甘じょっぱい君のこと

つづき綴

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『あした、どっか行かね?』

 土曜日の夜、勇太からメールが届いた。
 今日、部活で顔を合わせた時は何にも言ってなかった。むしろ、私をさけてるみたいだったのに。違うか。さけてたのは、私の方。アメをもらったあの日から、なんとなく気まずい。

『しょうがないから行ってあげる』
『マジ? じゃあ、11時に迎えにいく』

 挑発的な返信をしたのに、勇太からは嬉々とした返事が返ってきた。調子が狂っちゃう。行くなんて返事しなきゃよかった。

 翌日、勇太は約束の時間ちょうどに、『家の前に着いた』ってメールをくれた。

 あわてて用意してあったバッグをつかんで玄関を飛び出すと、門の奥に立つ勇太が、「やあ」ってぎこちなく笑う。

 白いTシャツに、黒のジーンズ、黒スリッポンとボディバッグ。黒でまとまってるけど重たくなくて、意外とおしゃれ。そんなこと言ったら、怒るだろうけど。勇太の私服見たの、はじめてかもしれない。

「自転車で来たの?」
「歩いてこいとか、鬼畜だろ」

 門の前に停めてある自転車は見慣れた、勇太のもの。彼の自宅は隣の市にある。自転車で20分ぐらいの距離だったはず。

「どこ行くのかなって思っただけ。自転車で出かけるならスカートはまずいよね」

 足もとへ視線を移す。なんでワンピースなんて選んだんだろう。

「駅に行こうぜ」

 勇太は親指を立てて、北へ向かってクイクイって振る。我が家から駅までは歩いて5分だ。

「後ろに乗れよ」

 自転車にまたがって、荷台を指差す。

「スカートめくれそー。着替えてこようかな」
「かわいいからいいじゃん、それ。押さえとけよ」
「まあ、勇太がそう言うなら?」

 素直に褒められると悪い気はしない。好きもかわいいも、彼にとっては全部、『気にするな』だ。

 自転車の後ろに乗って、勇太の腰に腕を回す。彼氏でもない男の子にくっついて、すごく変なのに、勇太とだと自然にできる。

 もう片手でスカートを押さえると、自転車は発進する。

 駅にはすぐ到着した。ふた駅先までの切符を購入して、電車に乗る。男の子とふたりきりで出かけるのもはじめて。そんなことにも気づかないぐらい、勇太と一緒にいるのを自然に感じてたんだって思う。

 つり革につかまって、窓ガラスに映る勇太を見てると、彼が先に口を開いた。

「だいぶ、調子いいじゃん」
「バスケ?」
「ああ。大会、がんばれよ」
「勇太だって、がんばってよ」
「がんばってんだろー」
「ずっとがんばってるよね」
「ずっと見てるみたいな言い方やめろよなー」

 憎まれ口叩きながら、ガラスの中の勇太は照れくさそうに笑ってる。

 私、なに見てたんだろう。
 勇太も、日向先輩も。彼らのなにを、見てたんだろう。



 大型ショッピングセンターに遊びにきた私たちは、何を買うわけでもなく、プラプラと中を見て回った後、ミーグカフェに入った。

 ショッピングセンターに来るって勇太が言い出した時から、前のめりでここに来る気満々だった。

「ミーグのパフェ、食べたかったんだぁ。勇太もパフェとか食べるんだね」

 いちごパフェをぱくりと食べて、バナナが崩れ出すチョコレートパフェと格闘する勇太を眺める。

「甘いもん、嫌いじゃないからなぁ」
「意外ー」
「美咲が俺を知らないだけ」
「そりゃ、知らないよ」

 私たちは同級生で、バスケという同じスポーツに熱中してる者同士なだけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 笑ってると、勇太がじっと見てくるから首をひねる。

「何?」
「あー、元気になってよかったなって思ってさ」
「何それ。もうオヤジじゃん」
「オヤジって言うな。なんつーか、さけられてんのかなって思ってたからさ、よかったなってさ」
「……ごめん」
「しんみりすんなよ」

 勇太は眉を下げて、困り顔をする。

「勇太だって悪いんだよ。あんな風にからかわれたら、リアクションに困る」
「からかうって……」

 あきれて絶句する彼は、ちょっと間をあけて、小さく笑った。

「次、どこ行く?」

 勇太は話をそらした。何気に辺りを見回す。その横顔がちょっとだけこわばったのを、私は見逃さなかった。

「勇太?」
「なんでもない」

 すぐにそう言った彼の見ていた方へ、視線を動かす。私は静かにまばたきをした。不思議と、心は落ち着いていた。

 ミーグカフェに入ってきたばかりの日向先輩と千帆ちゃんが、店員さんと話をしてる。

「デートかな」
「まあ、そうだろ」
「美男美女ってお似合いだよね」
「そこまででもねぇだろ」
「日向先輩は学校で一番カッコいいよ。千帆ちゃんだって」
「美咲の方がかわいいだろ」

 ゆっくり、勇太へ視線を戻す。彼はたじろぐ。

「なんだよ」
「……ううん。ありがと」
「なぐさめたわけじゃないからな」

 わかってる。ただ、ほんとに嬉しいって思っただけなんだ。

「まずい。来るぞ」

 何がまずいんだろうって笑っちゃう。

 思わず腰を浮かした勇太は、まだ半分以上残ってるパフェに気付いて、そのまま腰を下ろした。

「あれ? 勇太」

 店員さんに案内されてきた日向先輩が、私たちに気付いて足を止めた。

 先輩はすぐに、千帆ちゃんへ先に席に行くように言って、とどまる。

「おまえら、付き合ってるんだ」

 先輩は屈託のない笑顔を見せる。後輩の恋を素直に応援してるみたいな笑顔をする。

 勇太はちらっと私を見て、すぐに先輩を見上げた。

「そうっすよ」

 勇太にまっすぐ見つめられた先輩は、ちょっと驚いたように身を引いて、そっと笑む。

「お似合いだよ。大事にしてやれよ」
「言われなくても、してますよ」
「熱いなぁ、勇太は」

 勇太の肩をぽんっと叩いて、先輩はすぐに離れた。心配そうにこちらを見守る千帆ちゃんに「ごめん」と言って近づいていく。千帆ちゃんも大事にしてもらえてるみたい。

「なんて顔してんだよ」

 先輩と千帆ちゃんを眺める私に、勇太はあきれ顔だ。悲愴な顔してるんだろうか。

「ふつうだよ」
「怒ってねぇの?」
「なんで怒らなきゃいけないの?」
「わざと先輩に誤解させた」
「私のために嘘ついてくれたんだよね」

 強がりなんて必要ない。先輩を好きだった気持ちは過去に置いてきた。もう傷ついたりしてないんだから、ヘタな嘘つく必要なんてなかった。

 日向先輩だって、私の気持ちに薄々気づいてただろう。彼はモテるから、知らないフリするのになれてるだけで。
 失恋したから勇太と付き合うことにしたんだって知って、先輩はどう思ったんだろう。安堵したのかな。

 勇太の顔を正面からちゃんと見つめた。目を見つめて、ちゃんとお礼言ったことなかった。

「ありがとう」

 彼はパッと目をそらし、首の後ろに手を当てる。

「べつに。何も気にすることねぇよ。俺の問題だし」
「勇太の?」
「……さっさと食べて、出ようぜ」
「あ、うん」

 先輩たちがいたんじゃ、落ち着かないんだろう。私だって同じだ。

 すっかり溶けたパフェを急いで食べて、カフェを出た。

 また来ような、って私を気づかった勇太は、また来てくれるなら、って言い直した。

 なんで気付かなかったんだろう。こんなに近くに、私のことちゃんと見てくれて、考えてくれてる男の子がいたのに。

「ねぇ、勇太……」
「ん?」

 エスカレーターに乗ろうとする勇太のシャツをつかんで止める。

「あれ、本気だった?」
「あれって?」
「アメ」
「……あ、まあ」

 ひるんだ勇太は、髪をくしゃくしゃっとかき乱す。

「まだ……私が好き?」

 声がちょっと震えた。緊張してる。やだな。胸がどきどきしてる。

 目を伏せたら、勇太が一歩私に近づいた。

「ああ」

 短い返事だった。でも、その言葉には、揺るぎない強さがあった。

「なんで?」
「なんでってなんだよ」
「先輩のこと好きなの、ずっと知ってたでしょ? なんで、好きでいてくれたの?」

 勇太を見上げたら、悲しそうに私を見てた。

 日向先輩には敵わないって、みんなが思ってる。そんなに自信があった? 先輩に負けないって。それとも、私がふられるってわかってた? わかってて、待ってた? 待つのもつらいって、私、知ってる。だから、そんな悲しい目をするんだよね?

「逃げたってよかったんだ。でも、しょうがねぇよな、好きなもんは好きなんだから」

 勇太のほおが赤く染まる。言わせんな。顔にそう書いてあるみたい。

「ずっと好きだった。美咲が俺を知る前からずっと……」
「え……? 私が知る前……?」
「中学ん時、俺の学校に美咲が練習試合で来た。めちゃくちゃバスケがうまくて、めちゃくちゃかわいい子がいるって、すぐに騒ぎになった」
「めちゃくちゃかわいいは……言い過ぎじゃない?」

 知らなかった。勇太と、中学時代に出会ってたんだ。

「確かに言い過ぎかもな。俺にとっては、めちゃくちゃかわいい子だった。ちょっと気は強そうに見えたけどな。きれいな子だなって、思った」
「フォームが、でしょ?」
「フォームも、だろうが。高校んなって、バスケ部入って、美咲がいるの知って、マジでテンションあがった。美咲がふつうに話してくれるようになって、めちゃくちゃうれしかった」

 照れくさそうに鼻をこする勇太の顔は、真っ赤っかだ。

「美咲はどうなんだよ。こんなことまで言わせといて、あっそうはないよな?」

 ぶっきらぼうに言うのは、照れ隠し。でも全然隠せてない。

 私はちょっと笑って、勇太を上目遣いで見つめる。まだまだ赤くなる余地のある彼がなんだか愛おしい。

「好きに、なってもいい? 勇太」





【完】
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