森野探偵事務所物語~1~

巳狐斗

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第10話 サーカス~上~

第10話 サーカス~上~

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季節が秋から冬に変わろうとしていた頃……。



ここ最近、言い回しこそは変えてはいたが、ニュースや新聞などで大きく取り上げられるほどの事件があった。

それが………






銃を乱射する男性、直後に目の前で自殺した



という物であった。



詳細は以下の通りである。

家族連れが多い日曜日、とあるサーカスのテントの中でその事件は起きた。

ロイド眼鏡に燕尾服、マントを羽織った団長が突然、セットの建物の窓から急に2丁の銃で乱射したという。


もちろん、最初は演目だと思っていた客達は始めこそは歓声をあげていたが、1発目が1人の観客の頬をかすり、もう1発が1人の女性客の肩を撃ち抜く。

撃ち抜かれた女性は、自らの肩を触り、感じる痛みと手に着いた血液を見て、顔色をみるみると変えていった。

静まり返るテントの中…

「あ……いや…………いやぁぁぁああああぁぁぁああ!!!!」

その女性の悲鳴が合図であるかのように、観客達はやっと事の重大さに気づき、それぞれに悲鳴をあげて外へと逃げ出す。

あわてて団長を止めようとしてるスタッフ達。しかし、中から鍵をかけられた建物の扉はビクともしなかった。

サーカスの会場は、あっという間に大混乱に陥った。


男は、見境なく銃を発砲し続けたが、やがて2丁の銃を下ろして、背を向けて建物の中に入る。大きな声で笑い、逃げ惑う観客に向かってマイク越しにこう叫んだのだった。


「イッツ・ア・ショータイム!!」


と………。




パチン!と男が指を鳴らすと、瞬く間に男の体に炎がつき、たてものはあっという間に炎に包み込まれる。ゴォオ…!と音を立てて燃え上がる炎の中、男は狂ったように笑い続けていたという。炎はあっという間に建物を焼き付くし、大きな火の柱として君臨した…。



消火後、建物の中に身元がわからないほど、黒こげになった男の遺体が1つだけ見つかったという。

後の検死でも、特長までは掴めないが、男だということは間違いないという。


おそらく、あの男のもので間違いないであろう。





利害者の名前は

嶋田 俊司(しまだ しゆんじ)。


59歳。そのサーカスの団長を勤めていた。


気さくで優しい団長であったため、サーカスのスタッフ達も、なぜ彼があんな自殺をしたのかわからないようだった。

そんな曖昧なことがあったため、世間の噂では、

実はパワハラを受けていたとか、

奥さんとの仲がよろしくなかったなど、いろいろとささやかれている。






~~~~~~~~~~~~~~~~~
「藍里。この事件は解決しないの?」

大学から駅まで走るバスの中で香苗が首を傾げて訪ねた。
藍里は、欠伸をすると

「依頼を受けてないからね……。」

と答えた。


「へー?じゃあ、卒業して探偵業に就いたらやるの?」

「ううん。そもそも探偵はドラマとかで見かけるようなことはまずしないよ。」

「え?そうなの?」

「うん。ドラマとかでは事件に関わってるけどね。実際はペット探しや人探しが主なの。探偵が勝手に事件調べてたら本来はダメらしいからね。」


藍里の言葉に「へー。」と呟く香苗。

藍里は大きく伸びをすると手にしていた書類に目を通す。


「ん?事件の依頼?」

「そう。一ヶ月前から行方不明の恋人を探して欲しいって依頼を受けててさ……。」

「そういえば藍里、私がバスに乗り込んだ時に『野暮用』って言ってたけど、もしかして聞き込み?」

「まぁね。隣の県まで電車で行って情報を得たんだけど……有力な情報はなかったな……。」

そこで再び大欠伸をする藍里。
隣の県までは時間がかかるから、早起きをしたと言う。

(大学休みなのに大変だなぁ。藍里も。)


と、香苗は思った。

「そんじゃあ、帰って寝るの?」

香苗の言葉に藍里は首を横に振る。

「明日提出のレポートがあるし………帰ったらそれをやっつけないといけない……。」


「わぁ……お疲れ。」



藍里の眠そうな声に、香苗はそう答えることしか出来なかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~






「ふぁあ~!終わったぁ…!」

家に着いてレポート作成に取り掛かってから2時間後、藍里は伸びをして机に突っ伏した。


「それにしても………ほんとに眠い………聞き込みのために5時に起きたからなぁ………。」


立ち上がって寝室へ向かうとベッドに向かってダイブをした。
いつも肌で感じている布団の感触が、藍里の疲れに触れて心地よい感覚を与える。


睡魔が藍里を誘い込み………藍里は抗うこともせず、そのまま瞳を閉じた…………。

















ピンポーン














アパートの古めかしいチャイムが鳴り響いたせいで、藍里は目をぱっちりと開けてしまい、眠気が吹っ飛んでしまった……。


「誰だ…?依頼人かな?」



首を傾げながら、藍里は渋々とベッドから離れると、ドアの向こうにいる人物に返事をしてから、覗き穴から人物を確認する。

レンズの向こうから見えたのは、


「稲垣さんと、笠村さん…?」




だった。






どうしたんだろうと、目をぱちくりさせながら藍里は錠を外すとドアを開ける。


「やぁ。藍里ちゃん。元気にしてたかな?」


にこやかに笑う稲垣。
その姿は、さながら『優しいおっちゃん』という表現がふさわしかった。

「お陰さまで。てか、どうしたんですか?」


藍里の質問に、稲垣は顔をしかめると、周りを確認してから小声で話す。


「ちょっと、聞かれては困る内容でね……良かったら入ってもいいかい?」


その言葉に、藍里はピクリと反応し、頷いた。




稲垣がこうして、家の中にまであがって話すということは、大体事件絡みの話である。




~~~~~~~~~~~~~~~~~



ソファに腰かけた2人にお茶を出した所で、藍里は彼らの正面の椅子に座り、話を聞いた。


「…それで、何があったんですか?」


「笠村。説明を頼めるか?」


稲垣の言葉に、笠村は「はい。」と承諾すると、持っていた封筒を取りだし、藍里の前に並べる。

殺人事件の資料らしく、眉間から血を流している女性が、目をカッ!と見開き、ピクリとも動くような様子はなかった。


「……一昨日、嶋田 知抄(しまだ ちさ)という50歳の女が、自宅で死んでるのを発見されたんだ。

死因は見ての通り銃殺……

家の中は、通帳と印鑑は取られてなくてそれどころか、荒らされたような形跡も見られなかったんだ。争った形跡もない。」


嶋田知抄…………嶋田…………。



「嶋田……?あれ?どこかで聞いたことあるような……。」

そう呟いた藍里に、稲垣がつけたす。

「ニュース見てたらわかると思うんだけど、ほらこの間の銃を乱射した後に焼身自殺をした……。」


「ああ!あの人と同じ…!……てことは、この人まさか…!」

「察しがよくて助かる。そうだ。そいつの妻だ。」

焼身自殺をしたサーカス団長の嶋田俊司。
その人が死んだ翌日に彼女が何者かに殺されたという。
全く、世の中負の輪廻なんて本当にあるんだ。

と、藍里は思わずにいられなかった。


「つまり、その嶋田さんの奥さんを殺した犯人を探せってことですか?」

大体、こう言った時に来るのは、そういうときだからか、藍里は思わず訪ねた。


「いや、犯人はもうわかってる。監視カメラに映ってたからな。」


ところが、首を横に降った笠村がそう言い、藍里はすぐに違う用件を訪ねた。

「じゃあ、行方を調べる……ですか?」

「それも違う。そもそもそいつは、いるはずがねぇんだ。この世の何処にもな……。」

「え?は?どういう事ですか…?」


いよいよ笠村の言ってることがわからなくなり、藍里の頭が混乱しだした。笠村は、何かを決意したような顔をすると、ハッキリとした口調で答えた。


「…犯人は………嶋田知抄を殺した奴が……アイツだったんだよ………


焼身自殺をした筈の、嶋田俊司…!!」






笠村の言い放った言葉に、藍里は驚きのあまり目を丸くする……………。





死んだ筈の人物が妻を殺した…。更に監視カメラにもしっかりと映っているのだという……。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~


~警察署~


『がははははは!!ほらほら!早く逃げんと撃たれるぞ!!』


荒れ狂った嶋崎俊司は、2丁の銃を乱射して、観客達の悲鳴を楽しんでいるかのようだった。
やがて、両手をさげるとゆっくりと建物の中に入る。振り返り、両手を広げ……

『イッツ・ア・ショータイム!』

とテント中に彼の声が響き渡った。
そして、指を鳴らす音が聞こえたかと思うと、俊司の体は、足元から炎が上がり、彼を包みこんだ……。


それを合図であるかのように、下の窓ガラスが割れ、中から炎がチラリチラリと見えていた。




「…これは、サーカスの観客の1人が撮った動画だ。そして………こっちが監視カメラの映像だ。」


笠村が、慣れた手つきで機械を操作すると、テレビにパッと映し出されたのは、。近代風のその建物。夜のせいか、どこか気味の悪い写りになっていた。そんな中、1人の女性がその家の玄関に向かって歩いていた。
暗闇の中でも性質のいいカメラのお陰もあり、その顔はしっかりと見える。写真で見た嶋田俊司の妻、知抄で間違い無さそうであった。

彼女は、鞄の中から家の鍵を取り出すと、鍵穴に差し込み、なかに入った。 
なにかいいことがあったのか、とてもご機嫌な表情を浮かべて、『ふん、ふふん。』という鼻唄らしきものも聞こえた。

(なんだ…?なにか引っ掛かる……。)

顎に手をやって、眉間にシワを寄せる藍里はその画面を見つめる。


「おい。ここからだ。嶋田俊司が出てくるのは。」


笠村に促されて、藍里はハッと我に返ると食い入るように画面を見る。
しばらくすると、その家の前に1人の男がやって来ると、なんのためらいもなく、インターホンを押す。


その人物が、死んだ筈の嶋田俊司であるらしかった。
ニュースで見かけたあの、燕尾服にロイドメガネのイメージが強かったせいか、どこか違和感を感じる。が、それは正真正銘の嶋田俊司とであることは、稲垣から手渡された写真がそう言っていた。



なんのためらいもなくドアを開けた知抄は、彼を見ると目を真ん丸に見開き、持っていた赤い手帳のようなものを落とした。文字通り言葉を失って口をパクパクさせていた。

後ずさる知抄。

俊司は、ズカズカと中に入り込む。そこで扉が閉まったかと思うと、直後に『バン!』という破裂音が響き渡る……。

恐らく、銃で頭を撃ち抜かれたのだろう……。


そして、ゆっくりと扉が開かれると、俊司が現れて何事もなかったかのようにスッと、扉を閉めてその場から立ち去ったのだ。









「専門家にも見てもらったが、これは、嶋田俊司で間違い無さそうだ。」

「焼身自殺した人が生き返って奥さんを殺したってことですか?そんなオカルトチックなことあるんですか?」

「それがわかりゃ、とっくに解決してる。不可解なことはそれだけじゃねぇ。このカメラに写ってるのは確かに嶋田俊司だった。だが、その時嶋田がここに来ることは不可能だったんだ。」

笠村の言葉に首をかしげる藍里。
付け足すかのように稲垣が間にはいる。

「嶋田俊司の遺体は、こちらの霊安室で保管されているんだ。アイツの派手な自殺のこともあって、調べるためにね。そして、その霊安室には警備員が必ず見張りを置いているんだ。ところが、奥さんが殺されたその日、霊安室から誰か出てきた人もいなければ、近づいた人もいなかったそうだ。
そのあとに、焼身遺体を確認してもらったけど、確かにそこにあったそうなんだよ。」

「…駄目だ。幽霊がやらかしたとした思い付かない。」

「んなことあってたまるか!!」

藍里の言葉に、笠村が突っ込むかのように言った。



続いて稲垣が持ってきたのは、殺された知抄の現場の遺留品や証拠となる写真であった。

出されたものは、

・遺体の写真
・下駄箱の下にあったという婚約指輪。


だけであった。




「………ひとつ足りなくないですか?」

そんなことを言い出した藍里に、2人は目をぱちくりさせる。

「…なにがだい…?」

稲垣の質問の後に、藍里はリモコンに手を伸ばすと、知抄が殺される直前……知抄が扉を開けた瞬間の映像で一時停止をした。


「これです!……この時、知抄さんは赤い手帳のようなものを持っています。金目のもの狙いでなく、知抄さんを殺すだけなら、この手帳があるはず。

ところが、警察の捜索のこの結果を見ると、赤い手帳に関することが、全く触れられていません。」

映像と、資料を見比べた笠村は、『……言われてみりゃぁ……。』と小さく呟いた。

「この手帳をアップしてみよう。」


稲垣が、マウスをいじると、知抄が持っていた手帳が画面一杯に広がり、金色の文字で花のような模様と、「日本国」という文字が見えた。

「……これは、パスポート…?旅行にでも行くのか?」

「…近所じゃ、仲のいい夫婦と言われていた。けど、旦那が死んで2日後に海外に行く……傷心旅行か…?」

「いえ。知抄さんが家の中に入るとき、上機嫌で鼻唄も歌ってみえました。どちらかというと、

旦那さんがいなくなってホッとしてる……とみてもいいかと……。」


知抄の消えたパスポート。
家に入るときの様子。
どうやら、何かあるのかもしれない。



その後、稲垣達は嶋田俊司と妻の知抄のことを調べた。
近所の人からみた2人の関係、異変がなかったかなど…調べるためだ…。


藍里は1人で、そんな2人の1人娘である悠子(ゆうこ)に聞き込みに向かっていた。彼女は監察医で、自分の父親を解剖したらしく、遺体の状況は、彼女が一番よくわかると言うのだ。


相談室に通された藍里のもとに、長い茶髪を後頭部でひとつにまとめて、眼鏡をかけた女性が現れた。

「…はじめまして。私が嶋田俊司と知抄の娘の悠子です。」

名刺を差し出した悠子は、藍里の正面に座ると、緊迫した面持ちで話始めた。

「話は刑事さん達から聞きました。…確かに、私は父を解剖しました。死因は間違いなく焼身……。それ以外には外傷はありませんでした。それは、乙羽さんも証明してくれています。」

「おとば……?」

「乙羽拓也。私の先輩です。」

「彼は、いい監察医だ。どんな小さなことも見逃さないから、彼との立ち会いは間違いではないよ。」

話に入るかのように付け加えたのは、彼女たちの上司の飯島健斗(いいじま けんと)だ。
飯島は、ビシッと藍里に指差すと、

「刑事さん達に伝えたまえ。うちの有能な者達を疑うことは許さん………とね。」

とだけ言い放つと、そそくさと出ていってしまった。
その背中を見送った藍里と悠子。
彼女は申し訳なさそうな顔をして

「ごめんなさい。今回のことで、少しピリピリしてて……。」

と謝罪をした。

「お気になさらず。」

「そう言ってくれると、幸いです。」

にこりと頬笑む悠子に藍里は、さらに聞いた。







「ご両親の仲を伺ってもよろしいでしょうか?」


「父と母は本当に仲良しでした。週末には2人で旅行に行ったり……正にお互いがお互いをささえ会うといったような………なのに……なのに……!」


そこで、悠子は、嗚咽を漏らしながら唇を噛み締め、頭を垂れた。
それほどいいご両親だったようだ。
それが、今回の事件で一気に亡くしてしまったのだ。なにも感じないわけがない。 

「悠子。そろそろ時間だ。」

扉がノックされたかと思うと、外から黒い髪にショートカットの男が現れた。
彼女は、涙をぬぐうと

「…はい。乙羽さん。」

と答えた。彼が乙羽拓也らしい。」

乙羽は、ちらりとだけ藍里を見ると、悠子の肩を抱き支えながら外へと向かってった。
その手つきは、まるで恋人のような……大切な人を守るために行ったようにも見える。


(あの2人、恋人なのかな?)


そう思いつつも、藍里は相談室をでると、そのまま外へと出ていった。





その建物から出てきた藍里を、ひとつの影が忌まわしそうに睨んでいて、奥歯を噛み締めた。
その人は、ポケットの懐のポケットをさばくると、そこから、ギラリと太陽の光を受けて銀色に輝くナイフが姿を見せていた。






~~~~~~~~~~~~~~~






笠村たちが気になった情報は以下の通りである。

1つ目は、俊司の葬儀の時、妻の知抄は悲しそうには見えなかったこと。

2つ目は、近々海外に移り住むと話していたこと。

そして3つ目……1人の人が目撃したことだが、昼間に嶋田家に見知らぬ若い男が入ったとのこと。
後に妻の知抄が言うには、自分の遠い親戚だという。

「…けど、親戚じゃねぇ可能性が考えられる。何しろ……昼間から……聞こえたらしいんだ。」

「……なにがですか?」

首を傾げる藍里。それに舌打ちをした笠村は

「………男と女が2人だけですることっつったら1つだろうが。察しろ。」

「あぁ、はい。すみません……。」

ようやく気づいた藍里は、少し気まずそうに視線をそらしたが、そのあとすぐに切り替えると、

「でも、これでわかりましたね。あの時……あの監視カメラに写ってたパスポート……。」

「あぁ。知抄は、不倫をしていた可能性が高い。そして、その不倫相手と海外へ移り住む筈だった。そんな中、突然、夫の俊司が自殺をし、知抄はチャンスだと思ったが2日後に死去………。」

「…しかも殺した犯人は、死んだはずの夫……。」

「この事件……色々と裏がありそうだな……。」

唇を噛み締めながら、笠村は呟いた。
その空気を壊すかのように『笠村さん!』と言う声が聞こえてきた。顔をあげた笠村の元に、捜査員らしき人物が敬礼をして答えた。

「村本さんからご伝言です!」

「……またかよ…。」

呆れたかのように答えた笠村は、はぁ。とため息をつきながら眉間の皺を押さえるかのように呟いた。

「村本……?」

聞きなれない言葉に、藍里は首を傾げた。

「村本亮平。つーか、名前くらいは聞いただろ。」

「え……?」

「今日、お前があって話をした、嶋田俊司と知抄の娘……
そいつの夫だ。」

















暫しの沈黙のあと、藍里は発狂した。
















「ええええ!?悠子さん、結婚してるんですか!?」

「今気づいたのかよ。そうだぞ?双子の男女もいる。」




笠村がそう答えたが、藍里の頭の仲はぐるぐると渦巻いていた。




(まって?まって?確かに、名字は聞かなかったから悠子という名前しか知らなかった。けど、乙羽さんは恋人のように接してて……?でも、名字ちがくて……?)





つまり、藍里の中で導かれた結論は…………











娘の悠子も、不倫をしている可能性がある。


……だった。




(まさかな……あんな綺麗な人が浮気するとは思えないけど……あー、でもあんな美貌なら男はほっとかないかもなぁ。あんなべっぴんさん……。)



頭の中にグルグルと暗雲が浮かんだ。
笠村の口ぶりからして、悠子さんは結婚してるそうだが、乙羽とは恋仲にありそうだった。いや、もしかしたら、乙羽の一方的な愛情なのかもしれない。

どちらにしてもまさに、昼ドラの1シーンのようで修羅場を漂わせそうな感じる。


「藍里ちゃん!」


稲垣の声に、藍里は我に返って顔をあげる。彼は、手帳を開くと、数枚めくったあとにそこに書かれているであろう内容を話した。

「あれから知抄の最近の出来事を調べたんだ。

彼女は殺された日の昼間に、銀行のATMでお金を降ろしてる。それも、お小遣い程度じゃない。下手をすると、高級ブランドバックが4、5個買えてしまうほどの額だ。更に、彼女のパスポートは、家のどこを探しても見つからなかった。監視カメラの映像から、犯人が持ち去った可能性が十分に高いと言える。」

「パスポートを持ち出す?何でそんなまた……。」

「…あの犯人が赤の他人だったなら、ストーカーも考えられるけど、今回はそういう訳じゃなさそうだからねぇ。」

頭をかきながら、稲垣はぼやいた。
続けて、笠村もため息をつきながら

「悠子の旦那もキレて言ってきましたよ。妻を疑うんじゃねぇって……。」

と答えた。
そこまでしてかばう旦那さん………それなら悠子さんは、とても大切にされているんだなと、藍里は思わずにはいられなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日。


大学の講義をそっちのけで、藍里は事件のことをぼんやりと考えていた。机には、事件を整理するためのノートが広げられている。


(あの人たちの身の回りの関係とかもそうだけど、最大の問題点は、どうやったら死んだ人が生き返ったかなんだよね。)


あれから、藍里は可能性を導きだした。

・知抄を殺した俊司は実はそっくりさんだった
・あの時、俊司は死んでなくて、別の遺体を置いた
・あの、パフォーマンスは実は映像だった



1つ目の可能性は、知抄を殺した俊司は、専門家に何回も分析してもらい、別の専門家にも見てもらったが、本人であることは間違いないらしかった。

2つ目の可能性はあっさりと否定された。
娘である悠子の判断。そして、彼女の先輩でもあるベテランの乙羽も立ち会っていたのだ。
さらにそのあとに上司である飯島も立ち会っている。

3つ目の可能性…。
最近よくあるプロジェクトマッピングも可能性として考えたが、監視カメラで彼が建物の中に入るのを確認されていた。


何度整理しても、犯人のミスや証拠が見当たらない。
慎重になるのは犯人なら当たり前なのだが、ここまで証拠を残さないのはかなり厄介である。




そんな藍里の様子を斜め後ろにいた男性がチラリと見ると、一瞬眉間にシワを寄せたがすぐに何事もなかったかのように、ノートに目を落とした。






結局、講義をまともに聞くことなく、時間だけが過ぎていった。





チャイムがなり、その時間の講義が終わりを告げる。
隣にいた哲也達と一緒に食堂へ向かおうとする藍里に

「森野。」

という低い声が聞こえてきた。
振り替えると、先程藍里を後から睨み付けていた男性が険しい顔でこちらを見ている。

「……なに?」

「おまえさ。いい加減やめたら?探偵ごっこはよ。」

「は?」

突然の言葉についていけず、藍里は思わず声を裏返した。

「推理力がある?閃き力がある?だからなんだよ。んなの、ちっと本読みゃわかるわ。そんな、趣味程度で始めた探偵ごっこ……さっさと看板たためよ。そんで、この『浮島晋也がいい推理してくれる』って言えよ。」

「……何でそこまで言われなきゃいけないの?私は探偵やめるつもりはないし、あんたにそこまで言われる筋合いもないね。」

「んなの、お前には関係ねぇし、テメェごときの推理認められんのごく一部の人間なんだよ。そんなヤツらのために、何でごっこしなきゃならねぇんだよ。それに……俺は、有名になりてぇだけだ。」

「てめぇ、一体なんなんだよ!いきなり現れて、探偵やめろだの有名になりたいだのほざきやがって!」

藍里の盾になるかのように、哲也が怒鳴る。
近くにいた輝や聖人も、浮島と名乗った男を睨み付けている。

「それ以上言うなら、僕たちもそれなりの対処をさせてもらうよ?」

「覚悟できてんだろうな?てめぇ。」


立場が危うくなったと感じたのか、飯島はふん!と鼻をならすと

「明日までにはたたんどけよ!探偵っていうレッテルはよ!」

と言い残して立ち去っていった……。


「なんなんだよ。言い逃げかよアイツ。」

哲也が舌打ちをすると、眉間にシワを寄せたまま浮島を睨み付けていた。

「藍ちゃん!気にしなくていいからね?あんなバカ野郎の言葉!」

「…わかってるよ。皆。ありがとう。ごめんね?まき込んじゃって……。」

「気にしなくていいんだよ。藍里の事を嫉妬してるだけだ。」


輝が優しく微笑むと、藍里もつられて顔をほころばせて頷いた。








昼食後。
共に帰路につきながら藍里は、輝に遺体の状態と、様子を伝えつつも今回の事件の犯行について訪ねた。
何度頭で整理しても、死体が生き返ったとしか思えないからだ。

「それは………確実に死んでるな……。生きてるとは考えにくい。」

「そうなんだよね……。」

「…ねぇ。これは考えたくないことなんだけど、その3人がグルだったってことはない?」

「グル?」

「俊司が自殺したあと、あの3人の誰かが変装して……知抄さんを殺害したとか。」

「それも考えたけど、監視カメラに写ってた男の身長は、約167㎝。娘の裕子さんは155㎝にたいして、乙羽さんは188。飯島は177㎝なんだよ。」

「身長は、誤魔化すこともできるけど……ああ。監視カメラだと合成は考えにくいね。」

「それに、3人にはアリバイがある。東京の学会に行ってて、帰ったのは次の日の朝だったみたい。学会に参加してた他の医師達も証言してる。」

「白………か。」

ポケットに手を入れながら呟いた輝。
その直後だ。

「あ。森野さん?」

そんな声が聞こえてきた。振り替えると、そこには悠子がいた。隣に立っているのは、旦那だろうか。

「悠子さん。こんにちは。旦那さんですか?」

「え?ええ。夫の亮平です。」

悠子が紹介したあと、亮平がにこやかに頭を下げる。

「村本亮平といいます。あなたの噂は聞いています。」

「どうも……。」

「………。」


「…?悠子さん?」

藍里は、俯いて元気がない悠子に首をかしげる。
ハッと我に返った悠子は、ニコリと笑い

「ごめんなさい。少し、考え事を…ね。」

と言葉を濁した。

「では、急いでますので失礼します。」

そう言い残して立ち去った。
亮平に肩を抱かれた状態で、悠子は歩き出し、その姿はさながら、連れ去られるような形であった。


「………あの人……どこか痛めてるのかな?」

「え?」

突然何を言い出すのかと、輝のその言葉に藍里は目をぱちくりさせる。

「体を少し左に傾けていたんだ。最初は、そういう癖なのかと思ったけど、なにかモゾモゾしてたから、痛みをこらえてるように見えてさ。」

輝の言葉に藍里は、悠子の背中をおってみる。
…………確かに……←どこか、ぎこちないところがある。


「…もしかしたら、何かあるかもしれないね。」

輝の言葉に1つだけ頷く藍里。




続く
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