48 / 66
悪妻編-1
しおりを挟む
夫が恐れていた事が起きた。
週刊誌に夫の醜聞が載った。ミイと不倫していた事や警察が殺人犯として疑っている事など。
そして、文花の事も。
「これが一体どういう事かしら?」
客間に義姉の菜摘の刺々しい声が響いた。夫の姉だ。菜摘は週刊誌を読んで大変だと駆けつけてきた。いつもは旅行や趣味に忙しくて、何も連絡をしてこない癖に、こういう時には真っ先にやってくる人だった。
菜摘は六十過ぎ。
夫の歳の離れた姉だが、幼い頃に両親を亡くした夫にとって母代わりのような存在だったという。弟を目に入れても痛くないほど溺愛している。
以前、夫の不倫が週刊誌に載った時も家に乗り込んできたが、一方的に文花が悪いと捲し立てた。菜摘の中で、夫がどんな悪さをしようと法律も常識も関係がないのだ。
ただ今回は文花も負が悪かった。週刊誌には文花の写真も載っていた。目隠しはされているが、昼出版の前で常盤といる姿や常盤が自宅に入る写真も撮られていた。紙面はダブル不倫の悲劇と言ったストーリーで語られ、文花も浮気している設定になっていた。
ミイを殺した犯人などは書いていないが、人気作家の妻も含めたドロドロ不倫をおもしろおかしく書かれている。
もちろん事実無根だ。常盤がその不倫相手という設定になっているが、そんな事実はない。確かに彼は自宅に来たことがあるが、不倫しに来たわけじゃない。かなり前から記者が自宅の周りに張り付いていた事を知っているが、予想外だった。
「義姉さん、とりあえず落ち着いてくださいよ。クッキーでも食べます?」
客間のテーブルの上には文花の焼いたクッキーや暖かい紅茶を置いては見たが、菜摘は目もくれず、週刊誌を広げあらゆる罵詈雑言を発していた。
ヒステリックな言動にいちいち反論しても意味がない。文花はクッキーをたまに齧りながら、菜摘の言う事を全て右から左に受け流していた。
「それでこの編集者Aさんとは本当に不倫しているの?」
「してませんよ」
常盤については夫の取引先の担当編集者以上の存在ではない。正直顔も名前も時々思い出せい時すらある。
「不倫だったら貴方の弟さんの方が常習犯ですけどね」
口元にうっすらと笑を浮かべて言うと、菜摘は目をつりげた。
「それとこれとは話が別よ。どうせ女捨てたブスな格好しているんでしょう。不倫されて当然だわ」
文花はため息をつく。やはりこの人に常識は通用しないようだ。そもそも文花自身も常識人といえば嘘になる。菜摘の口の悪さも人の事が言えない。文花も自分の口の悪さには自覚がある。
それに菜摘は口が悪くて常識的ではなくても、あまり裏表もなく、「弟第一に溺愛」という行動原理さえ理解できれば筋は通っている。実際、ミイの事件についてはほとんど話題にせず、文花の不貞行為の噂を責めているばかり。
「ところで弟はどこにいるの?」
「週刊誌の記者に怯えて離れに閉じこもっています」
夫は記事になった事を知ると、怯えて離れから一歩も出てこない。文花について何か責めることを言ってきそうだと思ったが、予想に反して目に涙を浮かべて泣きそうになっていた。
夫に食事を作るのも馬鹿らしくなり、朝からそのまま放っている。夫はおそらく朝から何も口にしていないが、少しも可哀想だとは思えなかった。
「まあ、可哀想に! なんていう悪妻なのかしら」
「私にとっては、夫もかなりの悪い夫だと思いますけどね」
「何という口の聞き方でしょう!」
菜摘は再び文花に罵詈雑言を浴びせたが、文花は涼しい顔をしてクッキーを摘んで噛み砕いていた。
あまりの反応の無さにだんだん菜摘も息切れし始め、疲れて来たようだ。
文花がクッキーを食べ終えてし舞う頃には、すっかり疲れ果てていた。
「とにかく、このことは後で弟を交えてじっくり話し合いますからね」
「え? 何の事です?」
「聞いてなかったの!」
菜摘の眉が吊り上がる。
「菜摘さん、落ち着いてくださいよ。あ、近所のカフェで買ったバウムクーヘンとパウンドケーキ食べます?」
「いりませんよ!」
菜摘は立ち上がり、ハウンドバッグをつかんで帰って行ってしまった。
もう来なくてくれと思いながら、文花は菜摘の背中を見送った。
週刊誌に夫の醜聞が載った。ミイと不倫していた事や警察が殺人犯として疑っている事など。
そして、文花の事も。
「これが一体どういう事かしら?」
客間に義姉の菜摘の刺々しい声が響いた。夫の姉だ。菜摘は週刊誌を読んで大変だと駆けつけてきた。いつもは旅行や趣味に忙しくて、何も連絡をしてこない癖に、こういう時には真っ先にやってくる人だった。
菜摘は六十過ぎ。
夫の歳の離れた姉だが、幼い頃に両親を亡くした夫にとって母代わりのような存在だったという。弟を目に入れても痛くないほど溺愛している。
以前、夫の不倫が週刊誌に載った時も家に乗り込んできたが、一方的に文花が悪いと捲し立てた。菜摘の中で、夫がどんな悪さをしようと法律も常識も関係がないのだ。
ただ今回は文花も負が悪かった。週刊誌には文花の写真も載っていた。目隠しはされているが、昼出版の前で常盤といる姿や常盤が自宅に入る写真も撮られていた。紙面はダブル不倫の悲劇と言ったストーリーで語られ、文花も浮気している設定になっていた。
ミイを殺した犯人などは書いていないが、人気作家の妻も含めたドロドロ不倫をおもしろおかしく書かれている。
もちろん事実無根だ。常盤がその不倫相手という設定になっているが、そんな事実はない。確かに彼は自宅に来たことがあるが、不倫しに来たわけじゃない。かなり前から記者が自宅の周りに張り付いていた事を知っているが、予想外だった。
「義姉さん、とりあえず落ち着いてくださいよ。クッキーでも食べます?」
客間のテーブルの上には文花の焼いたクッキーや暖かい紅茶を置いては見たが、菜摘は目もくれず、週刊誌を広げあらゆる罵詈雑言を発していた。
ヒステリックな言動にいちいち反論しても意味がない。文花はクッキーをたまに齧りながら、菜摘の言う事を全て右から左に受け流していた。
「それでこの編集者Aさんとは本当に不倫しているの?」
「してませんよ」
常盤については夫の取引先の担当編集者以上の存在ではない。正直顔も名前も時々思い出せい時すらある。
「不倫だったら貴方の弟さんの方が常習犯ですけどね」
口元にうっすらと笑を浮かべて言うと、菜摘は目をつりげた。
「それとこれとは話が別よ。どうせ女捨てたブスな格好しているんでしょう。不倫されて当然だわ」
文花はため息をつく。やはりこの人に常識は通用しないようだ。そもそも文花自身も常識人といえば嘘になる。菜摘の口の悪さも人の事が言えない。文花も自分の口の悪さには自覚がある。
それに菜摘は口が悪くて常識的ではなくても、あまり裏表もなく、「弟第一に溺愛」という行動原理さえ理解できれば筋は通っている。実際、ミイの事件についてはほとんど話題にせず、文花の不貞行為の噂を責めているばかり。
「ところで弟はどこにいるの?」
「週刊誌の記者に怯えて離れに閉じこもっています」
夫は記事になった事を知ると、怯えて離れから一歩も出てこない。文花について何か責めることを言ってきそうだと思ったが、予想に反して目に涙を浮かべて泣きそうになっていた。
夫に食事を作るのも馬鹿らしくなり、朝からそのまま放っている。夫はおそらく朝から何も口にしていないが、少しも可哀想だとは思えなかった。
「まあ、可哀想に! なんていう悪妻なのかしら」
「私にとっては、夫もかなりの悪い夫だと思いますけどね」
「何という口の聞き方でしょう!」
菜摘は再び文花に罵詈雑言を浴びせたが、文花は涼しい顔をしてクッキーを摘んで噛み砕いていた。
あまりの反応の無さにだんだん菜摘も息切れし始め、疲れて来たようだ。
文花がクッキーを食べ終えてし舞う頃には、すっかり疲れ果てていた。
「とにかく、このことは後で弟を交えてじっくり話し合いますからね」
「え? 何の事です?」
「聞いてなかったの!」
菜摘の眉が吊り上がる。
「菜摘さん、落ち着いてくださいよ。あ、近所のカフェで買ったバウムクーヘンとパウンドケーキ食べます?」
「いりませんよ!」
菜摘は立ち上がり、ハウンドバッグをつかんで帰って行ってしまった。
もう来なくてくれと思いながら、文花は菜摘の背中を見送った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる