煙の行き先

誰彼凪

文字の大きさ
1 / 1

煙の先へ

しおりを挟む
夏のジメジメとした暑い夜。

狂騒の続く都会の外れにあるマンションの一室で、
私は忙しなく街を走る車の流れを物憂げに眺めながら、
仕事帰りのスーツのまま、ベランダでタバコを吹かしていた。

「ふぅ、、、」

疲れた体に染み渡る。
まるでもっと働けと言っているかのように。
明日の活力を前借りするように。

もともとベランダで考え事をするのが好きな私だが、
今はいつの間にか始めたタバコを一緒に嗜んでいる。

もちろん、ここでのタバコはルール違反だ。
このまま吸ってたらきっとお咎めもあるだろう。
だが、それならお咎めがあるまで嗜むまで。
都会はそうやって生きているのだ。

指に隠れるほどに小さくなった一本目を灰皿に押し付ける。
2本目を咥える。

もはや仕事漬けなことに物も言わなくなったこの口。
それでも一丁前にご褒美は欲しがるので、
お金も無いのに仕方なくベランダに出ていた。

「、、、生活費、あとどれぐらいだっけ。」

不意に思い出す。
同僚の圧力で仕方無く始めたタバコだが、お金は当然足りない。
なので、生活費を削ることでなんとか持ちこたえている現状だ。
今となってはそうまでする必需品だが、
昔は「大切な資金」から引っ張ってきていたので、タバコが恨めしく思えたものだ。

大切な資金。

そう、大切な資金。

それは、画家になるための資金だ。

私は6年前、一人の夢追い人だった。
画家になる。そんな夢が絶対に叶うものだと信じてやまなかった。
絶対になんとかなると思っていた。
だから今のここに上京したときも、電車の外の景色が輝いて見えた。
どんな些細な景色ですら、美しく写ったのだ。

そうだったのに、

くたびれた格好で街を歩けば、街の造形が騒がしく煩わしい。
電車に乗ろうが、窓の向こうの自分しか見ていない。
フリーターで生活を賄えなくなりそうだったので就職した挙げ句、
こき使われ押しつぶされそうになる毎日。

「田舎帰りたいな、、、」

本心である。
こんな都会で、もはや何を目指せばいいかわからないのだ。
なら田舎でひっそりと小売業でもしていたいと思った。
結婚もしてないし夢も叶えていない。
これからどうやって幸せになれるのか。

タバコがいつの間にか短くなる。
もう箱にはタバコがなく、
今日の最後の一服だと捉えて咥えた。


嗜むように吸う。

溜息のように吐く。

煙が飛んでいく。

狂騒の町中へ消えていく。

とその時。

煙の中にぼんやりと何かが見えた。
どこかの景色のようなものが写っている。

あれは、なんだろう。

どこか懐かしいような。
それでいて温かいような。

見覚えのある風景だ。

思わずそれを手放したくない思いに駆られ、
それでも戸惑いを隠せずにそっと手を伸ばす。

煙に触れた。
確かに触れた。


しかし、なんでもなかった。

「、、、寝よう。」

きっと疲れているのだ。
明日も仕事だから早めに寝なければ。
見納めのように少しだけ景色を眺め、
ベランダに設置した台の上にある灰皿にタバコを押し付けた。

ダン!!

痛みが走る。

「いった、、!」

何が起きたのか理解ができず灰皿の方を見る。
あれ、
灰皿がない。
というか、タバコもない。
思考が停止する。

いや、疲れているだけだ。
どっちもどっかに落ちたんだろう。
考えるまでのことではない。
早めに部屋へ入ろう。
そう思い窓に手をかける。
顔を正面に戻す。
そこには、

窓に映る寝間着の姿の自分がいた。


「え、、、?」

一体どういうことだ。
私は寝間着に着替えてなんていない。
それに目の前の自分には、目のクマや痩せこけた跡もない。

わからない。
何が起きたのだろう。
気が遠くなるほどの情報量だ。
もうとっくに脳みそは動いていないのに。

と、その時。

家の中から誰かの動く音がした。
足音だ。

「ひっ、、、!!」

私はずっと一人暮らしなので、家の中に誰かいるのはありえない。
間違えなく不審者だ。
窓の向こうに人影が見えた。
思わずベランダの隅に隠れる。
足音が近づく。
思わず泣きそうになる。
扉がすごい勢いで開いた。
終わりだと思った。

「ごめんなさいッ、、、!」

思わず叫ぶ。

だが相手の反応は違ったものだった。

「大丈夫か!」

「え?」

反射的に顔を持ち上げた。
男の人だった。
恐怖と焦りで涙目だった私を心配そうに見ている。

この人は誰だろう。
そう思う暇もなく、
その人を見た瞬間、記憶が蘇るように溢れてきた。


一緒に涙も止まらなくなる。

どうして忘れていたのだろう。

忘れるはずもないのに、忘れたくない人なのに。

この世で一番、愛していたのに。

彼は私の同居人。



数年前に死んだ、彼氏だった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

学園長からのお話です

ラララキヲ
ファンタジー
 学園長の声が学園に響く。 『昨日、平民の女生徒の食べていたお菓子を高位貴族の令息5人が取り囲んで奪うという事がありました』  昨日ピンク髪の女生徒からクッキーを貰った自覚のある王太子とその側近4人は項垂れながらその声を聴いていた。  学園長の話はまだまだ続く…… ◇テンプレ乙女ゲームになりそうな登場人物(しかし出てこない) ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...