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不幸な女編-5
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秋子の家は駅から近くの一軒家だった。庭は何の植物もなく、古びた自転車が一台だけ立てかけてあった。
十羽がチャイムを鳴らすと、玄関から秋子が出てきた。
小柄の三十代前半の女性だったが、ひどく痩せていて不健康な雰囲気だった。
「わー、華ちゃんも十羽君も久しぶり!」
しかし笑った顔は華やかで可愛らしかった。
「どうぞ、上がって!」
「はじめまして。川瀬文花です」
「はじめまして。奥山です」
秋子は屈託なく初対面の人間に笑いかけた。初対面の人間に対してはあまり警戒心を見せず、おそらく華か十羽を通して事情は筒抜けだろう。
ぞろぞろと秋子の家に上がる。
家の中でが片付いているが、ものが少なく、華やかなものは何も置いていなかった。
華からはミイにされた仕打ちでノイローゼになり、精神が不安定だとは聞いたが、文花の目にはどこも変わりなく、むそろ元気そうには見えたが。ミイが死んだニュースで少しばかり元気が出たのだろうか。
通されたのは客間と思われる六畳間だった。
こちらは和室で大きなテーブルが中央に置いてある。
テーブルの上に花瓶があり、チューリップや霞草が控えめに飾られていた。ミイが死んだ時の事を連想させ、花瓶を直視できなかった。どこかとってつけたような、違和感のある花瓶だった。
「これクッキー焼いてきたんです。もし良かったら」
文花は今朝焼いてラッピングしたクッキーを渡した。
秋子は、笑顔を見せてくれた。
「わぁ、女子力高い! 私はお菓子なんて全然作れないわ」
「いえいえ、簡単ですよ。ちゃっちゃと作っちゃいました」
「すごい。あ、クッキーとお茶出しますね。みんな紅茶でいいですか?」
秋子はそう言って、クッキーを盛りつけた皿とアイスティーを持ってきた。十羽はさりげなく秋子からそれをとって、テーブルの上に並べた。
クッキーを食べながら、話を聞く事になった。
「すごい、クッキー美味しい。バターの香りが良いね」
秋子はクッキーを頬張って絶賛してくれた。クッ キーを持ってきて正解だった様だ。これでこちらの警戒心は全く無さそうだ。
十羽は甘いものが苦手なのかほとんどクッキーに手をつけていなかった。というか女子三人に遠慮している風でもある。空気も読めて優しい男のようだ。
「華さんと十羽さん、秋子さんは同じアパレルメーカーに勤めてたんですね」
話を聞くと三人ともミイの勤めていたアパレルメーカーの社員だった。
ただ秋子は結婚して退職してしまったので、ミイとの接触はほとんどなかったというが。
「嫌がらせは、旦那とミイさんが不倫し始めてすぐ始まりましたねぇ」
秋子は、ゆっくりと話した。辛い過去を思い出させて悪いと思ったが、文花は続けて聞いた。
「嫌がらせの手紙とかですか?殺す、とか。私のところにも届きました」
「そう! 放っておいたんだけどだんだんエスカレートしてきてね」
十羽は注意深く文花と秋子の様子を伺っていた。
垂れ目の優しい目だったが、何か悪い事でも言ったらいけないような気持ちにさせられた。どうも居心地が悪い。
「旦那は何やってたの? あの人会社では仕事できるけどさ」
華はアイスティーを啜りながらぶつぶつ文句を言う。
「そうねぇ。仕事はできるんだけど。父親や夫には向いてなかった見たいね」
悲しそうに秋子は笑った。目元にできた笑い皺が何となく痛々しい。
嫌がらせの内容はネットで見た自称関係者の言ってた事とほぼ同じで新しい事は聞けなかった。
クッキーはすっかり空だ。
もっと焼いてくればよかった。まさかこんなに絶賛されるとは思わなかった。
あのあと夫が何枚もつまみ食いしたのだ。夫が食べなければもう少し持って来れたのにと文花は思った。
「ただ、嫌がらせは一ヶ月ぐらい前まで続いてたの」
「本当ですか?」
それ初耳だった。
「と言っても所謂脅迫状見たいのではないのよ」
秋子は別の部屋から手紙を持ってきてくれて見せた。
内容は脅迫状とは全く逆。秋子や秋子の子供の身を暗じる内容だった。まるでラブレターのようだった。
三人とも手紙を見て眉根を寄せる。
「これ嫌がらせですか?」
華が首を傾げる。
「うーん、でもだって宛先書いてないのよ?もしそうならもっと堂々としてるんじゃないかしら。私は気持ち悪いだけだわ」
「旦那さんじゃないですか?」
文花が聞くと、秋子はゆっくりと首を振った。
「まさか。あの人はそんなまわりくどい事しない」
秋子はミイに不倫されても結局旦那とは離婚していない。別居状態だという。子供は旦那とその実家で一緒に暮らしているといが。結果的に人の家庭めちゃくちゃにしたミイに恨みを抱いてもおかしくはない。
ただ文花が見たところ、秋子がそんな行動的な事ができるかわからなかった。秋子の悲しそうな笑顔を見ていると、もうすっかりと諦めてひっそりと生きているように見えた。笑ってはいるが、どこか生命力は薄く、不健康そうな雰囲気は拭えない。
「あら、もうお昼ね。ごめんなさい。何も用意していないのよ」
「秋子さん、冷蔵庫に何か無いんですか?」
華は頬を膨らませて言う。
「無いわ。最近家事するのも鬱陶しくて、コンビニかデリバリーばっかりなの」
「よくないですよ、秋子さん…」
十羽は本当に気の毒そうに見せた。
文花はアイスティーを啜る。味はペットボトルのものだろう。氷も入っていない。
精神に傷を負った人間は、家事や日常の雑用も出来なくなると聞い事がある。
子供と一緒に暮らせない事情も察せられた。文花も思わず十羽と同じ表情になってしまう。もし秋子がミイを殺したとしても、責められない。そんな気がしてしまった。
十羽がチャイムを鳴らすと、玄関から秋子が出てきた。
小柄の三十代前半の女性だったが、ひどく痩せていて不健康な雰囲気だった。
「わー、華ちゃんも十羽君も久しぶり!」
しかし笑った顔は華やかで可愛らしかった。
「どうぞ、上がって!」
「はじめまして。川瀬文花です」
「はじめまして。奥山です」
秋子は屈託なく初対面の人間に笑いかけた。初対面の人間に対してはあまり警戒心を見せず、おそらく華か十羽を通して事情は筒抜けだろう。
ぞろぞろと秋子の家に上がる。
家の中でが片付いているが、ものが少なく、華やかなものは何も置いていなかった。
華からはミイにされた仕打ちでノイローゼになり、精神が不安定だとは聞いたが、文花の目にはどこも変わりなく、むそろ元気そうには見えたが。ミイが死んだニュースで少しばかり元気が出たのだろうか。
通されたのは客間と思われる六畳間だった。
こちらは和室で大きなテーブルが中央に置いてある。
テーブルの上に花瓶があり、チューリップや霞草が控えめに飾られていた。ミイが死んだ時の事を連想させ、花瓶を直視できなかった。どこかとってつけたような、違和感のある花瓶だった。
「これクッキー焼いてきたんです。もし良かったら」
文花は今朝焼いてラッピングしたクッキーを渡した。
秋子は、笑顔を見せてくれた。
「わぁ、女子力高い! 私はお菓子なんて全然作れないわ」
「いえいえ、簡単ですよ。ちゃっちゃと作っちゃいました」
「すごい。あ、クッキーとお茶出しますね。みんな紅茶でいいですか?」
秋子はそう言って、クッキーを盛りつけた皿とアイスティーを持ってきた。十羽はさりげなく秋子からそれをとって、テーブルの上に並べた。
クッキーを食べながら、話を聞く事になった。
「すごい、クッキー美味しい。バターの香りが良いね」
秋子はクッキーを頬張って絶賛してくれた。クッ キーを持ってきて正解だった様だ。これでこちらの警戒心は全く無さそうだ。
十羽は甘いものが苦手なのかほとんどクッキーに手をつけていなかった。というか女子三人に遠慮している風でもある。空気も読めて優しい男のようだ。
「華さんと十羽さん、秋子さんは同じアパレルメーカーに勤めてたんですね」
話を聞くと三人ともミイの勤めていたアパレルメーカーの社員だった。
ただ秋子は結婚して退職してしまったので、ミイとの接触はほとんどなかったというが。
「嫌がらせは、旦那とミイさんが不倫し始めてすぐ始まりましたねぇ」
秋子は、ゆっくりと話した。辛い過去を思い出させて悪いと思ったが、文花は続けて聞いた。
「嫌がらせの手紙とかですか?殺す、とか。私のところにも届きました」
「そう! 放っておいたんだけどだんだんエスカレートしてきてね」
十羽は注意深く文花と秋子の様子を伺っていた。
垂れ目の優しい目だったが、何か悪い事でも言ったらいけないような気持ちにさせられた。どうも居心地が悪い。
「旦那は何やってたの? あの人会社では仕事できるけどさ」
華はアイスティーを啜りながらぶつぶつ文句を言う。
「そうねぇ。仕事はできるんだけど。父親や夫には向いてなかった見たいね」
悲しそうに秋子は笑った。目元にできた笑い皺が何となく痛々しい。
嫌がらせの内容はネットで見た自称関係者の言ってた事とほぼ同じで新しい事は聞けなかった。
クッキーはすっかり空だ。
もっと焼いてくればよかった。まさかこんなに絶賛されるとは思わなかった。
あのあと夫が何枚もつまみ食いしたのだ。夫が食べなければもう少し持って来れたのにと文花は思った。
「ただ、嫌がらせは一ヶ月ぐらい前まで続いてたの」
「本当ですか?」
それ初耳だった。
「と言っても所謂脅迫状見たいのではないのよ」
秋子は別の部屋から手紙を持ってきてくれて見せた。
内容は脅迫状とは全く逆。秋子や秋子の子供の身を暗じる内容だった。まるでラブレターのようだった。
三人とも手紙を見て眉根を寄せる。
「これ嫌がらせですか?」
華が首を傾げる。
「うーん、でもだって宛先書いてないのよ?もしそうならもっと堂々としてるんじゃないかしら。私は気持ち悪いだけだわ」
「旦那さんじゃないですか?」
文花が聞くと、秋子はゆっくりと首を振った。
「まさか。あの人はそんなまわりくどい事しない」
秋子はミイに不倫されても結局旦那とは離婚していない。別居状態だという。子供は旦那とその実家で一緒に暮らしているといが。結果的に人の家庭めちゃくちゃにしたミイに恨みを抱いてもおかしくはない。
ただ文花が見たところ、秋子がそんな行動的な事ができるかわからなかった。秋子の悲しそうな笑顔を見ていると、もうすっかりと諦めてひっそりと生きているように見えた。笑ってはいるが、どこか生命力は薄く、不健康そうな雰囲気は拭えない。
「あら、もうお昼ね。ごめんなさい。何も用意していないのよ」
「秋子さん、冷蔵庫に何か無いんですか?」
華は頬を膨らませて言う。
「無いわ。最近家事するのも鬱陶しくて、コンビニかデリバリーばっかりなの」
「よくないですよ、秋子さん…」
十羽は本当に気の毒そうに見せた。
文花はアイスティーを啜る。味はペットボトルのものだろう。氷も入っていない。
精神に傷を負った人間は、家事や日常の雑用も出来なくなると聞い事がある。
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