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11話 文化祭の悲劇-2

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「あれは千年前の事だ」
「ほうほう」










 この時の私は名をせていて陰陽師からは狩りの対象となっていたんだ。その時はまだ酒呑童子という名は聞いた事が無かった、あったのは茨木童子という名のみ…
 だが、そんなある日ある少年に会ったんだ。


「玉藻前」
「なんだ、茨木童子がここに来るとは珍しい」
「そうだったかな。君に紹介したい者が居るんだ」


 茨木童子から紹介されたそいつは、それはもうこの世のものとは思えない程の美男であった。
 聞くとその身の不思議さ故に親に捨てられ山で修行をしていたがその時に鬼化してしまったらしい。

 それからは酒呑童子と一緒に行動する事が多くなった。酒呑童子はみるみる親の悲しさから解放され酒呑童子という名を馳せた。人を襲い人間を食らったためか、それは早いものだった。
 それも、皆若い女子ばかり、今思うとそれは親への憎しみを若い女子で発散していたのかもしれないな…そして月日が経った頃。
 私達は夫婦となったんだ。
 長い時を一緒に過ごしてきたからかも知れない。酒呑童子と夫婦になるのは楽なものだった、こっちから話を切り出せばすぐに了承したんだ。
 しかし、そんな幸せも続かずはやってきた。


「頼もう!我は山伏、道に迷い困っている。今晩泊めてはもらえないか?」


 山伏は全部で7人であった。この日は久しぶりに酒呑童子の四天王…熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子が揃っていた。そこからの安心からなのか私らは怪しむこと無く、簡単に通してしまった。
 その日はうたげ騒ぎだった…山伏らは何の怪しさを見せず、舞を披露したり、持っていた酒をお礼にと注いだり…しかし、一つだけ不思議な点があったんだ。ただの人に見えてその霊力は隠せていなかった…その人当たりの良さ故なのか、それでもわたしらは山伏らを疑う事も無かった。
 そして酒呑童子は酔いが周り寝床に着いた頃、山伏らは動き出した。それにいち早く気づいた私は誰よりも早くその場から逃げたんだ。
 背後から聞こえるのは鬼やあやかしたちの悲鳴だった。










「これが私と酒呑童子の過去だ。知りたがっていたろう…人間の娘」


 私はそう言って不気味に笑みを見せる玉藻前を怪しみ少し下がった。鈴もその事に気づいた見たいで私と玉藻前の間に立つ。


「なんでそれを私に話したの」
「言ったばかりだろ。お前が知りたがっていたと…」
「違う。それだけじゃない…何が狙い?」
「そうだな…強いて言えば、酒呑童子だな」
「…萩君は渡さない」


 鈴と玉藻前は私の言葉に驚いたようであった。本当なら、ここで身を引くのが正解なのだと思う…だけど、ここで身を引く訳には行かない。
 私は首にぶら下がる萩君の宝石を握りしめた。大丈夫だよと微かに震える自分に言い聞かせるように…


「ほう、人間にしては度胸がある」


 すると玉藻前は先程の可愛らしい女子高生の姿ではなく、九本の尾を持った美しい狐になった。その姿はそれはもうおぞましく…


「絶対に萩君には近づかせない」
「その震える足でどうする事が出来るという」
「私がお前を倒す!馨恵は私の大事な人だ。馨恵の幸せは壊させない!」


 そう言うと鈴は何処からか大きな扇子を取り出し玉藻前に向かっていった。けれど、鈴はいとも容易く飛ばされ壁に強打した。


「鈴!」
「馨恵、逃げろ。こいつはそう叶う相手では無い」
「それは出来ないよ。私も誰かの幸せを守りたいの」
「人間の娘諸共ここで消してしまおう」


 そう言うと玉藻前は炎が燃え盛る片手でわたしを殴ろうとした。しかし、その攻撃は私に一切効かず、私と玉藻前は強い反動で壁に当たった。


「馨恵!」


 鈴は私に近寄った。玉藻前はもう動けないようだった…もう大丈夫と思った次の瞬間、誰かが私達を通り過ぎ玉藻前に駆け寄るのが見えた。
 私と鈴はその駆け寄った人物に驚き目を丸くした。一度その者は私達を見るとその場から消えた。
 それを見て私はもうどうでも良いと思えてしまいそれからの記憶は無くなった。










「…痛った~」


 私は背中の激痛と共に辺りを見渡した。自分の家だ…何があったけか…?


「馨恵さん起きました?」
「あれ…楚がなんでここに」
「それは…背中は大丈夫そうですか?」
「あ、うん…鈴は?」
「鈴ちゃんは多分屋根裏とかでこもってるんじゃないですかね…」
「そっか…」


 私達は黙った。というより、話す事が無い…こうなる前の記憶を取り戻し私の頭の中は真っ白同然だ。


「馨恵さん、すみません」
「え?どうしたの急に」


 どうしたの、とは聞いたが、何となく予想は出来ていた。
 あの時、真っ先に玉藻前に駆け寄った人物は紛れもなく…萩君だったのだ。


「この事はボクがいけないのです。僕が馨恵さんと萩を合わせたばかりに…」
「楚が?どういう事」
「あの時、僕は萩を無理やり妖コミに連れて行ったんです。それは勿論さっきも言った通り、馨恵さんに合わせるため」
「もっと詳しく説明してくれない?」


 私はその驚きで体を起こそうとしたが、激痛が走りまた横になった。こんなに痛いのに、あの時の私よく我慢できたなと思うほど…


「…僕は萩に変わって欲しかったんです。多分玉藻前から聞いたとは思いますが、あの時も今日のように、萩に変わって欲しくて玉藻前に紹介したんです。けれどそれは人選ミスでした」
「人選ミスって何かあったの?」


 そう問いかけると楚はうつむいて少し黙ったが、すぐに口を開いた。


「…悪妖怪に頼んだのが間違いでした。僕は別に三大悪妖怪として名をとどろかせて欲しかった訳ではありません。ただ、鬼に成り果てた萩は絶望していました。なので、妖怪の楽しさ、というのを知って欲しかったのです。でも、案の定、人殺しが趣味となってしまい…」
「なるほど…つまりその玉藻前が悪いという事なのね」
「へ?」


 私のその思いがけない一言に楚は間抜けな声を出した。


「つまり、萩君を正しい道へ引き戻せば良いんでしょ。そんなの簡単だよ。萩君は優しさを知ってるんだもん…その心が少しでもあれば十分」
「でも、今回の事で…萩は馨恵さんに心が無いと言う事を」
「あ~、別に気にしないかな…男運が無いのは前からだし…やっぱり、推しの幸せを見守れるのはファンの特権だと思うの」


 楚はその言葉の意味が分からなかったようで首を傾げている。


「えっと、つまり…楚だけが思い悩まなくても良いんだよ。一緒に萩君を正しい道に変えてあげようよ」


 すると何故か楚はボロボロと涙を流し始めた。いつもの余裕そうな楚が、涙を流すなんて思ってもいなくて、私は焦って痛い体を起こしギュッと楚を抱きしめた。
 私より生きていたとしても、ずっと楚は萩君の幸せを求めていたのだと思う。だから、今だけは泣いていいんだよと…
 するとその気持ちが伝わったのか楚は泣きじゃくった。きっと、ずっと溜め込んできたんだろうな…自分の失敗で親友を不幸な道へ導いてしまったって。


「馨恵…私も手伝う。あいつにはバシッと何か言わないといけない気がするのですわ」


 突然出てきた鈴は私の元に寄って自分も手伝うと言った。


「よし、この三人で頑張ろう。明るい未来のために!」


 そうして私が2人を勇気づけようとしたのだが、それよりも先に私の体が二人を勇気づけた、大きな腹の虫が鳴いたのだ。クスクスと笑う二人を見て私も笑ってしまった。


「まずはご飯にしましょうか」
「申し訳ない…」

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