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絵師の花鳥風月
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京都に宗米しゅうべいという絵師がいた。宗米を表すならばまさに花鳥風月。春は花、夏は鳥、秋は風、冬は月を描いていた。
その名は広く知られており、季節の宗米と呼ばれるほどだ。しかし、宗米も神様のように完璧ではなかった。
ある日のこと、宗米は収集家が絵を求める寄り合いに来ていた。
「調子はどうだい? 宗米殿」
宗米に商人の間十郎が声をかけた。ずいぶん恰幅が良く、相当稼いでいると見える。
「おかげさまで。すこぶる調子が良い」
目上の人といえる間十郎にも、敬うような口調はしない。自分に自信がある証拠だ。
「ははは、そうかそうか。今日のも期待してるよ。ではまた」
間十郎はその態度を気にせず、笑いながら去っていった。
「続きまして〈季節の宗米〉の作品。【秋の夜風】!」
寄り合い主任の平郎が声をあげる。周囲からは拍手がわき起こり、盛り上がっていた。二人の男が絵を持ってくる。そして、見物人の前に置いた。
「お~! ...ぉ~?」
見物人の声が一瞬だけ大きくなった。しかし、すぐに小さくなる。
「...?」
宗米は不審に思い、周りを見渡す。間十郎を見ると顔が歪んでいた。全く意味が分からないという表情でただ立っている。
「誰か、是非手に入れたいという方は?」
平郎は表情を崩さず、見物人に問いかける。
誰一人として、絵を欲しがるものは居なかった。
「で、絵を置いたまま逃げてきたと?」
宗米の前にお茶と八つ橋が置かれる。京焼茶碗を手に持ち、一度に飲み干した。
「なわけないだろ。吉助、お前は阿呆か。俺はただ誰とも挨拶を交わさず出てきただけだ」
「いや、それを逃げてきたというんだよ。おかわりは?」
宗米は茶碗を渡しながら、「いる」と言った。しばらく茶が注がれるの眺めていると、
「で、何が原因か分かってるのか?」
吉助が尋ねた。
「あぁ、寄り合いを抜ける瞬間に聞こえてきた。風が可笑しいとよ」
八つ橋を食べながら、不服そうにつぶやく。
「ほお、〈季節の宗米〉と言われるお前の絵が可笑しいとは。何故風を描けなかった?」
入れ終えた茶を出すのをやめ、宗米に注視する。
「......俺は風を見たことがない」
しばらくして口を開いた。
「花も鳥も月も人生の中で見てきた。目に耳、心を使ってな」
「じゃあ風だけお前は知らんわけだ」
吉助はニヤニヤしながら宗米を見つめる。絵に関して、完璧だと思っていた宗米に思わぬ弱点を見つけたという感じだ。
「何ニヤニヤしてんだよ」
宗米が眉を寄せた。
「おいおい、気を悪くするな。風を描く方法を教えてやるから」
吉助の言葉に、宗米がピクッとした。
「方法...?」
吉助の次なる言葉に耳を傾ける
「東の山を一つ越えた先、大きな谷がある。そこは様々な風が吹くと有名だ。風を感じてみろ」
吉助は八つ橋の皿を片付けながらいう。
「...分かった。明日には出よう」
宗米は立ち上がり、店を出ようとする。
「おい、勘定!」
「お前おかわり出さずに冷ましちまっただろ。お詫びとして代金無料な」
宗米は吉助の制止を聞かなかった。
吉助との会話から二日後。宗米は風を見るため、大きな谷に来ていた。現地の人には〈禁踏地〉と呼ばれている。理由は分からないが、道を聞いた時に「行ってはいけない」と言われたのだ。
空を見てみる。一番高いところには鷹だろうか。丸を描きながら飛んでいた。花は風に揺れ、木は揺れながら音を立てている。
いつもの町とは比べものにならない。風が見えるようだ。目の前にあるものとして感じられる。
慎重に谷の先端へ向かう。そして下を覗き込んだ。
「...?」
谷底に風が見える。いや、風のようなものが真っ白な軌跡をえがいている。
宗米は少し身を乗り出すため、手を出した。その時、
「い...っ!」
尖った石が手に当たり、谷底へ落ちていく。その石を目で追うと、ちょうど下に白い軌跡があった。そして、石が白い軌跡に入りかけた時、ビッという音が鳴り響いた。
しばらくの静寂。「...」と宗米は言葉を発さない。
風が宗米の前髪を、ゆっくりと揺らす。その風はすぐに強くなり、強風に変わった。身の危険を感じた宗米は、身を乗り出すのをやめた。
ピゥッ、バンッ!
先ほどより強い風が宗米の体を叩く。とっさに目を瞑った。風が収まり、目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
「...我らに石を投げたのは貴様か?」
目の前に人じゃない何かが三体いる。その内の真ん中の一体が、宗米に話しかけていた。
「...」
宗米は口を開けたまま突っ立っている。問いかけに全く答えようとしない。
「人間、問いかけにこたえろ!」
左右のうちの一体が痺れを切らしたのか、大声をだした。
「...俺だ...」
「...我らの時間を邪魔した罪は重いぞ。代償は命で払ってもらおうか......」
真ん中の一体が、重い言葉を放った。これを聞いて、宗米は嘘だろ...と思った。
「ま、待ってくれ! 許してくれ!」
「だめだ。人間の分際で我らを怒らせたらどうなるのか。それを思い知らせてやる」
真ん中の一体がそう言うと、風が強くなり始めた。
宗米は、何か方法がないかと頭をめぐらす。
「...俺は絵が描けるぞ...」
「で、お前は生き延びることが出来たと」
吉助が宗米の前に茶を置く。宗米が茶碗を受け取って、「まあな」と言った。
京都に宗米という絵師がいた。宗米を表すならばまさに花鳥風月。春は花、夏は鳥、秋は風、冬は月を描いていた。
その名前は広く知られており、妖怪仕込みの絵師と言われるほどだ。
彼の代表作は【秋の風】。嘘か本当か、彼は妖怪に風が何たるかを教えられたらしい。
証拠はないが、実際に風の絵の評判が上がったのだ。疑う余地は無いだろう。
その名は広く知られており、季節の宗米と呼ばれるほどだ。しかし、宗米も神様のように完璧ではなかった。
ある日のこと、宗米は収集家が絵を求める寄り合いに来ていた。
「調子はどうだい? 宗米殿」
宗米に商人の間十郎が声をかけた。ずいぶん恰幅が良く、相当稼いでいると見える。
「おかげさまで。すこぶる調子が良い」
目上の人といえる間十郎にも、敬うような口調はしない。自分に自信がある証拠だ。
「ははは、そうかそうか。今日のも期待してるよ。ではまた」
間十郎はその態度を気にせず、笑いながら去っていった。
「続きまして〈季節の宗米〉の作品。【秋の夜風】!」
寄り合い主任の平郎が声をあげる。周囲からは拍手がわき起こり、盛り上がっていた。二人の男が絵を持ってくる。そして、見物人の前に置いた。
「お~! ...ぉ~?」
見物人の声が一瞬だけ大きくなった。しかし、すぐに小さくなる。
「...?」
宗米は不審に思い、周りを見渡す。間十郎を見ると顔が歪んでいた。全く意味が分からないという表情でただ立っている。
「誰か、是非手に入れたいという方は?」
平郎は表情を崩さず、見物人に問いかける。
誰一人として、絵を欲しがるものは居なかった。
「で、絵を置いたまま逃げてきたと?」
宗米の前にお茶と八つ橋が置かれる。京焼茶碗を手に持ち、一度に飲み干した。
「なわけないだろ。吉助、お前は阿呆か。俺はただ誰とも挨拶を交わさず出てきただけだ」
「いや、それを逃げてきたというんだよ。おかわりは?」
宗米は茶碗を渡しながら、「いる」と言った。しばらく茶が注がれるの眺めていると、
「で、何が原因か分かってるのか?」
吉助が尋ねた。
「あぁ、寄り合いを抜ける瞬間に聞こえてきた。風が可笑しいとよ」
八つ橋を食べながら、不服そうにつぶやく。
「ほお、〈季節の宗米〉と言われるお前の絵が可笑しいとは。何故風を描けなかった?」
入れ終えた茶を出すのをやめ、宗米に注視する。
「......俺は風を見たことがない」
しばらくして口を開いた。
「花も鳥も月も人生の中で見てきた。目に耳、心を使ってな」
「じゃあ風だけお前は知らんわけだ」
吉助はニヤニヤしながら宗米を見つめる。絵に関して、完璧だと思っていた宗米に思わぬ弱点を見つけたという感じだ。
「何ニヤニヤしてんだよ」
宗米が眉を寄せた。
「おいおい、気を悪くするな。風を描く方法を教えてやるから」
吉助の言葉に、宗米がピクッとした。
「方法...?」
吉助の次なる言葉に耳を傾ける
「東の山を一つ越えた先、大きな谷がある。そこは様々な風が吹くと有名だ。風を感じてみろ」
吉助は八つ橋の皿を片付けながらいう。
「...分かった。明日には出よう」
宗米は立ち上がり、店を出ようとする。
「おい、勘定!」
「お前おかわり出さずに冷ましちまっただろ。お詫びとして代金無料な」
宗米は吉助の制止を聞かなかった。
吉助との会話から二日後。宗米は風を見るため、大きな谷に来ていた。現地の人には〈禁踏地〉と呼ばれている。理由は分からないが、道を聞いた時に「行ってはいけない」と言われたのだ。
空を見てみる。一番高いところには鷹だろうか。丸を描きながら飛んでいた。花は風に揺れ、木は揺れながら音を立てている。
いつもの町とは比べものにならない。風が見えるようだ。目の前にあるものとして感じられる。
慎重に谷の先端へ向かう。そして下を覗き込んだ。
「...?」
谷底に風が見える。いや、風のようなものが真っ白な軌跡をえがいている。
宗米は少し身を乗り出すため、手を出した。その時、
「い...っ!」
尖った石が手に当たり、谷底へ落ちていく。その石を目で追うと、ちょうど下に白い軌跡があった。そして、石が白い軌跡に入りかけた時、ビッという音が鳴り響いた。
しばらくの静寂。「...」と宗米は言葉を発さない。
風が宗米の前髪を、ゆっくりと揺らす。その風はすぐに強くなり、強風に変わった。身の危険を感じた宗米は、身を乗り出すのをやめた。
ピゥッ、バンッ!
先ほどより強い風が宗米の体を叩く。とっさに目を瞑った。風が収まり、目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
「...我らに石を投げたのは貴様か?」
目の前に人じゃない何かが三体いる。その内の真ん中の一体が、宗米に話しかけていた。
「...」
宗米は口を開けたまま突っ立っている。問いかけに全く答えようとしない。
「人間、問いかけにこたえろ!」
左右のうちの一体が痺れを切らしたのか、大声をだした。
「...俺だ...」
「...我らの時間を邪魔した罪は重いぞ。代償は命で払ってもらおうか......」
真ん中の一体が、重い言葉を放った。これを聞いて、宗米は嘘だろ...と思った。
「ま、待ってくれ! 許してくれ!」
「だめだ。人間の分際で我らを怒らせたらどうなるのか。それを思い知らせてやる」
真ん中の一体がそう言うと、風が強くなり始めた。
宗米は、何か方法がないかと頭をめぐらす。
「...俺は絵が描けるぞ...」
「で、お前は生き延びることが出来たと」
吉助が宗米の前に茶を置く。宗米が茶碗を受け取って、「まあな」と言った。
京都に宗米という絵師がいた。宗米を表すならばまさに花鳥風月。春は花、夏は鳥、秋は風、冬は月を描いていた。
その名前は広く知られており、妖怪仕込みの絵師と言われるほどだ。
彼の代表作は【秋の風】。嘘か本当か、彼は妖怪に風が何たるかを教えられたらしい。
証拠はないが、実際に風の絵の評判が上がったのだ。疑う余地は無いだろう。
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