僕の意思と君への手紙

松島朱音

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僕の意思と君への手紙

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 暑い、夏の日だった。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が世界を満たしていた。

 僕は当時八歳で、小学三年生で、彼女も同じだった。僕らはいわゆる幼馴染で、幼稚園に入る前から一緒に過ごすことが多かった。僕も彼女も、絵を描いたり空想するのが大好きで、よく画用紙とクレヨンを手に床に寝そべって話をしていた。

 空を飛ぶ魚。湖を泳ぐ鳥。かわいい街並み。道ゆく動物達。

 それは僕と彼女の作り上げた大切な世界だった。

 絵本作家になりたい。そんなことを、彼女は語っていた。




 暑い、夏の日。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が世界を満たしていた。

 僕らは一緒に遊ぶのが常だった。

 互いの家で、学校で、公園で。家が近いのもあって、登下校は一緒だったし、習い事がなければ並んで歩くことが多かった。

 その日もいつもの道を、いつも通り歩いていた。

 信号が青になったのを確認して、歩道を渡る。僕らはいつも通り、談笑しながら歩いていた。




 暑い夏の日。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が世界を満たしていた。

 急ブレーキの音はしなかった。ブレーキを踏んだ痕跡はなかったと聞いている。

 運転していた初老の男性は酒を飲んでいたらしかった。




 暑い夏の日。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が世界を満たしていた。

 それが薄闇へと変わろうとしていた頃、僕は意識を取り戻した。

 両親が泣きながら、僕を優しく抱きしめた。



 
 暑い夏の日。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が世界を満たしていた。

 何度も夏が巡り、巡り、巡って。

 彼女の両親から、もう見舞いに来ない方がいいと勧められた。

 君は未来を見るべきだと。




 暑い夏の日。

 ひぐらしの鳴く音と、夕日の朱色が満たしていた世界。

 彼女が──彼女だけが、いまだに目を覚さない。
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