ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

ロザリア

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モヤモヤしてろくに味もわからず食事を終える。
注目を浴びながら小さなミスもないように。
そんなことを考えながらただ無言のまま口に運ぶ食事が美味いはずがない。

そのまま階を変えて今度は夜会。
豪華な衣装を着せられた人族やエルフ族の代表騎士たちはオーケストラが演奏するフロア内に集う。

英雄エロー伯爵へご挨拶申し上げます。ヴァレット・グラニエと申します。拝謁の機会を賜り光栄です」
「お初にお目にかかる」

会話が出来る夜会に変わった途端にこれ。
パーティスタッフからシャンパングラスを受け取り一口呑んだと思えば次々に人が来て延々と対応に迫られている。

英雄エロー。あちらにドラノエ侯爵がおられます。ご挨拶を」
「待ってくれ。まだヴァレット卿と話してる」
「いえ、私はこれで。貴重なお時間をいただけましたこと感謝申し上げます」

権力者を見つけたらしいジャンヌに話の途中で遮られ、気遣って去って行く代表騎士に深く頭を下げる。

「ジャンヌいい加減にしてくれ。まだ会話の途中だったのに遮るのは失礼すぎる」

代表騎士同士で親睦を深めるための夜会だから、声をかけてくる人に愛想を振りまいて話を合わせてとするのは構わない。
ただ、ジャンヌが相手の身分で会話の終わり(時間の長さ)を決めて追い返してしまうから、相手のことをよく知る暇もない。

「いいえ、英雄エロー。騎士爵のヴァレット卿では英雄エローと繋がりを持つ相手として相応しくありません。それよりも侯爵家との繋がりを持つ方が有益です」

今話していた人の爵位は騎士ナイト
騎士ナイトより侯爵マーキスの方が貴族階級が上なことは分かってるし、一応俺も貴族な訳だから挨拶程度はしておくべきだと思う。
でも身分(爵位)で繋がりを持つのが相応しいとか相応しくないとか俺は思ったことがないし、ヴァレット卿が暮らす領地の話は興味深くて面白かったからもっと聞きたかった。

「俺にとって有益かどうかなんて関係ない。相手が誰であろうと会話の途中で遮るのは失礼だ」

しかも侯爵の名前を出せば階級が下のヴァレット卿が気遣って引くことを分かっていて言っているんだからタチが悪い。

「いいえ、英雄エロー。貴方は特別な御方なのです。国王陛下より賜った英雄エローの称号にもっと責任を持ってください。貴方の言動が英雄エローの称号を輝かせもすれば穢しもするのですよ?」

そのジャンヌの言葉にゾッとする。
俺が居た世界にも似たことを言う客は居た。
NO.1の座を穢すなと。
そんな客が見てるのは俺ではなくNO.1という

「そんな面倒な称号、返せるものなら今すぐ返したい」
「どちらへ行かれるのですか」
「着いて来ないでくれ。一緒に居るとキレそうだ」
「お一人になられては困ります」
「ここでキレて英雄エローの称号を穢されたくないだろ。ジャンヌにとっては大事な称号なんだからな」

これ以上一緒に居たら怒りを抑えられそうにない。
身分で人の善し悪しを語るジャンヌは俺が嫌いな魔導師の考えそのものだ。

「シンさま?」
「もうみなさまとお話は済んだのですか?」

ジャンヌから離れ歩いていると声をかけてきたエドとベル。
二人も他の領地の代表騎士と交流をしていたのにすぐに気付くところはさすが。

「ジャンヌさまと何か?」
「一人になって少し頭を冷やして来る。しばくしたら戻るから二人もゆっくり他の代表騎士たちと交流しててくれ」

後ろから追いかけて来たジャンヌを見て何かあったと察したらしく、心配そうに見上げるエドとベルの頭に額を重ねる。

「お一人では危険です」
「今の俺に近寄る奴の方が危ない。一人にさせろ」

ジャンヌにもう一度言って足早にその場を離れた。


途中パーティスタッフから新しいグラスを受け取りバルコニーに出るとここでも交流を図れるよう席が用意されていて、一番目立たない奥の席に座って項垂れる。

さすがに堪えた。
英雄エローを崇拝するジャンヌが求めているのは万物の創造主である万能な神のように完璧な英雄エロー
だから英雄エローに相応しい相応しくないを自分の定規ではかって、相応しくないと判断したら邪魔をしてくる。

そこに俺の意思は関係ない。
大切なのは英雄エローの姿だから。
押しつけられる方はたまったものじゃない。

「クズに完璧を求めるなよ」

そう独りごちてグラスの酒をあおる。
上っ面の英雄エローなら演じることが出来ても元がクズなんだから完璧な英雄エローになんてなれるはずがない。

「失礼いたします。お呑みものをご用意いたしますか?」
「ああ、頼む」
「承知いたしました」

外で交流してる人たちも居るから順に聞いて回っているのか、跪いて声をかけてきたパーティスタッフにお願いする。

「……夜景が見えるのか」

スタッフが去って見たバルコニーの向こうに見える夜景。
それだけ自分がずっと下を向いてたってことなんだろうけど、周りに近代的な建物が多いだけあって夜景は綺麗だ。
明日の昼に宿屋が一般開放されるらしいからこの時間になっても明日に向けた準備が行われているんだろう。

『お待たせしました』
「ありがとう」

随分と持ってきたものだ。
瓶入りのエールや赤と白のワインやスパークリングワインといったこの世界でもポピュラーな酒はもちろん、貴族しか手を出せない貴重なウイスキー(に近い酒)やブランデー(に近い酒)など、スタッフが数人がかりで運んで来てくれた。

「本日はごゆっくりお寛ぎください」
「そうさせて貰う。ありがとう」
「身に余るお言葉をいただき恐悦至極に存じます」

今日はみんな移動日だったけど明日から早速訓練に入る代表騎士も多いから『』なんだろう。
こんなに準備してくれたところで一人では呑めないけど、ゆっくり寛いで貰おうとするスタッフたちの心遣いは伝わった。

「こんばんは。お一人?」

まずはブランデー(擬き)を呑むことにしてグラスに氷を入れていると声が聞こえて顔をあげる。

「こんなに一人で呑むの?」
「いや。スタッフが気を利かせて用意してくれただけ」
「余るようなら私も少し貰っていい?」
「どうぞ」

空のカクテルグラスを手に持って立っていたのは、赤い瞳と赤い髪、そして赤いドレスを身につけたグラマラスな女性。
日に焼けた健康的な肌の色をしているから、肌の白い人が多いブークリエ国の王都から離れた領地の人なんだろうか。

「私はロザリア。よろしくね」
「俺は」
英雄エローさまでしょ?白銀色の髪と瞳を持つ、背が高くて強くて美しい異世界人。ってバルトロさまから聞いてる」
「バルトロさま?」
「私が暮らしてる集落の長。お前は絶対無意識に失礼なことをするから英雄エローには近付くなって言われてたんだけど、気付かないで話しかけちゃったから仕方ないよね」

隣に座ってグラスに手を伸ばすロザリアのそんな話に笑い声が洩れる。

「白銀って特徴を聞いてたのに気付かなかったって凄いな」
「並んでるお酒の量の方が気になって。目が合って気付いた」

その言葉通り酒を選ぶのに夢中のロザリア。
英雄エローだと気付いても酒の方が重要らしい。

「寛いでたのに邪魔してごめんね。貰ったらすぐに行くから」
「気にせず座って呑んでくれ。頭を冷やしに来ただけだから」
「頭を?熱があるの?」
「そうきたか」
「え?」

ボケか本気か。
どっちか知らないけど変に畏まってないから俺も気が楽。

「いただくね。乾杯」
「乾杯」

自分で作って自分で呑んで。
本当に酒が目的で声をかけただけだったらしい。

「ここに居るってことはロザリアも代表騎士?」
「ううん。代表騎士の付き添い」
「付添人が代表騎士から離れて酒呑んでていいのか?」
「夜会の主役は代表騎士で私はただの付き添いだもの」
「あれ?付添人ってそんな気楽な立ち位置?」
「そうでしょ?みんなに自由時間って言われたよ?」

土地が違えば付添人の立場も違うのか、お互い首を傾げあう。

「呑んでることはみんなも知ってるってことか」
「うん。もう十八なんだからいい出会いを見つけてこいって」
「ああ、そっか。この世界の成人は十五だったな」
英雄エローが居た異世界では違うの?」
「俺が居た国は二十歳で成人」
「遅くていいなぁ。私の集落は十五歳過ぎると早く結婚しろって煩いの。お付き合いはしても結婚は簡単にできないよ」

アラサー女子が『親から結婚結婚言われて煩い』と嘆いているかのような会話に笑う。
それを十八歳の子が話してるっていうのが凄いけど。

「成人も二十歳だけど酒も二十歳まで呑めないぞ?」
「それはイヤ」

グラス片手に真顔で言うのが面白い。
そんなに酒が好きなのか。

英雄エローさまってもっと怖い人なのかと思ってた」
「見た目で?」
「バルトロさまが英雄エローに失礼なことをしたら処刑されるって言ってたから。だからすぐ怒る怖い人なのかと思ってたの」

処刑って……そんなことはしないのに。
お前は失礼なことをするからと言われたと話していたから近づかせないよう大袈裟に言ったのかも知れないけど。

「でも話してみたかったから怖い人じゃなくて良かった」
「俺と話を?」
「うん。王都の代表騎士に獣人族が居るでしょ?」
「居る」
「それ見て王都って凄いなぁって思って。獣人でも分け隔てなく代表騎士に選んでくれるんだもの。食事中にこっそり見たんだけど、二人とも姿を隠さず堂々としててかっこ良かったぁ」

ロザリアの話はエドとベルのこと。
俺と話してみたかったのも二人と同じ王都代表だからか。

「もしかしてロザリアも獣人族なのか?」
「そう。獣人族のチーターゲパール種」
「じゃあ付き添いしてる代表騎士もみんな獣人族?」
「うん。試合までは秘密ね。獣人同士にしか分からないから」
「分かった」

聞くまで全く気付かなかった。
地上層の全種族という割に獣人族の姿を見かけないと思ったけど、耳と尻尾を隠しているから分からなかっただけのようだ。

「全種族が集まる大会でも隠さないと駄目なのか」
「試合前に揉めたくないもの。特にエルフ族の代表騎士に気付かれると同じ宿舎に泊まらせるなって騒がれそうだし」
「有り得る。奴ら地上の神らしいからな」
「凄いよねぇ。地上の神って発想」

凄 い な エ ル フ 。
獣人族にまで遠い目をさせるんだから。

「話は戻るけど、五人で一緒のテーブルについて食事してるのを見て獣人差別をしない人たちなんだって驚いたの。獣人のための法を作ったのが人族の国王陛下なのは知ってたけど、国王陛下以外にも差別しない人族も居るんだって嬉しかった」

そんなことが嬉しいと感じるくらい差別されてるのか。
獣人が差別を受けないことが当然の世界になるにはまだまだ遠い道のりなんだろう。

「……勝ちたいよな。試合」
「それはそうだよ。勝つためにみんな訓練したんだから」
「うん」
「あ。でも、うちのパーティと当たってもわざと負けたりしないでね?勝ちたいのはもちろんだけど、獣人はあまり集落から出ないから他の種族と戦えることも楽しみにしてるの」

獣人族とは戦い難いと思った俺の考えを察したかのようにロザリアはそう話す。

「戦い難いと思ったことはたしかだけど、わざと負けようとは思わなかった。うちのパーティにも優勝を目指す理由がある。相手が獣人だろうとエルフだろうと勝って優勝を狙う」

ドニとロイズは王都ギルドの冒険者たちの未来のために。
エドとベルは獣人族の未来のために。
俺は世話になった人たちへの恩返しのために。
みんな目的があるから負けられない。

「そうなんだね。王都代表騎士の試合が楽しみ」

酒を酌み交わしながらする会話。
ここに来てからずっと気が張ってたけど、ロザリアとの他愛ない会話は苛立っていた気持ちを落ち着かせてくれた。


英雄エロー。このようなところに」

ロザリアと呑み始めて数十分。
もう見つかってしまった。

「中へお戻りください」
「今日はもういい。開幕日まで何かしら続くんだろ?」
「子供のようなワガママを仰らないでください。英雄エローがそんなことでどうするのですか。しっかりしてください」

一度は落ち着いた苛立ちが再びふつふつと。
誰の所為で愛想笑いもできない心境にさせられてるんだ。

「貴女はどちらの領の代表騎士ですか?」
「私は代表騎士じゃなくて付添人です」
「付添人が呑気に飲酒とは自分のお役目を何だと思っているのですか?色仕掛けで英雄エローに近付かれては迷惑です」
「ジャンヌ。ただ一緒に呑んでただけで色仕掛けとか失礼にも程がある。もう向こうに行ってくれ。俺に構うな。俺にとってはジャンヌの押し付けの方が何倍も迷惑だ」

ロザリアにまで絡み出して苛立ちもピーク。
怒鳴りたいのだけは堪えてジャンヌの存在を拒絶する。
それが俺の本音だ。

「悪いなロザリア。俺と呑んでた所為で」
「ううん。大丈夫だけど……誰?」
「王都の付添人」
「え?付添人なの?シンの恋人じゃなくて?」
英雄エロー御芳名ごほうめいで呼ぶとは無礼な」
「俺が名前で呼ぶよう言ったんだ。俺のことは俺が決める。なんの権限があってジャンヌが勝手に決めてるんだ」

構うなと言っても去らない。
押し付けは迷惑だと言っても押し付ける。
俺のことなのに勝手に決めて口を挟む。
本当にもううんざりだ。

「部屋に戻る」
「いいえ、英雄エロー。まだドラノエ侯爵にもご挨拶が済んでおりません。身勝手な行動をされては困ります」
「自分の理想像を押し付ける奴にだけは身勝手なんて言われたくねえよ!誰が一番身勝手なのか考えろ!」

もう限界。
上っ面の英雄エローのフリも出来ない。
辛うじて被っていた化けの皮を剥がしてくれやがって。

「シン待って!」

怒鳴って立ち去ったあとを追いかけて来たロザリア。
後ろから名前を呼ばれて立ち止まる。

「ごめん。楽しく呑んでたのに不快にさせて悪かった」
「気にしてないよ。それより忘れ物」
「ああ、上着」

脱いでソファに置いたのを忘れてた。
それだけ頭に血が上ってたんだろう。

「少し散歩でもする?」
「散歩?」
「そのまま部屋に戻っても気が晴れないままじゃゆっくり眠れないでしょ?それに私もまだ王都の話を聞きたいし」

年下の子に気を使わせるとは。
と言ってもこの世界は十五歳で成人なだけあって俺が居た世界の十八歳より肉体的にも精神的にも大人びた子が多いけど。

「じゃあ少し付き合って貰うかな」
「うん。みんなに散歩してくるって話してくるね」
「分かった。俺も仲間に話してから出入口で待ってる」
「了解」

高いヒールで走って行くロザリアの後ろ姿に苦笑する。
呑んでるのに元気がいいことだ。

「「シンさま」」
「あ、戻って来たか」

さっきと変わらない場所に居たエドとベル。
別の場所で交流していたロイズとドニも合流していた。

「ジャンヌさんは?」
「悪い。我慢できなくて怒鳴った」
「「は?」」

ジャンヌのことを訊いてきたロイズへ正直に答える。
構うなと言っても理想像を押し付けられ、仕舞いには知り合った子に色仕掛けがどうこうと言われてキレたことを説明した。

「んー……変えて貰った方がいいな。付添人」
「はい。このままではシンさまも気が休まりませんし、周囲に高圧的な態度をとるのではシンさまの印象が悪くなります」

ドニとベルはそう話して溜息をつく。

「気付いてないんだろうな。自分の所為で周りがシンに話しかけ難くなってるの。親睦を深めるどころか孤立していってる」
「真面目さが行き過ぎていると言いますか。最初はシンさまと親睦を深めようとしていた方も沢山居たのに、今は逆に近寄り難い存在になってしまったことはたしかです」

ロイズやエドが言うように今はもう誰も近寄ってこない。
それじゃなくても英雄エローの称号で一歩引かれてるのに、ただの会話ですら相手を選ばれたらますます近寄り難くなるのは当然だし、あれだけ英雄エローの立場を強調されては距離を置きたくなるのも当然だ。

「そういうことで今日はもうジャンヌの顔を見たくない。人前でキレるくらいならと思って一度は俺の方から離れたけど、全く理解して貰えなかったみたいだから」

言っても理解して貰えないなら話すだけ無意味。
伝わらない虚しい訴えを何度も口にするくらいなら俺の方から距離を置いた方が早い。

「シン!」

話している後ろから聞こえた声。
振り返るとまた元気にロザリアが走って来る。

「あ、っと。ごめん。話しかけて」
「平気。今みんなに話した」
「シンさま、こちらの方は我々と同じ」
「知ってる。さっき本人から聞いた」

耳や尻尾を隠していても同じ獣人同士なら分かる。
すぐに気付き言葉を濁しながら獣人だと伝えるエドに答える。

「あ、あの!応援してます!試合頑張ってください!」
「え?ありがとうございます」
「ありがとうございます」

突然言われた四人はキョトンとしつつも頭を下げる。

「いいのか?付添人が他の領地の代表騎士を応援して」
「みんなのこともしっかり応援してるよ?それとは別に他の人を応援しちゃいけない決まりなんてないでしょ?」
「たしかにないな」
「でしょ?王都代表はみんなの憧れだもの。やっぱり五人ともカッコイイ。試合では最強の敵でもあるけどね」

そんな人懐っこいロザリアの言葉に笑う。
俺だけを特別視することのないロザリアの存在は、英雄エローの称号が重荷になっている俺を落ち着かせてくれる。

「しばらく散歩したら部屋に戻るから。途中で抜けてみんなには悪いけど、今日はもうこのまま下がらせてくれ」
「分かった。苛々したままじゃ明日の訓練にも響くし」
「どこを散歩するのか知らないけど気を付けろよ?」
「うん。そこはもちろん」

色んな人が集まっているんだからそこは気をつける。
いま会場にいる人数を見るに、最初だけ顔を出してもう抜けている人たちも居るようだし。

「二人も変な人には着いて行かないようにな」
「子供ではありません」
「俺の大事な家族だろ。心配くらいさせろ」

エドとベルにもいつものように額を合わせて注意を促し、ロザリアを連れて会場を出た。

「宿舎の庭で散歩する?」
「宿舎に庭なんてあるのか」
「施設案内見てないの?部屋に置いてあったよ?」
「気付かなかった。風呂だけ入って仕事してたから」

風呂だけ入ったあとは書類の確認に必死だったから、あの広い部屋にある設備のことでさえまだ把握してない。

「そうなんだ。三階が丸々庭になってるみたい」
「屋内庭園なのか。じゃあそこに行ってみよう」

一階まで降りて三階用の術式を利用して庭園に行く。
二階に居るのに一階を経由しないといけないのは面倒だけど、術式はどこにでも行ける訳じゃないから仕方ない。

「おー。これはまた立派な」
「凄いね!天井を見なければ建物の中とは思えない!」

術式を抜けた先に広がる庭園。
見えている範囲内だけでも噴水や花々が咲き乱れているそこをロザリアは駆け出す。

贅の限りを尽くした宿舎。
それだけ地上層の全種族がこの大会に力を入れているということだろう。 

「この花は見たことがある」

少し先でロザリアが庭園の花を見ているのを確認して俺も周囲を見渡すと、魔王城の庭園に咲いていた花を見つける。
椿のようなこの花は地上にも魔界にも咲くようだ。

王城でも魔王城でも庭園は見てるから珍しくないけど、常に注目されて嫌気がさしてた今の俺には静かな環境が癒される。
屋内にわざわざ庭園を用意したのも期間中は訓練や試合に追われる代表騎士への気遣いなのかも知れない。

「どこの地域の花や樹なんだろうね」
「さあ。色んな地域から集めてるのかもな」
「見たことない花がいっぱい」

戻って来て隣に並んだロザリアと話しながら庭園を見て回る。

「…………」
「……ふふ」

大輪の花が咲く茂みを見ていると聞こえた声。
俺たちの他にも庭園を見に来た人が居たのかと茂みの向こうを見ると目が合った。

『…………』
「失礼。邪魔した」

茂みの向こうに居たのは男女。
着崩れた衣装で何をしていたのか察して謝る。

「きゃー!」
「行こう。ロザリア」
「うん」

きゃーと言われても。
こちらも興味のない他人様の行為を見せられて迷惑だ。
あんな所でなら見られる覚悟をしておけ。

「大会前なのに元気だね」
「大会前だから尚更なんじゃないか?」

これ以上邪魔をしないよう離れて歩きながらそう話す。

「五十年に一度しかない本大会の代表に選ばれるのはプレッシャーも大きいだろうし、禁じ手は決められてても万が一のことも有り得る。訓練も必死でやってきて疲れてるだろうし、肉体的にも精神的にも昂っててもおかしくない」

大勝負を前に性欲が強くなるのはよくある話。
武器を手にして戦う限り命の危険だってあるんだから、本能的に子孫を残そうと性欲が高まっていても不思議じゃない。

「シンも?」
「気持ちは分かる」

そうは言っても抑えはきく。
あの二人も場所は考えろとは思うけどそうなってしまうのも理解はできるから、行為自体を否定するつもりはない。

「あ、そのつもりで散歩に来たんじゃないから安心しろ」
「え?うん。心配してなかったけどね?誘ったの私だし」

話の流れ的に勘違いさせたかと否定すると笑われる。
普通に接してくれるロザリアに心の癒しは貰ってるけど下心はない。

「あ!あの花は知ってる!」

そう言ってまた駆け出したロザリア。
高いヒールを履いてるのによく走る。

「私が暮らす集落の傍にも咲いてるトゥジュールって花」
「へー。これは初めて見た」

血の色のように真っ赤な花。
カーネーションのサイズが大きくなったような感じ。

「トゥジュールというとか」
「人族の貴族と獣人の悲恋の物語からついた名前なんだって」
「どんな?」
「えーっと、歌うね?」
「え?歌う?」

どんな話なのかを訊いたのに歌うと言われて首を傾げると、ロザリアは少し笑って歌い出す。

……なるほど、物語が歌になってる訳か。
歌詞を聞いてそのことに気付き、だから突然歌い出したのかと納得した。

貴族の男と獣人の娘が出会い惹かれ合う物語。
獣人の娘側の目線ですすむその歌は、人が恋する瞬間や相手にのめり込んでいく様子が上手く表現されている。

ひっそり愛を育んでいた二人を引き裂こうとしたのは、二人の関係を知った貴族の男の親族と獣人の娘の親族。
貴族の男と獣人の娘は月が雲に隠れた薄暗い夜に逃避行を謀ったものの、最後には見つかり断崖に追いこまれてしまう。

もう逃げられないと悟った二人は抱き合い永遠の愛を誓い、貴族の男が持っていた剣でお互いの体を貫いてそのまま断崖から身を投げたという悲劇の物語だった。

「……鳥肌が立った」

物語はありがちな悲劇。
ただ、ロザリアの歌声に惹きこまれた。

「凄いな。ロザリアの才能。聴き惚れた」
「本当に?嬉しい、ありがとう」

歌が上手い人には今まで何人も会ったけど、ここまで惹きこまれたのは初めて。

「もしかして歌姫ディーバなのか?」
「まさか。歌唱士だよ」
「そんなに才能があるのに?歌姫ディーバって言われても信じる」
「褒めるの上手いなぁ。調子に乗りそう」

歌唱士というのは魔力を込めて歌うアマチュア歌手。
その最高位が歌姫ディーバで、アベルやジャンが目指す絵画師と同じくを癒す職業。

「今回はね、あることのために付添人として来たの」
「あること?」
「今はまだ言えない。でも私みたいなただの歌唱士に声をかけてくれたんだから頑張らなくちゃ」

が何か分からないけど、代表騎士の付添人としてだけでなく他の役目もあって来たってことなんだろう。

「何かは分からないけど頑張れ」
「うん!その時はシンも聴いてね!」
「分かった」

聴いてってことは歌うのか。
笑みを浮かべるロザリアの頭に身を屈めて額を寄せる。
そのが上手くいきますように。

「シンの目って月みたい」
「月?」
「うん。銀色の月」

顔を両手で挟まれジッと眺められる。
口を結んだあとも手は離さぬまま、深紅の目で視線を逸らすことなく見ているロザリア。

まるであの花トゥジュールのよう。
血を滴らせたような深い赤。

どちらともなく顔は近付き互いの口唇を重ねた。
 
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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