根岸アリアはお茶がしたい

原野伊瀬

文字の大きさ
19 / 29
デート編

不可解な電話

しおりを挟む
6月3日 午後3時46分


 六月に入り、短い春を追い立てるかのように海からの風が新緑に萌える木々を揺らす。日に日に陽射しが強まり、アリアのお気に入りセーラー服も昼間は少し汗ばむようになっていた。
 連日、ニュースやワイドショーでは『ラテアート殺人事件』の話題で持ちきりだったが、アリアにとっては既に終わった事件。あの人が良さそうだが、幸も薄そうな大学生がその後どうなったのか、知る由もない。
 そんなことよりも今、〝名探偵〟の頭を悩ませているのは二の腕に付いた脂肪だ。

〈最近、やたら甘いものを食べたり、飲んだりしたからなぁ……〉

 まだ衣替えには若干の猶予があるものの、早めにシェイプアップするにこしたことはない。

 〈そして……夏になったら友達や彼氏を作って海に行きたい!〉

 そんな訳でアリアは私立グリシーナ女学院のカフェテリアで普段は飲まないブラックコーヒーを頼み、花壇に面したテラス席に陣取ると夏に向けて綿密なイメージトレーニングを行っていた。

 アリアが通っている〝グリ女〟には他にもフルオーケストラの演奏が可能な講堂や総合運動場、図書館、宅配ボックス付きの寮まで存在する。それでいて敷地全体が緑で囲まれているため、とても街の中にあるとは思えない。

 まさに箱入り娘のための完璧な箱庭、ヒキコモリ達のアヴァロン。
 しかも維持費はほとんどOGなどの寄付で賄われているため、学費は平均的な私立高校と変わらないという冗談のような学校だった。
 当然人気も高く、全国から優秀な生徒が集まっているはずなのだが、噂好き・話し好きなのは他の女子校と変わらないらしい。
 隣の席では同じクラスの女子たちが賑やかに談笑していた。

「ねぇ、聞いた? 『ラテアート殺人事件』、犯人捕まったんだって!」

 ブルートゥースのイヤフォンから流れる曲と曲の合間に、隣の席の談笑が漏れ聞こえる。

〈あれからもう3日か……〉

 いつもなら真相にたどり着いても、それを警察に伝える方法に苦慮するところだが、今回の事件に限ってはその煩わしさもない。

〈警察関係者の身内ってのも、何気に便利かもね……〉

 ベレー帽をアイマスク代わりに顔の上に乗せたまま、アリアはポケットの中のアイフォンを操作して、プレイヤーの音量を下げた。

「それって、あの山の手にある喫茶店でしょ? わたし、前にあの店に行ったことあるよ! やっぱ犯人ってマスター?」
「違う、違う! なんか、殺された人の友達らしいよ」
「怖ーっ! それって、二人で一緒に行って、相手に毒を飲ませたってことでしょ!?」

 どうやら警察はしかるべき犯人を捕まえたらしい。
 逮捕に踏み切るまで時間がかかったのは、アリアが託した突拍子もない推理を慎重に慎重を重ねて検証し、裏取りしたためだろう。

「女の友情なんて所詮そんなもんだって……わたしの推理によれば、動機は男絡みだね!」
「あ、絶対にそう! 殺された方が犯人から男を略奪愛したんだって!」

 熱を上げる彼女たちとは対象的に、いよいよ事件に興味を無くしたアリアが再びアイフォンのボリュームを上げようとしたその時――。

――Lu!Lu!Lu!Lu!Lu!

 突然、けたたましいコール音がアリアの耳の中に直接響き、危うくウッドチェアから転げ落ちそうになった。しかもその拍子に操作を誤ってしまったらしく、相手に繋がってしまう。

『あ! もしもし、探偵さん?』
「――ンげ!?」

 聞き覚えのある声にアリアはおもわず毒づいた。
 幸い、向こうには聞こえなかったらしく、スピーカーを通してなお能天気そうな声が聞こえてくる。

『探偵さん、大丈夫? もしかしてまだ授業中だった?』
「や、まぁ授業はとっくに終わってるんで……」

 アリアはポケットからスマホを取り出すと椅子に座り直した。
 事件の真相について何か分からない事があった時のため、創介とは一応連絡先を交換していた。でも、まさか本当にかかってくるとは思っていなかったので、アリアはアドレス帳に入力すらしていない。

〈真犯人が逮捕されたのに、今さら何の用があるってんだか……〉
『良かった。それでこれまた突然で悪いんだけど明日って空いてないかな?』

 犯人を送検する上で、アリア本人が直接証言する必要でもあるのだろうか?
 正直、メンドくさいとは思いつつもアリアは返事をする。

「はぁ、まぁ空いてるっちゃ、空いてますケド……」
「良かった! じゃあ、アーケード街にある『ブックエンド』っていう喫茶店に12時に――」
「明日の十二時、アーケード街の『ブックエンド』ですね、分かりました。それじゃ」

 待ち合わせの時間と場所を確認すると、アリアはさっさと電話を切った。

〈まさか事件が解決しても、まだあの大学生と会うハメになるなんて、今日は厄日だ……〉

 験直しに、なにか注文しようとふと顔を上げたところ、隣で談笑していた女子たちと目が合った。

「な、何か用……?」

 二人の顔にはなんとなく見覚えがあったが、話した回数は両手の指にも満たない。
 にもかかわらず、二人ともニヤニヤと口元を歪ませて目が輝いている。さながら、獲物を見つけた野良猫のようで、アリアは背筋に冷たいものを感じた。

「ね、今の電話って、もしかして彼氏?」
「――はぃっ!?」

 予想外の質問に、おもわず声が裏返ってしまう。
 そんなアリアの反応を肯定と捉えたのか、女子達はますます目を輝かせ、身を乗り出してきた。

「わたし、この前、見ちゃったんだ~! 根岸さん、大学生くらいの男の人と地下鉄に乗ってるトコ」
〈うぁ、ヤッバ! この目撃者、今すぐ消さなきゃ!!〉

 おもわず不穏当な考えが浮かぶが、アリアは顔と両手を脱水機のように振って全力で否定する。

「ち、違う、違うっ! アレはそんなじゃなくて……なんというか、疫病神?」
〈うむ、我ながら言い得て妙だ〉

 しかし二人とも、アリアの言葉にはまったく耳を貸さずに、好き勝手に想像を膨らませていく。

「へぇ~! 根岸さん、頭良いし、クラスでも大人しいからてっきりそういうの奥手だと思ってたけど、意外だね!」
「デート、ガンバって!」
「だからデートじゃないってば……!!」

 アリアは逃げるようにカフェテリアを後にする。
 ベレー帽ごと頭を抱えながら、ふとクラスメイトの言葉が脳裏をよぎる。

〈デート……じゃないよね?〉

 あの大学生、ヘンに気が回るから、事件解決のお礼ということも十分ありえるかもしれない。

〈そういえば、結局喫茶店デビューできなかったしなぁ……〉

 こうも早くリベンジの機会が巡ってくるとは思わなかった。
 しかも今度はオトコと待ち合わせ……。

「いやいやいやいやっ……! たとえそうだったとしても相手があのチャランポランじゃときめくかーっ!!」

 寮に戻ってからもアリアは悶々としたまま明日を待たなければいけなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...