不幸体質ですが、神様に溺愛されているので大丈夫です

紅茶緑茶ほうじ茶

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白蛇は尊き陽を望む

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結局私は疲れ果てあの暗く寂しい底へ戻っていた。
もう何もしたくない眠ってしまいたい。目を瞑り身体を丸めて私は深い眠りについた。


それから私は目を覚ます度に私に話しかける悲しい声に耳を傾けた。
そして小さな蛇であった私は、人間の姿で私に傅く人々を眺めていた。

「はぁー・・・増えたものだなぁ」

多くの年月を生き人間の事を少しずつ理解した。
私は巨万の富を産む宝の壺なのだと言う。中に何が入っているかは見てはならないと言うのが触れ込み。私の持ち主は頻繁に変わったので声を覚える暇などなくなっていた。そんな狭く陰鬱とした住処から私を解き放ったのは老婆であった。最後の持ち主は建設会社を営む男でこの老婆の連れだった。私に仕事敵を食わせ巨万の富を手に入れた旦那は数十年と私腹を肥やしたが進行の早い癌を宣告されて半年後に亡くなった。死の間際私の事を思い出し、妻に処分を命じたと言う。

老婆は言われるままに、彼の田舎で私を「墨渦様」として祀り上げたのだった。男はきちんと説明をしなかったのだろう。私がどういうもので人々の手を渡ったのかを。

「私は不幸を与えることしかできない、呪いでしかないのに。人間というものはどこまで貪欲で阿呆なのだろうか」

しかし人間の思い込みとは恐ろしいものだ。女は私を水神・商売繁盛の御利益があるとして祀ったのだ。
祀ったと言っても私有地に祭壇を作っただけだが、地主という力と女の熱心な布教活動、そして偶々信者の一人の商売が大当たりした。噂を聞きつけた商売人たちがこぞって私を祭り上げ、信者を得た私は力をつけた。自分の事を奉られたとて神にもなれない呪いだとわかっていながらも、気を良くした私は黒髪の見目麗しい男子となり時折人里に下り姿を見せて酒を嗜み、様々な女性と交わった。

私に祈ったとて、何を返してやることもできないが、少なからず私はこの生活を気に入っていた。


そんなある時私の噂を聞いてある商売人がやって来た。田畑広がる田舎にとても似つかない白スーツにロイド眼鏡、スーツに合わせた白のハット。そこまで年寄りには見えないが口ひげを生やした洋風かぶれの男。対応する老婆は酷く困惑している。何事かと覗き見る。

「そんなこと・・・決してありません!」
「しかしこちらに祀られているのは『墨渦様』でしょう?」
「確かに我らがお祀りさせて頂いているのは墨渦様です。商売繁盛の神様です!!」
「そんな馬鹿な・・・墨渦様は厄災ですよ。私の血筋に恩寵を賜った者がいたので」
「恩寵を賜ったのに厄災?」

その者は私の正体を知るものだった。

「あなたもそうだったのでは?憎い相手を呪い殺してもらい。その後成功を得た」

老婆は首を振っていたが何かを思い出したのだろう、カタカタと震えだした。

「お願いだ、壺を・・・墨渦様の入っていた壺を譲ってくれ」
「どうして壺の事を?」
「当たり前だ。その壺を憎い相手の軒下に置いて呪い殺すそういうものだろう」

男は不敵に笑っていた。あぁ・・・こいつももう狂っているのか。酷く頭痛がした。私は男が追い出されるのを見届ける事無く姿を消した。憎い・・・あの声が耳の近くで聞こえる。
どうしてなのだ。たった一人の慟哭で私は何故こんなに動揺してしまう。沢山の人々が私を崇めてくれたではないか?何故その声よりも一人の男に反応してしまうんだ。私はいつの間にか祭壇の物をなぎ倒していた。物に当たり暴れまわり漸く理解する。

「それが私という本質だからか」

人々がどんなに崇め、私に別の役目をくれても血は争えない。自分が自分じゃなくなる感覚を覚え、意識を手放した。


次に私が目覚めたのはあの中年男の傍だった。男は息荒く車に乗り込みドアを乱暴に閉めた。そして吠える様に運転手に言いつけると気の弱そうな運転手が慌てて車を発進させた。

「壺・・・」

腕を組み、ふむと考える。男は壺を持ち出す事に成功したのだ。私は何をさせられるのか。答えは簡単。呪い殺すのだ。それ以外に何ができよう。男は運転手の襟首を後ろからひっぱりながら速度を上げろと騒いでいる。既に全速力で走っている上にこんな狭い道で滑落してしまうと泣く運転手はパニック状態だった。

「帰りたい」

私の願いは叶った。崖を滑り落ちた車はエンジン部分を見せて黒煙をあげている。外れた車輪はカラカラと周り木にぶつかって止まった。俺を束縛していた壺は粉々に割れている。生憎数分前に出会った野郎たちに哀れみなど沸いてこない。代わりに冷淡な視線をくれてやる。

帰ろう、あの老婆のいる場所へ。もう私を縛るものはない。これできっと私は皆が願うモノになれるだろう。大丈夫だ、やってみせる。

敷地内は静まり返っていた。
まだ日も高い。普段なら信者や老婆の親族たちが忙しなく走り周っているはずなのに人っ子一人いない。不安を覚えながらもしっかりとした足取りで祭壇へ向かった。

祭壇へ辿り付くと老婆の小さな背中が見えた。老婆は決まって祭壇の前に座り、日に三度祈っていた。歳をとり変形した背骨。丸い背中は私に安心感を与えた。親がいればこんな感じなのだろうか思わず走り寄ろうとした時生ぬるいドロっとしたものを踏んだ。驚いて足を引き抜き下を見ると床は真っ赤になっていた。状況を理解し、老婆の前に回り込む。老婆は腹を切っていた。

私は茫然自失にその様を見ていた。

「・・・墨渦様」

ヒューヒューと苦しい音を出しながら老婆は声を発した。

「いるよ」
「ようやくお目にかかれました。最後に私の話を聞いて欲しいのです」
「いつも聞いていた。ちゃんと聞いていたぞ」

村の田畑の話、信者の話。家族の話は特に長いが可愛い孫の話が多くを占めていた。覚えている。私は老婆の、サチの手を握った。

「サチ、何もできないが私は話を聞くのは得意なのだから」
「・・・当時の私は今より若くモノの通りも分からぬ箱入り娘でした。父の言いつけ通り結婚し、家事の仕方も分からずただ与えられるものを享受する日々。子育てをする事だけが妻の務めであると夫の苦労を理解しなかった。偶然父が死に遺産が入り、偶然ダムの建設を反対していた方が不慮の事故に遭われた。夫の良き方向になる事を手放しで喜んだ・・・知らなかったとはいえ沢山の代償の上に私は生かされてきた」

サチは一筋の涙を流す。

「墨渦様。最期にお願いがございます」
「あぁ。なんでも言って見ろ」

私は怪我を治して欲しいと言われてもやってみせる自信があった。さぁ、私に何を望む?

「私に呪いをお返しください。夫が呪った罪を私に今償わせてください」
「・・・・・・」
「あなたの本来の力を私に・・・与えてください」

サチはもう泣いていなかった。先程までは濁った視界だったが今は澄んだ、意思の強い視線を私に向けている。
もう呪いなど必要ないのだ。呪いは別の者が引き受けたのだから。お前はそんなもの望まなくて良い。そう言ってやりたかった。しかし、言えなかった。言えない代わりに老婆の背中を擦った。

「あぁ。ありがとうございます」

その言葉の後私は完璧に狂ってしまった。
もう壺はないのに汚濁の中に戻ってしまった。見るもの全てが不快で吐き気がした。
憎い・・・憎い・・・憎い・・・・・・誰が?私自信だ。

悪神はここに誕生してしまった。

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