森野探偵事務所物語~1~

巳狐斗

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第8話 七人ミサキ事件~下編~

第8話 七人ミサキ事件~下~

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「中絶手術?」


「ああ。それが、被害者達のもうひとつの共通点だ。」



笠村から手渡された資料に目を通した藍里。確かに被害者達は中絶手術を受けていることが記載されていた。

さらに、3番目の被害者以外は、同じ病院で中絶手術を受けていた事がわかった。




つまりこういうことになる……。

彼女達は、援助交際をして見ず知らずの男性と体を重ねるうちに、妊娠してしまった。
学生ということもあって育てられない。むしろ、誰との子なのかもわからない彼女達は、子供を躊躇いなくおろした。

というふうに考えると、辻褄が合う。


「なら、この手術した人が犯人……?」

「そんなドラマみたいなことがあるかもなぁ………その担当した医者は女だったみてぇだし。……けど、そいつは今は鬱を患ってて、引きこもっている。とてもじゃねぇが犯行なんてできねぇよ。」


「あ!そういえば……今朝、3人目の被害者の親御さんから連絡があって、彼女の持ち物に『妖怪辞典』があって、真ん中辺りに真っ赤な付箋が張られていたみたいなんだ。娘はこんなの買わないし見たことがないから、何か証拠になるかもと言ってたね。」

稲垣が思い出したかのように、分厚い本を取り出した。いろんなお化けの絵が描かれた表紙には赤字で『妖怪大百科』と書かれていた。大人向けというよりも、子供向けと言った方が正しいほど、どこか幼さを感じられる。

本の上には確かに赤い付箋が真ん中辺りに挟まれている。


「……七人ミサキ………?」

付箋のあった場所を開いてみると、見開き1ページ分を使って、そんな妖怪のことが書かれていた。

7人の不気味な妖怪が列を作って歩いている様子はとてもおぞましく感じられた。

「七人ミサキ………確か高知地方の妖怪だな。なんだったかな……常に7人で行動してる怨霊だとか………。……まてよ………?」


そこまで言いかけて、稲垣は顎に手をやり考え込んだ。

「どうしたんですか?稲垣さん。」

「……思い出した事なんだが……一昔前に都市伝説として七人ミサキの話が出ていたことがあったんだ……。その殺された人たちは全員女性で、しかも彼女達も援助交際をしていたらしいんだ。

同じ坂で………援助交際をして妊娠してしまって子供をおろした……それで、おろされた子供が恨みをもって……とも言われていたんだ。

もしかしたら、今回の事件はその都市伝説に影響されて……かもしれないね…。」


「なるほど……それは確かにそうかもしれないですね。影響されたのなら同じように犯行を犯して、かつての都市伝説のように仕立てあげる。

けど、殺害方法は……?
私が犯人なら、何の法則もなければ殺し方はその時に応じてになりますが……。子供をおろしたことに対する罰なんて、ありますか……?」


藍里が顎に手をやりうーん。と唸る。


子供をおろした罰……。



その言葉を聞いて、笠村はあることが気にかかった。







あれは………そうだ。



過去の事件を調べていた時のことだ……。



子供…………家族……………。






家族を殺した罰………。








「………尊属……殺人罪………!」










「尊属殺人罪?なんですか?それ。」

はじめて聞いた藍里は首を傾げながら訪ねる。俺もこんな反応だったのかなと思いつつも、笠村は尊属殺人罪について稲垣から教わったことを伝えた。


「今はないが、昔は確かにあった罪状だったんだ。当時はそれを下されたら無期懲役、もしくは死刑にされるほど重罪だったんだ。………そうなってくると、殺され方はもしかしたらそれに因んでいるのかもしれない…。」

稲垣の言葉に藍里は眉間にシワを寄せたが、すぐにハッとする。

「まさか、犯人は『子供が望めなかった女性』で、過去にあった都市伝説を元に彼女達を……簡単に子供を手放した彼女達を手にかけて、昔の罪状…尊属殺人罪という意味を込めて殺人を……?」

尊属殺人罪は、無期懲役か死刑になるほどの重い罪であった。
つまり彼女達は……。





「けど、辻褄は合うな。」



笠村も顎に手をやりながら唸る。

「とにかくだ。一応話だけ聞きに行く必要があるな。執行医の名前…名前……………これだ!『麻木 直子』…旦那の名前は……麻木 堅太。」


「麻木堅太!?」


思わぬ名前に驚きを隠せない藍里。
麻木堅太…昨日、藍里のバイト先に来た産婦人科の医者の名前である。

「知ってるのか?」

笠村が怪訝そうに眉を寄せると、藍里はすかさずに

「バイト先で知り合いました!そういえば……あの人の奥さんも産婦人科だって言ってた……。」


と思い出したかのように呟いた。





「とにかく、行ってみよう!」




稲垣の掛け声で全員が駆け出した……。

話を聞くために




~~~~~~~~~~~~~~~~~~

警察が押しかけてきた事に、啓太は最初は驚いていたが、話を聞くと納得してくれて中でゆっくりと話をする事が出来た。






「……ええ。確かに……。これは妻の名前ですね。しかし、だからと言って妻を疑うのはどうかと……。」

1人掛けソファに深く座りながら、啓太は渡された資料に目を通すとため息をつきながらテーブルに置いた。


「疑ってはいません。話を聞きたいだけです。」

稲垣が、優しい口調でなだめるが、啓太は首を縦にも横にも降らず、眉毛を下げて答えた。

「………妻は……とてもではありませんが、話なんてできませんし、殺人なんてもっと出来ませんよ……。1年前から、鬱を患ってなかなか外に出ようとしないんです。」

「……そうですか。では、啓太さん。お手数ですが貴方の当日何をしていたのかを、お尋ねしてもよろしいですか?」

笠村の言葉に、啓太は『ええ。構いませんよ。』と、快くひきうけてくれた。


(奥さんは不運の事故でもう子供が産めなくなった……。だけど、奥さんが担当した人達は殆どが中絶手術……そりゃあ確かに、鬱にもなるよな…。)

笠村達が聞き込みをしている最中、藍里はそんなことを考えながら、辺りを見渡してみる。
産婦人科に関する書物や様々な難しそうな本がずらりと並べられており、机の上には開きかけの本があった。


「…?」

その時だ。藍里は1つのものに目がついた。
緑の葉っぱを根本に覆いめぐらせたそれは、先端には紅色のベルのような形をした花をいくつも咲かせていた。
2つ分ほど植わっていたのか。その植物は右側に寄っていて、左半分が少し寂しい感じを与えた。




「…その花は、コンフリーに似てますが、ジキタリスという植物ですよ。森野さん。」


「コンフリー……?ジキタリス?」


聞きなれない言葉に首を傾げる藍里。

「あれ?知らないかい?」

「珍しい花だなと思っただけだったので…。」


「コンフリーは、昔はよく天ぷらにして食べたというところが多かったんだよ。」

笑顔を見せながら答えた啓太に、稲垣も思い出したかのように口を開いた。

「あぁ!ありましたなぁ、そういえば。ですが、海外では肝障害があるということで、食品での販売は禁止したはず…。」

「そうですよ。それに先程も言いましたが、あれは、ジキタリスという猛毒の花です。」

「毒…?なんでそんなもんが……。」

笠村が片眉をあげて訪ねた。啓太は、頭を掻くと

「いやぁ、ジキタリスの葉や茎をそのまま食すと猛毒になるのですが、昔は病気を治すための薬としても活躍していたんです。その成分を調べるために、これは少しお借りしたのです。」


「へぇ。」


そう呟きながら藍里はそのジキタリスをじっと見つめた…。紅色の花は、綺麗な楕円を描き、言われなければ毒があるとは到底思えなかった。


(それにしても、やっぱりここだけ寂れてるなぁ。)


異様に空いた土を見る。
うっすらと白い土に、黒い土が乗っかるように敷かれている。
ジキタリスの葉っぱの上には、所々細かい土が乗っている。
雑草をとったあとなのだろうか……。



「どうも、ありがとうございます。お手数お掛けしました。藍里ちゃん。行こうか。」



稲垣の声に振り替える藍里。
返事をしつつ、もう1度だけチラリと植木鉢をみる。






毒があるとは思えない、美しい花は、何事もなくそこに咲いていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(犯人が、都市伝説に影響されて……そして、尊属殺人罪のことを知って犯罪をおかしたのは間違いない……それに、被害者達の担当した先生は麻木さんの奥さんだった……。もしかして、鬱になったのは殺人を……?いや、奥さんは1年前から鬱だしなぁ。)


調べたところ、七人の女性が殺される事件の最初の被害者は約1年前。


けど、仮に奥さんが犯人だとしたら手術したすぐあとに誰にも気づかれないように犯す筈。どの被害者達も手術してから2年は経っている。
こんなに間を空けるのは少し不自然な気もする……。

それに、聞いた話では警察は第3の被害者の恋人だという男を探しているらしかった。
彼女が亡くなった後に、彼の行方がわからなくなっているらしい。



しかし………もし、彼が犯人だとしても、目的は……?





「よぉ!藍里!!」


「ぶっ!!」




考え込んでいる藍里の背中を勢いよく叩いたのは聖人であった。空手をしている彼は、加減ができなかったのか……叩かれた背中がじんじん痛む。


「聖人。背中痛いんだけど………。」

「おお、ワリーワリー!てか、これ見てみろよ!すっげーウケんの!」

そう言って聖人はスマホの動画を藍里に見せる。
そこに、1人の男がいた。


『俺の武勇伝??そうだなぁ………。おっ!俺が中学時代の話だ!

そんとき、放送室にでかいテレビが置いてあって、そのテレビを使ってAVを見ようと、友達4人くらいで土曜日に学校に忍び込んだんだ!

音質もいいからどんだけいい音すっかなーとか、ヤベーだろうな。
とか考えながら俺達は放送室に忍び込むことに成功したんだ!

1人機械に詳しいやつがいて、そいつに頼んで回線繋いでもらって、準備万端!いざ見始めたんだ!


すっげー迫力に俺達も『おおー!』となったわけだ!


ところが回線繋げてた奴、実は回線を運んだりとかする最中に、うっかりマイクのボタンを押しちまってたんだよ。校内放送できるやつ。



だから、俺たちの声とかAVの音声が駄々漏れしてよー!
突然扉が開いたかと思ったら、生徒指導の先生がいたんだよ!すんげー怒った顔で!俺達も顔真っ青になってさ、まぁ、怒られたよ。
生徒指導の先生+3人の先生に囲まれてさ!

いやぁ、あれにはビビったわー。』




「ただのバカじゃん!!」


「そう!すんげーバカなの!聞いたとたん俺笑い止まんなくて…!」


何が面白いんだ。この男は。
と、藍里は呆れながら再び動画を見る。












「ん……?」











すると、藍里は1つのものに気がついて聖人のスマホ画面をまじまじと見つめる。






この、アホなことを話している男ではなく、その奥にいる人影……。











2人の男性と、1人の女性の姿だ。









遠いが、カメラの性質がいいお陰で、顔がうっすらと見える。








「………麻木さんと……………第3の被害者………?」









1人の男と1人の女の姿はすぐにわかった。もう1人の男が誰なのかわからないが、第3の被害者の側にベッタリとくっついている辺り、恐らく恋人と思われる。








「聖人!これ、撮ったの誰!?」





「あ?俺の、高校の頃のダチだけど…?」



「今すぐにどこで撮ったのか、いつにとったのか教えて!!」




「な、なんだよ?どうしたってんだ?藍里。」





「この映像に、私が追いかけてる事件の被害者と、行方不明だという恋人が写ってるの!!いいから早く!!」




「は!?マジか!!わ、わかった!!聞いてみるな!!」



「お願い!私は笠村さん達に、この事を伝えてくる!あ!動画送ってもらってもいい!?」



「任せとけ!!俺もすぐそっちに行く!」






思わぬ収穫に、藍里は大学を飛び出した。



第3の被害者は、別の病院で別の医者に中絶手術をお願いしてあるから、麻木の妻と面識があったとは考えられなかった。







もしかしたら…………。






あの映像の様子………麻木啓太を脅していたと考えたら………?





恋人が急にいなくなったのは?



そう考えると、ある答えが自然と正解となる……。


大学を出て、信号待ちをしているときだった。近くにいたおばさん達の話し声が耳に入った……。



「麻木さん、どこかに引っ越すのかしらね?さっき、お別れの連絡があったのよ。ここを離れますって言って…。」


「まぁ、奥さんも鬱になっちゃったし、療養させたいんじゃないかしら?仕方ないわよね……。」




藍里は、思わず目を丸くする。






「すみません!今の話…!麻木さんって、麻木啓太さんのことですか!?産婦人科医の……!!」





藍里の突然の乱入に、2人は目をぱちくりさせながら、


「え、ええ。そうだけど、知り合いなの?」


「ここを離れるって……どこに…!?」



「さぁ。そこまでは……今日にでもここを離れるってメール来てたから、もう今日中にはどこかに行っちゃうんじゃない?」




「すみません!!ありがとうございます!!」





お礼を言った藍里は、走りながらスマホのチャットアプリを立ち上がらせる。



藍里:聖人!!行き先変えなきゃならなくなった!!先に麻木さんのところに向かってるって、笠村さんたちに伝えて!



既読がついたかどうか確認する前に、藍里はスマホをポケットに押し込むと、麻木の家まで走っていった……。





なぜ、このタイミング?



なぜ、突然そんなことを?



行くってどこに?





国外逃亡だったら、まずい……!








いろんな考えが脳裏によぎり、その度に足が前へ前へと伸びる。


真冬にも関わらず、額にじんわりと汗が流れる。


ぬぐう暇も今は惜しい……。

息を切らしながら、藍里は麻木に対しての
言葉が出てきた……。


(麻木さん、ダメだ!逃げちゃダメだ!!!)




~~~~~~~~~~~~~~~~~~











麻木の家に着いた頃には息があがり、全身に熱がこもっていた。膝に手を置きながら激しく方で息をする藍里は、落ち着きを取り戻してゆっくりと見上げる。

異様に静まり返っている家は、急に曇りだしてきた空をバックにしているせいか、不気味さを増していた。

「啓太……さん!麻木啓太さん!!」

ハァ。ハァ。

と、息が切れる。全速力してきたせいか、ガタガタする足を必死に動かして家に向かい、必死に呼び掛ける。

しかし、家の中から返事はない。


何度インターホンを鳴らしても、空しいチャイムが耳に響くだけであった。


しびれを切らして、玄関に手をかける。しかし、ガチャガチャ!という乱暴な音を残して、ドアはびくとも動かなかった。

「鍵がかかってる……。いないの……?」


引っ越しに使ったらしき車はない。

もう行ってしまったのか……いや、まだ家の中にいるということは、閉まりきったカーテンや庭に乱雑に転がっているジョウロ、そして車庫にある車ですぐにわかった。

奥さんは鬱で外に出たがらないことからまず、旦那である啓太のもので間違いないだろう。



藍里は、ゆっくりと家の周りを探り、入れそうなところ、もしくは啓太らしき人影を探した。


窓………ベランダ…………裏口………。




どこも入れそうなところはあったが、鍵がかかっていて入れそうにない。







(やっぱり、タクシーか何かでもう……?)

と、諦めかけながら歩を進めると、あるところに差し掛かかりピタリと足が止まる。







見上げてみると、換気扇らしきものが見えた。
そこから侵入……ということを考えているのではない。








そこから漂ってくる臭いに、藍里は反応したのだ……………。









ツンと鼻につく…………。








理科室や調理室でよく嗅いだことのある………。















「この臭い………………ガス………!?」










だった……。












家の中から漂ってくるガス。








逃げるのなら、こんな事はしない筈。
窓やドアを閉め切っていて、さらに鍵がかかっているということは、考えられることはひとつ………。













自殺………………。












「啓太さん!!」

藍里は、すぐ横のベランダに回り、窓ガラスをドン!ドン!と叩きつける。

「啓太さん!!啓太さん!!!開けてください!!啓太さん!!!」

しかし、何度声をかけても、ドアを叩いても返事がない。

「くっそ…!窓を破るしかないのか…!!なにか……!なにか破るためのもの……!」

キョロキョロと辺りを見渡すが、使えそうなものがない………。

庭に何かあるかもしれない………。

ダッと地面を蹴ると、急いで玄関辺りへと向かった。


その時、野球部らしき高校生たちが談笑しながら、麻木の家の前を歩いているのが見えた。
その手に持っている、キラリと輝く『金属バット』。

今や、手段は選んでいられなかった……。

「すみません!!その金属バット、貸してください!!すぐにお返しします!!」

ただ事ではなさそうな様子の藍里に、1人は驚きを隠せず、目をぱちくりさせていた。


「え?え?な、なんすか?突然……。」


「お願いです!!急を要するんです!!」


「は?いや、別にいいけど……。」

「ごめんなさい!ありがとうございます!あ、あと、救急車を急いで呼んでください!!」


藍里は、その高校生から金属バットを奪うように取ると、再びベランダへ回り、全身の力を込めて、上から窓ガラス目掛けて容赦なく振り下ろす………。






ガシャーーーン!!!






無惨な音を発した窓ガラスは、文字通り粉々に砕けて床と地面に沢山の破片を散らばせた。

それを見ていた高校生たちは、『ええっ!?』と驚きの声をあげて、あたふたとそれをただただ見守るしかできなかった。

藍里はバットを放ると、躊躇いもせずに中へと入った。

外よりも強いガスの臭いが、鼻をつき頭がグラグラとする。口と鼻を手で覆いながら、玄関の鍵を開けドアを開ける。


「元栓………!閉めなきゃ…!」


足元のコードがないかを気をつけながら、ゆっくりとキッチンへと向かう。
リビングにはいると、僅かに『シューッ』っと空気が抜けていくような音が聞こえてくる。


キッチンに向かえば向かうほど、その音は徐々に大きくなる……。


IHが普及し出したこの時代には少し珍しい、ガス式のコンロを見つけると藍里は、その裏にあるだろう元栓を覗く。

案の定…オレンジ色のコードは根本辺りからハサミのようなものでブッツリと切られ、元栓は空いていた…。



藍里は、ゆっくりと手を伸ばし元栓をグッと閉める。




そのまま裏口の鍵をそっと外すと、ゆっくりと開けて隙間を作り換気をする。


「っ…!」


踵を返して再び家の中に入ったところで、グラリと頭を揺さぶられるような、激しい目眩に襲われる……。
床に倒れそうになるのを、足で踏ん張り、壁に手をついてなんとか堪え、ボウッとする視界の中、藍里は2人を探しだした…。

「啓太さん………!どこ………!?」

リビングにも、和室にも、倉庫にも、風呂場にもいない………。あとに残されたのは2階のみ……。

2階にたどり着き、寝室の扉を開けたところで、やっと2人を見つけた……。

「啓太さん…!」

藍里は、手で鼻と口を覆いながら2人の首筋に手を当てる。


(2人とも、息はあるけど、意識がない……。このままじゃまずい……!どうする………2人を運ぶなんてさすがに無理だ………。でも、どっちも急がないと……!)

「っ……!………という……か……急がないと………私まで……!!」


床に手をついて、しゃがみこむ藍里。
藍里自身も既に意識が朦朧としていて、倒れそうになるのをなんとか必死に耐えている状態であった…。

口と鼻を覆っている手にグッと力を込め、少しでも吸わないようにしているが、もはや時間の問題である。






(やるしかない……!)

藍里は、力を振り絞り床に落ちてあった羽毛布団を引っ張り、なるべく広くなるように伸ばす。
床との摩擦を減らして、2人まとめて運ぼうと考えたのだ。

奥さんの脇の下に手をい、ゆっくりと下に敷いてあった羽毛布団の上に寝かせる。

そして、次に啓太を布団に移動させようとした………。


「っ…!だめ…だ…これ以上は………!」


意識がまたもやグラリと襲い、今度は目の前の景色もふらふらしだし、立てない状態になった。

(やばい………動けそうにない………。こんなときに………。)

力をいれようとしても、それに反比例するかのように、目の前は徐々に暗くなっていく………。

目の前に、グッタリと横たわる啓太の姿が見える。

「けい…………た……………さ…………。」

名前を呼び掛けて、最後の言葉は意識と共に闇の中へと沈んでいった……。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~
















目の前に広がる血だまり。



周りがざわつき、悲鳴や叫び声が聞こえる。




消防車や警察…救急車のサイレンが鳴り響く。



『トラックが家族に向かって突っ込んだんだ……。』


『運転手も即死だそうだ……。」





大型トラックが、下り坂をもうスピードで走ってきた。
トラックはそのままビルに衝突した……。






1つの家族を巻き込んで………。
原因は、男の居眠り運転だった……。






この交通事故で、居眠り運転していた男は即死。
巻き込まれた男性と女性も病院に運ばれたけど、ダメだった………。







そんな中、彼らに挟まれるように…いや、守られるように抱かれていたのは、5歳の少女。




父親と母親に守られて、奇跡的に助かったのだ。






「藍里ちゃん……もう寝かせてあげましょう?お父さんとお母さんに、さよならしないと……。」






そう言って母方の叔母は、藍里の目の前で、2人の顔に白い布を被せた………。







ーーーおとうさん、おかあさん。


どうして寝てるの?





ねぇ、起きて?





おかあさん、お腹すいたよ。





ご飯食べよ?







おとうさん、遊ぼうよ。




今日も絵本読んで?ーーーーーーー












何を話しかけても無駄だということは、心のどこかでわかっていた。
だけど、どうすればいいのかわからなかった幼い藍里にはこうするしかできなかった……。




「……藍里。」




ふと、自らの名前を呼ばれて振り向く。
そこに立っていたのは、自分と同じ藍色の髪を短く刈り込んだ頭に、うっすらと髭をはやした男性。




「…………父さん……?」

思わず口をついて出た言葉。


目の前には、自分の父親が立っていた。

藍里の父親………森野青司は、目を細めて娘である藍里を見つめたあと、ゆっくりと口を開く。






「表にあることすべてが、真実じゃない。お前は、真実を知る必要がある。俺の血を強く引いてるなら、それができるはずだ。」







「何いってるのさ、父さん…!」







追いかけようとしても、青司はどんどん遠くになっていく。
走っても走っても追い付きそうにない。








「………お前ならできる。やって見せろ。藍里……。」






光と共に青司が消えたと思ったら、再び闇が広がる…。






「…………ちゃん。……………藍ちゃん。…………藍ちゃん!ねぇ、起きて!」







聞き慣れた女性の声にゆっくりと目を開ける。そこには、声の主である、奈川陽菜が心配そうに顔を覗きこんでいた。





「藍ちゃん!!よかった~……気がついた!!」




「………陽菜………ここは………?」



「きっちゃんの病院だよ!!危なかったんだからね!!あの部屋に、もう少し留まってたら死ぬところだったって、きっちゃんのお父さん言ってたよ!!」



「輝の病院…………?部屋…?」




陽菜にそこまで言われて、ハッとなにかを思い出した藍里はガバッと布団を退かして体を起こす。




「そうだ!!啓太さんは!?」




あの時、藍里は2人を外に出そうとしたが、自分も倒れてしまったのだ。自分が生きていても、2人が死んでたら、この事件の真実を確認することができない…。



「大丈夫だよ。2人とも、一命はとりとめた。旦那さんは意識を取り戻したけど、奥さんはまだ意識不明だけどね。はい。脈測るから、手をだして。」



輝が、バインダーを取り出すと
傍らに座り、出された手をそっととり脈を図った。



「んなことよりもよ。藍里。お前ガスが充満する家に乗り込むやつがあるかよ。しかも布なしで。」



哲也がため息をつきながらそう言うと、藍里は『あはは。』と苦笑いしかできなかった。



「ほんとに、びびったわ。いきなり行き先変更するっつって、言われた通りにしたら、高校球児共が『お前が家の中に浸入した』っつーんだから……。んで、中に入ったらガスは充満してるわ……お前はあの夫婦と共倒れになってるわ……。」



聖人が頭をかきながらぼやく。


「もしかして、聖人が助けてくれたの?」

「夫婦はな。2人なら余裕で運べた。藍里は笠村だよ。」

「笠村さんが……?」

予想外の言葉に目を丸くする藍里。

「後で笠村に礼、言っとけよ。」


聖人の言葉に、『もちろん。』と言ってうなずく藍里。


「…正常値…。大丈夫そうだね。」

「ありがとう。輝。それじゃ、私は啓太さんに事件の………。」







「ダメだ。」
「ダメだろ…。」
「ダメだよ。」
「ダメー!!」



「っ……。」



言いかけた藍里の言葉はそんな4人の揃った言葉と、目の前にはばかれたことで阻止されてしまった。



「今日1日は絶対安静!」

輝が眼鏡を押し上げながらピシャリと言い放った。

「テメーはこうでもしねぇと無茶すっからな。」

と哲也。

「それは、明日でもいいでしょ!?」

と頬を膨らませた陽菜。


「どうしてもってんなら、空手で俺を倒してからにしてみろや…。」

と指をバキボキと鳴らす聖人。




こうして、藍里は4人によって安静を余儀なくされたのだった………。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


翌日。


藍里は、笠村と稲垣と共に病室へと向かう。
麻木啓太がいる病室だ。




扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。







病室のドアをノックすると、扉の向こうから聞こえてきた「どうぞ。」という声を合図に中へと入る。
目の前にいるのは、病室のベッドに上半身を起こしている麻木啓太。彼は、ちらりと藍里を見る。
その表情は、すべてを諦めたような……希望という言葉なんて物はなかった。




「……啓太さん。今からお尋ねすることに、正直にお答えください。奥さんを巻き込んで、自殺を図ったんです。
今さら、言い逃れや嘘はやめてください。」




藍里の言葉に、麻木は何も答えなかったが、藍里はそれを勝手に了承ととらえたのか、ゆっくりと話始めた。










【藍里の推理】


今回の事件の犯人……それは、貴方ですね。




あなたは、とある事故がきっかけで子供が望めない体になってしまった奥さんの辛さを、誰よりも理解していたに違いない。

その辛さを隠して、変わらずにあなたに接してきたことも。
奥さんは、それを続けようとしていた。

これからずっと……。





でも、それが出来なくなったのは、あることがきっかけだ。





それが、あの連続殺人の………最初の犠牲者。
彼女の中絶手術。







それが、奥さんのもとに6件も来た。

始めは他人は他人と、割りきっていたけどそれが徐々に割りきれなくなって……


子供ができない自分と比べてしまった………。






私が、欲しくてももう2度と貰えない…望めないことを彼女達は簡単に手放した。





その思いが蓄積して、とうとう鬱を発症してしまったんだ。



そして、その事実を知ったあなたは、奥さんに変わって彼女達に復讐をすることにした。




そこで、あなたは、彼女達全員が援助交際したがための妊娠であることを知り、七人ミサキの都市伝説を参考に犯行を犯した。


けど、そんな中………予想外だったのは、3人目の被害者……。






連続殺人をして彼女達に報復しているなか、あなたは、不運にもその3人目の被害者に犯行がばれてしまった。


そして、彼女を口止めのために殺害…。







あとは自分が妻と自殺をすることで報復が完了。












「……どうでしょうか?違うならハッキリとおっしゃってください。」



藍里の推理を静かに聞いていた啓太は、ゆっくりと頭を下げると、かすれた声で呟いた。


「……全て…君の言うとおりだ。探偵さん。………彼女達は………私が手にかけた…………。」





犯行を認めた麻木は、それ以上は何も言わず、かけ布団に頭をつけるほど、頭を深く垂れていた。



「……1つだけ、教えてください。3人目の被害者の恋人………彼も、あなたが?」




1つだけ頷く啓太。





「………彼らは、私の妻が担当していたわけではない。が、彼らは、私の弱味である、『殺人罪』を使って近づいて来たのです…。」






そこで明かされる、聖人が送ったあの動画の後ろでの出来事。















「なぁ。あんた、人殺しただろ。」


「な。なにを……?」


「とぼけなくていいし。あたしらちゃんと見てたんだからさ。あんたが女の人の首を絞めたところ。」


「…………。」





2人の言葉に、麻木は返す言葉がみつからず、黙りこんでしまった。


それで、彼らは、気をよくしたのか女性は企みのある笑顔を浮かべながら彼の横を通りすぎ、


「言っちゃおうかなー。警察に……。」


とわざとらしく煽り出してきた。


「っ!君達…!」




「車とか、服とかガソリン代、くっそ高いよな~。」

「エステもけっこうかかるのよね~…。…………貸してくれない?」


彼らは、啓太にお金を脅し取ろうとしていた。
やむを得ず、お金を渡そうと考えた啓太だったが、ひょんな事から2人の情報を耳にすることができた。あの2人の間には、かつて子供がいた。けど、この2人の勝手な考えのせいで、この世に生を受けることが出来なかった。



それならば、彼女達も同罪………。


啓太は、暗い公園で彼女を呼び出すと、今までの被害者達と同じように首を絞めて殺した。



啓太は『お金を持ってやってきたが、君の彼女が来ない。』と言って彼氏を呼び出した。男を差し入れと言って差し出した、『睡眠薬入りのジュース』をその場で渡した。


睡眠薬のお陰で眠ったあと、男を車に乗せて走り出した。
そのあと、家で栽培したジキタリスの茎と葉を乾燥させて粉上にしたものを眠っている彼に飲ませ、息の根を確実に止めた。





その遺体は、庭の………盆栽が飾られている所の下に植わっているという。






「……………私は、許せなかったんです。子供を簡単に手放した彼女達が。そして、彼の態度が……。」




そこまで言うと、啓太は布団を強く握りしめて、嗚咽を漏らした。


人の思いは、時として、こんなに悲しい殺人犯を作り上げてしまうのだ。



藍里は、それだけ聞くと、席を立ちあがる。

もう、すべて終わったのだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…………啓太さんは?」


「アイツには、ちゃんと反省の色はある。が、刑はきついだろうな。」

なんせ、7人も殺害しちまってるからな。

と付け加えた笠村。
麻木は、あれから退院後に逮捕された。



依頼をしていた香苗からはめちゃくちゃお礼を言われた。が、被害者が援助交際と体の関係を拒まなかったことを伝えると、やはりショックを受け、地面に座り込んでしまった。








『人は、ほんの些細なことで善人にもなるし、悪人にもなる。』




以前、周防が話した言葉を思い出した藍里はふぅ。とため息をついたが、やがて何か思い出したかのように、


「あの、笠村さん。聖人から聞きました。助けてくださり、ありがとうございます。笠村さん達が来てなかったら…今頃…。」


「……絶対にお前も死んでたな。」



言おうとしてたことを先に言われてしまい、黙りこんだ藍里に、笠村は振り替えると


「いいか?探偵を続けたいなら、まずお前の身の安全を優先しろ。いいな?」


と、釘を刺された。
一応は、心配してくれているらしい。

それにはい!と答える藍里。


笠村は、『ちっ。』と舌打ちをすると

「わかったんならいい。」


と言ってスタスタと行ってしまった。そのたくましい背中を見つめた藍里は、素直じゃない彼に思わず『ふふっ』と笑いをこぼした。



続く

             
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