかもしれません」
「……おとぎ話みたいな話なの」
「かまいません。そもそも、白夜様の身に起きたことすら、通常では考えられない奇怪な出来事です」

 そう言われたら、勇気がわく。やはり一真なら、私の話を理解してくれるかもしれない。

「嘘言ってるって思ってもかまわないから、最後まで聞いてくれる?」
「嘘をつくような方とは思っておりません」

 力強い一真の言葉にますます励まされる。

「白夜くんと同じようにね、私も不思議な体験をするの」

 私はぽつりぽつりと話し始める。

「とても信じられないかもしれない。その不思議な体験を引き起こすのが、私の前世である呼結の巫女だなんて……」
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