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5話 米倉真智
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「気になるの?」
ふとそんな声が聞こえてきた。
まあ一軍女子たちがあれだけキャーキャーやってれば、周囲の学生たちは嫌でも注目せざるを得ないだろう。
だから今の言葉も、その様子を見ていた学生同士の会話がたまたま聞こえてきただけだと俺は判断した。
「……私はキミに聞いているのだけれど?」
同じ声が俺の耳元で再び聞こえた。
何だ? だれだか知らないが大学生にもなったんだから友達には返事くらいしてやれよ、友達失くすぞ?
「……文野良明君? 私はあなたに話しかけています。それとも『slt―1000』さんと呼んであげた方がお好みなのかしら?」
聞き知った自分の名前が出てきたところで、俺は光の速さで振り返った。
「……誰だ、お前?」
そこには1人の今時の大学生らしい美女がいた。
肩まであるミルクティー色の髪、電車の中吊り広告からそのまま出てきたような今時のファッション。疑いようのない華の一軍女子大生だ。
俺があたふたしていると彼女はニコリともせず続けた。
「大学の教室って後ろの方が高くなってて素敵よね。でも前の席の光景を自分が一方的に見ていると思っていると、自分もさらに後ろから見られているってことをつい忘れてしまうわよね? 文野良明君」
「……誰だ、お前?」
自分が相手のことを知らないのに、相手に自分のことを一方的に知られている……というのはあまり心地の良い状況ではない。
俺は先ほど言った言葉をバカみたいにもう一度繰り返すことしか出来なかった。
「あら、私のことが分からないの? 昔はあんなに仲が良かったのに残念だわ。子供の頃の文野君はとっても可愛かったのにね。ほら毎日図書館で一緒だったし、一緒に作文コンクールで表彰されたこともあったじゃない? 忘れちゃったの?」
「お前…………米倉、米倉真智か? 」
「正解。流石記憶力は良いのね? 真智なんて下の名前で呼ばれたことは一度もなかったけど、覚えていたのね?」
ようやくそこで彼女、米倉真智はニヤリと微笑んだ。
「いやお前……本当に米倉真智か?」
記憶の中の米倉真智と目の前の美女は、ビジュアルイメージがあまりにかけ離れていた。
「あら? キミがさっきそう言ったのだけれど? 人はあっという間に変わっていくものよ。高校の3年間という大事な時期なら尚更ね」
明らかな一軍女子のオーラに圧倒されてすぐには信じられなかったが、少し話すと俺は確信した。コイツは間違いなく米倉真智だ。
勿体ぶった口の利き方。俺を挑発してくるかのような勝気な表情。
そんな部分は中学生の頃と何ら変わってはいなかった。
いや……だが顔を上げると目の前にいるコイツがあの米倉真智だとは信じられず、俺の頭は再び混乱しそうになる。だってあの頃の米倉といえば俺と同じで図書室にこもり、ずっと本ばかりを読んでいた陰気な少女だった。
俺と彼女が昔仲が良かった、と言えるのかは疑問だ。
同じ時間同じ空間を共に過ごしたのはたしかだが、それだけで俺が彼女と仲が良かったとしてしまうのはお互い不本意だろう。
俺は彼女のことがどちらかというと苦手だった。
「ねえ? さっきの盛り上がっていた女子たちが気になるんでしょ? そりゃあ気になるよね? あんなに可愛い……自分とは全然違う人種だと思っていた女子がネット小説という自分のフィールドに足を踏み入れようとしてるんだもんね? 腹立たしい? それともアドバイスをすると称して何とかお近づきになりたいと思ってるの? ねえ、どっち?」
「うるせえな!!!」
思わず強い言葉が出た。
俺の言葉に前の席に座っていた何人かの学生たちが振り返る。当の草田可南子と赤城瞳も振り返り俺と視線が合う。
……やはりコイツが人をイラ立たせる天才であることは昔と変わらなかったようだ。
米倉のこういうところが俺は昔からたまらなく苦手だったのだ。
「あ、怒った? ごめんね。……でも気になるでしょ? 私が探ってきてあげるから」
「知らねえよ、どうでも良い」
俺は吐き捨てると米倉の反応も見ずに席を立った。
すでに教授は到着し講義は始まりかけていた。そんな中で教室を出てゆくことは俺にとってとても後ろめたい行為だったが、教授は何も注意をしてこなかった。
とにかく俺は一刻も早くこの息苦しい空間から逃げ出したかったのだ。
「米倉さんおめでとう! 市長賞だけでもスゴいことだけれど、さらに県のコンクールでも表彰されるなんて先生は鼻が高いわ!」
授業をバックレると(俺は基本的に真面目な学生だ。授業をバックレたのなんて初めてのことだ)昔の光景が甦ってきた。たしかあれは中1の時のことだ。
「文野君もおめでとう。市のコンクールで入賞も立派なものよ。クラスから2人も作文コンクールで表彰される生徒が出るなんて国語教師としてとても嬉しいわ!」
当時の担任は安本という名前のおばさん先生だった。
別に嫌な先生だったという記憶はないがこの時の物言いには腹が立った。だからこそこの光景を今でも鮮明に覚えているのだろう。
文野君『も』って……『も』って何だよ!
俺は米倉真智のついでかよ! 付属品かよ! ……と中学生ながら強く思ったことは覚えている。
もちろん当時から俺はそれを面と向かって言えるような人間ではなかった。
(あれ? それをアイツはどんな顔して見てたんだっけな……)
安本先生の物言いとそれに対する自分の感情は鮮明に思い出せたが、もう一人の当事者である米倉真智がどんな反応をしていたかは思い出せなかった。
ふとそんな声が聞こえてきた。
まあ一軍女子たちがあれだけキャーキャーやってれば、周囲の学生たちは嫌でも注目せざるを得ないだろう。
だから今の言葉も、その様子を見ていた学生同士の会話がたまたま聞こえてきただけだと俺は判断した。
「……私はキミに聞いているのだけれど?」
同じ声が俺の耳元で再び聞こえた。
何だ? だれだか知らないが大学生にもなったんだから友達には返事くらいしてやれよ、友達失くすぞ?
「……文野良明君? 私はあなたに話しかけています。それとも『slt―1000』さんと呼んであげた方がお好みなのかしら?」
聞き知った自分の名前が出てきたところで、俺は光の速さで振り返った。
「……誰だ、お前?」
そこには1人の今時の大学生らしい美女がいた。
肩まであるミルクティー色の髪、電車の中吊り広告からそのまま出てきたような今時のファッション。疑いようのない華の一軍女子大生だ。
俺があたふたしていると彼女はニコリともせず続けた。
「大学の教室って後ろの方が高くなってて素敵よね。でも前の席の光景を自分が一方的に見ていると思っていると、自分もさらに後ろから見られているってことをつい忘れてしまうわよね? 文野良明君」
「……誰だ、お前?」
自分が相手のことを知らないのに、相手に自分のことを一方的に知られている……というのはあまり心地の良い状況ではない。
俺は先ほど言った言葉をバカみたいにもう一度繰り返すことしか出来なかった。
「あら、私のことが分からないの? 昔はあんなに仲が良かったのに残念だわ。子供の頃の文野君はとっても可愛かったのにね。ほら毎日図書館で一緒だったし、一緒に作文コンクールで表彰されたこともあったじゃない? 忘れちゃったの?」
「お前…………米倉、米倉真智か? 」
「正解。流石記憶力は良いのね? 真智なんて下の名前で呼ばれたことは一度もなかったけど、覚えていたのね?」
ようやくそこで彼女、米倉真智はニヤリと微笑んだ。
「いやお前……本当に米倉真智か?」
記憶の中の米倉真智と目の前の美女は、ビジュアルイメージがあまりにかけ離れていた。
「あら? キミがさっきそう言ったのだけれど? 人はあっという間に変わっていくものよ。高校の3年間という大事な時期なら尚更ね」
明らかな一軍女子のオーラに圧倒されてすぐには信じられなかったが、少し話すと俺は確信した。コイツは間違いなく米倉真智だ。
勿体ぶった口の利き方。俺を挑発してくるかのような勝気な表情。
そんな部分は中学生の頃と何ら変わってはいなかった。
いや……だが顔を上げると目の前にいるコイツがあの米倉真智だとは信じられず、俺の頭は再び混乱しそうになる。だってあの頃の米倉といえば俺と同じで図書室にこもり、ずっと本ばかりを読んでいた陰気な少女だった。
俺と彼女が昔仲が良かった、と言えるのかは疑問だ。
同じ時間同じ空間を共に過ごしたのはたしかだが、それだけで俺が彼女と仲が良かったとしてしまうのはお互い不本意だろう。
俺は彼女のことがどちらかというと苦手だった。
「ねえ? さっきの盛り上がっていた女子たちが気になるんでしょ? そりゃあ気になるよね? あんなに可愛い……自分とは全然違う人種だと思っていた女子がネット小説という自分のフィールドに足を踏み入れようとしてるんだもんね? 腹立たしい? それともアドバイスをすると称して何とかお近づきになりたいと思ってるの? ねえ、どっち?」
「うるせえな!!!」
思わず強い言葉が出た。
俺の言葉に前の席に座っていた何人かの学生たちが振り返る。当の草田可南子と赤城瞳も振り返り俺と視線が合う。
……やはりコイツが人をイラ立たせる天才であることは昔と変わらなかったようだ。
米倉のこういうところが俺は昔からたまらなく苦手だったのだ。
「あ、怒った? ごめんね。……でも気になるでしょ? 私が探ってきてあげるから」
「知らねえよ、どうでも良い」
俺は吐き捨てると米倉の反応も見ずに席を立った。
すでに教授は到着し講義は始まりかけていた。そんな中で教室を出てゆくことは俺にとってとても後ろめたい行為だったが、教授は何も注意をしてこなかった。
とにかく俺は一刻も早くこの息苦しい空間から逃げ出したかったのだ。
「米倉さんおめでとう! 市長賞だけでもスゴいことだけれど、さらに県のコンクールでも表彰されるなんて先生は鼻が高いわ!」
授業をバックレると(俺は基本的に真面目な学生だ。授業をバックレたのなんて初めてのことだ)昔の光景が甦ってきた。たしかあれは中1の時のことだ。
「文野君もおめでとう。市のコンクールで入賞も立派なものよ。クラスから2人も作文コンクールで表彰される生徒が出るなんて国語教師としてとても嬉しいわ!」
当時の担任は安本という名前のおばさん先生だった。
別に嫌な先生だったという記憶はないがこの時の物言いには腹が立った。だからこそこの光景を今でも鮮明に覚えているのだろう。
文野君『も』って……『も』って何だよ!
俺は米倉真智のついでかよ! 付属品かよ! ……と中学生ながら強く思ったことは覚えている。
もちろん当時から俺はそれを面と向かって言えるような人間ではなかった。
(あれ? それをアイツはどんな顔して見てたんだっけな……)
安本先生の物言いとそれに対する自分の感情は鮮明に思い出せたが、もう一人の当事者である米倉真智がどんな反応をしていたかは思い出せなかった。
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