毒妻探偵〜サレ公爵夫人、夫の愛人を調べていたら殺人事件に巻き込まれました〜

地野千塩

文字の大きさ
139 / 157
第三部

面白い女編-4

しおりを挟む
「だ、だからゴーストライターなんて知りませんって!」

 目の前にいる男、ブルーノはカタカタと震えていた。ブルーノはモラーナの担当編集者だった。年齢は三十代前半ぐらいだが、天然パーマの癖の強い髪や細い目、もやしのような体型は見るからに頼りない。細い目にメガネも似合っていた。

 あの後、フローラは夫と落ち合った。夫によると、ブルーノは全く事情を話さず、こうして夫婦二人で対面するから事にした。

 出版社の応接室は広くはない。それに見目が良い公爵夫婦が揃うと圧もすごい。ブルーノはそんな公爵夫婦に弱っていたが、震えるだけで肝心な事は口を紡ぐ。

「そ、そんなモラーナ先生がゴーストライターをやっていたとか知りませんから!」

 ブルーノはハンカチでおでこの汗をふく。今の季節は秋だ。決して暑くはないはずだが、こうして汗を流しているのは、やましい事があるからだろう。

「あなた、これはどうしましょうね?」
「困ったな。意外とこの男、頑固だ。っていうか、フローラ、そのマム風のメイク本当にやめてくれね?」

 隣にいる夫は顔を顰め、咳払い。よっぽどこのマム風のメイクが嫌とみた。フローラはもうこのメイクは二度としないと決めていたが、今はブルーノの方が問題だ。

 この手のタイプを叱りつけたり、脅したりするのは逆効果だろう。夫の愛人のようか極悪タイプは毅然として追い払う必要があるが、ブルーノの場合は睨みつけても意味がない。

 フローラは軽く微笑み、バスケットの中から栗のマフィンをだし、ブルーノに与えた。無無乾燥だった応接室に甘い香りが広がる。

「どうぞ、召し上がって」
「おお、これは妻が焼いたマフィンだ。絶品だぞ」

 フローラは隣にいる夫の調子の良さにイラっとし、口の中を噛みたくなったが、公爵夫人らしい嘘臭い笑顔を浮かべ、ブルーノの様子を見守った。

 小さなリスのように震えていたブルーノだったが、栗のマフィンを恐る恐る齧っていた。

「お、これはうまいぞ!」
「良かったわ。全部食べて良いいからね」

 フローラはバスケットの中にある栗のマフィンを全部与えた。不思議なものでブルーノの態度もすっかり軟化した。よっぽど栗のマフィンが気に入ったのか、ムシャムシャ咀嚼しながら口を滑らせていた。

「ええ、そうですよ。モラーナ先生はゴーストライター使ってますよ。だいたいあの先生、頭も悪くて教養も文才もない。俺とも会話していていても噛み合わないっていうか」

 ブルーノはモラーナに不満があるらしく愚痴り始めた。

「印税はゴーストライターにほとんど行きますよ。モラーナ先生は名前と顔だけ。まあ、あの人は名誉欲だけは強いから良いんじゃね」

 とんでもない事もさらっと口にする。夫は驚いてはいなかった。もしかしたら業界ではよくある事かもしれないが。どうやらモラーナは前の事件のパティと違い、金銭欲は無いらしいが、だからと言って良い人物のはずがない。

「 で、そのゴーストライターって誰なんだ。言えよ」

 夫は偉そうな口調にしていた。全く板についていないが。

「ブルーノ、お前、作家界隈でも評判悪いぞ。売れてる作品の二番煎じ書けとかさ。文句言ってる作家も多いな。よし、公爵家の力を使ってお前もクビでもいいかい?」

 全く威厳のない夫だが、笑顔で話す内容は怖い。ブルーノは顔を青くし、さらに震えていた。汗も流れ続けているようで、ハンカチでゴシゴシと額を拭いている。

「わ、わかりましたよ。ゴーストライターはダリアです。モラーナの古くからの友人です!」

 フローラと夫は顔を見合わせる。証拠がなかった憶測だが、ようやく証拠が掴めた。ダリアは夫と話があった。あのフェスでもメモをとっていたらしい。モラーナが褒められると嫉妬していたとも聞いた。これも全てダリアがゴーストライターだった事を示していたのだろう。ヒパズルのピースがだんだんと集まってきていると実感した。

「という事で俺は全部吐きましたから! もう来ないでくださいよ!」

 ブルーノは余った栗のマフィンを急いで食べ切ると応接室から出て行ってしまった。応接室のテーブルの上は、食い散らかした跡で汚れていたが、今はどうでもいい。

「つまりモラーナは友達全員を脅していたわけね。マリオンとも何らかのトラブルがあってもおかしくない。ダリアも何らかの理由で脅され、ゴーストライターやっていたのね」
「何らかの理由は?」

 夫の疑問はもっともだ。

「たぶん、万引きね。おそらくあの女生徒のキャロルが知っているはずだけど」

 証拠は無い。だんだんと犯人に近づいてきているようだが、最後のピースはダリアだろうか?

「よし、フローラ。キャロルを捕まえに行こうじゃないか」
「いいの? 一緒に来てくれる?」
「行くぜ! パティの事件の時に言っただろ。一人で出来ない事も二人だったら出来るかもしれないじゃんか」

 フローラは夫人手を引かれて、キャロルを捕まえる為に出版社を後にしていた。

 夫と手を繋ぐには何年ぶりだろう。もう夫への感情的な愛は尽きていたが、今は少し復活してきた。その証拠のようにフローラの胸は高鳴っている。

「よし、犯人を絶対見つけるぞー!」

 そう言う夫は目が生き生きとしていた。まるで籠の中から飛び立った鳥のようだ。縛りの多い貴族が探偵の真似事をしているのは非常識。危険な事でもあるが、二人で手を繋いで走っていると、心は自由だった。もう二人とも籠の鳥では無いはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

処理中です...