本妻探偵〜彼女の不幸な結婚〜

地野千塩

文字の大きさ
42 / 66

肝が据わった女編-3

しおりを挟む
 お弁当と水筒、クッキーをカバンに詰めて、佳苗と外に出た。まだ春だが日差しが強く、玄関から出ると思わず目を細めた。

 お弁当はおにぎりや唐揚げ、卵焼きと漬物を入れた。子供が好むかどうかは不明だが、シンプルな弁当だった。夫には置き手紙を残し、冷蔵庫に弁当と同じ中身の食事を入れておいた。昼食に困る事はないだろう。

 佳苗は外に出ると機嫌が良くなり、鼻歌を歌っていた。駅までの距離、相変わらず近所の白い目を感じたが、文花は慣れたものだと気にならなかった。

 船橋方面の電車に乗り、新船橋で降りた。

 駅周辺にはマンション多く立ち並び、もショッピングモールがあり、人も多い。

 秋子の夫のSNSによると駅のマンションの側の公園に毎週来ているらしい。

 文花は佳苗の手を引いて、公園に向かった。

「おばちゃん、公園で絵書いていい?」
「遊ばないの?」
「だって、動くのきらーい」

 子供らしく頬を膨らませて、佳苗はつぶやいた。

「おばちゃん、後でアイスかってね?」

 佳苗なりに今日ここで公園に文花が行きたがっているのを察しているようだった。

「わかってるわよ。帰りのね、モールのアイス屋で」
「わーい」

 アイスの話を聞き、佳苗は笑顔を見せた。

 駅から数分あるき、マンションの側にある公園にたどり着いた。

 滑り台などあったが佳苗は目もくれず、木陰にあるベンチに行きカバンから画用紙を出して絵を描き始めてしまった。

 文花が佳苗の隣に座り、公園の様子を伺った。
親子連れが何組と犬を散歩させている老人が1人、散歩中らしき中年男性がいる。秋子の旦那と思われる人物はいないようだ。そう簡単にみるかるわけじゃないだろう。

 カバンから今日焼いたクッキーを取り出し、2、3枚齧った。

 こうしていると佳苗と文花はどう見ても親子連れにしか見えないだろう。まさか殺人事件に纏わる人物を調べているようには見えない筈だ。

「おばちゃん、おばちゃんってママと仲悪いの?」

 佳苗は色鉛筆で女の子の髪の毛を描きながら尋ねた。

「どうして?」

 佳苗は妙に鋭い所があった。そこは文花とも似ていない所かもそれない。

「何となく? ママって学級委員みたいじゃない」

 佳苗の言うとおりだった。文花が妹のしっかりとした所が苦手だった。中学の時、学校の先輩と付き合いはじねたときは両親に告げ口され結局別れるハメになった。両親曰く文花のようなのめり込めやすい人間に恋愛などさせると勉強が手につかなくなる。

 両親の指摘はもっともで、あのまま恋愛していたら高校受験に合格できるか怪しいところだった。しかし妹の告げ口した事にはしこりが残った。麗香は子供の頃から「母さんに言いつけてやる」口癖だった。お陰で母に叱られる事も多かった。家だけでがなく佳苗は学校でも「先生に言いつけてやる」が口癖でクラスメイト達を取り締まっていた。

 お陰で軽くいじめられていたようだが、自業自得だと思って放っておいた。可哀想だとは思えない。正義感でやっているというより自分が優位に立ちたいからやってるようにしか思えなかったからだ。文花は麗香のもつ奇妙な正義感が苦手だった。

「学校の委員長が、ママみたいのタイプなんだよねぇ」
「それはお気の毒」

 心底佳苗に同情した。学校生活において「先生に言いつけてやる」優等生タイプのちくり魔ほど迷惑な存在はない。

 そうこうしているうちに時計は昼になり、弁当を食べることにした。

 地味なおにぎり弁当は意外と佳苗に好評だった。普段ご飯何を食べているのかと佳苗に聞くと、菓子パンやスーパーの惣菜が多いと言う。しっかり者の麗香だが、フルタイムで働いているよなると料理も時短でやっているのだろうと想像がついた。菓子パンやスーパーの惣菜は、身体に良いとは言えず、麗香に忠告すべきだろうか。

 しかし妹といえど他人の家庭。うっかり者の姉の忠告など聞く耳は持たないだろうし、よその家庭のことに正義感を振り回してもうざったい学級委員と同じことではないか。

 そんな事を考えている時、子供の泣き声が耳に届いた。

「ママぁ」

 父親らしく男に手を引かれていたが、涙で顔がびしょ濡れで鼻水を垂らしていた。まだ幼稚園生ぐらいの小さな男の子だった。

「あ!」

 思わず文花の唇から声が漏れた。男の子の側にいる男は、秋子の旦那だ。SNSに載っていた写真と同一人物だ。

 文花は冷静を装いつつ、秋子の旦那と子供を観察した。

「ママに会いたいよぉ」
「だから、ママは病気で会えないんだってば」
「うわぁーん」

 子供は秋子の旦那の腕を掴み、振り回していた。泣き止むどころか、涙は滝のようにあふれていた。
秋子の旦那はすっかり参ってしまい、額についた汗をハンカチで拭いながら、どうする事も出来ないようだった。

 事情を知っている文花は、自業自得だと思う。怒りも感じる。もとはといえば原因を作ったのはミイなのである。文花がさほど気に留めていなかったが、普通の女性が脅迫状や嫌がらせを受けたらノイローゼにもなるだろう。文花とてさすがに週刊誌の記者に追いかけ回られた時は抑うつ状態になり、外出もできない日が続いたが。

 怒りはふつふつと上昇していく。こんな小さな子供を傷つけ、懲りずに不倫をし、嫌がらせも妻に続けた。その上仕事上でも決して品行方正でなく、炎上して敵を作り、クライアントに「このブス!」と言う。

「文花おばちゃん、どうしたの?」
「あの子ずっと泣いてるねぇ」
「放っておきなよ。子供はだいたいそんなもんだよ?」

 佳苗の言葉にだんだん冷静さを取り戻す。

 確かに自分の怒りはピントがズレているかもしれない。秋子の事情もよく知らないのだ。それに赤の他人が怒る問題では無い。

「あー、クッキー!」

 泣いてた子供は、こちらに近づいてきて佳苗がかじっているクッキーを指さした。

「クッキー食べたいぃー」
「すみません」

 秋子の旦那は、子供の腕を引っ張りつつ頭を下げた。

 この男は第一印象では自分の夫と違い軽薄な女好きのような雰囲気はなかった。どこにでもいる変哲もない中年男性。ただ子供の扱いに心底困っている事は伝わってきて、他人ながら気の毒にはなった。

「クッキー食べる?おばちゃんの手作りなんだよ」

 佳苗は一枚子供に差し出した。

「え、いいの」

 子供の涙が一瞬止まった。

「手作り何で味は保証しませんよ」
「すみません」

 文花が言うと秋子の旦那は再び頭を下げた。

「わーい」

 子供はクッキーを佳苗から貰いと、ぽりぽりと食べはじめた。

「わー美味しい」

 だんだん子供の機嫌もなおってきたようだ。

「こら、お礼言わないとダメだろ」
「お姉ちゃんとおばちゃん?ありがと」
「よかったらクッキー持ってきます?いっぱい作りすぎて困ってるんですよ」

 文花はカバンからラッピング済みで箱に入れたクッキーを秋子の夫に見せた。

「いえ、それは」
「えー、欲しい! クッキー欲しい!」

 子供の機嫌がまた悪くなりそうだった。佳苗は少々呆れたようにため息をついた。

「じゃあ、あの。すみません」

 秋子の夫は非常に申し訳無さそうにクッキーを受け取った。

「ありがとう、お姉ちゃんとおばちゃん?」

 子供はすっかり泣いてた事など忘れていたようだ。さっき一瞬感じた怒りは、本当に的外れだったのかもしれない。

「すみません」

 秋子の夫は再び頭を下げて、子供の手を引き去っていった。

 そういえば彼の指にも薬指には指輪がはまったままだった。事情はわからない。わからないが、旦那の方も離婚の意思はないのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...