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真実と終わる恋

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「美鈴様、改めまして、ご卒業おめでとうございます。ささやかながら、私からのお祝いの品です」

 目の前に差し出されたのは真っ赤なバラの花束。その花束を持つ一真が美しい。端正な顔立ちの彼がスマートに差し出すから、純粋にお祝いしてくれてるのだと感じることができる。

「一真、ありがとう」

 花束を受け取る。寝室のベッドに腰掛けていた白夜くんは、頬杖をついて私たちの様子を眺めている。

「白夜様にもございますよ。気に入って頂けると嬉しいのですが」
「なんだ?」

 意外そうに言う白夜くんの前へ移動した一真は、紙袋からリボンのかかる黒い箱を取り出す。

「万年筆です。白夜様のためにお作りさせて頂きました」
「まるでステップアップしろとプレッシャーをかけられているようだが」
「もちろん、そうですよ。時追の後継者として恥じぬよう、これからも成長して頂かなければなりません」

 一真が胸を張ると、彼の熱意を煙たそうに見ながら、白夜くんは手を振る。

「ああ、わかったわかった。一真の気持ちはありがたく受け取っておく。説教なら美鈴のいない時にしてくれ」
「美鈴様と過ごす時間を奪うつもりは毛頭ありませんよ。では、とびきり美味しい紅茶を用意させて頂きます」

 一真は一礼し、バラの花束に見惚れる私の前を通り過ぎていく。
 私が白夜くんの部屋を訪れると、いつも彼がそうしているように、紅茶と菓子の準備をするため部屋を出ていこうとする。

「一真」

 不意に白夜くんが一真を引き止める。
 ドアノブに手をかけて振り返る一真を追いかけて私の前を通り過ぎた白夜くんは、ドアを手で押さえる。

「今日はもう帰っていい。美鈴は俺が家まで送る」

 一真は無表情のまま、どちらかと言うと、あえて無表情を保ったまま、無言で頭を下げる。
 一真がドアノブを離すと同時に白夜くんもドアを離す。いつでも呼吸のあった二人の行動が合わさると、ゆっくりとドアは閉じた。

「白夜くん、怒ってるの? 一真を帰すなんて」
「怒る? どうしてだ」
「花束をもらったから。まるで恋人からもらうような花束ね」
「美鈴は恋人からそういう花束をもらった経験でもあるのか?」
「違うわ。花束をもらったのも初めてよ。変に誤解してるならいけないと思ったの」
「誤解してるのは美鈴の方だ。一真は俺をよく知ってる。さあ、妙な勘ぐりはやめて、俺のプレゼントも受け取ってくれるか?」

 一真が誰よりも先に私に卒業祝いのプレゼントを渡したことにすねているのかもしれない。

「白夜くんからのプレゼントが一番嬉しいわ」
「ネックレスを用意した。気に入るといいが」
「白夜くんが私のために選んでくれたものはなんでも嬉しいの」

 白夜くんはじっと私を見つめ、私の身体ごと抱き寄せる。バラの花束は足元に落ちて、拾うことも許されないぐらい強く抱きしめられる。
 時々キスをして、抱きしめてくれる彼を愛しく思う。私も彼の背に手を伸ばして、抱きしめ返す。

「悪い。プレゼントは後でいいか? 美鈴とこうしていたい」
「謝らなくていいの。私の方こそ謝らないといけないことがあって」
「あやまる? それが話したいことか……」

 私の頭を両腕に包み込む彼の胸は早鐘を打っている。不安なのだろうか。

「白夜くんは、来世は別の名前で生きたいって卯乃さんに言ったこと、覚えてる?」
「……言ったな。俺には記憶がないだけで、千年も前から白夜だ。そろそろ解放されてもいいはずだ」
「そうよね、誰かのために縛られた命を授かるなんて、呪われてるって思うわよね」
「だからどうした。美鈴が心を痛める話じゃない」

 白夜くんは頼りなげに私を見つめる。私のせいで白夜くんは苦しんできた。その思いが伝わっているみたいに。

「また私……、白夜くんを苦しめるわ」
「美鈴? どうしてそんな風に思う」
「書いたの……」
「書いた? 何を」
「御守り……。御守りに書いたの、白夜くんの名前」
「……は?」

 白夜くんはきょとんとする。彼が気を許した表情をするのは珍しい。少しずつ彼に近づけている気がする。

「私、安哉くんと結婚するって思ってたから、来世では白夜くんと結ばれたいって思って、だから、呼結の御守りに白夜くんの名前を書いたの」
「……いつ?」
「いつって……、初めて白夜くんが電話をくれた日」
「安哉と結婚したくないって泣いた日か」

 それを言われると恥ずかしい。あの時白夜くんが私を支えてくれなければ、安哉くんと結婚していた。結婚しなければならないと思い込んでいた。

「そうよ……だから私、自分勝手に白夜くんの名前を書いたの。白夜くんの気持ちなんて考えてなくて」
「それを聞いて、俺が怒ると思ったのか? 謝罪は必要ない」
「許してくれるの……? もしかしたら白夜くんの未来まで束縛することになるかもしれないのに」

 そういうことがまた起きるかもしれない。笑い話には出来ない経験を私たちはしてきた。

「俺は白夜として生まれ変わることはない」
「どうして断言できるの?」
「忘れたのか? あれは結ばれなかった者たちの願いを叶える祈り板だ。結ばれたなら、効力はない」
「……」
「結婚したいとはまだ言わない。だが、俺たちはこの命果てるまで結ばれている自信がある」
「白夜くん……」

 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。安堵している。白夜くんの私を愛する気持ちが伝わってきて。

「好きと言え」

 彼の力強い腕に、さらに抱きすくめられる。

「はやく……、言え」

 待たせたら何するかわからない。そんな風に感じられるほど、彼の愛情が伝わってくる。

「……白夜くんが、好きよ」

 私は両手を伸ばし、彼のほおに触れる。愛しげに私を見つめる彼の唇が落ちてくる。
 私たちはようやく結ばれる。柔らかく重なる唇も、優しく触れる指先も、甘やかな香りに包まれて、ともに生きられる喜びを知る。

「今度こそ、幸せになろう……美鈴」

 千年の時を越えて動き出した恋は、いにしえの記憶とともに芽吹いて、生涯続く恋となる。





【完】
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