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白蛇は尊き陽を望む
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「機嫌が良さそうじゃの」
「はい。それはもちろん」
天が白良々木町に帰って来たのだ!
彼の気配が感じられるだけで俺の心は踊り跳ねる。ニコニコと微笑む白萩様の顔を見て俺は居住まいを正し、コホンと咳ばらいをした。
「ご安心下さい。責務はきちんと果たします」
「そんな事は心配しておらん。お前が嬉しそうだとわしも嬉しいだけじゃ」
ほっほっほと笑う。
「でもきっと彼はここには来ません。それは変わらない事でしょう」
「寂しい事を言うモノじゃない。あの子を信じなさい」
「それよりも・・・天に何か嫌なものが絡んでいる気配がします」
「最近周辺のお仲間も噂しておったな。千雪情報を集めなさい」
「畏まりました。周辺の動物たちにも頼んでみます」
先日左近も言っていたが不快な臭いが鼻につく。天が帰って来てより一層臭いが濃くなった気がした。この臭いに覚えがあった。しかし確信が持てない。
優先すべき雑事をこなし境内に立った。
雀たちを呼び寄せようとした時周囲がざわつく気配がした。気配のする周辺に一番近い動物の視界を借りる。件の臭いが誰かを追っている。白い犬そして
「天」
見間違えるはずがない。俺の愛し子だ。
浮かれそうな気持を押さえ兄に思念を飛ばす。
『兄さん境内に入ってください』
『千雪』
兄は全速力で天を引っ張り境内に滑り込んで来た。そこへ俺が認識阻害の術をかける。生垣の前をフラフラと中年男性が行き来している。据わった眼は濁った色をしている。汚濁の底から這いあがる様なねっとりとした嫌な空気に反吐が出そうになる。男はまるでかつての俺のだ。どういう状況からそんな事になるのか理解ができなかった。何か仕掛けるかと動こうとした時男は諦めて神社から離れて行った。脅威が去ったことに一安心したものの嫌な汗をかいた。一息つき、視線を天に向ける。
彼はキョロキョロと周囲を見回していた。
以前は黒だった髪は明るい茶色に染めあげられている。可愛い。無駄な脂肪のない体躯にどこか幼さを感じる顔は昔と変わらない。外見だけではない。昔と変わらず彼からは嫌な気が何一つ出ていなかった。純真そのもの。どうしたらそんな清らかなまま生きてこれたのだろう。美しい。うっとりと天の事を見つめていると大きな瞳とかち合った。ぱちくりとした瞳は確かに俺を捉えている。そんな馬鹿なと思ったが天は確実に俺を認識していた。もしかして彼は俺の事を覚えているのだろうか。逸る気持ちをなんとか押さえゆっくりとした足取りで天に近づく。
「天?」
何かに慌てている様子だったのに名前を呼ばれると不思議そうな顔をしている。俺は泣きそうになるのを堪えながら彼を抱きしめていた。俺の腕にすっぽりと納まる身体はやはり細く少し心配になる。近くで見る顔はなんと愛らしい事か。会いたかった。もう一度抱きしめたいと思った、俺の可愛い陽だまりが帰ってきた。嬉しい嬉しい。
胸を軽く叩かれる。まだ抱きしめたいという欲望を押しとどめ、ゆっくりと身体を離した。そして右手を滑らせる。痣の位置に手を添えると天は私をドキリとさせる声をあげた。しかし集中して情報を読み取る。左近兄さんは『中々に苦労して』なんて言っていたがとんでもない。かなり悲惨な目に遭っているではないか。だが俺が最後残した力はきちりと仕事をしていたようだ。天は大きな災いが起こる時なんとか逃げれている場合もある。
「これちゃんと仕事をしていたみたいだな」
つい機嫌が良くなりトントンと再度痣に触れると天はまた可愛く鳴いた。可愛い。頭の中が天でいっぱいになる。欲しいと長年渇望していたものが目の前にいるのだ仕方ないだろう。あぁ・・・このまま彼を連れて帰りたい。うっとりと天を見ていた。
『セクハラだよ』
右近兄さんが言った。正確に言うと思念を飛ばしてきている。天には恐らくワンとしか聞こえていないだろう。
『そんな馬鹿な』
『もう子供じゃないんだから。千雪だって大きくなっちゃったし。天を見てみなよ』
その時力強く俺は突き飛ばされた。
「おまえ誰?」
先程までの眼差しとは明確に違う。明らかな拒絶を感じる。誰・・・天は俺を覚えていない。視線を落とした。悲しいけどこの可能性は理解していたはずだ。俺は頭を振る。なんと答えるべきか神使って天は理解するかな。
「・・・・・・神様だ」
あまりにも自信のない震えた声がでたが、これで少しは思い出してくれると嬉しい。ただ下で右近兄さんが大きなため息をついたのが気掛かりだ。天の顔色はどんどん悪くなる。しかも少し泣きそうだ。泣きそうになっている所ですら可愛いと思える。ダメだ。今は本当に思考力が低下している。天は大慌てで走り出そうとする。止めなければ。これでは外に飛び出してしまう。
足が縺れバランスを崩す天を背後から手を回し捕らえた。小さく「ひゃっ」と声がした。
天をしっかり立たせ、手は握ったまま深呼吸させる。それから右近兄さんを拾い上げ抱えさせた。
「ほわほわ」
ほわほわ・・・動転しているとは言えとても成人男性から出てくる言葉とは思えず可愛さのあまり俺の表情筋が崩壊してしまいそうになるのを何とか堪える。
「ちょっと・・・落ち着いてきたかも」
うん。顔色も良くなった。もう心配ないだろう。俺が抱きしめて乱れた髪を整えたが柔らかい手触りにずっと撫でていたくなるのをグッと堪える。肩を抱き誘導するが非常に従順に付いてくる。困惑しているとはいえされるがままの姿は心配だ。しかし俺が長く触れたので少しの間だけでも良い虫よけになる事だろう。
「今日は寄り道せずに帰れ。俺の匂いが付いたから少しは目くらましになるが、あれはお前の事をかなり気に入っているからな」
「?」
「気をつけろ。お前は良いモノにも悪いモノにも好かれ過ぎる」
天を送り出した。俺はその場にしゃがみこんで両手で顔を覆った。
「ダメだ。今日は手を洗えない」
天の柔らかい匂いがまだ近くに感じていた。
「はい。それはもちろん」
天が白良々木町に帰って来たのだ!
彼の気配が感じられるだけで俺の心は踊り跳ねる。ニコニコと微笑む白萩様の顔を見て俺は居住まいを正し、コホンと咳ばらいをした。
「ご安心下さい。責務はきちんと果たします」
「そんな事は心配しておらん。お前が嬉しそうだとわしも嬉しいだけじゃ」
ほっほっほと笑う。
「でもきっと彼はここには来ません。それは変わらない事でしょう」
「寂しい事を言うモノじゃない。あの子を信じなさい」
「それよりも・・・天に何か嫌なものが絡んでいる気配がします」
「最近周辺のお仲間も噂しておったな。千雪情報を集めなさい」
「畏まりました。周辺の動物たちにも頼んでみます」
先日左近も言っていたが不快な臭いが鼻につく。天が帰って来てより一層臭いが濃くなった気がした。この臭いに覚えがあった。しかし確信が持てない。
優先すべき雑事をこなし境内に立った。
雀たちを呼び寄せようとした時周囲がざわつく気配がした。気配のする周辺に一番近い動物の視界を借りる。件の臭いが誰かを追っている。白い犬そして
「天」
見間違えるはずがない。俺の愛し子だ。
浮かれそうな気持を押さえ兄に思念を飛ばす。
『兄さん境内に入ってください』
『千雪』
兄は全速力で天を引っ張り境内に滑り込んで来た。そこへ俺が認識阻害の術をかける。生垣の前をフラフラと中年男性が行き来している。据わった眼は濁った色をしている。汚濁の底から這いあがる様なねっとりとした嫌な空気に反吐が出そうになる。男はまるでかつての俺のだ。どういう状況からそんな事になるのか理解ができなかった。何か仕掛けるかと動こうとした時男は諦めて神社から離れて行った。脅威が去ったことに一安心したものの嫌な汗をかいた。一息つき、視線を天に向ける。
彼はキョロキョロと周囲を見回していた。
以前は黒だった髪は明るい茶色に染めあげられている。可愛い。無駄な脂肪のない体躯にどこか幼さを感じる顔は昔と変わらない。外見だけではない。昔と変わらず彼からは嫌な気が何一つ出ていなかった。純真そのもの。どうしたらそんな清らかなまま生きてこれたのだろう。美しい。うっとりと天の事を見つめていると大きな瞳とかち合った。ぱちくりとした瞳は確かに俺を捉えている。そんな馬鹿なと思ったが天は確実に俺を認識していた。もしかして彼は俺の事を覚えているのだろうか。逸る気持ちをなんとか押さえゆっくりとした足取りで天に近づく。
「天?」
何かに慌てている様子だったのに名前を呼ばれると不思議そうな顔をしている。俺は泣きそうになるのを堪えながら彼を抱きしめていた。俺の腕にすっぽりと納まる身体はやはり細く少し心配になる。近くで見る顔はなんと愛らしい事か。会いたかった。もう一度抱きしめたいと思った、俺の可愛い陽だまりが帰ってきた。嬉しい嬉しい。
胸を軽く叩かれる。まだ抱きしめたいという欲望を押しとどめ、ゆっくりと身体を離した。そして右手を滑らせる。痣の位置に手を添えると天は私をドキリとさせる声をあげた。しかし集中して情報を読み取る。左近兄さんは『中々に苦労して』なんて言っていたがとんでもない。かなり悲惨な目に遭っているではないか。だが俺が最後残した力はきちりと仕事をしていたようだ。天は大きな災いが起こる時なんとか逃げれている場合もある。
「これちゃんと仕事をしていたみたいだな」
つい機嫌が良くなりトントンと再度痣に触れると天はまた可愛く鳴いた。可愛い。頭の中が天でいっぱいになる。欲しいと長年渇望していたものが目の前にいるのだ仕方ないだろう。あぁ・・・このまま彼を連れて帰りたい。うっとりと天を見ていた。
『セクハラだよ』
右近兄さんが言った。正確に言うと思念を飛ばしてきている。天には恐らくワンとしか聞こえていないだろう。
『そんな馬鹿な』
『もう子供じゃないんだから。千雪だって大きくなっちゃったし。天を見てみなよ』
その時力強く俺は突き飛ばされた。
「おまえ誰?」
先程までの眼差しとは明確に違う。明らかな拒絶を感じる。誰・・・天は俺を覚えていない。視線を落とした。悲しいけどこの可能性は理解していたはずだ。俺は頭を振る。なんと答えるべきか神使って天は理解するかな。
「・・・・・・神様だ」
あまりにも自信のない震えた声がでたが、これで少しは思い出してくれると嬉しい。ただ下で右近兄さんが大きなため息をついたのが気掛かりだ。天の顔色はどんどん悪くなる。しかも少し泣きそうだ。泣きそうになっている所ですら可愛いと思える。ダメだ。今は本当に思考力が低下している。天は大慌てで走り出そうとする。止めなければ。これでは外に飛び出してしまう。
足が縺れバランスを崩す天を背後から手を回し捕らえた。小さく「ひゃっ」と声がした。
天をしっかり立たせ、手は握ったまま深呼吸させる。それから右近兄さんを拾い上げ抱えさせた。
「ほわほわ」
ほわほわ・・・動転しているとは言えとても成人男性から出てくる言葉とは思えず可愛さのあまり俺の表情筋が崩壊してしまいそうになるのを何とか堪える。
「ちょっと・・・落ち着いてきたかも」
うん。顔色も良くなった。もう心配ないだろう。俺が抱きしめて乱れた髪を整えたが柔らかい手触りにずっと撫でていたくなるのをグッと堪える。肩を抱き誘導するが非常に従順に付いてくる。困惑しているとはいえされるがままの姿は心配だ。しかし俺が長く触れたので少しの間だけでも良い虫よけになる事だろう。
「今日は寄り道せずに帰れ。俺の匂いが付いたから少しは目くらましになるが、あれはお前の事をかなり気に入っているからな」
「?」
「気をつけろ。お前は良いモノにも悪いモノにも好かれ過ぎる」
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「ダメだ。今日は手を洗えない」
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