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真実と終わる恋

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「おや、美鈴様もご一緒でしたか。橘安哉はさぞかし驚くでしょうねー。時間を割くよう頼みましたが、へそを曲げるかもしれませんね」

 一真は肩をすくめる。安哉の気分を損ねて、彼のお膳立てを無駄にするかもしれない俺の行為を責めているのだろう。

「一緒に来ると言って聞かなかった。仕方なくだ」

 俺はふてくされるように答えるしかできない。

「なるほど。美鈴様がそのような我儘を言い、その我儘を許されてしまう白夜様とのご関係。微笑ましいですねー」
「回りくどい」

 一真は敏感だ。俺たちの間に何かあったと気づいたのだろう。俺だってまだ半信半疑だ。美鈴は俺と付き合いたいとは言ってない。だから俺は乱暴にそう言って、美鈴を振り返る。

「美鈴は別の場所で待たせてもらえ。安哉も美鈴の前では話せないこともあるかもしれない」
「何を話すの?」

 美鈴は不安げに尋ねる。俺が安哉に会うのをやめさせたくてついてきたのかもしれない。しかし、安哉が強行手段を選んだ以上、手をこまねているだけの時間は俺たちにはない。

「昔話でもしようか。橘白夜と橘安哉の昔話だ。妙な気分だ。俺たちが遥か昔、兄弟だったなんてな」
「……白夜くんには関係ない話よ。それを知る理由なんてないと思うの」
「なぜ橘白夜が奇子を捨てたか知りたくはないか?」
「知ってどうするの……」

 美鈴は消極的だ。予感があるのかもしれない。知っても辛いだけだろうという予感が。

「地縛霊はなんとかしてやらないとな。理由がわからないままでは、積年の恨みを忘れて成仏など出来ないだろう」
「申し訳ありません、白夜様。地縛霊ですか?」

 一真が僭越ながらと口を挟む。

「ああ、俺の部屋にいるようだ。例えそれが奇子だとわかっていても、このままというわけにはいかないだろう」
「美鈴様が不完全なのはそのためでしょうか」

 相変わらず一真は察しがいい。俺はゆっくりと頷く。

「それは俺も考えていた。前世の記憶を持った魂は、成仏できない魂と分離し、別の魂と出会い、新たな命を誕生させた。美鈴が奇子であって奇子でないのは、そのためかもしれない」
「今の言葉で理解致しました。では、参りましょうか。悲しい記憶を持った魂は癒して差し上げなければなりません」

 一真は確固たる信念を持って、橘の大きな木製の表札に向かって歩き始める。

「行こうか、美鈴。俺は美鈴も奇子も救うつもりだ。奇子は今更だと泣くかもしれないが」
「白夜くんの思いはちゃんと伝わってる。奇子さんは何も言わないけど、わかってくれてると思うの」
「美鈴がそう言うならそうだろう」
「あまり……無理しないで」

 不安げな美鈴の髪に触れる。ずっと触れられないと思っていたさらさらの黒髪に触れても、彼女は拒むことなく俺を見つめている。それだけで十分だ。気持ちは伝わってくる。

 俺は無言で頷き、一真に続く。
 橘安哉と話し合うのはこれが最初で最後だろう。千年前、俺は何もせずに奇子を苦しめた。ならば今世はせめて後悔のないように生きたい、そう思った。
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