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第四譚:記憶の花よ辻風と散れ
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しおりを挟む人の気持ちに敏感な君は、僕の穢い心を誰よりも先に見抜いた。
その鋭さも愛しいからこそ、僕は苦しい。生身で肉を削がれても何も感じないくらいには、君の冷えた眼差しが痛い。
まるで麻酔を射たれたかのように、心臓以外の全ての痛覚が遮断される。弱火で炙られたように、命の焔が少しずつ小さくなっていく。
自業自得だ。君を追いつめたのは僕、泣かせてしまったのも僕。
何一つ幸せと呼べるようなことをしてやらなかった、最低で屑な僕のエゴ。
ひとつ喜べるのは、君が僕を前に明確な怒りを表してくれたこと。当然なのだけれど、僕の気持ちを察して意識すらされないよりは、ずっとずっと幸福だ。
こんな不謹慎なことばかり考える僕だから、今よりさらに救いようのない過ちを犯そうとしているんだなーー
嗚呼、こうしてまた君の意識が遠のいていく。
町から少し外れた通り。雨の跡が乾いていない石床の上で、イリヤは自身を落ち着かせるように長針の柄を握りしめた。
「お前、ティカルっ、お前、生きてたのか!?」
頭が回らず視界も白くチカチカと、焦る余り声が声になっていないのが自分でも分かる。彼はイリヤにとって、決して、決して忘れてはならない男だったからだ。
ティカルと、そう呼ばれた少年は白衣をはためかせ屋根から飛び下りた。襞状の長布と赤いロープが細やかにしなり、腰から伸びた鞘が金糸雀の色に閃いてーー彼の身の丈をはるかに超える大剣が姿を現す。
「聖剣抜刀ーーあんたは誰の事を話している?」
琥珀の色をした眼光が、困惑に眉を寄せるイリヤを感慨なさげに見下ろした。どころか、自分などまるで最初から眼中にないように。
「……おまえ、本気で覚えていないのか?」
イリヤは呆然と突っ立ったまま剣撃のみを受け止め、自身からは何の一振りも繰り出せずにいた。
シラを切っているのか、それとも他人の空似なのか……目鼻立ちとやや低めの声質どれもまさにイリヤの知るティカルという人間そのものを示している。しかしあのような大振りの剣に見覚えはない。現時点における判断材料は少なすぎた。
「だから何の話かと聞いている」
「俺だよ俺! イリヤだ! 最初に会った時、ユーノと一緒に俺を勧誘してきただろ!」
こちらを鬱陶しげに凝視する彼の目はエイドのような虚構を湛えた瞳とはまた違う、胸の内まで渡っていくようなおぞましい冷たさを秘めている。イリヤは一瞬汗を光らせるも、それでも怯まず彼を見据え続けた。
「ユー、ノ……」
冷ややかな形を双眸を崩さずも、ティカルの動きがわずかに鈍る。記憶の糸を手繰っているというよりは、何かしら言い淀んでいる、言葉を選んでいるような様子であった。
「覚えてんだろ? はっきり思い出せ! 俺と! お前は!」
彼の様子から確信を得たイリヤは借問を畳み掛ける。
「……その男は、もう死んでいるはずだ」
金色の切っ先がイリヤの手元からあっさり離れる。すると箔が剥がれたように、ティカルの大剣はみるみる粒子に覆われ、それは中肉中背の少年が握れるほどの一振りに収まった。
「ーーは?」
彼の言葉が飲み込めず、イリヤは瞬時に固まる。握っていたはずの柄の感覚がなくなり、指をすり抜け煉瓦に落ちた長針は乾いた音を立てて術式の残りかすと消えた。
「旅人殿、彼は危険です! 此処は一旦下がって……」
「待ってくれデュース、こいつは!」
デュースはイリヤの肩を掴むが、イリヤはその手を制しティカルに歩み寄る。
「この話はもう終わり。悪いけど君に用はないんだ。僕は僕自身の使命を遂行する」
しかし彼はイリヤの言葉を一蹴して、再度デュースへ刃を向けた。
「使命って、あんた……」
イリヤが言い終わらぬうちに、彼はーー“聖剣使い”のティカル・カンリフは、腰下の長布と赤いロープにその一振りと同じ輝きを放つ術式を纏わせて隣の男に斬りかかる。
「デュース・トレイシー……君は、知ってはいけない禁忌に触れてしまった」
乾いた唇が細やかに動く。すると立っていたはずの空間が布のように裂け、気付くとイリヤは二人の次元から完全に意識を断たれてしまっていた。
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