毒妻探偵〜サレ公爵夫人、夫の愛人を調べていたら殺人事件に巻き込まれました〜

地野千塩

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第一部

サレ公爵夫人編-5

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 新人メイドのフィリスが来てから数日がたった。そばかす赤毛の典型的な田舎娘なメイドだったが、意外にも弱音を吐かず仕事を続けていた。

 仕事ぶりは、普通かそれ以下。掃除や料理も手を抜く時があり、雑。言葉使いも馴れ馴れしく、行儀もなっていない。その点はいかにも田舎娘だと思わされたが、人手不足の公爵家でワガママは言ってられない。それに言葉遣いは矯正すれば何とかなるだろう。

 メイド頭のアンジェラにはこのままフィリスを雇いたという旨を伝えた。いつも使っている書斎にアンジェラを呼び出し、フィリスについて伝えると意外な顔を見せた。

「奥さん、フィリスをこのまま雇うつもりですか?」
「ええ。まあ、言葉遣いや姿勢はあなたが教育してあげてちょうだい。仕事も全体的に雑なので、丁寧にって」
「それなのにフィリスを雇い続けるんですか?」

 フローラは頷いた。

 以前、この書斎でフィリスに愛人ノートがバレた。ドン引きするかと思った。今までのメイドでは、笑ってくる者も多い。

 この国で夫に不倫される女は恥だ。女同士でも「サレ妻」はみっともないという共通認識がある。だからフローラは使用人達に舐められ、馬鹿にされているという背景もあった。その上、フローラは子供すらいない。子を産む事が女の仕事のような時代。それすら出来ていないフローラは、貴族の女でもナチュラルに馬鹿にされていたのだ。おかげでよりメンタルヘルスも悪化し、悪循環に入ってしまっていた。

 そんな中、フィリスは「不倫は心の殺人」と断言していた。今までそんな事を言う使用人はいなかった。アンジェラだって薄らとフローラーを馬鹿にしているので、意外だった。

 そんな事もあり、フィリスだったらこのまま雇っても良いと決めた。正直、屋敷の仕事は頑張ればフローラとアンジェラだけでもどうにかなる。主人である公爵もいないわけだし……。

「まあ、意外です」
「ええ。田舎娘でも、根は悪くないかもね。それに夫の好みじゃない容姿なのも素晴らしいわ。さあ、アンジェラ、庭の雑草が増えてきたので草むりお願い」
「承知いたしました」

 アンジェラが去った書斎で、愛人ノートを見ていた。これまでの愛人の記録をさらにじっと眺める。

 数々の不貞の記録を見ながら、心に大きな穴が空きそうだった。

 子供の頃から公爵家に生まれた事は理解していた。結婚も自由でなく、家柄が釣り合った男と一緒になり、子供も作り、良い奥さんになっていくと人生を描いていた。

 最後は「死」という人生の絵だが、幸せな家庭をどこかで作れると思っていた。フローラの両親はもうこの世にいないが、家族には愛された記憶があった。自分も両親のようになれるだろうと、根拠のない自信もあった。

 それなのに、夫はそうではなかった。何度も何度もフローラを裏切り、陰で愛人と一緒になって悪口に興じていた。

「なんか虚しくなってきたわ……」

 この愛人ノートも、自分なりに必死に調査して書いたものではあるが、何の意味も無さそう。いくら愛人の事を知っても、夫の心は返ってこない。

「フローラってつまんない女なんだよな。優等生すぎるって言うか。一緒にいると息が詰まる。不倫している俺だけが悪いわけ?」

 夫に不倫は辞めて欲しいと直接言った事もあった。そうすれば辞めてくれるだろと期待していたが、夫は開き直っていた。

「そう、お前が悪い。顔だけの女でつまんないんだよ。つまんねー女!」

 そんな事まで言われるようになり、フローラのメンタルは最悪になった。夫もこの家に寄り付かなくなった。

 いっそ離婚するか。しかし、この国では離婚した女にも想像以上に悪い評判がたつ。つまりこの国は「夫の不倫にも黙って耐えてくれる都合の良い女」を求めていた。庶民や貧困層はともかく、貴族社会ではこの傾向がさらに強い。

 離婚もできない。相手の不貞も責められない。逆にサレ妻は恥ずかしいと見下げられる。子供すらいないので、余計に笑い者扱いだ。使用人ですら軽く扱われる。

 こんな大きな屋敷に住み、何不自由していないように見えるが、籠の中にいるみたいだ。籠の鳥の幸せは一体どこにあるのだろう。

 ふと、書斎の机の上にペーパーナイフがあるのに目が止まった。鋭く、先端はきらきらと光っていた。

 これで喉を突き刺したら、籠の外へ逃げられるだろうか。だとしたら、試してみたくなる。夫もこの家に帰ってくれるかもしれない。

「お、奥さーん!」

 喉にペーパーナイフを突き立てようとした寸前、フィリスがは入ってきた。どかどか音を立てて入ってきたので、フローラは驚き、ペーパーナイフを床に落とす。

 ガッシャンと床に落ちた音もしたが、フィリスの方が騒がしい。

「奥さん、何をしてたんですか? ま、まさか死のうと」
「ええ。本当に本当に夫の仕打ちには参ったわ」
「辞めてください!」

 その声は大きく、怒っているみたい。赤の他人、しかも世間では痛いと有名なサレ公爵夫人に何故フィリスは同情的なのだろう。

「奥さん、これ見てください。泥棒猫のローズの調査結果です」
「え、ローズ? 何これ」

 フィリスに紙束を渡された。ざっと読むと、ローズは不倫発覚後、隣国の田舎町に越したようだが、窃盗団の男に入れ込み、犯罪の手伝いもしていたようで、最近逮捕されたらしい。

「うちの父は探偵なんです。ローズのその後を調査してもらいました。評判の悪い女だったそうです。やっぱり不倫なんてする女は、倫理観がおかしいみたいですよ」
「そ、そうね」
「父も不倫は心の殺人と言っていました。こんな殺人犯がこのまま野放しにはなりませんよ。絶対捕まりますよ!」

 どうやらフィリスは、自分うを励ましてくれているらしい。父親が探偵だというには驚いたが、これまで自分の味方になってくれた人は珍しかった。

「奥さん、負けたらダメでしょ。この愛人ノートでこんなに調べたじゃないですか。ええ、愛人なんかに負けちゃダメです! 絶対そうですよ!」

 フィリスは床に落ちたペーパーナイフをエプロンのポケットに入れ、隠してしまった。

「それにうちの父が書いた報告書と愛人ノートはあんまり差がないじゃないですか。奥さん、愛人について調査しましょう。これだけ証拠があれば、離婚する時だって有利ですよ?」

 フローラは、また愛人ノートに目をやる。確かにここまで調べたのは骨が折れたが、全く無駄ではなかった?

「調査しましょうよ、愛人の」

 何やら一人でやる気になっているフィリス。馬鹿みたいに明るい田舎娘を見ていたら、それも悪くない気がしていた。

 少なくとも、もうペーパーナイフを喉に突き立てるのは、辞める事にした。これは手紙を開封する時だけに使おう。
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