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しおりを挟むその夜を待って、桂と修史は聡を訪ねた。聡は今も、以前と同じマンションを使っていた。
この場所で桂が傷つけられたのだと思うと、修史はいたたまれなくなった。半年もの間……誰ひとりとして気づいてやれず、ただ桂だけが苦しんでいた、この空間。
「来てくれて嬉しいよ」
本心か社交辞令か判別しがたい声音で聡が言った。彼は一緒についてきた修史にちら、と意味ありげな一瞥を与えた。
「……清鳳か」
二人の制服姿を見て、聡はそう呟いて苦笑する。
「そういえば、君の合否を聞く前に渡米したんだっけ。良かったな、志望校に受かって」
「言うことは、それだけかよ」
修史は思わずそう言った。言わずにはいられなかった。聡がふと、沈黙した。
「君は、だいたいの事情を知っているようだね。でもこれは、オレと桂の問題だ。君には関係のないことだ」
「あんたが桂にしたことを、謝ってもらいたい」
「謝らなければならないことは、していない。桂も楽しんだはずだ。そして、行きたがっていた高校にも合格できた。何も文句は、ないだろう」
桂は眉をつりあげた。
「楽しんだ、だって……?」
「そうだよ。オレに抱かれて、快感を覚えなかったとは言わせない。毎週ここへ来ていたのは君だ。オレは何も無理強いした覚えはないし、君をここに閉じ込めてもいない」
ちがうかい、と、厭味なほど冷静に聡が聞く。桂はうつむき、唇を噛んだ。激高した修史が、ぐっと身を乗り出して聡の襟首を掴む。
「いい加減にしろよ、あんた」
「乱暴はやめてもらおうか。警察を呼ぶよ」
「警察沙汰にして困るの、そっちだろ。呼べよ」
修史は手に力をこめる。どうする、と桂に視線で聞くと、桂は黙って首を振った。
仕方なく、修史は聡を解放する。掴まれて乱れたシャツを整えつつ、聡がふと苦笑した。
「……ひとつ聞かせてくれ、桂。おまえが、どうしても清鳳に行きたいと言っていたのは、何故だ?」
聞かれた桂は、唐突な質問に、虚を突かれたように黙り込んだ。その様子を見て取って、聡は肩をすくめる。
「……オレには何となく、わかるような気がするけどね」
瞳を見開いた桂が、ゆっくりと首を傾け、やがて首を振る。
「別に……理由なんて」
理由なんてない。そう答えようとして、どうだったろうともう一度胸に問い返した。
あの頃の記憶をたぐりよせれば、思い出されるのは、ただ恐ろしく暗い記憶ばかりだった。それ以外のことは、その澱んだ記憶の向こうに沈んでしまっている。
小さく震え出した指で、桂は口元を覆った。
志望校を決めたのは、中二の冬だ。担任に提出した進路希望の用紙に、迷わず清鳳と書いていた。それが私立の男子校だったせいで、当時つきあっていた彼女には、さんざん文句を言われた。
『同じ高校に行こうと思ってたのに……』
別に誰かに奨められたわけではない。親は大学付属の高校に入れたがっていたし、教師は教師で、もうワンランク上を狙えとしつこく言っていた。
ならば、なぜ?
理由らしい理由と言えば、家から電車で一本の通いやすい位置にあることと、あとは……。
あとは?
「桂……大丈夫か」
気遣うように修史に問われ、桂はハッと我に返り、あわてて頷く。目の前の穏やかな眼差しを受け止めて、ようやくほっと息をついた。
「……さてと。それで、オレはどうすればいいのかな」
聡は相変わらず苦笑を浮かべたままだ。桂はゆっくりと、腕を組んで立つ聡に目を向けた。眼鏡越しに視線がかち合った途端、ぞく、と背筋をはい上がる悪寒を、どうにかやり過ごす。
「……あの頃のことを、謝る気がないならそれでもいい。いまさら謝ってもらっても何も変わらないし、抵抗できなかった俺の弱さに原因があったと言われれば、……きっとその通りだろうから」
「……桂、」
それは、おまえのせいじゃない。そう言いかけた修史に、桂は無言で頷く。そして、震える声で言った。
「ずっとあなたのことを、尊敬してました。頭が良くて、優しくて、こんな大人になりたいと思ってた。でも今は……あなたのような人間にはなりたくない。もう二度と、……二度と、俺の前に現れないでください」
言いたかったのは、ただそれだけ。そう言い捨てて、桂は玄関へ向かい、部屋を出て行く。それを追いかける前に、修史はもう一度聡の襟を掴み、手加減なしで殴りつけた。
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