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幸か不幸か俺はすぐに目を覚ましていた。
一瞬気絶したのも束の間、階段を登り引きずられる痛みで俺は目覚めた。一発目は背中で二発目は頭を殴られた。流石に頭は血が出ている気がするが不用意に動けない。なんでわざわざ2階?俺運ぶの大変だろ?1階だと人通り多いからか?そんな今後活用することも無さそうな犯罪心理を考えている間に、ゴンゴンガツガツと色んな所にぶつかり2階に到達した。クラクラする。もう少し丁重に扱って頂きたいものだ。

「これで贄が揃った」

何?贄って言った?人の家に火を点ける奴にまともなのはいないけど、別の意味で本当にヤバい奴なの?!
俺、もしかしたらいくら凶悪犯とはいえど、対話でどうにかできると思ったよ。少なからずコンビニ強盗とは対話で事なきを得たぞ!?俺を跨いでどこかへ消えたのを感じて目を開けた。どうやら場所は2階の一番広い部屋。そしてカーテンは全部閉め切られている。光源はどこからもってきたのか蝋燭だ。ゆらゆらと焚かれる火と独特の香りがするお香のせいで気分が悪い。強行突破したいが、手足は当然の様に縛られている。

「何をしている!!」

男が帰ってきたのに気付かずもぞもぞしていると思い切り蹴り飛ばした。あっ口切れた。
痛みに耐えていると相手からも苦痛の声が聞こえる。多分茶々丸が噛んだ足で蹴られた。

「お前は生贄なんだから大人しくしておけ」

生贄ってふつう捧げられる前位大事にされない??変な所に怒りが沸く。

「俺は何の神様に捧げられるんですか?」

敬語は刺激を避けるためだ。話しかけられると思わなかったのか、または命乞いでもされると思ったのか、はたまた生贄に口が付いていた事を忘れていたのか冷めた視線と沈黙が長い。

「・・・・・・まぁ良いだろう」

儀式の為端に寄せられたローテーブルに腰を据えた。男も疲れているのだろう。額からは大量の汗が流れている。

「お前が捧げられるのは気高き蛇神様だ」

その言葉から始まった神の話は5分位続いている。体感はもっと長い、だが目の前に時計があるのでまだ5分。とりあえず人に災いを与える蛇神を召喚したいらしい。その神はこの穢れた人々を倒すためにこの世に来る?要約するとそうだけど、途中訳わからないから最早聞いてもいない。こいつは手遅れって事だけはわかるよ。それにしても人に災いを与える神にぶつけるモノがこの俺って笑い話も良い所だ。

「ということから、この世をお救いになる。」

ゼ―ハーと荒い息と汗を振りまく。最初と最後だけ聞いてればよいお話だったみたいだが、何から救って下さるんだか・・・。男は瓶を開けるとそれをぐびぐびと飲み残りを俺の体にびしゃびしゃと全身かけていく。臭い・・・酒だ。そして少量だが別の何かが飛んでくる、血だ。

「さあ始めよう」

男は呪文のような言葉を吐き出し始めた。

俺もただただ男とお喋りしていた訳ではないのだ。

逃げる、もしくは反撃するらなら今しかない。手の拘束は既に解いた。家に置いてあったもので行われる儀式なので、俺を縛るのはゆるゆるの荷物紐だし、あの酒瓶や蝋燭も仏壇から拝借してきたのだろう。計画性がまるでない。足も全部取れた!男が日本語とも聞き取れぬその言葉を荒々しく騒ぎ立てる、これが終盤なのだと理解した。逃げるなら今だ。今しかない。その筈なのに・・・

「痣が・・・」

痣が痛い。燃えるように熱く苦しい。男の声が大きく猛る。ダメだこんなところで気絶したら本当に俺は死んでしまうぞ。ダメだ逃げろ。

「かしこみ・・・かしこみ・・・」

振り返ると男は俺の手足が自由になっていることに気づいた。なんとか四つん這いにまで持ち込めた身体は荒々しく踏み倒され地に着いた。

「さぁ後はここを火にくべるだけ」

痛い。苦しい。シュッと何かを擦る音だ。マッチだ。

「ここも木だ、よく燃えることだろう」

死ぬのか?死にたくなんてないけど。

「どうせ死ぬなら千雪に迎えに来て欲しい」




「あっ・・・あっ・・・ああ!!!!」

痛てっ・・・痛ててっ!!何かが、マッチが降ってきた。男の手からボトボトと零れ落ち眼前に降り注ぐ。マッチに火は点いていない。なんだ?俺が見上げると男は白目を剥きその場に倒れた。

「!!」

呆気ない男の幕引きに俺はただただ見つめることしかできない。人が倒れた瞬間に俺の喉はきゅっと閉まった。汗なのか酒なのかもわからないものが顔を伝う。乱れる息をなんとか落ち着かせると別方向から声が聞こえた。そちらに顔をやると立っていたのは息を荒く胸を抑える千雪だった。
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