その声で囁いて

UTAFUJI

文字の大きさ
37 / 79
第二章

15話

しおりを挟む
 レイが上がったら、俺も風呂に入るか。そろそろ自分の体も冷えてきてるのを感じる。濡れた髪が首筋を這うたびに、ひやりとした感触が背筋を走る。

「なんか温かいもん飲むか」

 小さく呟いてキッチンに向かう。ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れると、小さな音を立てて湯が沸き始めた。

 白湯でもいいし、姉ちゃんが置いてったティーバッグの紅茶でもいい。とにかく、少しでも体を温めておきたかった。

 引き出しを開けて、姉ちゃんが置いていった紅茶の缶をいくつか取り出す。アールグレイにダージリン、カモミールもある。どれにするか悩んだ末に、結局手は缶に触れただけで止まった。

 まぁ、俺が風呂上がってから、二人分淹れればいいか。

 そう判断して、紅茶の缶を元に戻す。代わりに戸棚からマグを一つ取り出した。ケトルが“100℃”になったのを告げてスイッチがカチリと音を立てて切れる。とりあえずコップに注ぐだけ注いで、少し冷めるのを待つことにした。

 マグに注いだ白湯から、ふわりと湯気が立ちのぼる。そいつをテーブルに置いて、俺はポケットからスマホを取り出す。

 ロックを解除すると、依織からメッセージが届いていた。

『今日もありがとうございました!』
『雨すごい降ってますね』

 文章の最後には、ぽたぽたと雫が垂れる傘の絵文字。俺はそのまま指先を動かして返信を打った。

『お前は降られなかったか?』

 送信してすぐ、既読がつく。返信も、まるで待っていたかのような速さで返ってきた。

『俺は、お店行った後はずっと家にいたので!雨は無傷です!』

 続けて、すぐにもう一通。

『シキ様は降られちゃったんですか?』

 俺はマグを手に取り、白湯をひと口啜る。ほんの少しだけ喉が落ち着いて、スマホの画面に目を戻した。

「……いや、降られたどころじゃねぇけどな」

『まぁまあ、盛大に濡れた』

 送信ボタンを押して、しばらくそのまま画面を眺めていると、既読がついて、すぐさま返事が来た。

 『大丈夫ですか!?』

 画面の文字を見つめながら、口元が少しだけ緩んだ。やけにまっすぐな気遣いが、喉の奥に残っていた冷たさを少しだけ溶かしていくようだった。

『大丈夫』

 そう打ち込んで送信しようとしたところで、画面がぱっと切り替わった。

 着信。依織からだ。

 思わず苦笑しながら、スマホを耳に当てた。

「……もしもし」

『シキ様!本当に大丈夫ですか!?』

 予想以上に心配そうな声が飛び込んできて、俺はわずかに目を細めた。

「うん、大丈夫」

 俺がそう返すと、通話の向こうで依織は少し息をついたようだった。けれど、まだ不安が抜けきっていない声で続けてくる。

『だって、“まぁまあ濡れた”とか、そういうのが一番危ないんですよ!?ちゃんと服は着替えました!?暖かいもの飲んでますか!?』

 まくしたてるような声に、思わず苦笑が漏れる。

「ちゃんと着替えた。今、白湯飲んでるとこ」

『よかった……っ』

 電話越しに、依織の安堵する息遣いが伝わってくる。ほんと、相変わらずだなって、少しだけ笑う。

「お前さ、心配しすぎ」

『だって、シキ様が風邪引いたら俺、心配しすぎて、寝られなくなっちゃう』

「それは……迷惑だな」

 わざと軽口を返してみるけど、依織はすぐに食いついてくる。

『えっ、ひど……!でもほんとに、しんどかったら明日もリスケするんで、ちゃんと連絡くださいね?俺、全然いつでも合わせますから!』

 優しい声が、ぽんと胸に落ちる。押しつけがましくない、でも確かにこちらを気遣ってくれるその響きに、ほんの少しだけ目を細めた。

「ん、わかった。……ありがと」

 そう答えると、電話の向こうでふっと空気が和らぐのがわかった。依織は素直すぎるくらい、声に感情が出る。

『よかった。今日は、ゆっくり休んでくださいね?』

「お前に言われなくても、そのつもりだよ」

『あ、じゃあ、また明日の待ち合わせ時間と場所を送っておきますね。おやすみなさい、シキ様』

「ん。おやすみ」

 通話が切れたあと、スマホの画面が静かに暗転する。その黒に映る自分の顔は、いつもより少し、柔らかく見えた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

眠れない夜を数えて

TK
BL
はみ出し者の高校生、大野暁は、アルバイトに明け暮れる毎日。 ふとしたきっかけで、訳ありな雰囲気のクラスメイト坂下と親しくなり、二人の距離は急速に縮まっていく。 しかし坂下には人に言えずにいる秘密があり、やがて二人の関係は崩れていく。 主人公たちが心の傷や葛藤と向き合い乗り越えていく物語。 シリアスでせつない描写が中心です。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

処理中です...