毒妻探偵〜サレ公爵夫人、夫の愛人を調べていたら殺人事件に巻き込まれました〜

地野千塩

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第二部

極悪成金お嬢さま編-6

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 フローラは、ネイトに応接室に案内されていた。出版社の応接室といっても、時に派手な何かがあるわけでもなく、テーブルとソファの一般的なそれだった。テーブルの上には、花瓶にさされた造花があったが、安っぽい色合いで、埃もついてる。

 ネイトが持ってきたコーヒーも色が薄く、おそらく限りなく安物だろう。フローラは日焼け防止の手袋をゆっくりと外し、コーヒーを啜ったが、不味かった。思わず顔を顰めてしまうが、このフローラにネイトは震え上がり、菓子も持ってきた。

 菓子はクッキーだった。チョコレートのクッキーで風味が豊かで食感はサクサク。

「あら、これは美味しいわね。どこのクッキー?」

 クッキーは懐かしい味もした。

「実は会社の近くのあるシスター・マリーの菓子屋って店のです」
「え、シスター・マリー?」

 フローラが知っている人物だった。思わず目が丸くなる。修道院時代の教育係のシスターだった。残念ながらマリーは隣国の修道院に行くことになり、さほど懇意にはなれなかったが、菓子作りのレシピや基礎も教わった。

 確か隣国は内戦中で、マリーがいる修道院も破壊されていると聞いていたが、どうにか逃げてこの国で菓子屋を開いているのか。それは喜ばしい。思わずフローラの表情も柔らかくなり、ネイトもほっとため息をついた。

「この菓子は美味しいですよ。奥さんもどんどん食べてください」
「ええ、それはいいけど、夫の事はどう思ってるの? 今回は限りなくあなたのせいよね?」
「ひっ!」

 フローラは目の前にいるネイトを睨みつけると、彼はわざとらしく背筋を伸ばした。もうここから逃げられないと悟ったのか、ボサボサ頭をかきながら、夫の書きかけの原稿用紙も見せてくれたが。

「先生の新作は純愛ものなんですよ」
「純愛?」

 フローラは原稿用紙をめくりながら、内容をざっと確認。虐げられているタイピストと出版社の御曹司の純愛ものだった。コメディタッチに話が進み、キスやハグの寸止めも多い。だから余計に二人の純愛が際立つ作りだった。

 途中まで読んだが、下らなくてため息が出る。誰がモデルかも透けて見え、さぞ夫は酔いながら原稿を書いていた事だろう。筆も乗っているのか、ところどころ手書きの文字も汚くなっていた。インクも飛び散った跡もあり、アイデアが浮かんで急いで原稿に書いたのだろう。

 これでもフローラは長年あの男の妻をやっていた。原稿の手癖から書いている時の状況など推理しなくても分かってしまう。

「馬鹿らしい恋愛もの。全く面白くない」

 フローラはバサリと原稿を机の上に置いた。またネイトは怖がっていたが、良い知らせもあるという。ニヤリと笑いながら「知りたいですか?」と聞いてくる。

 悔しいが、フローラは頷いた。

「まず『愛人探偵』は爆死でしたが、一部の読者にはズキっと刺さってしまい、応援ファンレターもと届いてますね」
「本当?」
「ええ。見せましょう」

 ファンレターは全部匿名で届いていたが、便箋で熱い想いが綴られ、一部に受けているには確かなよう。

「こんな受けているんだったら、続刊したら?」
「いやー、それは売り上げ的に無理」

 即答された。

「ちなみに続刊ラインは?」
「この状況だったら、あとニ回は重版かからないと無理です。もちろん二ヶ月以内ぐらいで」
「よし、分かったわ。公爵家の財力で買い占める」
「辞めてくださいよ。そんな事したら先生のプライドズタボロです。筆を折るかもしれない」

 ネイトの言う事はもっともだった。ボサボサ頭で、スーツも汚い男だったが、意外にも間違った事は言っていない。

「まだ奥さんに朗報がありますよ」
「何?」
「先生は新作を書いているおかげで、純愛ブームだそうで。今のところパティとの肉体関係はないそうです」
「え?」

 確かにそれは朗報だ。同時に悪い知らせでもあrった。その上でパティは無理矢理犯されたと脅してきたのだ。相当タチが悪い。前の事件のマムとは違う悪辣さに胃がキリキリしてきそうだったが。

「本当?」
「だったら自分の目で確かめれば良いじゃないですか?」

 ネイトはあのコーヒーを実に美味そうに飲んでいた。舌はかなり馬鹿そうだ。

「夫はどこに居るのかしら? あなた、知ってるわね?」

 ネイトの目は泳いでいたが、この出版社の近くにあるカフェに二人で通い詰めている事を暴露していた。

「本当?」
「本当ですってよ。睨むのはやめてくださいって」

 確かにここでネイトが嘘を言っても得はしないだろう。

「まあ、奥さん、頑張って。近いうちに『愛人探偵』の重版がニ回あれば、続刊ラインも超えて、先生もミステリー作家へ無事転向できるかも?」

 これは挑発か。ネイトの目は限りなく面白がっていた。

「俺だって一読者だったら『愛人探偵』の方は好きですし。ま、奥さんも頑張って。内助の功ってやつもあるかもしれない」

 ネイトはそう言い残し、仕事があるからと出て行ってしまった。

 一人残されたフローラは、不味いコーヒーを啜る。

「そうね。まだ希望はないわけじゃない」

 フローラは立ち上がると、テーブルの上にある造花も揺れていた。
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