あしたの恋

つづき綴

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色なき風

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 麻那香に連れられてやってきたのは、アットホームな雰囲気のカジュアルカフェだった。大学生の行き交う街に似合うおしゃれなカフェで、今日も混み合っているようだ。

 到着してすぐ、入り口で待っていた朝陽さんを見つけた麻那香は大声を上げる。

「朝陽せんぱーい」

 すると私たちに気づいた朝陽さんはこちらを見て、そっと微笑む。いつも優しい笑顔をする人だ。きっと誰にでも優しく接することができる人だろうと思う。

「お待たせしてしまってごめんなさい」

 朝陽さんにぺこりと頭を下げると、彼はゆるりと首を振る。

「全然。急に誘ったのに来てくれてありがとう。日菜詩ちゃんはここ初めて?」
「はい、初めてです。朝陽さんと麻那香はサークルの集まりで来たんですよね?」
「俺はその一回しか来てないけど、すごく雰囲気がいい店だったから。中、入ろうか」

 朝陽さんは私と麻那香を促し、店員に三人だと伝える。

 混雑した店内を進む。可愛らしい店員さんが多く、客層も大学生が多いようだ。もしかしたら平明大学の学生がほとんどかもしれない。

 席に案内された私は麻那香の隣に座り、朝陽さんは私の斜め前に腰を下ろした。

「日菜詩、ケーキセット頼まない? この間食べ損ねたの」

 麻那香は早速メニュー表を手に取りながらそう言う。

「うん、いいよ。ケーキは何があるの?」
「いろいろあるよ。日菜詩は何が好きだっけ?」
「うーん……、シフォンケーキとか好きだよ」
「あ、あるある。じゃあ、私はレアチーズケーキにしよー。あと、アイスティーで」
「私もアイスティーにする。朝陽さんは?」
「ああ、いいよ。俺が頼むから」

 朝陽さんはすぐに店員を呼ぶと、ケーキセット二つとアイスコーヒーを注文する。

「麻那香ちゃんはこの間、何頼んだの?」

 メニュー表をメニュー立てに戻しながら彼は麻那香に尋ねた。

「カフェモカだけ。結構な人数だったし、みんな飲み物一杯だけだったから」
「そっか。もっと自由に頼んでいいよって言ってあげれば良かったね」
「そんなー、先輩にそんな気を遣わせるつもりなんてなくて」
「うちのサークル人数多いからさ、なかなか目が届かないこともあるし、言われないとわからないこともあるからさ、麻那香ちゃんみたいに素直に話してくれる子は助かるんだ」

 麻那香はサークルでもうまく過ごしてるみたい。誰とでも仲良くなれる彼女には素直に憧れてしまう。

「全然不満とかないですよ。女の子は紅先輩中心にまとまってるし」
「そうだね。紅は気遣い屋だから、いろんなことまとめてくれてるとは思う。大変なのに頑張ってくれてるよ」
「信頼してる感じ、すごくわかります」
「紅とは長い付き合いだから」
「確か、高校の同級生なんですよね?」
「紅から聞いた? そう。同郷でさ、別に相談したわけじゃないのに同じ大学選んでてさ、腐れ縁なんだろうなって思ってるよ」
「私、付き合ってるんだと思ってました」

 麻那香は無邪気に尋ねるが、探っているのだとすぐに気づく。それは朝陽さんも感じたのだろう。私の方をちらりと見て、彼はそっと苦笑いする。

「紅とはずっと友達だよ。好きな男もいるんじゃないかな? うまくいってくれるといいなとは思うけど」
「やっぱり好きな人いるんだぁ」

 麻那香が残念そうに言うと、朝陽さんはくすりと笑う。

「麻那香ちゃんは紅のファンだったね。もし紅が話すなら聞いてあげてよ。ずっと好きだったからさ、幸せになってもらいたいって思うんだ」
「紅先輩ならふられることなんてないと思うのに」
「相手がちょっと問題児だからさ」
「問題児?」
「ああ、言い方悪いね。素直じゃないやつだからってこと。紅の気持ちに気づいてるはずなのに何もしないやつだから。あいつだって、紅が好きなはずなのにさ」

 朝陽さんがあいつと呼ぶのは、きっと明日嘉くんのことだろう。

 明日嘉くんは大学に入って紅さんや朝陽さんと仲良くなったようだし、そう考えればつじつまの合う話だ。

 二人は思い合ってるのにすれ違ってる。それはきっと明日嘉くんが気にすることがあるからだろう。

「朝陽先輩はどうなんですか?」
「え、俺?」
「好きな人、いるんですよね?」

 麻那香はそう切り出す。あまりにストレートな質問に朝陽さんは苦笑いを隠せないが、そこへドリンクとケーキセットが運ばれてきて、安堵の表情すら見せる。

「麻那香、失礼だよ……」

 そっとさとすと、朝陽さんは意外にも「かまわないよ」と笑った。

「近いうちに告白するよ。卒業まで少ししかないから」

 彼は私の目を見てはっきりと言う。質問したのは麻那香だ。それなのに私を見て言うのだから戸惑ってしまう。

「私、協力しますよ」
「ちょっと……麻那香ー」

 悪乗りする麻那香の腕を揺らすが、彼女は悪乗りをやめる気はなさげで、朝陽さんもまた彼女に合わせ始める。

「それは心強いな。正直言うとさ、あんまり清純な子だから、どうしたらいいのか困ってるところだった」
「清純、清純ね」

 麻那香は私を見て意味ありげに眉を上げ、朝陽さんに思いがけない提案をする。

「きっと強引なぐらいがいいと思います。ほら、清純な子って鈍感だから。先輩のこと、いい人だなぁって思って終わっちゃいますよ」
「なるほどね。そう思われてるのかもしれないな。でもさ、そういうところも可愛いし、無理強いしたら泣いちゃいそうだから、強引なことはちょっと出来ないかな」

 だから安心していいよ。まるでそんな風な表情をして朝陽さんが見つめてくるから、戸惑いながらうつむくしか出来なかった。
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