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デート編
探偵は推理を騙る
しおりを挟むたかがアレルギーと言って、バカにしてはいけない。国内でも毎年五十名以上が何らかのアレルギー物質を原因とするアナフィラキシー・ショックで命を落としているのだ。
そもそもアレルギーとは何か?
それは体内に入った異物を排除しようと免疫機能が過剰防衛することで引き起こされる。症状は目や鼻、口といった粘膜の炎症、発疹、呼吸困難など、軽重は人それぞれだが原因物質を短時間に大量に取り込むほど悪化する傾向にあり最悪の場合、命を落とす。
そして花粉症が他のアレルギーを誘発することもあるのだ。
「交差反応と言うそうです……や、ウチの姉さんもシラカバ花粉症なんですけど、ね? 前に同じような時期に家族でさくらんぼ狩りに行たら、口の中が真っ赤に腫れて大変だったんですよ」
シラカバ花粉が原因で、リンゴやモモ、サクランボといった果物を食べると口腔アレルギーを発症してしまうケースは非常に多い。
「そしてトマトも……そんな交差反応を引き起こす食べ物の一つだと言われています」
まるで犯人を名指しするかのようにアリアの細く白い指先がテーブルの上にあるタコサンドを指さした。
真っ赤なタコソースに混じって小さくカットされたトマトがコッペパンの中に詰まっている。
無意識のうちに皿から体を遠ざけた男に向かってアリアはヒラヒラと手を振った。
「ああ、安心してください。そのぐらいの量じゃフツーは死にません。せいぜい口の中が荒れるか、肌がかゆくなるだけです」
そこで一呼吸置き、アリアは水差しをチラリと見た。
「ただし……別な方法でトマトを大量に摂取させられていたら話は別ですけど」
まるでアリアの指先から見えない力が放たれたかのように女性店員はビクッと反応した。
「こ、この中にトマトが入っているとでも? よく見てください! 透明じゃないですか!? そ、それにお客さまもお飲みになったハズっ……トマトの味なんてしなかったでしょう!?」
言葉づかいは丁寧だがヒステリックに叫ぶ女性店員を無視してアリアはカウンターに置かれたサイフォンに目を向けた。
「この喫茶店では最近、透明なミルクティーを出してくれるそうですね」
その問いに答えたのは男の方だった。
「ああ、みさきちゃんがアキコにインスタ映えするからって、教えてくれたんだ」
〈なーる……そうやってこの被害者をおびき出したわけね……〉
アリアは心の中で独り頷くと推理を続けた。
「最近は飲み物をなんでも透明にするのが流行ってるみたいで、透明なミルクティーに透明なコーラに透明なコーヒーなんていうのもあるみたいですね」
女性店員は押し黙ったまま、ジッと自分の足元を見つめている。
「……そして透明なトマトソース」
アリアの言葉が衝撃の電流となって女性店員の体を震わせた。
「知り合いの料理好き――いえ、料理と見た目以外は取り立てて見るべき所が無い、お人好しで幸も薄そうだけどいつものほほんとしているお気楽な大学生が教えてくれたんですケド……」
〝名探偵〟の口から理路整然と語られる罵詈雑言に犯人も被害者もおもわず目を丸くした。だがアリアは構わずに続ける。
「皮を剥いたトマトをミキサーにかけ、コーヒードリッパーで何度か濾すと透明なトマトソースができるそうです。彼が言うにはゼラチンと混ぜてジュレにして、それを茹でたエビやホタテ、カマンベールチーズなんかとあえてカッペリーニを作ったりするんだとか……」
その時、腹の虫がアリアの小さなお腹の中でぐずついた。
「………………」
犯人も、被害者も、誰も何も言わない。
ただ針のむしろのような無言の時間だけがアリアの羞恥心を刺激し、頬を熱くさせた。
〈なんか、もぉ……おうち帰りたい……!〉
創介が訊いてもいない料理の詳細な説明までしたおかげで、バカラグラスよりも繊細な女子高生の心は砕け散りそうだ。
「コホン……! アナタが透明なトマトソースで作ったのはジュレでもゼリーでもなく氷です」
遅刻中の飯テロ犯に対する憤りを覚えつつ、何事もなかったかのように推理を続ける。
「透明なトマトソースから作られた氷は普通の氷とほとんど見分けがつきません」
それに対して犯人がヒステリックな声で反論した。
「でも、味は? 水を飲んでいてトマトの味がしたらおかしいって普通なら気付くでしょ!?」
「だからアナタは水差しにレモンも入れたんです」
人の味覚とは不思議なもので、無意識のうちに匂いや見た目といった情報に惑わされてしまう。例えばかき氷のシロップや果汁入りグミを目をつぶって鼻をつまんで食べ比べてみると、ただ甘いだけで何の味なのかまったく区別がつかない。
「酸味を感じたとしても、見た目とより強いレモンの匂いのせいで脳はそれをレモンの味だと勘違いしてしまうんです」
犯人はじっと押し黙ったまま、男ともアリアとも目を合わせようとしなかった。
〈このへんがたたみかけどころかな……?〉
「犯人のとった行動はこうです。まず今カノを通じて元カレが店に来るように仕向け、透明なトマトの氷を用意する。元カノですから、アナタが辛い物が好きなことやコップの氷を食べるクセを知っていたのでしょう。そして案の定、あなたはいかにも辛そうなこのタコサンドを頼んだ」
「そういえばみさきちゃん、『これがウチのオススメ』って……」
女性店員を見る男の目が不審から恐怖へと変わっていく。
「そしてこの蒸し暑い店内……あらかじめ冷房が故障するように細工でもしていたのでしょう。暑ければ喉が乾きますし、更に言えば、熱いものよりも冷たいものを食べた時の方が辛さは弱くなります。アナタは自分でも気付かないうちに透明なトマトで出来た氷を食べ続け、いずれは許容量を超えてしまいアナフィラキシー・ショックに陥っていたかもしれません」
アレルギーの許容量は人によってまちまちな分、致死量が決まっている普通の毒物よりもある意味厄介だ。警察が死因を調べらたとしても、タコサンドの中に入っていたトマトを運悪くシラカバ花粉症の被害者が食べ、交差反応を起こしたのが原因だと判断される可能性が高い。
〈あるいは本気で殺すつもりなんてなくて、単に体調を悪くさせる程度の復讐だったのかも……?〉
どちらにしろアリアは人が人を殺そうとする理由になど興味ない。
〈もう、早く九野さん、来ないかなぁ……〉
あの大学生と会うのをこんなに待ち遠しく思ったのは初めてかもしれない。
全て騙り終え〝名探偵〟が静かに黙っていると犯人の女性店員は何を勘違いしたのか、震える吐息と共にそれまで抑えていた感情を吐き出す。
「そう……そうよ! 全部、私がやろうとしたのよ……! コイツがっ、上場企業に内定が決まったこの私じゃなく、あんな女を選ぶから――」
「あ、そーゆーのいいんで」
「「えぇえっ!?」」
心底興味なさそうな顔で手の平を振るアリアを犯人の女も被害者の男性もキツネにつままれたような表情で見つめていた。
〈リア充がいくらイチャこらしようと、殺し合おうと構わないけど……殺るなら、私の居ないとこで殺ってくれ……〉
二人から目線を外すとちょうど入り口のガラス戸越しに長身のシルエットが映った。
「やれやれ……ギリギリ間に合っちゃったみたいですね」
悪態をつきつつもアリアの目は〝名探偵〟のそれではなく、十六歳の女子高生のものに戻っていたのだった。
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