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煙の先へ
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夏のジメジメとした暑い夜。
狂騒の続く都会の外れにあるマンションの一室で、
私は忙しなく街を走る車の流れを物憂げに眺めながら、
仕事帰りのスーツのまま、ベランダでタバコを吹かしていた。
「ふぅ、、、」
疲れた体に染み渡る。
まるでもっと働けと言っているかのように。
明日の活力を前借りするように。
もともとベランダで考え事をするのが好きな私だが、
今はいつの間にか始めたタバコを一緒に嗜んでいる。
もちろん、ここでのタバコはルール違反だ。
このまま吸ってたらきっとお咎めもあるだろう。
だが、それならお咎めがあるまで嗜むまで。
都会はそうやって生きているのだ。
指に隠れるほどに小さくなった一本目を灰皿に押し付ける。
2本目を咥える。
もはや仕事漬けなことに物も言わなくなったこの口。
それでも一丁前にご褒美は欲しがるので、
お金も無いのに仕方なくベランダに出ていた。
「、、、生活費、あとどれぐらいだっけ。」
不意に思い出す。
同僚の圧力で仕方無く始めたタバコだが、お金は当然足りない。
なので、生活費を削ることでなんとか持ちこたえている現状だ。
今となってはそうまでする必需品だが、
昔は「大切な資金」から引っ張ってきていたので、タバコが恨めしく思えたものだ。
大切な資金。
そう、大切な資金。
それは、画家になるための資金だ。
私は6年前、一人の夢追い人だった。
画家になる。そんな夢が絶対に叶うものだと信じてやまなかった。
絶対になんとかなると思っていた。
だから今のここに上京したときも、電車の外の景色が輝いて見えた。
どんな些細な景色ですら、美しく写ったのだ。
そうだったのに、
くたびれた格好で街を歩けば、街の造形が騒がしく煩わしい。
電車に乗ろうが、窓の向こうの自分しか見ていない。
フリーターで生活を賄えなくなりそうだったので就職した挙げ句、
こき使われ押しつぶされそうになる毎日。
「田舎帰りたいな、、、」
本心である。
こんな都会で、もはや何を目指せばいいかわからないのだ。
なら田舎でひっそりと小売業でもしていたいと思った。
結婚もしてないし夢も叶えていない。
これからどうやって幸せになれるのか。
タバコがいつの間にか短くなる。
もう箱にはタバコがなく、
今日の最後の一服だと捉えて咥えた。
嗜むように吸う。
溜息のように吐く。
煙が飛んでいく。
狂騒の町中へ消えていく。
とその時。
煙の中にぼんやりと何かが見えた。
どこかの景色のようなものが写っている。
あれは、なんだろう。
どこか懐かしいような。
それでいて温かいような。
見覚えのある風景だ。
思わずそれを手放したくない思いに駆られ、
それでも戸惑いを隠せずにそっと手を伸ばす。
煙に触れた。
確かに触れた。
しかし、なんでもなかった。
「、、、寝よう。」
きっと疲れているのだ。
明日も仕事だから早めに寝なければ。
見納めのように少しだけ景色を眺め、
ベランダに設置した台の上にある灰皿にタバコを押し付けた。
ダン!!
痛みが走る。
「いった、、!」
何が起きたのか理解ができず灰皿の方を見る。
あれ、
灰皿がない。
というか、タバコもない。
思考が停止する。
いや、疲れているだけだ。
どっちもどっかに落ちたんだろう。
考えるまでのことではない。
早めに部屋へ入ろう。
そう思い窓に手をかける。
顔を正面に戻す。
そこには、
窓に映る寝間着の姿の自分がいた。
「え、、、?」
一体どういうことだ。
私は寝間着に着替えてなんていない。
それに目の前の自分には、目のクマや痩せこけた跡もない。
わからない。
何が起きたのだろう。
気が遠くなるほどの情報量だ。
もうとっくに脳みそは動いていないのに。
と、その時。
家の中から誰かの動く音がした。
足音だ。
「ひっ、、、!!」
私はずっと一人暮らしなので、家の中に誰かいるのはありえない。
間違えなく不審者だ。
窓の向こうに人影が見えた。
思わずベランダの隅に隠れる。
足音が近づく。
思わず泣きそうになる。
扉がすごい勢いで開いた。
終わりだと思った。
「ごめんなさいッ、、、!」
思わず叫ぶ。
だが相手の反応は違ったものだった。
「大丈夫か!」
「え?」
反射的に顔を持ち上げた。
男の人だった。
恐怖と焦りで涙目だった私を心配そうに見ている。
この人は誰だろう。
そう思う暇もなく、
その人を見た瞬間、記憶が蘇るように溢れてきた。
一緒に涙も止まらなくなる。
どうして忘れていたのだろう。
忘れるはずもないのに、忘れたくない人なのに。
この世で一番、愛していたのに。
彼は私の同居人。
数年前に死んだ、彼氏だった。
狂騒の続く都会の外れにあるマンションの一室で、
私は忙しなく街を走る車の流れを物憂げに眺めながら、
仕事帰りのスーツのまま、ベランダでタバコを吹かしていた。
「ふぅ、、、」
疲れた体に染み渡る。
まるでもっと働けと言っているかのように。
明日の活力を前借りするように。
もともとベランダで考え事をするのが好きな私だが、
今はいつの間にか始めたタバコを一緒に嗜んでいる。
もちろん、ここでのタバコはルール違反だ。
このまま吸ってたらきっとお咎めもあるだろう。
だが、それならお咎めがあるまで嗜むまで。
都会はそうやって生きているのだ。
指に隠れるほどに小さくなった一本目を灰皿に押し付ける。
2本目を咥える。
もはや仕事漬けなことに物も言わなくなったこの口。
それでも一丁前にご褒美は欲しがるので、
お金も無いのに仕方なくベランダに出ていた。
「、、、生活費、あとどれぐらいだっけ。」
不意に思い出す。
同僚の圧力で仕方無く始めたタバコだが、お金は当然足りない。
なので、生活費を削ることでなんとか持ちこたえている現状だ。
今となってはそうまでする必需品だが、
昔は「大切な資金」から引っ張ってきていたので、タバコが恨めしく思えたものだ。
大切な資金。
そう、大切な資金。
それは、画家になるための資金だ。
私は6年前、一人の夢追い人だった。
画家になる。そんな夢が絶対に叶うものだと信じてやまなかった。
絶対になんとかなると思っていた。
だから今のここに上京したときも、電車の外の景色が輝いて見えた。
どんな些細な景色ですら、美しく写ったのだ。
そうだったのに、
くたびれた格好で街を歩けば、街の造形が騒がしく煩わしい。
電車に乗ろうが、窓の向こうの自分しか見ていない。
フリーターで生活を賄えなくなりそうだったので就職した挙げ句、
こき使われ押しつぶされそうになる毎日。
「田舎帰りたいな、、、」
本心である。
こんな都会で、もはや何を目指せばいいかわからないのだ。
なら田舎でひっそりと小売業でもしていたいと思った。
結婚もしてないし夢も叶えていない。
これからどうやって幸せになれるのか。
タバコがいつの間にか短くなる。
もう箱にはタバコがなく、
今日の最後の一服だと捉えて咥えた。
嗜むように吸う。
溜息のように吐く。
煙が飛んでいく。
狂騒の町中へ消えていく。
とその時。
煙の中にぼんやりと何かが見えた。
どこかの景色のようなものが写っている。
あれは、なんだろう。
どこか懐かしいような。
それでいて温かいような。
見覚えのある風景だ。
思わずそれを手放したくない思いに駆られ、
それでも戸惑いを隠せずにそっと手を伸ばす。
煙に触れた。
確かに触れた。
しかし、なんでもなかった。
「、、、寝よう。」
きっと疲れているのだ。
明日も仕事だから早めに寝なければ。
見納めのように少しだけ景色を眺め、
ベランダに設置した台の上にある灰皿にタバコを押し付けた。
ダン!!
痛みが走る。
「いった、、!」
何が起きたのか理解ができず灰皿の方を見る。
あれ、
灰皿がない。
というか、タバコもない。
思考が停止する。
いや、疲れているだけだ。
どっちもどっかに落ちたんだろう。
考えるまでのことではない。
早めに部屋へ入ろう。
そう思い窓に手をかける。
顔を正面に戻す。
そこには、
窓に映る寝間着の姿の自分がいた。
「え、、、?」
一体どういうことだ。
私は寝間着に着替えてなんていない。
それに目の前の自分には、目のクマや痩せこけた跡もない。
わからない。
何が起きたのだろう。
気が遠くなるほどの情報量だ。
もうとっくに脳みそは動いていないのに。
と、その時。
家の中から誰かの動く音がした。
足音だ。
「ひっ、、、!!」
私はずっと一人暮らしなので、家の中に誰かいるのはありえない。
間違えなく不審者だ。
窓の向こうに人影が見えた。
思わずベランダの隅に隠れる。
足音が近づく。
思わず泣きそうになる。
扉がすごい勢いで開いた。
終わりだと思った。
「ごめんなさいッ、、、!」
思わず叫ぶ。
だが相手の反応は違ったものだった。
「大丈夫か!」
「え?」
反射的に顔を持ち上げた。
男の人だった。
恐怖と焦りで涙目だった私を心配そうに見ている。
この人は誰だろう。
そう思う暇もなく、
その人を見た瞬間、記憶が蘇るように溢れてきた。
一緒に涙も止まらなくなる。
どうして忘れていたのだろう。
忘れるはずもないのに、忘れたくない人なのに。
この世で一番、愛していたのに。
彼は私の同居人。
数年前に死んだ、彼氏だった。
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