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第一部
面白い女編-6
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包帯をグルグル巻きにされ、ベッドの上で唸っているエルは、限りなく情けなかった。
「痛いよ、看護師さーん」
涙目で看護師を呼ぶ姿は、子供のようにも見えたが、一ミリも笑えない。
あれからフローラはトマスに教えて貰った病院へ向かった。王族御用達の病院で、一般庶民はまず入れない。王都の南部に位置し、公爵家からも徒歩で行ける距離だ。見た目は普通の病院と変わりはないが、入るのには身分証明書の提出も必要らしいが、フローラは公爵夫人という事で顔パス。一緒に来たフィリスとはここで別れる事に。公爵家に帰し、今日の調査結果を愛人ノートにまとめるよう指示しておいた。
そしてエルのいる個室に向かったが、想像以上重症だったが、意識はあるよう。看護師を呼ぶぐらいなので、頭は正常らしい。
「情けないわね。意識があるのなら、たいした事はないのでは?」
「いやあ、痛いよ! どうしてこうなった!」
エルはベッドの上で泣いていたが、どう見ても自業自得。顔も傷だらけだったが、命が助かっただけでもマシではないか。
呆れてしまうが、ベッドサイドにあった椅子に腰掛け、犯人の名前を言ってみた。
「ぎゃー!」
エルはこの名前に明らかに怯えていた。子供っぽい顔立ちが、さらに幼く見え、フローラはため息しかつけない。
「あなたに怪我をさせた犯人も同一人物?」
フローラはエルの目を覗き込み、はっきりと聞いた。
「し、しらねーよ!」
エルは目を逸らし、窓の外を見ていた。もう夕方になり、空の色もオレンジ色に変化していた。カラスの鳴き声も窓の外から聞こえてきたが、まるでエルを小馬鹿にしたような響きだ。
「どこで怪我したの?」
単刀直入に聞いてもエルは口を割らないと判断し、遠回しに質問する事にした。
「家の近くの階段で……。歩いてたら襲われて落ちてしまった」
「そう、大変だったわね」
言葉とは裏腹にフローラの視線は冷たい。
おそらくエルは犯人を知っていた。知った上で、マムを呪い殺したなんて宣伝し、地位と名誉もゲット。その上で犯人を脅して金品も奪い、逆上されて襲われた。フローラの推理はこうだが、筋は通っているだろう。最初はフィリスが言いはじめた推理だったが、的外れではなかったようだ。田舎娘だと思っていたが、単なるバカではなかったらしい。むしろ田舎的野生のカンというか、公爵夫人のフローラには思いつかない発想がある。
今までずっとお上品な貴族界隈にいた。まさか犯人を脅していたとは、思いつかない。田舎娘のカンは侮れないかもしれない。
「あなた、犯人をどこで知った?」
「し、知らねーよ!」
「誰にも言わないわよ」
信じて貰えるかは不明だが、この事は白警団に言うつもりはなかった。今だにエルの呪いを証明しようとしているコンラッドを見てから、もうあそこに頼る気は毛頭もない。
「本当に言わないか?」
「ええ。あなたが捕まったら、ドロテーアやローズなど夫の元愛人が呪えないかもしれないじゃない?」
そう笑って言うと、エルは口ごもり、舌打ちまでしていた。フローラがこんな事をいうのは意外だったのだろう。
「俺はマムが憎かった。何かボロが出ないか、あいつの後をよくつけてた」
無機質な病室だったが、エルの声は熱が籠ったように響く。よっぽどマムが憎かった事は理解できた。
「公爵もマムもあっという間に深い仲になってたぜ。公爵はマムのことを『おもしれー女だ』って盛り上がっていた」
「知りたくもない情報教えてくれてありがとう」
皮肉のつもりだが、エルは言葉通りに受け取り、夫とマムがフローラの悪口で盛り上がっていた事も教えてくれた。
「マムのやつ、奥さんの事をブスとか言ってたな」
「そんな情報はけっこうよ。それで、あなたも犯人を知ったのね?」
「ああ。あいつもマムの事すごい睨んでたから。まあ、演技派だよな。俺の前ではフツーに話しかけてたりした」
これで確定した。犯人はあの男に違いない。今のところ物的証拠がないが、エルの証言で犯人だと証明できる?
「マムが殺されたと聞いてピンと来たね。あいつが犯人だって。だったら俺の名誉も上げつつ、犯人を脅す事も思いついたわけさ」
頭を抱えそうになる。エルは無能だと有名だったが、浅知恵はかなり回るようだ。確かにマムを呪い殺したと言えば、自分の名誉を上げつつ犯人の弱みを握って脅すことも可能。ついでに白警団の捜査も撹乱する事も出来る。
「でも脅しは、そう簡単にいかなった。犯人に逆上されて、こうなったわけね?」
エルは頷かない。再び目を泳がせ、窓の外を見ていたが、否定しないという事は、フローラの言葉が事実なのだろう。
「はあ、犯人を脅すなんて。よくそんな事が思いつきますね……」
呆れてもくるが、希望もある。ここでエルが白警団に全て証言すれば、事件は解決だ。
「いや、証言なんてしねーから」
「は?」
フローラは白警団の証言するよう頼んだ。公爵夫人という身分では屈辱的だったが、頭を下げ、お願いしたのに。
「あなた、犯人に怪我までさせられているのよ。確かに脅しは罪だけど、今自白すれば、罪は軽くなるはず」
「いや、言わん!」
エルはなかなか頑固だった。
「だって俺、女王様から専属にならないかって依頼受けたし。ここで屈する訳にはいかないよ」
「え、女王?」
「そうだよ。あの女性も国王に浮気されてるからな。不倫女を呪い殺してくれって依頼されちゃったよ。はは」
まさか国王が不倫し、女王もサレ妻だったとは。だからエルは王族御用達の病院に入院させら、身分も守られていたのか。
「そんな、証言する気はないって事?」
「ないね。俺はこのビックチャンスを逃したくないのさ。例え死にかけてもな」
もう呆れてため息しか出ない。女王がサレ妻だった事も、どうでも良くなってきた。
「で、あなた呪い出来るの? 出来ないんだったら、自白した方が今後の為にいいんじゃない?」
「嫌だ! 俺は絶対女王と専属契約して一流の魔術師になるんだよ!」
これはどうすれば良い?
この様子ではエルの口から犯人について証言させるのは難しいだろう。女王がバックにつかれてしまったら、エルの罪も揉み消される可能性もある。それは犯人を永遠に捕まえられない事を示しているようで、フローラの指先は震えていた。
「もう、おまえ、帰れ! 看護師さん、お医者さん! 不法侵入者がいます! この女を追い出してください!!!」
病室に医者や看護師が入ってきて、フローラはあっという間につまみ出されてしまった。
エルに犯人について証言させるのは無駄だろう。それどころか揉み消される可能性も高い。
「困ったわ……」
エルと話していた時は、冷静だったフローラだが、今は頭を抱えていた。
もう犯人はフローラが捕まえるしか無いようだった。
「痛いよ、看護師さーん」
涙目で看護師を呼ぶ姿は、子供のようにも見えたが、一ミリも笑えない。
あれからフローラはトマスに教えて貰った病院へ向かった。王族御用達の病院で、一般庶民はまず入れない。王都の南部に位置し、公爵家からも徒歩で行ける距離だ。見た目は普通の病院と変わりはないが、入るのには身分証明書の提出も必要らしいが、フローラは公爵夫人という事で顔パス。一緒に来たフィリスとはここで別れる事に。公爵家に帰し、今日の調査結果を愛人ノートにまとめるよう指示しておいた。
そしてエルのいる個室に向かったが、想像以上重症だったが、意識はあるよう。看護師を呼ぶぐらいなので、頭は正常らしい。
「情けないわね。意識があるのなら、たいした事はないのでは?」
「いやあ、痛いよ! どうしてこうなった!」
エルはベッドの上で泣いていたが、どう見ても自業自得。顔も傷だらけだったが、命が助かっただけでもマシではないか。
呆れてしまうが、ベッドサイドにあった椅子に腰掛け、犯人の名前を言ってみた。
「ぎゃー!」
エルはこの名前に明らかに怯えていた。子供っぽい顔立ちが、さらに幼く見え、フローラはため息しかつけない。
「あなたに怪我をさせた犯人も同一人物?」
フローラはエルの目を覗き込み、はっきりと聞いた。
「し、しらねーよ!」
エルは目を逸らし、窓の外を見ていた。もう夕方になり、空の色もオレンジ色に変化していた。カラスの鳴き声も窓の外から聞こえてきたが、まるでエルを小馬鹿にしたような響きだ。
「どこで怪我したの?」
単刀直入に聞いてもエルは口を割らないと判断し、遠回しに質問する事にした。
「家の近くの階段で……。歩いてたら襲われて落ちてしまった」
「そう、大変だったわね」
言葉とは裏腹にフローラの視線は冷たい。
おそらくエルは犯人を知っていた。知った上で、マムを呪い殺したなんて宣伝し、地位と名誉もゲット。その上で犯人を脅して金品も奪い、逆上されて襲われた。フローラの推理はこうだが、筋は通っているだろう。最初はフィリスが言いはじめた推理だったが、的外れではなかったようだ。田舎娘だと思っていたが、単なるバカではなかったらしい。むしろ田舎的野生のカンというか、公爵夫人のフローラには思いつかない発想がある。
今までずっとお上品な貴族界隈にいた。まさか犯人を脅していたとは、思いつかない。田舎娘のカンは侮れないかもしれない。
「あなた、犯人をどこで知った?」
「し、知らねーよ!」
「誰にも言わないわよ」
信じて貰えるかは不明だが、この事は白警団に言うつもりはなかった。今だにエルの呪いを証明しようとしているコンラッドを見てから、もうあそこに頼る気は毛頭もない。
「本当に言わないか?」
「ええ。あなたが捕まったら、ドロテーアやローズなど夫の元愛人が呪えないかもしれないじゃない?」
そう笑って言うと、エルは口ごもり、舌打ちまでしていた。フローラがこんな事をいうのは意外だったのだろう。
「俺はマムが憎かった。何かボロが出ないか、あいつの後をよくつけてた」
無機質な病室だったが、エルの声は熱が籠ったように響く。よっぽどマムが憎かった事は理解できた。
「公爵もマムもあっという間に深い仲になってたぜ。公爵はマムのことを『おもしれー女だ』って盛り上がっていた」
「知りたくもない情報教えてくれてありがとう」
皮肉のつもりだが、エルは言葉通りに受け取り、夫とマムがフローラの悪口で盛り上がっていた事も教えてくれた。
「マムのやつ、奥さんの事をブスとか言ってたな」
「そんな情報はけっこうよ。それで、あなたも犯人を知ったのね?」
「ああ。あいつもマムの事すごい睨んでたから。まあ、演技派だよな。俺の前ではフツーに話しかけてたりした」
これで確定した。犯人はあの男に違いない。今のところ物的証拠がないが、エルの証言で犯人だと証明できる?
「マムが殺されたと聞いてピンと来たね。あいつが犯人だって。だったら俺の名誉も上げつつ、犯人を脅す事も思いついたわけさ」
頭を抱えそうになる。エルは無能だと有名だったが、浅知恵はかなり回るようだ。確かにマムを呪い殺したと言えば、自分の名誉を上げつつ犯人の弱みを握って脅すことも可能。ついでに白警団の捜査も撹乱する事も出来る。
「でも脅しは、そう簡単にいかなった。犯人に逆上されて、こうなったわけね?」
エルは頷かない。再び目を泳がせ、窓の外を見ていたが、否定しないという事は、フローラの言葉が事実なのだろう。
「はあ、犯人を脅すなんて。よくそんな事が思いつきますね……」
呆れてもくるが、希望もある。ここでエルが白警団に全て証言すれば、事件は解決だ。
「いや、証言なんてしねーから」
「は?」
フローラは白警団の証言するよう頼んだ。公爵夫人という身分では屈辱的だったが、頭を下げ、お願いしたのに。
「あなた、犯人に怪我までさせられているのよ。確かに脅しは罪だけど、今自白すれば、罪は軽くなるはず」
「いや、言わん!」
エルはなかなか頑固だった。
「だって俺、女王様から専属にならないかって依頼受けたし。ここで屈する訳にはいかないよ」
「え、女王?」
「そうだよ。あの女性も国王に浮気されてるからな。不倫女を呪い殺してくれって依頼されちゃったよ。はは」
まさか国王が不倫し、女王もサレ妻だったとは。だからエルは王族御用達の病院に入院させら、身分も守られていたのか。
「そんな、証言する気はないって事?」
「ないね。俺はこのビックチャンスを逃したくないのさ。例え死にかけてもな」
もう呆れてため息しか出ない。女王がサレ妻だった事も、どうでも良くなってきた。
「で、あなた呪い出来るの? 出来ないんだったら、自白した方が今後の為にいいんじゃない?」
「嫌だ! 俺は絶対女王と専属契約して一流の魔術師になるんだよ!」
これはどうすれば良い?
この様子ではエルの口から犯人について証言させるのは難しいだろう。女王がバックにつかれてしまったら、エルの罪も揉み消される可能性もある。それは犯人を永遠に捕まえられない事を示しているようで、フローラの指先は震えていた。
「もう、おまえ、帰れ! 看護師さん、お医者さん! 不法侵入者がいます! この女を追い出してください!!!」
病室に医者や看護師が入ってきて、フローラはあっという間につまみ出されてしまった。
エルに犯人について証言させるのは無駄だろう。それどころか揉み消される可能性も高い。
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もう犯人はフローラが捕まえるしか無いようだった。
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