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8.史絵瑠との決別
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その週の金曜日、執務室でランチを摂っていると、尚登のスマートフォンが鳴った、電話の着信にスラックスから取り出し画面を見た尚登は立ち上がる。
「ちょっと部屋借りる」
断り秘書室に入る、誰からとも告げない様子に聞かれたくない話なのだと判り陽葵はわずかにむっとしてしまう。仕事関連はスマートフォンにもかかってくるが当然別室に入ることはない。それがわざわざ聞かれたくないと別室に行くとは──いやいやと陽葵は頭を振った、自分が気に掛けるなどおかしい話だ。
ドアまで締めた尚登は、わずか1~2分ほどで出てきた、本当に用件のみだったのだろう。誰からなのか気になりつつも、山本もプライベートなものと判り聞くこともないのでは、陽葵から質問することはできなかった。
それから2週間ほどしたころ、マンションの郵便受けに大きな封筒が届く。なにかのダイレクトメールかと見れば尚登宛だった。不要なチラシ類は隅に置かれたゴミ箱に放り込み、封筒を持ってエレベーター前で到着を待つ尚登にそれを手渡す。
「尚登くん宛です、って、なんで、もううち宛に郵便物が届くんですか」
渡しながら何気なく見れば封筒の下に印刷された差出人があった、大津事務所と書かれている、仕事関係かと思うがそれならば会社に届くだろう、先日の尚登宛の電話の主だとは陽葵は知る由もない。
「おお。なんだよ、いいじゃねえか、俺の現住所、ここだわ」
帰宅しても尚登はそれをすぐには開けず、まずは食事を済ませた。今日は手抜きで途中にあるステーキ店のテイクアウトである。それを食べ終わると陽葵が先にお風呂に入った、帰宅してすぐに溜めた湯舟で充分体を温めてから風呂から上がると尚登に声をかける。
「お風呂、空きました」
ソファーに座った尚登は難しい顔で書類を見ていた、前のローテーブルには先ほど届いた封筒がある。いつもの定型句を伝えれば、「ああ」と低い返事をするが、書類から目を離さない様子になんだろうと陽葵は思う。
「陽葵」
低い声のまま呼ばれた。
「ちょっとここ座んな」
ソファーの隣を指さす、陽葵はまだ湿り気の残る髪をタオルで拭いながらそこへ座った。雰囲気からよくない話であることは想像できたが逃げる方法は思いつかなかった。
「実は史絵瑠の事、探偵に依頼して調べてもらってた」
「え……っ」
出た名に息が止まった──そういえば尚登は以前「調べる」と言っていたと思い出した、その件か。
「やっぱお父さんとはなんにもないと思うぞ」
尚登は持っていた書類の束を陽葵に渡しながら言う、陽葵は受け取りつつも怒鳴っていた。
「思うって! なんでですか!」
大きな声を出すと、尚登はすぐさま落ち着けとなだめる。
「それは確たる証拠がないってだけだけどな。で、史絵瑠はおそらく男といたいがために嘘をついてでも家を出たいんじゃねえかな」
「嘘、って……」
史絵瑠に交際相手がいて、それを反対されているのか……それは父が史絵瑠を手放したくないからでは。
「最初の一週間は聞き込みで周辺の調査をしてもらったが、虐待については特にこれといって出なかった。懸念事項としてはそれだけだったから終わりにしてもよかったが、陽葵に伝えるには確たる証拠が欲しいともう少し突っ込んだ調査を頼んだ、尾行と盗聴な」
それが先日の電話だ、陽葵にはもちろん山本にも聞かれたくないと別室に入り依頼した。
「……盗聴……!」
そんなことをしてまで──こちらが犯罪を犯している気分になってしまう。
「で、2週間の音声データだけ抽出したものがこれ」
封筒に入っていたUSBメモリを取り出し示す。
「まあ聞くのはたるいだろうと、リストにもしてくれてる」
陽葵が持つA4サイズのコピー用紙を示した、表にされたそれには年月日と時間、会話された場所とどんな内容だったかが記されていた。見たくもないと思ったが、ちらりと視線を落としていた。場所はリビングと両親の寝室、史絵瑠の寝室となっていた、その3か所に家の壁に貼り付けるだけで内部の音が聞き取れるコンクリートマイクを仕掛けての作業だ。室内に入らず仕掛けられるが家に近づかないわけではない、特に2階にある史絵瑠に部屋は仕掛けるのに苦労する、探偵にもリスクはある捜査法だ。
会話はその全てが書かれているわけではない。○○についてとか、単に『(会話)』とあるはっきりとは聞き取れなかったもの、そして『(音)』とあるのは何かしらの音がしただけだ。それでもすべての音を聞きリスト化までするとは、仕事とはいえ労いたくなる。
ふと記された二重丸が気になった。
「ここからは除外したけど、それらしき行為は夫婦のものだけらしい」
陽葵の視線を読み取った尚登がその二重丸を指さしが言う。確かに場所は両親の寝室であり、時間帯で想像はつく。
「この2週間は、史絵瑠の部屋は静かなものでとりあえず疑わしい様子はなかったそうだ。万が一それ以外の場所、家でも外でも行われていた場合もあるかもで、それもとなるとさらなる調査が必要だってよ」
陽葵の実家は1階にあるリビングと両親の部屋は隣接しているが、ダイニングや風呂場は廊下を挟んでいる。2階には3室あり、ひとつは史絵瑠の部屋だが、陽葵か物置になっている空き部屋の可能性もある──恐ろしいことを考えて陽葵は自分の体を抱きしめた。
「史絵瑠の身辺調査は3週間行ってもらった。その結果としては、とにかく金が欲しい、金がないと、家を出たいと訴えているようだが、それも虐待が原因かまでは判らずだが」
言いながら別にまとめられた紙をこれと言って示す。初めの数枚は史絵瑠の一日の行動を記したものだった、あとの数枚は聞き取ったという証言が箇条書きにされている。
「だってそんなこと、余程信用した人にだって、私なら言わないです……っ、義理とは言え父親にいたずらされてるなんて……!」
涙目で訴えれば、尚登は指を立てて陽葵の意見を封じる。
「父親が厳しくて嫌だ、母親が面倒、だとよ」
父が厳しい、それは史絵瑠を手放したくない、監視しておきたいからで、やはり史絵瑠を束縛していたいから──陽葵の考えはどんどん落ちていく。
「お父さんは門限について度々言っているようだな、それがなければもっと稼げるのに、って」
稼ぐとは──アルバイトを禁止されているのだろうか。その疑問は次に示された書類に答えがあった。
「毎日、最低でも一人、多ければ三人は男と会っているらしい」
コピー用紙に印刷された写真は1ページに8枚ずつ、それが数枚に渡ってあった。
男と腕を組みホテルに入って行こうとする姿、あるいは出てくるところ、レストランやカフェでお茶や食事をしているもの──数十枚に上る史絵瑠の写真だが、相手は数人といったところか、しかし同じ人物でも服装が違い、何度も会っている様子が判る。
「ずいぶん前からパパ活をやってるみたいだな。そうやって稼いだ金はブランド品や男に貢いでて、稼いでも稼いでも足りないらしい」
「そんな生活をしてしまっているのも、父のせいで貞操観念とか道徳心が崩れてしまったからとか……」
写真に一人だけ若い男がいた。
「この男のせいだと思うぜ。そいつ、仕事にも就かずに6年も史絵瑠のヒモやってるって」
「6年!?」
史絵瑠はまだ高校生だったころからではないか。
「バイト先で知り合ったんだと。その頃は真面目にファストフードで働いてたってよ。でもバイトは校則で禁止されていたし親もいい顔をしないからと1年もせずに辞めてる。男もほぼ同じ時期に辞め、以来史絵瑠のヒモ」
「そんな……!」
「親や学校に隠れて大金を稼ぐには、援交とかパパ活なんだろうな。でも親に隠れてじゃ活動時間が限られてる、だから家を出たいとこぼしてるって。だから陽葵をダシに家から出ようって魂胆なんだと思うわ」
「そんなこと! わざわざ私の元へ来る意味が判らないです!」
しかも最初から狙って連絡をしてきてならまだしも、あの日偶然に出会っただけだというのに。
「じゃあ、彼氏さんと住めばいいのに──!」
「単純に家を出る言い訳にはいいのかもな、独り暮らしや他の他人、ましてや彼氏と住むとかいうよりは」
確かに──陽葵は納得した。大学も近く通学が不便なわけでもない、ただ一人暮らしなどという理由では許可は出ないのかもしれない。
「尾行に関してはお父さんも行なってる。実に真面目な仕事ぶりだな、家と武蔵小杉駅にある事務所の往復と、時折仕事先に顔を出し、寄り道もなく帰宅という2週間、外で史絵瑠と会っている様子は全くない。もっと長いスパンで交渉があるとしたら延長も必要なんだが」
それについては陽葵は頷いた、父が真面目に働いていると判り安心した。
「俺の想像だが、両親に彼氏との交際や家を出て行くことを反対されてんじゃね? でも彼氏といたい、金も稼ぎたい、どうやったらそれができるか……って時に、たまたま陽葵と再会して、一瞬にしてお父さんのせいにして陽葵んとこに転がり込もうって思いついたんなら、大した才能だ」
「……そんな……」
全部嘘──そんな馬鹿なと思いつつ、笑顔の史絵瑠の写真を見れば切なくなる、一緒に住みたいというなら父のせいになどしないで、正直に言ってくれたらどんなに気が楽だったか──。
「陽葵さえよければ、きっちり話をつけるか」
「……話を……?」
涙目で陽葵が見れば、尚登は優しく微笑んだ。
「お父さんに不名誉を押し付けてまで、陽葵と住みたいって言った理由は聞いていいと思うぜ。俺も付き合うし」
俺も付き合うし、という言葉が胸にしみた。尚登となら史絵瑠に会うのも怖くない──直接話を聞こうと決意した。
☆
初めて陽葵からメッセージを送った、話がしたいから会いたいと言えばすぐに史絵瑠は了承する。こうしてみれば姉になついている妹そのものだが、やり取りを見ていた尚登はむしろ面白くない。
史絵瑠が待ち合わせに指定してきたのは川崎駅にあるカフェだった、陽葵の実家があるJR南武線の平間駅からも出てきやすい場所だ。陽葵はできれば人がいない場所──尚登が誘ったような高級中華の個室のような場所がよかったが、史絵瑠は人が多い場所を選んだ。
気分が沈む陽葵とは裏腹に、尚登は嬉しそうにパフェを頬張っていた。果物屋がやっているカフェのパフェは種類も豊富で楽しそうに目移りしている尚登の様子に本当に甘いものが好きなのだと判る。確かにおいしそうなパンケーキだとは思うが、陽葵は喉が通らず紅茶だけを注文していた。
そもそも史絵瑠の願いを無下にしている時点で心苦しいのに、さらに史絵瑠に隠れてあれこれ調べたことで後ろめたさが倍増している。何度目かのため息を吐いた時、
「あ、いたいた、お姉ちゃん!」
元気な声がして顔を上げた、ファッション誌の手本のような姿の史絵瑠が手を振るのを見て陽葵は引きつった笑みしかできなかった。
直接会えればこっちのもの──泣き落としで同居に持ち込もうと史絵瑠は意気揚々とやってきた。笑顔で駆け寄ろうとしたが、陽葵の隣に座る尚登が目に入り一瞬足が止まる。あの男だ、実物ははるかにかっこいい──陽葵の恋人だと名乗るが、この男にもちょっかいを出してやろう──瞬時に陽葵が無様に泣く姿を見てやりたい衝動に駆られる、一緒に住めるとなればいつもより容易い。笑みはにやりと残忍なものに変わった。何度か来た店だ、途中で会った店員に紅茶とフルーツサンドを頼み椅子に座った、もちろんここの代金など支払うつもりはない、いつも会う年配の男たちは史絵瑠がしだれかかれば高額な料理でも簡単に支払ってくれるのだ。
「遅くなってごめんねぇ! えーっ! お姉ちゃんもやるなあ、パパたちには連絡も取らずに、こんな素敵な男性と同棲なんて!」
座ったのは尚登の真正面の椅子だ、確かにそちらが出入口に近く問題ない。座るなり史絵瑠は磨き上げた最上の笑みを向けるが、尚登は不機嫌に睨みつけるばかりである。
「お名前は~? 年齢は? あ、待って待って、当てる、うーんと……25……ううん、7! どう?」
実際の予想より若く言うのは相手が男でも女でも常套手段だろう。史絵瑠はテーブルに頬杖をつき首を傾げて聞くが、尚登は完全に無視である。史絵瑠に伝えるべき情報ではない。
「あの、史絵瑠……」
陽葵は声を振り絞ったが声にはなっていなかった。緊張に妙な汗が噴き出す感覚だ、喉に絡みつく何かを咳で追い出そうとすると、尚登が手を握り締めてくれた、それだけで十分だった。ほっと安堵のため息を吐く。
そして尚登が口火を切る、史絵瑠と交渉するのは自分の仕事だ。
「陽葵と相談したんだが、お父さんのことはきちんと警察に届けたほうがいい」
言葉に史絵瑠は「は?」と素っ頓狂な声を出す、なんのことかと思ったのだ
「証拠を集めるのは難しいことじゃないだろう。警察や専門の機関に届け出て、相応の罰を受けてもらった方がいい、陽葵も同じ意見だ」
史絵瑠は「ああ」と呻くように返事をした、自らが吐いた嘘をすっかり忘れていた。
「……ひどい、お姉ちゃん。この人に話したんだ、私の恥ずかしいこと」
目を潤ませて訴えた、だが陽葵は青ざめたまま目すら合わせようとしない、そんなことに腹が立つ。
「俺が無理矢理聞き出したんだよ、日に日にやつれていくんだ、放っておけないだろ」
「あんたには関係ないでしょ」
「無関係じゃねえって何度も言ってんだろ、いい加減覚えろ、ミシェルに通ってるその頭は飾りか」
高飛車な物言いに史絵瑠の怒りは一気に頂点に達する、この男がいなければ陽葵はとっくに自分の思い通りになっていたのだと判った。
「本っ当に失礼な男ね」
「てめえほどじゃねえな。ああ、阿保なのは大学もろくに行かずに金稼ぐのに忙しいからか」
「ホント、なんなのよ、あんた、失礼すぎなのよ! 家族の問題に口出すなって言ってんの! あんたも親身に考えられないなら姉とはさっさと別れなさいよ!」
「親身になってるから陽葵とてめえは近づけさせないし、てめえは警察に行けって言ってんだよ」
「そんなことしたらパパが犯罪者になっちゃうじゃない、いいの!?」
「まあ悪いことしたんだし、いいんじゃね? 陽葵はとっくに家族とは縁を切ってるし、問題ない。俺はそんなこと気にしねえし」
尚登の力強い言葉に陽葵はその手を握り締めていた、その手を離してしまったら、自分は本当に天涯孤独ってしまうような気がした。尚登も陽葵の手の甲をそっと指先で撫でる。
「だいたい、今更なのよ! もう何年もなのに!」
「今更でもだろ。むしろ現在進行形なら証明もしやすいし厳罰の可能性もある。幼少期からならグルーミングだと判ってくれる、完全に不可抗力だったと」
尚登の言葉にその通りだと頷いたのは陽葵だけだ、史絵瑠は派手に舌打ちをする。
「……そんなこと……公に辱めを受けるようで、嫌だわ」
囁くように言ったが。
「さすがに無実の人間を陥れるのは良心が咎めるか?」
尚登の言葉に史絵瑠に瞳が大きく見開かれる。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ、なにが真実なのか物語っている。
「そもそもそんな事実がないから、証拠なんて集めようがないってはっきり言えよ」
尚登のダメ押しに史絵瑠の奥歯がぎりりと嫌な音を立てた。
「そんな大噓ついてまで陽葵と住みたいと言う、てめえの本心はなんなの?」
史絵瑠は「はは!」と大きな声で笑った、そして椅子にふんぞり返るように座り、なおも怯える陽葵を見下ろした。
「その女が嫌いだからよ」
訳が判らない理論に、陽葵は尚登の手をぎゅっと握りしめ、尚登はふんと鼻白んだ。
「あんたを追い出して清々したけど、今度は自分が家を出たくなっても許してくれないのよ。寂しいとか言っちゃってさ、面倒くさいったらありゃしない。あんたが羨ましかった、とっくに親の束縛を離れて自由に生きているあんたが」
陽葵は小さく首を横に振った、自由などなかった、生きていくのに必死だったと言いたい。
「いつでもどこでもいい子ちゃんのあんたが嫌いだった。だから迷惑をかけてやるつもりで一緒に住みたいとお願いしたの。一言「いいよ」と言ってくれれば速攻行くつもりでいたのに」
まったくの嘘をついて出て行くのは簡単だ、だがそうしてまで家を出て行かなかったのはその事によって叱られたくはなかったからだ、見つかって連れ戻されることも避けたい。陽葵が「いいよ」と言ってくれたなら、あとの責任は陽葵に被せるつもりだった。陽葵の性格は判っている、自ら「いいよ」と言ったなら史絵瑠がどんな行いをしても庇い続けてくれただろうと変な自信がある──そう、そのまま姿をくらましても、陽葵はずっと自分と一緒に暮らしていると嘘をついてくれただろう。その後がどうなるかなど自分には関係ないことだ。
「陽葵と暮らすと言って、男と住むつもりだったのか?」
尚登の言葉に、今度こそ落ちんばかりに史絵瑠の目は見開かされた。
「男があちこちの女んとこ転々としてるのを知っていて、自分もその場所を提供してやろうと?」
史絵瑠の目は激しい憎悪を持って尚登を睨みつけた。
「──なんであんたがそんなこと知って──」
誰に言っていない、たった一人の男に尽くしていることを。深い意味もなくその男が囁く「愛している」という言葉にすべてを捧げていることを。
「好きでやってんなら勝手にやれよで終わりなんだわ。陽葵を巻き込むなよ。陽葵がいい子なのは頑張ってるんじゃなくて、元からの性格なんだよ。てめえと一緒にすんなや」
尊大にいう尚登の態度が気に入らなかった、男にそんな態度を取られたことがないのだ。ましてやそれが陽葵の恋人などというものに怒りが増した、当の陽葵は尚登の隣で怯えた目で下目使いに見るばかりである。一対一で罵り合うなり殴り合うなりするならまだしも、こんな女はいつだって守られる──本当に──。
「目障りな女、あんたなんか大っ嫌い!」
水をかけて恥をかかせてやろうとコップを掴んだ、だがその手首を尚登が押さえつける、動きは封じられたがコップだけは弾かれるように史絵瑠の手を飛び出し音を立てて倒れた。
陽葵は水が零れてしまったという事ばかりに気を取られていた、どちらが先に動いたのかすら判らない、史絵瑠が負けじと左手を延ばしたことにも気づかなかった。危害を加えようとかぎ状に曲げられた指の先には長く尖った派手なネイルが光る、その手も尚登は手刀で叩き落とした。
「痛っ……!」
声を上げる間もなく、テーブルに落ちたその左手を尚登は勢いよく引き陽葵から離す。思い切り引かれた史絵瑠の体はバランスを崩しテーブルに倒れた。テーブルの上は水浸しだ、そこに乗ってしまった史絵瑠が濡れてしまうと陽葵はこの期に及んでも心配した、だが尚登が左手は史絵瑠の左の手首を固定したまま、史絵瑠の頭をしっかりと右手で押さえつけたことで事態を把握する。
「え……っ、あ……!」
「離しなさいよ!」
史絵瑠の声が響いた、その前から店内はざわめいている。
「あんた、何なのよ!」
その呪詛は尚登に向けられたものだ、確かにと陽葵は思う、尚登にこんな武闘派なイメージはなかったが。
「悪いな、ちょっと腕に覚えがあるだけだわ、女相手だからこれでも手加減してるぜ」
小さく舌なめずりまでして言う尚登が意外だった。
「離しなさいよ、馬鹿力!」
「お父さんに暴行されてるなんて嘘だな?」
「そうよ! そうすればお姉ちゃんは面白いようにダメージを食らうだろうし、言いなりにするのに簡単だろうと思っただけ!」
「だとよ、陽葵」
告白にほっとした、父の無実は証明されたのだ。
「痛い! 離して!」
「陽葵にもう近づかないと約束すれば離してやる」
「近づかないわよ! そんな女、こっちからお断り! 本当に大嫌い!」
素直に言えば尚登は史絵瑠を解放した。だが史絵瑠の言葉は陽葵の心に突き刺さる、いつからそんなに嫌われていたというのか──その答えは憤怒の顔で体を起こした史絵瑠から吐き出された。
「私もママもあんたが大嫌いだった! どこへ行ってもあんたを褒める言葉しか聞かないのが気に入らなかった!」
再婚し一緒に住むようになったと近所に挨拶に行けば「陽葵ちゃんはいい子だから大丈夫」と言われ、学校でも「陽葵さんとなら安心ね」と言われた。初めのうちはニコニコと肯定できたが、度重なれば腹が立つのは被害妄想か。
「どんだけ嫌がらせをしてあんたはどこまでも優等生で泣きも怒りもしなかった! だからママは恥をかかせようと九州のめっちゃ難しい学校を受験させたの! 失敗して落ち込んだところをネチネチいじめてやろうって言っていたのに、あっさり受かっちゃってさ! ご近所さんからも褒められてママはむしろ鼻が高かったみたいね! 今度は私も偏差値高い学校を受験させられてさ! 行きたくもない塾に週7で行かされて!」
それはむしろ羨ましいと陽葵は思ってしまう、自分は塾すら行かせてもらえず参考書すら買ってもらえず、まったくの独学で受験に臨んだのだ。立場が変われば感じ方も違うのだと痛感した。
「あんたが行ったとこより偏差値が上の学校で希望を出したら、講師にはあっさり無理って言われた私の恥ずかしさが判る!? なんとかミシェルに受かったはいいけど、今度は些細な持ち物すら格の違いを見せつけられて!」
お嬢様学校というのは間違いなかった、小さなポーチひとつ取っても周囲はブランド品を持っているのが当たり前だった。格の違いを見せつけられたのが生活が乱れた一番の理由か。
「私がどんなに惨めだったか、あんたには判んないでしょう!」
私だって陽葵は言いたかった。年に一度の三者面談に来ない両親、親の承認が必要な事柄も無視される、金だけは払ってくれていたが、完全に親に見捨てられた自分は惨めだった。幸い理解もあるいい先生たちに巡り合ったおかげで切り抜けられたのだ。
「あんたなんか──!」
涙目の陽葵をさらに追い込もうと息を吸い込んだ時、その陽葵を尚登が抱きしめるのが見えた──どうしてあんたばかりと唇を噛んだ時、店員が乾いたタオルを持ってやってきた。なぜそんなものをと思った時、初めて自分の体が濡れていることに気づいた。髪も服もだ、それを行った尚登の背を睨みつけ、自分を見てヒソヒソと話す周囲を睨みつけ、店員には結構だと言い放ち鞄を握り締めて店を飛び出した。
陽葵に嫌がらせのつもりの行動が完全に返り討ちにあってしまった、しかも公衆の面前で恥までかかされ──尚登とともども腹が立つ連中だと内心怒り狂う、衣服に沁みこむ水の冷たさも気にならないほどだった。
「大丈夫か?」
陽葵を覗き込み、髪を撫でながら聞いた。
陽葵は小さく何度も頷き大丈夫だと伝える。本心は平気ではない、史絵瑠に好かれてはいないことは判っていたが、はっきりと敵意を見せられたのは初めてだ。九州まで行かされた理由も初めて聞いた──衝撃は大きかった。再婚からまもなく嫌がらせは始まっていた、初めから嫌われていたのだ。自分がなにをしても取り返しはつかなかったのだろう。
ため息とともに涙が落ちた、尚登は陽葵をそっと抱き寄せた。
「今までよく頑張ったな」
尚登にしがみつき声を殺した、呼吸が乱れたのが原因だろうか、息苦しくなる──これは駄目だと思った時。
「陽葵」
耳の奥で尚登の優しい声が響く。
「俺の呼吸に合わせろ、吐いて」
しっかり抱きしめられているおかげで尚登の呼吸が判った、むしろそれしか感じられなかった。ゆっくり吐き、僅かに吸い──何度が繰り返すうちに生きた心地が戻る。落ち着いたのが判ったのか、店員が声をかけてくる、遠回りに退店を促された。
「ああ、すみません」
十分騒ぎを起こした自覚はある、尚登は素直に従った。
「彼女が頼んだものも、いただいて帰ります」
史絵瑠が頼んだサンドイッチは廃棄では申し訳ないと申し出たが、まだ作っていないから大丈夫だと断られてしまう。時間的にそんなことはないと思うが、早く帰って欲しいということだろう、まだクリームが残るパフェに後ろ髪を引かれながらも尚登は食い下がらず立ち上がった。
「陽葵、立てるか?」
陽葵は頷き立ち上がるがふらついた、すかさず尚登が支えれば周囲から小さな悲鳴が聞こえる、それは歓喜の悲鳴だ。陽葵はそんなことにも気づかず尚登の腕にすがった。頭がクラクラするのは過呼吸のせいなのだろうか。
「ちょっと部屋借りる」
断り秘書室に入る、誰からとも告げない様子に聞かれたくない話なのだと判り陽葵はわずかにむっとしてしまう。仕事関連はスマートフォンにもかかってくるが当然別室に入ることはない。それがわざわざ聞かれたくないと別室に行くとは──いやいやと陽葵は頭を振った、自分が気に掛けるなどおかしい話だ。
ドアまで締めた尚登は、わずか1~2分ほどで出てきた、本当に用件のみだったのだろう。誰からなのか気になりつつも、山本もプライベートなものと判り聞くこともないのでは、陽葵から質問することはできなかった。
それから2週間ほどしたころ、マンションの郵便受けに大きな封筒が届く。なにかのダイレクトメールかと見れば尚登宛だった。不要なチラシ類は隅に置かれたゴミ箱に放り込み、封筒を持ってエレベーター前で到着を待つ尚登にそれを手渡す。
「尚登くん宛です、って、なんで、もううち宛に郵便物が届くんですか」
渡しながら何気なく見れば封筒の下に印刷された差出人があった、大津事務所と書かれている、仕事関係かと思うがそれならば会社に届くだろう、先日の尚登宛の電話の主だとは陽葵は知る由もない。
「おお。なんだよ、いいじゃねえか、俺の現住所、ここだわ」
帰宅しても尚登はそれをすぐには開けず、まずは食事を済ませた。今日は手抜きで途中にあるステーキ店のテイクアウトである。それを食べ終わると陽葵が先にお風呂に入った、帰宅してすぐに溜めた湯舟で充分体を温めてから風呂から上がると尚登に声をかける。
「お風呂、空きました」
ソファーに座った尚登は難しい顔で書類を見ていた、前のローテーブルには先ほど届いた封筒がある。いつもの定型句を伝えれば、「ああ」と低い返事をするが、書類から目を離さない様子になんだろうと陽葵は思う。
「陽葵」
低い声のまま呼ばれた。
「ちょっとここ座んな」
ソファーの隣を指さす、陽葵はまだ湿り気の残る髪をタオルで拭いながらそこへ座った。雰囲気からよくない話であることは想像できたが逃げる方法は思いつかなかった。
「実は史絵瑠の事、探偵に依頼して調べてもらってた」
「え……っ」
出た名に息が止まった──そういえば尚登は以前「調べる」と言っていたと思い出した、その件か。
「やっぱお父さんとはなんにもないと思うぞ」
尚登は持っていた書類の束を陽葵に渡しながら言う、陽葵は受け取りつつも怒鳴っていた。
「思うって! なんでですか!」
大きな声を出すと、尚登はすぐさま落ち着けとなだめる。
「それは確たる証拠がないってだけだけどな。で、史絵瑠はおそらく男といたいがために嘘をついてでも家を出たいんじゃねえかな」
「嘘、って……」
史絵瑠に交際相手がいて、それを反対されているのか……それは父が史絵瑠を手放したくないからでは。
「最初の一週間は聞き込みで周辺の調査をしてもらったが、虐待については特にこれといって出なかった。懸念事項としてはそれだけだったから終わりにしてもよかったが、陽葵に伝えるには確たる証拠が欲しいともう少し突っ込んだ調査を頼んだ、尾行と盗聴な」
それが先日の電話だ、陽葵にはもちろん山本にも聞かれたくないと別室に入り依頼した。
「……盗聴……!」
そんなことをしてまで──こちらが犯罪を犯している気分になってしまう。
「で、2週間の音声データだけ抽出したものがこれ」
封筒に入っていたUSBメモリを取り出し示す。
「まあ聞くのはたるいだろうと、リストにもしてくれてる」
陽葵が持つA4サイズのコピー用紙を示した、表にされたそれには年月日と時間、会話された場所とどんな内容だったかが記されていた。見たくもないと思ったが、ちらりと視線を落としていた。場所はリビングと両親の寝室、史絵瑠の寝室となっていた、その3か所に家の壁に貼り付けるだけで内部の音が聞き取れるコンクリートマイクを仕掛けての作業だ。室内に入らず仕掛けられるが家に近づかないわけではない、特に2階にある史絵瑠に部屋は仕掛けるのに苦労する、探偵にもリスクはある捜査法だ。
会話はその全てが書かれているわけではない。○○についてとか、単に『(会話)』とあるはっきりとは聞き取れなかったもの、そして『(音)』とあるのは何かしらの音がしただけだ。それでもすべての音を聞きリスト化までするとは、仕事とはいえ労いたくなる。
ふと記された二重丸が気になった。
「ここからは除外したけど、それらしき行為は夫婦のものだけらしい」
陽葵の視線を読み取った尚登がその二重丸を指さしが言う。確かに場所は両親の寝室であり、時間帯で想像はつく。
「この2週間は、史絵瑠の部屋は静かなものでとりあえず疑わしい様子はなかったそうだ。万が一それ以外の場所、家でも外でも行われていた場合もあるかもで、それもとなるとさらなる調査が必要だってよ」
陽葵の実家は1階にあるリビングと両親の部屋は隣接しているが、ダイニングや風呂場は廊下を挟んでいる。2階には3室あり、ひとつは史絵瑠の部屋だが、陽葵か物置になっている空き部屋の可能性もある──恐ろしいことを考えて陽葵は自分の体を抱きしめた。
「史絵瑠の身辺調査は3週間行ってもらった。その結果としては、とにかく金が欲しい、金がないと、家を出たいと訴えているようだが、それも虐待が原因かまでは判らずだが」
言いながら別にまとめられた紙をこれと言って示す。初めの数枚は史絵瑠の一日の行動を記したものだった、あとの数枚は聞き取ったという証言が箇条書きにされている。
「だってそんなこと、余程信用した人にだって、私なら言わないです……っ、義理とは言え父親にいたずらされてるなんて……!」
涙目で訴えれば、尚登は指を立てて陽葵の意見を封じる。
「父親が厳しくて嫌だ、母親が面倒、だとよ」
父が厳しい、それは史絵瑠を手放したくない、監視しておきたいからで、やはり史絵瑠を束縛していたいから──陽葵の考えはどんどん落ちていく。
「お父さんは門限について度々言っているようだな、それがなければもっと稼げるのに、って」
稼ぐとは──アルバイトを禁止されているのだろうか。その疑問は次に示された書類に答えがあった。
「毎日、最低でも一人、多ければ三人は男と会っているらしい」
コピー用紙に印刷された写真は1ページに8枚ずつ、それが数枚に渡ってあった。
男と腕を組みホテルに入って行こうとする姿、あるいは出てくるところ、レストランやカフェでお茶や食事をしているもの──数十枚に上る史絵瑠の写真だが、相手は数人といったところか、しかし同じ人物でも服装が違い、何度も会っている様子が判る。
「ずいぶん前からパパ活をやってるみたいだな。そうやって稼いだ金はブランド品や男に貢いでて、稼いでも稼いでも足りないらしい」
「そんな生活をしてしまっているのも、父のせいで貞操観念とか道徳心が崩れてしまったからとか……」
写真に一人だけ若い男がいた。
「この男のせいだと思うぜ。そいつ、仕事にも就かずに6年も史絵瑠のヒモやってるって」
「6年!?」
史絵瑠はまだ高校生だったころからではないか。
「バイト先で知り合ったんだと。その頃は真面目にファストフードで働いてたってよ。でもバイトは校則で禁止されていたし親もいい顔をしないからと1年もせずに辞めてる。男もほぼ同じ時期に辞め、以来史絵瑠のヒモ」
「そんな……!」
「親や学校に隠れて大金を稼ぐには、援交とかパパ活なんだろうな。でも親に隠れてじゃ活動時間が限られてる、だから家を出たいとこぼしてるって。だから陽葵をダシに家から出ようって魂胆なんだと思うわ」
「そんなこと! わざわざ私の元へ来る意味が判らないです!」
しかも最初から狙って連絡をしてきてならまだしも、あの日偶然に出会っただけだというのに。
「じゃあ、彼氏さんと住めばいいのに──!」
「単純に家を出る言い訳にはいいのかもな、独り暮らしや他の他人、ましてや彼氏と住むとかいうよりは」
確かに──陽葵は納得した。大学も近く通学が不便なわけでもない、ただ一人暮らしなどという理由では許可は出ないのかもしれない。
「尾行に関してはお父さんも行なってる。実に真面目な仕事ぶりだな、家と武蔵小杉駅にある事務所の往復と、時折仕事先に顔を出し、寄り道もなく帰宅という2週間、外で史絵瑠と会っている様子は全くない。もっと長いスパンで交渉があるとしたら延長も必要なんだが」
それについては陽葵は頷いた、父が真面目に働いていると判り安心した。
「俺の想像だが、両親に彼氏との交際や家を出て行くことを反対されてんじゃね? でも彼氏といたい、金も稼ぎたい、どうやったらそれができるか……って時に、たまたま陽葵と再会して、一瞬にしてお父さんのせいにして陽葵んとこに転がり込もうって思いついたんなら、大した才能だ」
「……そんな……」
全部嘘──そんな馬鹿なと思いつつ、笑顔の史絵瑠の写真を見れば切なくなる、一緒に住みたいというなら父のせいになどしないで、正直に言ってくれたらどんなに気が楽だったか──。
「陽葵さえよければ、きっちり話をつけるか」
「……話を……?」
涙目で陽葵が見れば、尚登は優しく微笑んだ。
「お父さんに不名誉を押し付けてまで、陽葵と住みたいって言った理由は聞いていいと思うぜ。俺も付き合うし」
俺も付き合うし、という言葉が胸にしみた。尚登となら史絵瑠に会うのも怖くない──直接話を聞こうと決意した。
☆
初めて陽葵からメッセージを送った、話がしたいから会いたいと言えばすぐに史絵瑠は了承する。こうしてみれば姉になついている妹そのものだが、やり取りを見ていた尚登はむしろ面白くない。
史絵瑠が待ち合わせに指定してきたのは川崎駅にあるカフェだった、陽葵の実家があるJR南武線の平間駅からも出てきやすい場所だ。陽葵はできれば人がいない場所──尚登が誘ったような高級中華の個室のような場所がよかったが、史絵瑠は人が多い場所を選んだ。
気分が沈む陽葵とは裏腹に、尚登は嬉しそうにパフェを頬張っていた。果物屋がやっているカフェのパフェは種類も豊富で楽しそうに目移りしている尚登の様子に本当に甘いものが好きなのだと判る。確かにおいしそうなパンケーキだとは思うが、陽葵は喉が通らず紅茶だけを注文していた。
そもそも史絵瑠の願いを無下にしている時点で心苦しいのに、さらに史絵瑠に隠れてあれこれ調べたことで後ろめたさが倍増している。何度目かのため息を吐いた時、
「あ、いたいた、お姉ちゃん!」
元気な声がして顔を上げた、ファッション誌の手本のような姿の史絵瑠が手を振るのを見て陽葵は引きつった笑みしかできなかった。
直接会えればこっちのもの──泣き落としで同居に持ち込もうと史絵瑠は意気揚々とやってきた。笑顔で駆け寄ろうとしたが、陽葵の隣に座る尚登が目に入り一瞬足が止まる。あの男だ、実物ははるかにかっこいい──陽葵の恋人だと名乗るが、この男にもちょっかいを出してやろう──瞬時に陽葵が無様に泣く姿を見てやりたい衝動に駆られる、一緒に住めるとなればいつもより容易い。笑みはにやりと残忍なものに変わった。何度か来た店だ、途中で会った店員に紅茶とフルーツサンドを頼み椅子に座った、もちろんここの代金など支払うつもりはない、いつも会う年配の男たちは史絵瑠がしだれかかれば高額な料理でも簡単に支払ってくれるのだ。
「遅くなってごめんねぇ! えーっ! お姉ちゃんもやるなあ、パパたちには連絡も取らずに、こんな素敵な男性と同棲なんて!」
座ったのは尚登の真正面の椅子だ、確かにそちらが出入口に近く問題ない。座るなり史絵瑠は磨き上げた最上の笑みを向けるが、尚登は不機嫌に睨みつけるばかりである。
「お名前は~? 年齢は? あ、待って待って、当てる、うーんと……25……ううん、7! どう?」
実際の予想より若く言うのは相手が男でも女でも常套手段だろう。史絵瑠はテーブルに頬杖をつき首を傾げて聞くが、尚登は完全に無視である。史絵瑠に伝えるべき情報ではない。
「あの、史絵瑠……」
陽葵は声を振り絞ったが声にはなっていなかった。緊張に妙な汗が噴き出す感覚だ、喉に絡みつく何かを咳で追い出そうとすると、尚登が手を握り締めてくれた、それだけで十分だった。ほっと安堵のため息を吐く。
そして尚登が口火を切る、史絵瑠と交渉するのは自分の仕事だ。
「陽葵と相談したんだが、お父さんのことはきちんと警察に届けたほうがいい」
言葉に史絵瑠は「は?」と素っ頓狂な声を出す、なんのことかと思ったのだ
「証拠を集めるのは難しいことじゃないだろう。警察や専門の機関に届け出て、相応の罰を受けてもらった方がいい、陽葵も同じ意見だ」
史絵瑠は「ああ」と呻くように返事をした、自らが吐いた嘘をすっかり忘れていた。
「……ひどい、お姉ちゃん。この人に話したんだ、私の恥ずかしいこと」
目を潤ませて訴えた、だが陽葵は青ざめたまま目すら合わせようとしない、そんなことに腹が立つ。
「俺が無理矢理聞き出したんだよ、日に日にやつれていくんだ、放っておけないだろ」
「あんたには関係ないでしょ」
「無関係じゃねえって何度も言ってんだろ、いい加減覚えろ、ミシェルに通ってるその頭は飾りか」
高飛車な物言いに史絵瑠の怒りは一気に頂点に達する、この男がいなければ陽葵はとっくに自分の思い通りになっていたのだと判った。
「本っ当に失礼な男ね」
「てめえほどじゃねえな。ああ、阿保なのは大学もろくに行かずに金稼ぐのに忙しいからか」
「ホント、なんなのよ、あんた、失礼すぎなのよ! 家族の問題に口出すなって言ってんの! あんたも親身に考えられないなら姉とはさっさと別れなさいよ!」
「親身になってるから陽葵とてめえは近づけさせないし、てめえは警察に行けって言ってんだよ」
「そんなことしたらパパが犯罪者になっちゃうじゃない、いいの!?」
「まあ悪いことしたんだし、いいんじゃね? 陽葵はとっくに家族とは縁を切ってるし、問題ない。俺はそんなこと気にしねえし」
尚登の力強い言葉に陽葵はその手を握り締めていた、その手を離してしまったら、自分は本当に天涯孤独ってしまうような気がした。尚登も陽葵の手の甲をそっと指先で撫でる。
「だいたい、今更なのよ! もう何年もなのに!」
「今更でもだろ。むしろ現在進行形なら証明もしやすいし厳罰の可能性もある。幼少期からならグルーミングだと判ってくれる、完全に不可抗力だったと」
尚登の言葉にその通りだと頷いたのは陽葵だけだ、史絵瑠は派手に舌打ちをする。
「……そんなこと……公に辱めを受けるようで、嫌だわ」
囁くように言ったが。
「さすがに無実の人間を陥れるのは良心が咎めるか?」
尚登の言葉に史絵瑠に瞳が大きく見開かれる。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ、なにが真実なのか物語っている。
「そもそもそんな事実がないから、証拠なんて集めようがないってはっきり言えよ」
尚登のダメ押しに史絵瑠の奥歯がぎりりと嫌な音を立てた。
「そんな大噓ついてまで陽葵と住みたいと言う、てめえの本心はなんなの?」
史絵瑠は「はは!」と大きな声で笑った、そして椅子にふんぞり返るように座り、なおも怯える陽葵を見下ろした。
「その女が嫌いだからよ」
訳が判らない理論に、陽葵は尚登の手をぎゅっと握りしめ、尚登はふんと鼻白んだ。
「あんたを追い出して清々したけど、今度は自分が家を出たくなっても許してくれないのよ。寂しいとか言っちゃってさ、面倒くさいったらありゃしない。あんたが羨ましかった、とっくに親の束縛を離れて自由に生きているあんたが」
陽葵は小さく首を横に振った、自由などなかった、生きていくのに必死だったと言いたい。
「いつでもどこでもいい子ちゃんのあんたが嫌いだった。だから迷惑をかけてやるつもりで一緒に住みたいとお願いしたの。一言「いいよ」と言ってくれれば速攻行くつもりでいたのに」
まったくの嘘をついて出て行くのは簡単だ、だがそうしてまで家を出て行かなかったのはその事によって叱られたくはなかったからだ、見つかって連れ戻されることも避けたい。陽葵が「いいよ」と言ってくれたなら、あとの責任は陽葵に被せるつもりだった。陽葵の性格は判っている、自ら「いいよ」と言ったなら史絵瑠がどんな行いをしても庇い続けてくれただろうと変な自信がある──そう、そのまま姿をくらましても、陽葵はずっと自分と一緒に暮らしていると嘘をついてくれただろう。その後がどうなるかなど自分には関係ないことだ。
「陽葵と暮らすと言って、男と住むつもりだったのか?」
尚登の言葉に、今度こそ落ちんばかりに史絵瑠の目は見開かされた。
「男があちこちの女んとこ転々としてるのを知っていて、自分もその場所を提供してやろうと?」
史絵瑠の目は激しい憎悪を持って尚登を睨みつけた。
「──なんであんたがそんなこと知って──」
誰に言っていない、たった一人の男に尽くしていることを。深い意味もなくその男が囁く「愛している」という言葉にすべてを捧げていることを。
「好きでやってんなら勝手にやれよで終わりなんだわ。陽葵を巻き込むなよ。陽葵がいい子なのは頑張ってるんじゃなくて、元からの性格なんだよ。てめえと一緒にすんなや」
尊大にいう尚登の態度が気に入らなかった、男にそんな態度を取られたことがないのだ。ましてやそれが陽葵の恋人などというものに怒りが増した、当の陽葵は尚登の隣で怯えた目で下目使いに見るばかりである。一対一で罵り合うなり殴り合うなりするならまだしも、こんな女はいつだって守られる──本当に──。
「目障りな女、あんたなんか大っ嫌い!」
水をかけて恥をかかせてやろうとコップを掴んだ、だがその手首を尚登が押さえつける、動きは封じられたがコップだけは弾かれるように史絵瑠の手を飛び出し音を立てて倒れた。
陽葵は水が零れてしまったという事ばかりに気を取られていた、どちらが先に動いたのかすら判らない、史絵瑠が負けじと左手を延ばしたことにも気づかなかった。危害を加えようとかぎ状に曲げられた指の先には長く尖った派手なネイルが光る、その手も尚登は手刀で叩き落とした。
「痛っ……!」
声を上げる間もなく、テーブルに落ちたその左手を尚登は勢いよく引き陽葵から離す。思い切り引かれた史絵瑠の体はバランスを崩しテーブルに倒れた。テーブルの上は水浸しだ、そこに乗ってしまった史絵瑠が濡れてしまうと陽葵はこの期に及んでも心配した、だが尚登が左手は史絵瑠の左の手首を固定したまま、史絵瑠の頭をしっかりと右手で押さえつけたことで事態を把握する。
「え……っ、あ……!」
「離しなさいよ!」
史絵瑠の声が響いた、その前から店内はざわめいている。
「あんた、何なのよ!」
その呪詛は尚登に向けられたものだ、確かにと陽葵は思う、尚登にこんな武闘派なイメージはなかったが。
「悪いな、ちょっと腕に覚えがあるだけだわ、女相手だからこれでも手加減してるぜ」
小さく舌なめずりまでして言う尚登が意外だった。
「離しなさいよ、馬鹿力!」
「お父さんに暴行されてるなんて嘘だな?」
「そうよ! そうすればお姉ちゃんは面白いようにダメージを食らうだろうし、言いなりにするのに簡単だろうと思っただけ!」
「だとよ、陽葵」
告白にほっとした、父の無実は証明されたのだ。
「痛い! 離して!」
「陽葵にもう近づかないと約束すれば離してやる」
「近づかないわよ! そんな女、こっちからお断り! 本当に大嫌い!」
素直に言えば尚登は史絵瑠を解放した。だが史絵瑠の言葉は陽葵の心に突き刺さる、いつからそんなに嫌われていたというのか──その答えは憤怒の顔で体を起こした史絵瑠から吐き出された。
「私もママもあんたが大嫌いだった! どこへ行ってもあんたを褒める言葉しか聞かないのが気に入らなかった!」
再婚し一緒に住むようになったと近所に挨拶に行けば「陽葵ちゃんはいい子だから大丈夫」と言われ、学校でも「陽葵さんとなら安心ね」と言われた。初めのうちはニコニコと肯定できたが、度重なれば腹が立つのは被害妄想か。
「どんだけ嫌がらせをしてあんたはどこまでも優等生で泣きも怒りもしなかった! だからママは恥をかかせようと九州のめっちゃ難しい学校を受験させたの! 失敗して落ち込んだところをネチネチいじめてやろうって言っていたのに、あっさり受かっちゃってさ! ご近所さんからも褒められてママはむしろ鼻が高かったみたいね! 今度は私も偏差値高い学校を受験させられてさ! 行きたくもない塾に週7で行かされて!」
それはむしろ羨ましいと陽葵は思ってしまう、自分は塾すら行かせてもらえず参考書すら買ってもらえず、まったくの独学で受験に臨んだのだ。立場が変われば感じ方も違うのだと痛感した。
「あんたが行ったとこより偏差値が上の学校で希望を出したら、講師にはあっさり無理って言われた私の恥ずかしさが判る!? なんとかミシェルに受かったはいいけど、今度は些細な持ち物すら格の違いを見せつけられて!」
お嬢様学校というのは間違いなかった、小さなポーチひとつ取っても周囲はブランド品を持っているのが当たり前だった。格の違いを見せつけられたのが生活が乱れた一番の理由か。
「私がどんなに惨めだったか、あんたには判んないでしょう!」
私だって陽葵は言いたかった。年に一度の三者面談に来ない両親、親の承認が必要な事柄も無視される、金だけは払ってくれていたが、完全に親に見捨てられた自分は惨めだった。幸い理解もあるいい先生たちに巡り合ったおかげで切り抜けられたのだ。
「あんたなんか──!」
涙目の陽葵をさらに追い込もうと息を吸い込んだ時、その陽葵を尚登が抱きしめるのが見えた──どうしてあんたばかりと唇を噛んだ時、店員が乾いたタオルを持ってやってきた。なぜそんなものをと思った時、初めて自分の体が濡れていることに気づいた。髪も服もだ、それを行った尚登の背を睨みつけ、自分を見てヒソヒソと話す周囲を睨みつけ、店員には結構だと言い放ち鞄を握り締めて店を飛び出した。
陽葵に嫌がらせのつもりの行動が完全に返り討ちにあってしまった、しかも公衆の面前で恥までかかされ──尚登とともども腹が立つ連中だと内心怒り狂う、衣服に沁みこむ水の冷たさも気にならないほどだった。
「大丈夫か?」
陽葵を覗き込み、髪を撫でながら聞いた。
陽葵は小さく何度も頷き大丈夫だと伝える。本心は平気ではない、史絵瑠に好かれてはいないことは判っていたが、はっきりと敵意を見せられたのは初めてだ。九州まで行かされた理由も初めて聞いた──衝撃は大きかった。再婚からまもなく嫌がらせは始まっていた、初めから嫌われていたのだ。自分がなにをしても取り返しはつかなかったのだろう。
ため息とともに涙が落ちた、尚登は陽葵をそっと抱き寄せた。
「今までよく頑張ったな」
尚登にしがみつき声を殺した、呼吸が乱れたのが原因だろうか、息苦しくなる──これは駄目だと思った時。
「陽葵」
耳の奥で尚登の優しい声が響く。
「俺の呼吸に合わせろ、吐いて」
しっかり抱きしめられているおかげで尚登の呼吸が判った、むしろそれしか感じられなかった。ゆっくり吐き、僅かに吸い──何度が繰り返すうちに生きた心地が戻る。落ち着いたのが判ったのか、店員が声をかけてくる、遠回りに退店を促された。
「ああ、すみません」
十分騒ぎを起こした自覚はある、尚登は素直に従った。
「彼女が頼んだものも、いただいて帰ります」
史絵瑠が頼んだサンドイッチは廃棄では申し訳ないと申し出たが、まだ作っていないから大丈夫だと断られてしまう。時間的にそんなことはないと思うが、早く帰って欲しいということだろう、まだクリームが残るパフェに後ろ髪を引かれながらも尚登は食い下がらず立ち上がった。
「陽葵、立てるか?」
陽葵は頷き立ち上がるがふらついた、すかさず尚登が支えれば周囲から小さな悲鳴が聞こえる、それは歓喜の悲鳴だ。陽葵はそんなことにも気づかず尚登の腕にすがった。頭がクラクラするのは過呼吸のせいなのだろうか。
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